妻との別れ 5/5
「守り切れねがった。」
信直は妻の翠姫さ、深く頭ば下げた。妻にすてみれば、なんもわかんね。
「離縁すてけえ。」
翠はかたまった。夫さなんとか頭ばあげさせるべと伸ばしてあったその手は、宙さ浮かんだ。
“万民の為だ”
なんぼ言葉でいくしても、事実は変わんね。“私の何がいげねがったのだが” と問い返すも、答えっこはさらに過酷だった。
“おめえの父が、望んだごどだ”
愕然とすた。
誰よりも幸せば願ってらはずの父……しゃべるはずね。
つぐらのゆりかごで、子がわめく。
信直は、目ば合わせね。誰もいね横の方ば向くだけ。翠は、わが子ばあやさね。赤子はひたすら泣く。
その日のうちに、翠姫はわが子と共に家来さ連れられ、三戸さ出発すた。このことにより兵は動かず、晴政も矛ば収めた。
信直は主君晴政の変わりようば恨み、九戸の行いば恨んだ。
いつすか心の中さ、鬼が生まれた。それはまだちっちぇく未熟であったが、太い角ば生やし尖った爪ば持つ。
呪った。妻ば奪い、己ば不幸にすた全ての者ば。いつすか流行り病が糠部の全体さ広がり始めた。それは無縁な領民ば殺っていくのだが……民は噂すあった。
“信直の祟り”
晴政は、むったど酒ば呑むようになった。その口髭にはいくね匂いがこびりつき、会う人すべてば戸惑わせた。
とある初秋の日。晴政は出戻り娘の翠ば呼ばって、ともに酒ば呑むべとすた。
翠は、何も信ずることができね。すでに夫は夫でなく、父は父でね。感情ば持たねのが一番と、無表情で晴政の酌ばすた。