#132 腹立たしさの中に生まれる愛おしさ
これは数時間前こと――。
シスターはトレイにパンと湯気が立ち昇るスープを乗せ、静かな空間をゆっくりと歩いていた。
ここはセピア・キングダムにある地下牢。
クールナイツを監禁していたあの地下牢である。
以前はここに何人もの住人が監禁されていた。
だが、そのすべての人がモノクロームに変えられたため今はここに誰もいない――。
さて、ではシスターは誰もいない地下牢に何用で訪れたのであろうか――。
それは数日前に新たにこの地下牢に捕われた人物にこの食糧を届けるためである。
ふと、気がつくと何やら鎖の音が聞こえてきたことに気がついた。
その音は足を進めるとともに徐々に大きくなっていく。
そんな耳障りな音を聞きながら歩くこと数分――。
目的の場所へ辿り着くと、そこにはケルベロスがいた。
壁に腰をかけ座っているのだが、手首が頭より高い位置に吊り上げられている。
先程から耳障りだった鎖の音はケルベロスがこの鎖を引きちぎろうとしていた音であった。
しかし、なぜケルベロスはこのように拘束されているのか――。
そんなこと決まっている。
クールナイツにおめおめと敗北し、ハクとコクから罪人扱いされたからである。
それが気に入らないからケルベロスは必死でこの鎖を壊そうと全力でもがいているのだ。
それを監禁されてからのこの数日、ずっと続けている。
「おやめください、ケルベロス様」
「――またあんたかよ」
ケルベロスは舌打ちをすると、仕方なく腕を止めた。
毎日毎日、凝りもせずに必死にもがいていたせいで手首は傷だらけ――。
おまけに少々流血も見られる。
足首をひねったときはあれほど泣き喚いたのだ。
少なくとも怪我をすると痛いと学んだはずである。
なのに、どうして自ら身体を傷つけるような行為をするのだろうか――。
理解に苦しむシスターであった。
「で、メシを持ってきてくれたんだろ?」
そして、非常に態度がデカい。
シスターは大きくため息をつくと、ケルベロスの前にトレイをおいた。
パンを小さくちぎってスープにつける。
そして――。
「はい、あーん――」
そのパンをケルベロスの口の中へと放り込んだ。
本来、罪人に与える食糧などない。
故に、シスターのこの行動は命令違反となる。
ハクとコクにバレたのならば今すぐにでも消されてしまうだろう――。
だが、罪人であれど食べなければ生きていけない。
どんな理由であれ失われていい命などない、とシスターは考える。
だから、シスターはハクとコクの目を盗んでケルベロスに食糧を届けているのだ。
「おい、手が止まってるぞ」
しかし、一応罪人であるというのに本当に態度がデカい。
シスターはため息交じりに――。
「はい、あーん」
ケルベロスの態度のデカさに腹が立ち、もう知らないと何度思ったことか――。
たとえ、そう思ったとしてもシスターがケルベロスに尽くしてしまう理由があった。
それはケルベロスがご飯を食べているときの表情。
おそらく、本人は気付いていないのだろうが、ケルベロスはご飯を食べているときに密かに口角が上がっている。
普段ならば見ることが出来ない光景だ。
このご飯を食べるケルベロスの姿がシスターにとってはたまらなく愛おしかった。
この顔が見たくて、ついついケルベロスに尽くしてしまうのだった――。
「あっれぇ?そーんな勝手なことをしてるとハク様とコク様に言いつけちゃうぞぉ?」
――!!
シスターの心臓が大きくざわめいた。
声のした方へゆっくりと顔を向けると、そこには猫の耳と尻尾を生やし、黒いバンダナを目に巻いている男性がいた。
足音が全く聞こえなかった――。
ケルベロスの顔に見とれていたからだろうか――。
いや、ここの地下牢は遠くからでも鎖の音が聞こえるほどの静かな空間である。
誰かが近づいてきたらさすがに足音には気づくはずだが――。
「まぁでも今回はケルベロスの命を繋いでおいてくれたからお咎めなしかな?よかったね」
そう言うと、男性は鎖からケルベロスを開放した。
「ケルベロス。今すぐに玉座の間に向かえ」
「――誰だ、おまえ?」
ケルベロスは嫌悪感丸出しで返答する。
「クールナイツがこの居城に足を踏み入れた。だから、玉座の間にて始末してこい」
男性の言葉に対し小さく舌打ちをしたが、ケルベロスはゆっくりと腰を上げた。
しかし右足に体重をかけた瞬間、大きく体勢を崩して前に倒れてしまった。
「ケルベロス様、大丈夫ですか?!」
シスターは声をかけるとともに、さり気なくケルベロスの右足首に触れた。
触った感じ、骨が折れている気配はない。
「ケルベロス様。今のあなたに戦闘は無理です。ここで怪我の回復を待ちましょう」
「うんうん、そうだね。怪我をしているケルベロス君には戦いなんて無理無理。弱っちいもんね」
男性の言葉に対してケルベロスは舌打ちで返すと、シスターの手を振り切って再び立ち上がった。
そして、右足を引きずりながらもゆっくりと歩きだした。
「戻りなさい、ケルベロス様!そのような状態で戦い続けたら、あなたの身体が――」
「はーい、お姉さんは少し黙ろっか?さもないと、おまえのその目を漆黒に染めあげるよ?」
耳元で囁かれ、シスターは言葉を呑んだ。
ケルベロスはその間も右足を引きづりながら歩いていく。
しかし、ふと足を止めて呟いた。
「あんたの手料理、すごく美味しかった。ありがとな――」
恥ずかしいのかシスターの顔を見ることもなく――。
徐々にケルベロスの姿が小さくなっていく。
そんなケルベロスをシスターは黙って見送ることしか出来なかった――。




