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楽しいという名の治療薬

作者: 初瀬川渚

 つい先日から体調不良を訴えて、病院に運び込まれて精密検査をした結果、持病が悪化したらしく、どうも私はもう長く無いらしいことが分かった。

 医者の説明を聞いている時に、まるで耳が遠くなったかのように医者の言葉が入らなくなり、周りの音が急に遠ざかったよになったと思うと、何が悲しいのか自分でも分からないくらいボロボロと涙を流したのを今でもハッキリと覚えている。

 白い部分を黒い枠線で区切ったような天井の模様をボーッと見ながら、あみだクジのように黒い枠線を目でなぞる。

 答えなんてなくて、どれも途中で壁で消えて無くなるのを見ては、次の枠線……なんて遊び方をしながら時間を潰す。

 自分でも未だに信じられない。持病がいつ悪化するか分からなくて、子供の頃はいつ死んでもおかしくないって言われてたけれど、この前の定期検査でも異常は見当たらないって言われたばかりだったのに、急にこれだもん。

 人生っていつ何が起こるのか本当に分からないものだ。

 私は一つ大きくため息をつく。死に対する恐怖心はあるし死にたくないけれど、入院しているってくらいで、あまり死に向かってる実感はなくて、どうもヒマしてしまう。

 そういえば、死んだら心残りはないかって、親や友人に聞かれたけれど、その時はまだ気持ちに整理がついてなくて「何もない」なんて言ったけれど、今思えばたくさんある。

 人が聞いたら笑いそうなことだけれど、やりたいゲームが来月の下旬に控えてるのを思い出して、そのゲームをやれるかどうかが不安であり心残りである。

 そんなことを考えていると、廊下を走る音が聞こえてきた。看護師さんに注意されつつも、言葉だけの平謝りをする女性の声も聞こえてきて、そんな彼女が私の見舞いに来たのはすぐに分かった。

 良く聞き知った声だ。

 近づいてくる足音が私の入院している病室の前で止まったかと思うと、ガラッと引き戸が開けられ、

友花ゆか、ベータ版だけどずっと待ち遠しそうにしてたゲームのデータ手に入れたよ」

 と、第一声を放ったのは友人の冬海ふゆみだった。

 病院の中では静かにするべきだというのには、看護師さんと同意見だけれど、今回ばかりは違って、思わず私は驚きのあまり「本当に」と嬉しいさのあまり大きな声で叫んでしまった。

 まだ、昼だし個室だったこともあり、気が緩んでいたのだろうけど、個室でなければおそらく怖い目線が集中していたに違いなかった。

 冬海は息を切らしながらも、早く私にプレイさせようと持参してきたノートPCの準備をしだした。

「どうやって、データ手に入れたの」

 と、私が聞くと冬海は、

「いろいろと、コネをつかってね。ま、内緒だけどね」

 一体どんなコネを使ったのだろうか。彼女は、特別そういった方に顔が効くような人ではなかった気がするけれど、最早そんな細かなことなんてどうでも良かった。

 短い命だ。最後に良いことがあったって良いじゃないか。

 そう思った。

 PCの準備が終わると、私は早速ゲームを起動し始めた。


 一時間プレイした感想は「面白い」であった。ゲームを起動した時のOPなんかのクオリティは高くて思わず見入ってしまったくらいだった。

 なんで面白いか、どうして面白いかなどと言葉にしているヒマがあったら、早くゲームを進めたいという気持ちが先行して、あっという間に時間が過ぎていった。他にも用事があると言って冬海は見舞いを早々に切り上げて、帰っていった。

 それにしても、ゲームの中には正式なデータで無いからなのか不具合ややれないことがたくさんあった。

 少し残念な気持ちはあったが、一番残念なのがやはりゲームをクリアできないことだった。まだ、このゲームは開発段階だから、進行不可能にされている部分があり「まだ開発中だよ」というメッセージと共にゲームは強制終了させられてしまった。

 だけど、私はこの開発途中のゲームを何度も何度もプレイした。なにせヒマであるから、このゲームが唯一ヒマを潰してくれる存在であった。

 時々顔を見せに来る人もいたけれど「ゲーム好きだね」と口を揃えて言ってくる。

 言われる度に、「ゲームが私の生き甲斐だもの。当たり前じゃないか」と心の中でつぶやいた。


 それから一週間ほど経った頃に、もう一度精密検査を行ったところ病状はいつの間にか、完治と言わずとも日常生活には戻れる程に回復していることを医者に言われた。

 一時は長くはないと言われたのに、世の中不思議なこともあるものだ。

 退院の許可が下りたのは、それから数日後のことで、私が楽しそうにゲームをやってるのを見た医者は笑いながら、こんな言い残して病室を出ていった「楽しいことや嬉しいことに勝る治療薬はないな」と。


今朝、起きてから急に思いついた短編_(:3 」∠)_

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