毘沙門堂 1/5
晴政は何とかすて我が娘ば笑顔にさせるべど、わったと話っこばすた。かつての戦の功績や、侍女がまねくして面白かったこと。信直さ嫁いでく以前ば思い出すながら、父は娘さしゃべり掛けた。
娘は頷くだけすて、笑顔ば見せね。最後に父は、二々月前に生まれたばすの我が子の話っこばすた。初めての男子でたんげ嬉すかったこと……娘にとっては、惨さすか残んね。
話のネタがねくなった。いや……一つ残ってら。
晴政は、あろうことか一番訊いではなんねことば問うた。
“わすと、信直。どぢらが好ぎが”
翠はまずまずど顔ば見る。なんもねかったその顔は、次第に憎すみば露わにすた。
父ば睨む。
そすて、はっきりしゃべった。
「信直様だ。」
娘は袖で顔ば覆い、その場から逃げ去った。襖は開いたまま。……晴政は、椀さ残ってら酒ば、わんつか、わんつかずづ呑む。体はガタガタと揺るえ、顔は赤くなる。
必死に抑えるべどす。ばって、そった理性が働く男だば、これまでの所業ばすべか。
わったと怒鳴るべどすた。口ばでったらと開けた。
だばって、睡魔が晴政ば襲う。そのまま前のめりに眠り込んだ。膳さ載っちゃあ食い物は辺りさ落ち、無様な頽落ば呈すた。
翠は後ろに髪ば束ねる。侍女さ頼み、小刀でそれば切り落とすた。
一瞬、その小刀で手首ば切るべかと思った。ほんの一瞬。
白え布で体ば覆い、赤子ば手で抱える。その足で、尼寺さ登った。
恨みの世界から遠ざかるべど思ったが故だ。
一方、糠部の地で流行り病は続く。