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方言版 津軽藩以前  作者: かんから
石川高信、病没 元亀一年(1570)春
28/105

最後の鷹狩り 2/5

編集にかかわった方です。ありがとうございました!


だっじ@etcSORA

@SoraikeYoh

 (ばんげ)はまたく。為信は戌姫の部屋()訪れた。


 ……(たげ)えに口っこ()かね。そった(_/)ときが(なげ)く続いた。月は頂上()達する。眠ることねぐ()隣で座り、同ず方()向くまま。


 やっとで、為信は言葉っこば(/\)出す。


 「どうす。」


 戌姫は為信の方()向く。為信は続けた。


 「家来らは、以前のように()ってね。幼え子(わらしっこ)殺す(やる)などと、ありはせん。」


 酔いはまだ抜け切れていね()せいだべ()か。わん()つか()本音が混ずる。



 戌姫は、おっ(_)かな()がり()ながら為信の膝さ手ば置いた。(まなこ)()合わせるが……すぐに背ける。


 為信はその手()、彼女の膝の元()戻すた。


 「無理すんなじゃ。」


 為信は立ち、その場()去った。


 戌姫は、手鏡()持つ。持ちはすた(/\)が……そのまま下()置いた。



 朝は来た。白原()太陽は照りつける。為信は火縄の訓練()行く。小笠原の屋敷(かまど)さは、松明()わっ(_/)()焚かせ、火縄()乾かす。雪も徹底的に(ぎっちり)すました。だとこでその一区画だけ土の色っこが()えであった。


 小笠原は言葉で教え(しかせ)ね。手()取り、こった(_/)風に動かすのだと、体でせる。為信は慎重に、その様()真似た。


 動作は(おせ)えばって、着実に腕()あげてきてら。その感触は確かだ。科尻や鵠沼も、太鼓判()押す。


 心地い汗()かく。たまに面松斎もやってきて、差す入れ()する。港より()る珍すい()書物もすかり、新すい()情報も入れてける()。小笠原の屋敷(かまど)は、為信専用の塾と化すた。



 ……時は経つ。

 雪は解け、年号が永禄から元亀()改元された頃。石川高信公の容態はなんも(_/)良くならねえで、彼は覚悟()決めた。最後は鷹狩ばすて(\/)、武将とすての生涯()閉ずるべと()希望する。


 津軽衆は、高岡の地()集ま(たが)った。

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