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方言版 津軽藩以前  作者: かんから
大千同盟 元亀二年(1571)晩夏
81/105

二子殺し 5/5

 夕暮れ時、為信と沼田は(たけ)え櫓()集う(たがる)。津軽郡代襲名の話っこが進んだはんで()、二子()本当に殺す必要があるんだか。八木橋の案だば()……鼎丸は永遠に為信の下()あり。当主の座()争うことねく(/\)、でったら(/\)だ力()持たせることもね()


 ……そこさ(/\)慌たたすく(へぐ)走っ(はっけ)て来る青年(ふと)人。兼平綱則だ。(つら)っこは青(じれ)ぐ、息はたんげ(_/)(あら)てら()


 「父上(とっちゃ)が、父上(とっちゃ)が……。」


 為信は下()()ばった。もすや死んだのかと問う。


 綱則はその場()ひれ伏す。


 「申すわげねえ。」


 なん()なん()だか()わかん(/\)ね。二人は梯子で櫓から下りる。(つら)っこ()上げさせ、どうにか落ち着かせるべとすた。


 ……綱則の後ろからは、家来や使用人などが慌てて(へぐ)ここさ寄っ(はけ)て来る。そすて(さか)ぶのだ。


 「兼平盛純殿、鼎丸様保丸様ど共に(かでで)川さ(/\)沈んだ。」


 日は今にも落ちるべとしちゃあ()。小舟は底()浮かせたまま。たんだ(/\)黄色い光()浴びてら()


 三人の遺体は、わん()つか()下ったとこで()つかる。魚()取るための網()絡まり、既に生前の形()保ってねえ(/\)


 戌姫は、二子()抱きよせた。そのまま城()(けえ)るとしゃべる(/\)。二人()抱えるのは難すい(むんずかすい)はずだばって()、どうしてもと駄々こねる(ごんぼほる)。為信は無理やり引き剥がすた。


 戌姫は、泣き崩れる。


 為信は、沼田の方()向いた。沼田は首ば(/\)振る。


 日は沈む。月は()く、ずんぶ(/\)(くれ)(ばんげ)


 兼平綱則は、為信と密かに会う。(とっちゃ)の遺言()伝え(しかへ)た。


 “大浦家は本筋のみの物でねぐ(/\)、家来領民の物なり。家中の乱るる(あらげる)んたこと、家来領民を苦すむに至る(へずねくす)。先君(ふと)人の意思にかって()全でば(がっぱど)決めるべぎ事でねえ(/\)

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