#108 疑うべきだった敵の言葉
シスターは確かに言った。
「彼らは毒に身体を侵されている」と――。
だから、投げ渡された解毒剤を急いで望夢たちに飲ませた。
しかし、望夢たちは一向に目を開けてはくれない。
ずっと苦しそうに息をするだけだ。
「お兄ちゃん!しっかりしてお兄ちゃん!!」
月美はそう言って望夢の手を握りしめた。
だが、望夢がその声に答えることもなければ月美の手を握り返すこともしなかった。
今になって後悔する。
なぜ、言われるがままに渡された液体を飲ませてしまったのだろうと――。
望夢たちが毒に侵されていることは嘘で、実はこの小瓶の中身こそが毒だったのかもしれないのに――。
「護琉さん――。お願いだから返事してよ――」
同じく、護琉も日向の問いかけに答えようとはしない。
ただただ、苦しそうに息をするだけだった。
望夢たちが毒に侵されているのは本当で、小瓶の中身はただの水だったのかもしれない――。
そんなただの水をシスターが渡してきたのは、ケルベロスから目を反らさせるためだったのだろう。
おかげでまんまと逃げられるわ、望夢たちは回復しないわでシスターの思い通りに事が運んでしまった。
敵から渡されたものに対して、もっと怪しむべきだったと今更ながら後悔してしまう――。
「みつ葉さん――。お願いだから目を覚ましてよ――」
とうとう泣き出してしまった星奈。
涙がみつ葉の顔へと落ちるが、それでもみつ葉は目を覚まさない。
そもそも、ケルベロスの狙いはハクとコクが欲しているスピリット・アニマルのはずだ。
なのに、どうして毒など盛る必要があるのだろうか――。
ケルベロスほどの実力があれば力業でねじ伏せることが出来ただろうに――。
今回の行動は明らかに命を狙いに来たとしか思えない行動である。
ふと、ケルベロスの言葉を思い出す。
『こいつらはセピア・キングダムから逃げ出したんだ!』
みつ葉が、護琉が、望夢が――。
いや、それはあり得ない。
おそらく、望夢たちがクールナイツに覚醒したのはこの春のこと。
そんな短期間のうちに星奈たちでさえ行ったことがないセピア・キングダムへ行けるはずがない。
もしかして、望夢たちはもともとセピア・キングダムの住人だったとか――。
アピスが明石家蓮華と名乗っていたように、偽名を使って人間界へ身を隠していたとか――。
いや、みつ葉と護琉がそれに該当するにしても望夢は絶対に違う。
だって、幼い頃から星奈、日向、月美と一緒にいたのだから――。
ケルベロスは絶対に誰かと勘違いをしている――。
そして、不運にも望夢たちはそれに巻き込まれてしまった――。
とにかく、今重要なのはそこではない。
今重要なのは、どうすればみつ葉、護琉、望夢を救えるかということ――。
早くしないと本当に手遅れになる――。
しかし、これといって方法が思いつくわけでもない。
思いつかないから、ただただ涙を流すことしか出来なかった――。
『勝手に諦めないでほしいですの』
突如、声が聞こえてきた。
星奈は日向と月美に目を向けたが、2人とも首を横に振る。
しかし、日向にも月美にも今の声は聞こえたらしい。
ということは、もしかして――。
そう思い、星奈はみつ葉に目を向けるが、やはりみつ葉は目を閉じたまま――。
同じく、護琉と望夢も目を閉じたままである。
気のせいだったのだろうか――。
『女の子に涙は似合わへんで!!』
『だから、泣き止むでござるよ――』
また声が聞こえたと思ったら、突如みつ葉、護琉、望夢の身体がそれぞれ緑、青、黄色に輝き始めた。
そして、そのまま光に包まれてしまった――。




