#142 思わぬ者の目覚め
望夢を担ぐように歩いていた護琉はその場に倒れこんだ。
無事に玉座の間からの脱出は果たせた。
追手がくる気配もない。
護琉は何度かゆっくりと深呼吸をして息を調えた。
フェリスが襲ってきたときは正直、もうダメだと確信した。
だから最期にケルベロスだけでも始末してしまおうと思い、ケルベロスに向かって矢を放った。
まさか、その行動で命拾いするとは思っていなかったが――。
その後もフェリスはまるでケルベロスを庇うかのように身をひいた。
あのとき、もしもフェリスが見逃してくれなければ今頃どうなっていただろうか――。
いや、過ぎ去ったことを考えるのはやめよう。
とりあえず、今は望夢のことだけを考えよう。
護琉は望夢を起こし、壁へともたれかけさせる。
「のの、大丈夫か?のの?」
「――っ」
よかった――。
まだ息はある。
しかし、これだけの出血量だ。
苦しいに違いないだろう。
一刻も早くみつ葉との合流を果たさなければ――。
「あれ、思った以上に元気じゃん?発作は落ち着いたの?」
無事に意識を取り戻した望夢だが、何やらいつもよりも話し方がおかしい――。
それに、何故か妙にニヤニヤとしながらこちらへ視線を向けてくる。
その姿に恐怖を抱き、護琉は即座に望夢との距離をとった。
そして――。
「君、ののじゃないね」
そう言って、スペードアローを構えた。
「あれぇ、もしかして怒ったぁ?まぁ安心してよ。君の無様な姿を笑ったりとかしないから――」
「言え。なぜ、君が表に出てきているんだ?君はあのとき消滅したはずだろう?」
「はいはい。答えてほしいのならば、まずはその物騒なものを降ろそうか?じゃないと、一生答えないよ?」
護琉は渋々とスペードアローを降ろした。
しかし、まだ何かを要求するように望夢は右手で手招きをしてくる。
護琉は聞こえるように大きくため息をつくと、望夢に目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
すると、望夢が優しく頬に触れてきた。
「僕は絶望の騎士。君の言うとおり、希望の騎士ではないよ」
「――知ってる」
絶望の騎士――。
それは希望の騎士の裏の姿。
希望の騎士はその名の通り希望に満ちあふれて生まれた存在だが、絶望の騎士はその希望の騎士が絶望に侵されたときに生まれてしまった存在である。
しかし、絶望の騎士はある時を境に消滅したはず――。
「君は僕が消えたと思っていたの?残念。僕はただ気持ちよく眠っていただけだよ。希望の騎士の魂の奥底でね――。でもさぁ、その快眠から目覚めされてくれた勇者がいたんだよね」
「――何が君を覚醒へと誘うことになったんだ?」
「とぼけないでよ。君が僕を目覚めさせてくれたんじゃないか」
「――は?」
このとき、どんな表情をしてしまっていたのだろうか――。
護琉の表情を見た絶望の騎士はさらに口角を上げて話を続けてくる。
「ねぇどうして希望の騎士が大切な妹たちを連れて行きたくなかったのか、君は知ってる?」
「それは彼女たちにもしものことが起こることを避けたかったから、だろう?」
「違うよ――。それは彼女たちを失うかもしれないという絶望を感じたくなかったからだよ」
「何を言って――」
「希望の騎士は分かっていたんだ。少しでも絶望を感じればまた僕が目覚めてしまうということを――。だから、自分自身の身を守るために、あえて彼女たちを置いていくことを決めたんだ。それを君が台無しにしたんだよ」
そのまま絶望の騎士は大きな声で笑った。
――嘘だ。
護琉はただ人間界の人々を救いたかっただけだ。
そのためにはクールナイツ全員で立ち向かうしかないと考えた。
ただそれだけだった――。
なのに、その行動が絶望の騎士を目覚めさせてしまったなんて――。
「仲間のことも考えずに行動して何が守護の騎士だよ。そんなのただの刺客の騎士じゃん?あぁでも、ひとつだけ言わせて――」
絶望の騎士は護琉の耳元でこう囁いた。
「ありがとう、僕を目覚めさせてくれて――」
――!!
心臓がドクンドクンと早鐘を打っていく。
呼吸もするのも苦しいほどに――。
「本当はもっと早く君に会いたかったんだよ?君が発作で倒れたときだってすぐに駆け寄って抱きしめて上げたかったほどさ。だけど、希望の騎士が拒むものだから魂の奥底で君を見守ることしか出来なかったんだよね。でも、もうその心配はないね。だって、今からこれは僕の身体なんだから――」
ダメだ――。
このまま絶望の騎士を野放しにしていたら、本当に望夢が還ってこれなくなる。
早く何かしらの対処をしないと――。
しかし、何をすればいい――。
何をすれば絶望の騎士を再び眠らせることが出来るのか――。
いろいろな考えを巡らせた護琉がいきついた答えが絶望の騎士の左腕、主に傷口付近をギュッと掴むことだった。
「いってぇ。ちょっと、塞がってた傷がまた開くじゃん。それに、そんなことをしても僕眠らないから――」
ふと、絶望の騎士が目を丸くした。
そして先ほどの柔らかな表情は消え去り、絶望の騎士はスペードを強く睨みつけた。
「あぁそういうこと。痛覚を通して希望の騎士を叩き起こそうって魂胆だ」
護琉は何も答えない。
ただ腕を掴む手に力を入れるだけだ。
「でも、まぁいいよ。今回はこのまま退いてあげる。こーんな身体じゃなーんにも出来ないからね。だけど、覚えておいて。君たちがクールナイツである限り、僕たち裏の存在は消えないってことをね――」
最後に背筋が凍るほどの不気味な笑みを見せた絶望の騎士だったが、その後ゆっくりと目を閉じて、そしてそのまま静かになったのだった――。




