運の強さ 1/5
……北の国も、梅雨さ入る。蒸す暑く、寝るに苦すい日々。坂東や中央だば珍すいことでねばって、陸奥はたんげ違え。この季節で“蒸す暑い”というのが驚きなのだ。こったに思えるんだば……今年は豊作だびょん。
その日も雨降ってら。ざあざあ雨でねく、すとすとど延々に続く。……夕刻ぐらいか、東の山の向こうから、藁ば身さ覆った急使が大浦城さ参上すた。なんぼ雨除けば施すていても、中の服まで濡れちゅう。ずんぶ水滴がすたたり落ちる。
“信直公。九戸勢ば打ち破り、三戸ば奪取”
……津軽有事の報ば聞いた九戸勢は、一万の兵ば率いて信直がいる八戸さ向かった。これまで中立ば保ってら八戸政栄さ、信直の身柄ば引き渡せと要求する。
対すて政栄は迷った。渡すば信直は殺される。渡さねば攻め込まれる……。最後に己では決めれねく、信直自身さ判断ばゆだねてまった。
そうこうしちゃあうちに、九戸勢の本陣は目前の櫛引八幡さ置かれた。もう時間がね。
信直は、政栄さ別れば告げた。
“九戸らの横暴は許せねし、わの妻だけでねく弟ばも奪った。だばって私怨にかって戦い、罪ねえ民ば巻き込むの本意でね。だば最後まで付き従ってけだ家来らと共に、本陣さ切り込み華々すく命ば散らそう”
政栄は涙する。腕で目ばぬぐう。情さ脆いこの武将もまた、決意ば固めた……。
……かつて父の高信がわーさしゃべった言葉。
“生ぎでごその大事”
そったものは、忘れてまった。信直の心さ哀すみ以外の何かがあるんだば、それは恨み。最期に一泡吹かせ、心軽やかに死んでまりたい。信直はそう願った。
家来さも感謝する。まんず慕ってけた田子の民さも礼ばしゃべりてえ。
馬ばそろえ、攻め込まんとす。櫛引さ続く一本道ば駆けるべく、道さ出る。
だばってここで、政栄は信直ば止めた。