火は放たれた 2/5
兵らと手伝っちゃあ村人は、野崎村の外に置かれた本陣さ戻った。日は頂天より下がり、ふと時もせば沈むべかという頃合い。為信は、火ば放つことば命ずた。
……火ば放つのも、訓練の一環だ。風の向きば読み、いいんた藁の量ば計算し、燃え広がりようば予測する。先ほどまでは北より南さ向かって風吹いでたばって、今は西から体さ当たるようになっちゃあ。
村より北西さ、火打石にで光が起こる。火花は藁さ飛び、次第に黒煙ば起こす。それはわったど燃え広がり、たんげな勢いば持った。
……そこさ冬の寒さなどねく、わんつか遠けさいても熱さが伝わってきた。兵らは為信の指示さ従い、中から逃げでくるんた敵ば想定すて、刀ば持ち弓ば手前さ備える。
火ば囲み、兵らの叫ぶ声と囃す声。津軽は今、冬さ入るべとしちゃあ。それさ抗うかのように炎ど共鳴する。なんと心さ響く情景が。
ばって、その流れは遮られた。
"……ん。なんだ、一人だけ違え声。……いく聞け、静まれ。……村人の一人、まんだ戻ってきてねだと"
炎は激すさば増す。もうまねんでねか、見知ってら者の肝は冷え切り、悲観する限り。為信自身も、まさか犠牲者がでるとは思いもしねかった。……民こそ大事なのに。
その時だった。
一人の若武者、村の中さ突っ込んだ。彼さ功ば求める心はね。たんだ人の命ば救うべという意思だけで動いたのだ。先たまで功さあせり白え旗ば求めた猪武者らが動かねのはなんとも皮肉。
周りの者は必死に呼び止めたばって、若武者は止まんねかった。姿っこ消えた……。
為信は陣中より外さ出て、野崎村ば見つめる。赤え世界が目の前さ広がる。その中さ人の影はねか……。
すばらぐすて、奴は現れた。鎧は煤まみれだが、村人ともに無事だんた。息ば激すく吐きつつも為信の前まで参ず、助け出すたことば伝えた。名ば訊ねると、この者は田中という一兵卒。後に起こる六羽川合戦で為信の命ば救うことさなる。




