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無理ゲーオンライン  作者: IDEI
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08 堕ちた天竜

 うん、俺も疲れていたようだ。


 気が付いたら夜が明けていて、メイドさん達がカーテンを開けていっている場面だった。


 「あ~、おはようございます」


 「おはようございます。今日も良いお天気ですよ。ただいま、顔を洗う水を用意しますのでお待ち下さい」


 朝の顔洗いは、水の方からやってくるのかぁ。さすが王宮だね。実は、朝食も向こうからやって来た。更にトイレまでやって来る事を俺はこの後知る事になる。


 もちろん、全力で回避する方法を考え、個室を用意して貰ってなんとか済ませた。


 危なかったよ。俺がゲームを始めて、一番の危機感だった。ゲーム外では、子供の頃、母ちゃんの財布からおかし代をちょろまかしたのがばれた時のオヤジの癇癪だったなぁ。


 しみじみ。


 エルフっ娘も個室でトイレを済ませたようだ。その後、メイドさん達に着替えさせられるので、一旦俺は退場。お茶をするテラスに案内して貰って、エルフっ娘は着替えが終わったらそこに案内して貰う様に頼んだ。


 そして、軽いビスケットと紅茶らしきお茶を戴きながら、今後の事を考える。


 まず、エルフっ娘を元の集落に戻さなくっちゃな。ラノベあたりだとハーレム要素とかになりそうだけど、俺としてはこの世界にそう言った関係の相手を作るつもりがない。

 ってか、現実世界の事を考えると、それと引き替えにする事が怖いと考えている。


 リア充じゃないけど、リアルの方が大事だよ。


 『遊び』として楽しめるのなら良いんだけどねぇ。誰か、人柱になって攻略版にでも書いてくれないかな。『楽しんだ』けど、現実に帰ってこれたよ、っていうのが有れば、安心出来そうなんだけどね。


 ああ、俺だけが最前線に居るんだった。ここの用事が済んだら一度エリア1に戻って、何を作ったのか教えてしまおう。

 今居る連中なら、切っ掛けが有れば俺を追い越すなんてあっという間だろうからねぇ。


 そう決意を固めている所にエルフっ娘が到着。途中で俺に気が付いて走り寄ってくるのは、なんか子犬でも飼っている様な感覚がする。

 その後、ミィが女王陛下と共にやって来て、陛下の取り巻きを後ろに従えたまま、四人でお茶という事になった。


 陛下とお茶するのはいいんだけど、陛下の後ろの取り巻きがウザイ…。まぁ、仕方ないか。


 「とりあえず、ケンタの意見を聞かせて貰えないか?」


 ミィのその言葉からエルフっ娘の処遇についての話し合いが始まった。


 「俺はこの後、この子を連れて昨日のオーガの巣に行ってみようと思ってる。そこからは、この子の案内で行こうとは思っているけど、その場所から故郷までの道のりをしっかりと把握しているかは疑問なんだよねぇ。だから、暫くあの山を彷徨う事になるんじゃないかと考えている」


 「うむ。ケンタがそのつもりなら、我々も助かる。正直、エルフとの戦争なんて考えたくも無いしな」


 「エルフってけっこう強いの?」


 「強いというか、横の繋がりが強いし、森が全てエルフの独壇場になるからなぁ」


 「一つの集落と戦っていると思ったら、全てのエルフと戦う事になったりするのかぁ。けっこう大変そうだな。しかも森の中でゲリラ戦でもされたら、人間種族に勝ち目は無さそうだな」


 「? げいらせん、とは何だ?」


 「ああ、正規軍に対して、少数の部隊が遊撃戦を行う方法の事だ。森の中で奇襲したり、罠を張り巡らしたり、補給路を断ったりとかの、正規部隊の弱点を突くような戦い方をゲリラ戦って言ってる」


 「なるほど。言い得て妙だな。確かに、少数での戦いの基本なんだが、正規の軍隊の弱点だな」


 ミィの言葉は良いんだけど、陛下の後ろの取り巻きがざわついたりメモを取ったりしている。いや、基本でしょ? わざわざメモを取るほどの事?


 「まぁ、森は人間にとっても生活のための資源が有るわけだから、入れなくなるのは生命線を断たれるのと変わりがないしな」


 と、俺。


 「ああ。人間同士での戦争ならいいが、森が相手となるとどうしようもないな。森を焼き払ったら、人間の方も困るわけだしな。

 と、言う事で、我々もその娘を元の集落に戻すのは急務と考えている」


 ミィの言葉に女王陛下も頷いているし、後ろの取り巻きも頷いている。


 「なら、俺が行くのが手っ取り早くていいな。ただ、言葉が通じないのがなぁ」


 「うむ。実は、この城にも、エルフと会話出来る者は居ないのだ」


 「エルフの集落がこんなに近くにあるのに、国の中心でそんな感じ?」


 「まぁそうだな。なにしろ、エルフ自体が人間の前に現れんのだ。『会話』を習得出来る機会なぞ無い。文献だけでは習得出来るモノじゃないしなぁ」


 ああ、録音機とかが無いから、実際の発音とかも判らないし、使う機会のない言葉をわざわざ覚える酔狂な人も、まぁ、たまにしか居なかったって事だろうな。


 「なら仕方ないな。とりあえず、ぶっつけ本番でやってみるよ」


 「そうか、すまないな。適任者が一人も居ない状況では、懐いているお前以外に頼れる者がいないのだ。まぁ、それだけでは問題も起こるかも知れなのでわたしも一緒に行くがな」


 「え~! ミーちゃん!」


 ミィのセリフに女王陛下が不満の声を上げた。って、いい年してそのセリフはないんじゃない?


 「なんだ? ケンタはビクで移動するわけだしな。目的地は山の奥。ならば、ケンタの負担にならないわたしが行く事が色々便利だと思うが?」


 「え~、だって~。ミィちゃん、ずっと出かけっぱなしだったじゃない! もう一緒にいてよぉ」


 三人のお子さんを持つお母さんのセリフでした。取り巻きの皆さんも頭を抱えている。この国、大丈夫か? まぁ、ミィの方が先に切れたけど。


 「いいかげんにせんかー! だいたい、いつも言っているだろう。お前は一国を預かる王だという事を。騎士や兵は上官の意を酌み、上官達は大臣達の意を酌み、大臣達は王の意を酌む。そして王は国の意を酌まなければならない大事な役目だと。なのにお前と来たら、頼りない所を大臣達や上官達に、あげくは兵達にまで晒しおって。その状態で国という不確かなモノを…………」


 クドクドクドっと、ミィのお説教は続いている。言っている事は至極当然な事なので、大臣達も何も言わないようだ。俺もマッタリとお茶しているしね。


 まぁ、説教の始まりの所でエルフっ娘が脅えたけど、直ぐに落ち着いて、今は少し楽しげにさえ見える。大分安定したようだな。


 そして、ミィの説教の内容が二周目に入ったような気がしたので、俺はお茶の残りを飲み干し、席を立ち上がった。

 それを見て、エルフっ娘も立ち上がる。


 「ミィ、行くぞ?」


 「わっ、ま、待て。わたしを置いて行くな!」


 手を繋いで歩き出す俺とエルフっ娘に、ミィが走り寄ってきた。そして、俺の身体をよじ登り、いつもの定位置に落ち着いた。


 「ミィちゃーん!早く帰ってきてねぇ~!」


 はい。一国の王のセリフでした。子供達も大変そうだな。


 俺たちは屋敷を出るとビケで城内を走り、城門を出て町に入った。

 昨日の救出した人たちのその後と、昨日の依頼の完了を確認してもらいに行く予定だ。


 ギルドに到着。だけど、ちょっと時間が掛かる用事があるので、そのまま鍛冶工房へと向かった。

 目的は、ビケの後席にしっかりとした座席を付ける事。


 現在までは荷台が剥き出しであるだけで、エルフっ娘はそこに立って、俺の肩に掴まっていた。それじゃあ、これからの走行は危ないって事で、しっかりと座れる座面と背もたれを付けて貰おうってわけだ。


 工房で細かく注文を出し、折りたたみ式のステップまで頼んでからギルドへと移動。ギルドでは三十四頭のオーガの数に驚いていた。


 「初めは、元々居なかったオーガですので、多くて二十頭前後だと考えていました。ですが三十四頭ですか。これは、何か理由が有るかも知れませんね」


 ギルドによると、昨日救出した二人はしっかりと体力が回復したが、念のため後一日か二日程度休ませてから故郷へと送り出すそうだ。

 エルフっ娘の事も報告されており、本当に珍しそうに見た後は、ごく普通の態度を見せてくれていた。実は有能? まぁ、ギルドマスターになるほどだからなぁ。


 依頼達成の報酬を受け取り、別口でオーガのボスとその取り巻きの死骸を解体して貰う事にした。魔石を取りだした後は全部買い取りで、とお願いしたけど、オーガって、あまり買い取れる部位はないそうだ。魔石を売って欲しいと言われたけど、自分で使う予定がてんこ盛りなので、解体費用は持ち出しになった。世知辛いねぇ。


 ギルドを出て、今度は雑貨屋に到着。


 ここでは、エルフっ娘に持たせる荷物を選ぶ事にしている。まぁ、リュックと、その中に入れる保存食とか水筒とか、簡単な煮炊きの道具とか、だな。

 森に住むエルフなら魔石には困らないだろうから、魔道具でも問題ないだろう。


 この世界の金なら腐るほど持っているミィと、この世界の金銭感覚が全くない俺達だから、たぶん、やりすぎたとは思う。まぁ、後悔はしていない。

 古着も扱っている服屋で、冒険者に近い格好にしてやり、その後に鍛冶工房へと戻った。


 たぶんミィ効果だと思うんだけど、座席の取り付けは一番仕事として扱って貰ったようだ。一時間ほどなのに、全ての作業がしっかりと終わっていた。


 後は、軽食屋で弁当を十人前注文。俺とミィのアイテムボックスなら時間停止なので、暖かいまま保管出来るし、今回使わなくてもいつでも利用出来る。


 そして、しっかりと準備が終わった所で町を出発。


 快調にビケは進み、一時間ちょっとという所で山に到着した。


 ここからは、昨日倒したオーガを回収しながら進もうと思ったんだけど、何故か一体も無かった。他の肉食系に持って行かれたかな?

 でも、昨日の周辺探知では反応してなかったんだよねぇ。


 疑問に思いつつもオーガのボスが居た場所に到着。


 ここに来て、エルフっ娘が脅え始めた。俺のポンチョの背中をぎゅっと握っている。


 ただ、脅えているだけでは困るんだよね。エルフっ娘には、自分の故郷へと案内して貰わないとならない。

 そこで、地面にここの場所の簡単な絵を描き、方角的な位置を合わせて王都を描く。更に、目についた森の特徴を細々と書き加えた後に、エルフっ娘を指差し、地面に書いた地図を指差した。まぁ、これで意図した事が伝わるとは考えていない。他にどうしたら、自分が来た場所を示せるか、を工夫しないとなぁ。


 でも、それは杞憂にすぎなかったようだ。


 エルフっ娘は自分を指差した後に、森の奥を指差した。方角的には森の更に奥って事だね。少しだけ不安そうな顔を残していたので、方角は曖昧なのかも知れない。まぁ、攫われてきたんだろうから仕方ないよなぁ。


 とりあえず、他に手がかりも無い事だからと森の奥を目指す。


 沢を越え、丘を越えた所で休憩。弁当を取りだして、マッタリと食事を摂る事にした。まぁ、ミィの分も買ったけど、ミィは元々喰わなかったんだよなぁ。


 疲れも取れた所で再び探索開始、とはならなかった。


 荷物を片付け、さぁ出発、という所でアレが出てきた。


 高さは俺の倍ぐらい。身体の長さは七~八メートルは超えているかも。ティラノザウルスの頭をかなり小さくしたような体型で、腕は有るクセに背中に翼まで持っている。


 「デミドラゴンだ!」


 ミィが説明してくれました。デミ、って事は亜竜って事かぁ。ほとんど、ドラゴンで良いんじゃない? って思ったけど、それには含むモノがあるらしい。


 「あ、あ、あ、あ、あ、あー!」


 エルフっ娘が最大限に脅えて亜竜を見上げている。俺のポンチョを握りしめ、身体は小刻みに震えていた。

 掴まれているのは仕方ないとは思うんだけど、動けないのはちょっと拙いかな。


 俺はアイテムボックスからショットガンを取りだし、ポンプアクションをしてから亜竜に狙いを定めた。

 狙いは頭。

 亜竜は俺たちをちょっとしたオヤツに思ったらしく、食らいつこうと向こうから頭を突き出してくる。まぁ、かなりの早さなんだけど、既に構えている俺は、引き金を引くだけだった。


 ガーン!


 爆音が響き、亜竜の口の中から頭部へとスラッグ弾が突き抜けた。


 亜竜はのけぞると、とんでも無い早さでのたうち回る。それは、まるで予期出来ない動きと早さだった。このままでは、いつ、こちらに突っ込んでくるかも判らなかったので、さっさとトドメを刺す事にする。


 バタバタバタバタっと凄い勢いでのたうち回っているので狙いは大まかにしかつけず、スラッグ弾を連続で撃ち込んだ。

 そのうちの一発が残りの頭を吹き飛ばしたようで、それで亜竜は動かなくなった。


 「やはり、その銃というのは凶悪だな」


 「俺もそう思うよ。で、この亜竜、デミドラゴンってどのくらいの強さなのかな?」


 「むう。所詮デミドラゴンだからなぁ。だが、討伐依頼なら金の冒険者でなくては受ける者は居ないだろうな」


 「あっ。オーガがあの場所に来たってのは…」


 「ふむ。このデミドラゴンから逃げてきた、と考えるのが自然かもな」


 「だとしたら、城の兵士の訓練とかに出くわしたらやばかったかも?」


 「たぶんだが、城の兵士が半減していたかもな」


 俺が倒しても良かったかな? なんて思ったけど、倒さなければ拙かったみたいだからOKだよねぇ。


 「あ、あ、あ、あー!うわーん!」


 エルフっ娘が突然泣き出した。え? どうしたの? そこまで怖かったのかな? まぁ、俺の恐怖を感じる感性は壊れかけているみたいだから、本来はそこまで怖い事柄なんだろうけどね。


 俺は亜竜の亡骸の前に座り込み、エルフっ娘を抱きしめて、落ち着くまでじっとしていた。


 何となく、森の緊張が解けたような気がするのは思い過ごしかなぁ?


 遠くで鳥の鳴き声がする。風が心地良い。どうやら俺も、今まで張りつめていたらしい。緊張が解けて、リラックスできたようだ。


 エルフっ娘が落ち着いてきたようだ。一応水を飲ませて、その後に亜竜の亡骸をアイテムボックスへと回収した。


 その後は、エルフっ娘が復活したようで、先に立って案内してくれる。何かが吹っ切れたかな?


 そして、崖と呼べる場所を二カ所、密林と呼べる場所を一カ所越えた先で、周辺探知に人間が数多くいる場所を見つけた。

 エルフっ娘はそこを目指している。


 予想したとおり、そこはエルフの集落だった。集落とは言っても、家が連なっている、とかはなく、木々の間に人が集まっているだけだった。

 ミィによると、エルフの住居はカモフラージュされていて、予備知識がない人間では見つける事も出来ないそうだ。


 「Lоσζμу σw Δzπξулся?」「О τζμ σw дуμαζшь?」「Оσкσдα вw знαζσζ свою роль?」


 何故か、怒号のような訳の判らない言葉が飛び交っている。俺に対しても、遠くから弓矢が、近くでは短剣が狙いをすましているという感じだ。一応、無抵抗な姿勢を取っているけどね。


 そして、俺に向かって、一人のエルフの老人が出てきた。エルフの老人って何年ぐらい生きているんだろうねぇ。


 「人間よ、これでお前に理解出来るか?」


 なるほど。この中で、俺たちと同じ言葉を使えるのは限られている、ってわけか。


 「大丈夫だ。しっかりと理解出来る」


 「では、問おう。何故ここに来た?」


 「あの娘を送り届けるためだ」


 「何故だ?」


 「この場所より東に行った所で、俺はオーガの討伐をしていた。そこで、オーガに囚われていた彼女を見つけたんだ」


 俺と老人の言葉は、他の老人が通訳して他にいるエルフ達に伝えられている。その俺のセリフで、周囲がどよめいた。


 「なるほど。オーガか。判った。オーガからの救出を感謝する。故に、我らは、お前がここより帰る事を許そう」


 まぁ、このぐらいの対応は予想していたからどうという事も無いけど、ちょっと言い方が引っかかった。


 「まぁ、俺の方も、手出しされたら、それなりに抵抗させて貰うからお構いなく。

 で? なんで、あの娘だけがオーガなんぞに掴まっていたんだ?」


 「う゛っ。よそ者であるお前は知らなくてもいい事だ」


 「エルフってよぉ。仲間のためなら、集落全体で救いに出るほど、仲間思いで勇気がある種族だと聞いた覚えが有るんだが、その情報は間違っていたのかな?」


 乱暴な言葉でカマをかけてみたんだけど、乗ってきたのはちょっと離れた所から弓を構えていた若いエルフの方だった。


 結構遠くから、視界に良く入る位置から矢が飛んできた。


 たぶん、そのまま突っ立っていたら、身体の何処かに当たっていただろう。でも、何故か身体はすんなりと動き、半歩退いてギリギリで矢をかわしていた。


 動体視力と反射神経がかなり上がっていたんだなぁ。現実の俺の身体じゃ、たぶん出来なかった可能性がある。って、やっぱ、ここはゲームの一部なのかなぁ。


 「おい! 今のは当たっていたぞ? そう言うつもりだと思っていいのか?」


 たぶん、若いエルフの暴走だと思うけど、ここが運命の分岐点。


 単によそ者として排除されるか、敵として戦う事になるのか、それとも打ち解けて和解する事になるのか。まぁ、選択肢は他にもあるだろうけどね。


 一般人的なエルフは今の状況に脅えているようだ。既に泣いているのもいる。それらは放っておくとして、問題は木の上にいるエルフ。木々の多い森での戦闘訓練を繰り返していて、その中で弓を射る事を得意とする相手に対してどう戦う?


 拙い。完全に相手の独壇場だ。木に隠れるなんて、向こうからしたら基本動作じゃないか。他に身体を隠せる遮蔽物は無い。

 えっと、何か無いか? 西部劇だと、馬車を遮蔽物にして戦う、とかになりそうなんだけど、手持ちに馬車なんて無い。昨日の馬車は証拠として警備兵の詰め所に置いて来ちゃったからなぁ。

 何か、ないか? そこそこ大きくて、強弓でも貫けない程の固さを持ち、俺の身体が隠れるぐらいのブツは。


 あ、あった。


 ついさっき、アイテムボックスに入れたじゃないか。


 俺はエルフの次の攻撃を警戒しながらアイテムボックスを操作し、収納してあったデミドラゴンの亡骸を取りだした。


 一瞬でその場にデミドラゴンが現れ、エルフの集団は騒然とした。


 俺はその隙を突いてデミドラゴンの陰に隠れ、さらにアイテムボックスからショットガンを取り出す。デミドラゴンは頭以外はほとんど損傷が無いので、腕や尻尾や羽根がそのまま残っている。丁度、前後左右が隠れられるぐらいの場所を探して身体を押し込み、ショットガンを突き出して攻撃に備える。


 敵の場所は周辺探知で確認出来る。木の上から狙っているのも、該当の存在が単独でいるため、周辺探知の光点だけでも間違える事が無い。


 赤と黄色の点滅を追って、木の上に視線を移してみるけど、見ただけだと何処にいるかも判らない。流石はエルフって事なんだろうな。でも、まぁ、ショットガンで木の根本を撃ち抜けば、かなりの大木でも一発で倒す事が出来る。とりあえず二度手間だけど、そうやってあぶり出しして倒していく予定でいいかなぁ。


 まぁ、死なせないようにするなら、木を倒したら近寄って武器を蹴り飛ばすとかすればいいだろう。


 なんて、考えていたら、黄色と赤の点滅が減って、青と緑の中間色に変わっていった。


 あれ?


 まだ、黄色は残っているけど、赤は無い。どういう事だ?


 直ぐに引っ込めるつもりで顔を出して覗いてみた。すると、木の上にいるのは除いて、地面に立っていたエルフ達が残らず土下座していた。


 土下座ですよ。土下座。古くは邪馬台国の時代からあるという最上級の礼儀作法ですよぉ。


 「な、なんだ? 何がどうなった?」


 ミィも面食らっている。まぁ、俺も似たようなモノだけど。


 このままではどうしようもないと判断した俺は、デミドラゴンの陰から出て、エルフたちの前に戻った。


 「どうしたんだ? そっちから戦端を開いたのに?」


 「も、申し訳ありません。あなた様が竜をも倒す程の冒険者とも知らず、無礼を働いた事をお許し下さい」


 「竜ねぇ。一応、判っているとは思うが、これは竜は竜でも、デミドラゴンだぞ?」


 俺は頭が吹き飛ばされたままのデミドラゴンの亡骸を親指で指して言ってみた。


 「はい。判っております。ですが、あの娘から聞いた所に寄りますと、あなた様はこの亜竜を一歩も動かずに仕留めたとか」


 「まぁ、そう言う事ならそうだなぁ」


 エルフっ娘がしがみついて来て、動けなかったからなぁ。


 「ならば、あなた様なら、本物の竜であっても倒せるかと存ぜます」


 「つまり、俺に本物の竜を倒して貰いたい、ってわけか」


 「はっ」


 まぁ、話しは解らなくもない。本物の竜とやらがどの程度強いのか、とかの問題もあるけど。しかし、あのエルフっ娘に対する扱いとかが不自然すぎる。

 うん、たぶん、想像通りなんだろうな。


 「それに対する答えを言う前に、聞きたい事がある」


 「はっ、なんなりと」


 「俺がオーガから助けた少女は、どういった扱いだった? 俺が単純に帰っていたら、どうするつもりだった?」


 「そ、それは…」


 その後は、良く聞き取れない、ゴニョゴニョしたつぶやきモドキが聞こえるだけだった。


 まぁ、言いたくは無いだろうな。


 でも、ここでその膿を絞り出さないと、これからも似たような状況が続きそうだ。


 俺はショットガンを持った右腕を真横に伸ばし、一本の木に狙いを絞る。俺の格好的には狙っていないように見えるように。

 そして、木の幹の下の方を狙ってスラッグ弾のショットガンを発射した。


 銃特有の爆音が響く。


 その場にいたエルフが驚き、呆然とする。さらに、俺が狙った木が音を立てて倒れていく。


 きっちり狙った訳じゃないので、当たったのは木の幹の端ギリギリだったようだ。でも、大人が二人はいないと腕を回せないほどの木が、そのほとんどをえぐられて、メキメキと音を立てて倒れるのはエルフにとっては衝撃だったようだ。


 しかも、ゆっくり倒れた木から、弓を持ったエルフが這い出してくるのを目撃したため、俺の意図を察したようだ。


 つまり、『土下座して油断させといて、陰でコソコソ狙い撃ちしかけようとしてんじゃねえぞ! この卑怯者ども!』という意図。さらに、『太い木に隠れても無駄だからな』というのも伝わったようだ。


 エルフ達のどよめきが静まるのを暫く待つ。


 そして、ショットガンをエルフの代表に突きつける。


 「で? はっきり教えてくれないか?」


 と、静かに言った。


 がっくりと項垂れるエルフの老人。いつまでもブツブツ言っていて埒があかないなぁ、と思っていたら、壮年と思われる一人の男が出てきて俺に深く頭を下げた。


 「私から説明させて頂きます。よろしいでしょうか?」


 ちょっとだけ拙い感じの言葉遣いで聞いてきた。


 「ああ、本当のところをしっかりと聞かせてくれ」


 「はい」


 ただでさえ白い顔が、本当に青く見えるほどに血の気が引いている。まるで断頭台に昇る死刑囚のようだ。たぶん、気分はそれなんだろうな。


 そして、ブツブツと言いながら動かなくなった老人の横で、壮年のエルフは本当の事を語った。


 それは、俺が助けたエルフっ娘は、ドラゴンに対する生け贄として、この老人が強制的に選んだ事。ドラゴンと生け贄の条件を、集落の意見を聞く事もなく決めた事。そして、ドラゴンは、従属する弱いドラゴンを呼び寄せているという事だった。


 時系列的には逆なんだけどね。罪の大きさがこの順番になった、って所だろう。


 まとめると、近くの山にドラゴンが住み着き、その様子を見に行った老人を含む複数のエルフが、ドラゴンから生け贄を差し出せと言われた。老人はその場で了承し、集落での自分の立場を利用して生け贄を決めていた。初めての生け贄は例のエルフっ娘だったというわけだ。

 だけど、ドラゴンに脅えて逃げ出したオーガにエルフっ娘が攫われ、たまたま俺に救出された、という事らしい。


 老人はエルフっ娘が生きていたので、他の生け贄を決める必要が無くなり、エルフっ娘を再び生け贄に出そうと考えていた。


 という事だった。


 まぁ、ほぼ考えていたとおりだな。


 「なぁミィ? ドラゴンってそんなに賢いの?」


 「何を言っているんだ? 人間よりも賢くなければドラゴンとは言えんぞ」


 「え? そうなの?」


 「まぁ、賢くても、元が魔獣としての生き物だからなぁ。基本的な考え方は弱きモノは強きモノに喰われる、というモノだ」


 「ああ、弱肉強食ね。まぁ、そこら辺は人間社会も似たようなモンだけどねぇ」


 「お前の所にも似たような考え方があるんだな」


 「ま~ね~」


 「話しを元に戻すと、ドラゴンは長く生きている上に、考え方が人間を上回るそうだ。そのため、人間の言葉を覚えたり、魔法の神髄を考察したりもしている事があるという話しだ」


 「単純に時間を無駄遣いしているわけでは無いという事かぁ。それは厄介な相手だな」


 「厄介所の話しでは無い。ギリギリ人と会話出来る程度のドラゴンであろうとも、城の兵を全てつぎ込んでも勝てるかどうか判らん相手だ。そんなのを、本当に相手するつもりなのか?」


 「え? そんなつもり無いよ?」


 俺が、さも意外そうに返事をすると、エルフ達からどよめきが聞こえた。


 「うん? 行くつもりが無い?」


 「俺がここまで来たのは、人間とエルフとの間に、無駄な戦争が起こらないようにするためだったろ? でも来てみたら、エルフってのは伝承通りの、仲間思いで森の中を自由に飛び回る狩りの名人って訳じゃなかったからなぁ。

 実際は、自分が生き残るためには仲間がどうなろうと知った事じゃない、って考えで、森が荒らされても、強い相手なら脅えて隠れているだけ、っていう臆病で卑怯な種族だったからなぁ」


 最後の方のセリフの時は、周辺探知の緑の光点が黄色や赤に変わったりもした。でも、暫くすると、赤い点は消え、緑の光点に戻った。

 見ると、エルフの大半が下を向いて震えている。


 「なかなか辛辣だな」


 「いやいや。別に悪くないよ? そう言うのも、弱いモノの知恵ってヤツだからね」


 エルフ達からはシクシクとすすり泣く声が聞こえている。うん。まだプライドは削れ切っていないようだね。


 「強き人間よ、頼みがある」


 老人の変わりに説明を行っていたエルフが進み出てきた。俺としては、お? 乗ってきた? って感じだ。


 「正直に本当の事を言ってみな」


 「うむ。頼みは、我らと一緒に、ドラゴンと戦って欲しい、という事だ。残念な事に、我らだけでは敵わないという事がはっきりしている。だが、それを他人に頼んで待っているだけでは、卑怯で臆病というのは変わらない、というのは判っている。これは、我らの問題なのだから。

 そう、本来は我らだけで解決しなければならない問題だ。だが、我らにはその力がない。だから、強き人間よ。勝手な願いではあるが、我らに力を貸して欲しい」


 ああ、漸くこの言葉を引き出せた。面倒くさかったよ~。


 「俺と一緒にドラゴンと戦い、死ぬ覚悟のあるヤツはどのくらい居る?」


 俺がそう聞くと、その場にいたエルフの、男達の大半が立ち上がった。をいをい、エルフっ娘まで立ってるよ。君は座ってなさい。

 エルフっ娘を指差し、手の平を水平にして下向きに下ろす。『座っていろ』という意思表示だけど、しっかりと伝わったようだ。頬を膨らませて不承不承といった感じで座った。


 「もし、俺が死ぬような事がある時は、エルフの戦力が全員死んだ後、という配分で良いか?」


 俺はあくまで後押しですよ。という言葉に、エルフ達が頷いた。


 「わかった。では戦いの準備をしよう。このエルフの里で、一番強い武器はどんなモノがある?」


 俺の言葉に三人ほどがその場を走って離れた。


 「強き武器は、強弓が一本。それよりも劣りますが、普通のモノよりは強い弓が数本あります」


 結局弓かぁ。


 「ミィ? 弓でドラゴンにどのくらい太刀打ち出来る?」


 「お前は、生まれたばかりの小鳥の羽根をぶつけられて、ダメージを負うか?」


 なるほど。それぐらいの差があるわけね。


 「クロスボウってのは、聞いた事があるかな?」


 「いや。初耳だな。どんなモノだ?」


 そこで、地面に簡単な絵を描いて説明した。


 「城の城壁に置くバリスタみたいなモノを小さくした感じだな」


 「まさしくその通りなんだけど、今まで無かった?」


 「バリスタでさえ、数人掛かりで、城壁の高さを利用して弓を引くのに、小さくしたからといって、何人で引けば良いんだ?」


 なるほど。そこで開発が止まった訳ね。しかも魔法があるから、深く考察する必要も無かったという事かぁ。


 「この中で鍛冶をやっている者は居るか?」


 そう切り出し、集まった者たちに板金を鋼にして弓を作るように頼んだ。その時に、強い弦を引くための工夫を説明する。

 クロスボウの先に金属製の輪っかを作りつけ、それとは別に、腰に巻くベルトにフックを取り付け、人の背筋の力と足を踏ん張る力で弦を留め金まで引っ張る仕組みだ。


 本来なら巻き上げ機とかを作りたいが、時間もない事だから一番簡単な方法を取った。


 クロスボウの矢はボルトと呼ぶ。普通の矢よりも太く短い。これは、俺が倒したデミドラゴンの骨を使って貰う事にした。他にも、弦になりそうな筋とかも利用するそうだ。そこら辺は俺には見当も付かないのでお任せする事にした。


 女達は、男達の服を繕い、軽く、動きやすく、しかもしっかりと装着者を守ってくれる物をと、忙しなく動いている。同時に行って帰ってくるまでの糧食の準備も怠らない。


 男達は死地へと向かう事になるというのに、エルフの里は活気づいている様に見えた。


 一晩が経ち、やっつけだけど大方の用意は出来た。戦いに出る男達は仮眠をとって、既に出発の準備まで完了している。遅れたのは俺が寝ぼけてたからだ。


 俺はビケで、エルフ達は木々を器用に飛び移りながら森の中を走っていく。そして、二時間弱という所で森を出て瓦礫だらけの山に入った。


 瓦礫だ。


 今はそんな気配も残っていないけど、地面を覆い尽くしているのは、岩や石ではなく瓦礫だった。

 かつてはここに町があったのかな。でも、よく見ると岩の中から棒状の金属が飛び出ているのもある。あれって、鉄筋コンクリートの成れの果て? どうやら、ここは、単なるファンタジー世界では無く、色々訳ありの世界みたいだ。


 あ~、面倒くさい。


 うん。忘れよう。


 今は、『目の前』に居る『ドラゴン』に集中した方がいいよね。


 身体の半分を瓦礫の山に沈めていたドラゴンが、俺たちに気付いて、その鎌首を持ち上げた。

 ドラゴンは、よく知られた格好をしていた。形だけならデミドラゴンにも似ているが、その大きさは段違いだ。

 今は四つ足状態だけど、後ろ足で立ち上がったら、軽く四階建てのマンションぐらいになりそうな身体をしている。

 顔は、牛と蛇を足して二で割ったような、典型的なドラゴン顔。前足があるのに背中に翼があるのもデミドラゴンと同じだな。ただ、前足はデミドラゴンとは違って大きく、その爪は鋭い。

 身体の表面の鱗も、蛇の様な滑らかさは無く、鱗の鎧の様な状態になっている。


 そのドラゴンが、咆吼した。


 その口から、ライオンの咆吼なんて目じゃないほどの重低音が響き、生物的な危機感を煽る。


 「うるせー!」


 ほとんどやけっぱちでショットガンをドラゴンの口目掛けてぶっ放す。


 それはしっかりとドラゴンの口の中から後頭部にかけてを吹き飛ばす。


 ただ、身体が大きいので、大木をも穿つ弾丸でも、金属製の串を突き刺した程度のダメージしか与えられなかったようだ。

 でも、容易に口を開く事が危険という認識は刷り込めたと思う。


 ブレスは怖いからね。それを容易に放てないようにしたのは良い結果だろう。


 そして、エルフ達の攻撃が始まる。俺も、ビケを下りて、ショットガンで頭を狙って打ちまくるが、猫じゃらしのように動き回る頭にはなかなか当たらない。ショットガンは、ドラゴンが口を開いた時の専用にしようと、弾込めをしながら考えていた。


 それまでは?


 スラッグ弾のショットガンでもあの程度なんだから、357マグナムでも影響は少なそうだ。ゾウでも打ち倒せそうな銃でも、城攻めには向かないよな。ドラゴンは、まさしく堅牢な岩城という感じだ。


 ならばと、攻撃魔法に切り替える事にした。腕にはしっかりとショットガンを構えて、いつでも撃てるようにはしておく。


 俺は左腕を突き出し、魔法のための呪文を…。


 あ、忘れた。


 適当なセリフで、適当に魔法が打てていたんで、しっかりとは覚えていなかったんだよねぇ。まぁ、肩にひっついているミィに聞けば良いんだけど、それも面倒くさいので、ここでも適当に行きます、です。


 俺は、何故か心に浮かび上がってくる言葉の羅列を口にした。


 「物質は水に、水は風に、風は火に還る世界の理よ! その内に貯えし力の源を解放し、我が言葉に従え! アトミック クラッシュ!」


 ふえ? なんだこれ?


 良く判らない言葉が出たと思ったのも束の間、俺の左手から魔力がごっそりと抜け落ちた感覚がした。


 ギリギリ膝をつかないで済んだけど、けっこう力が入らない。


 自分の変化に驚きながらも、今の魔法の結果を知るべく、顔を上げると、左半身をごっそりと削り取られたドラゴンがいた。そして、一呼吸の後に、ドラゴンの叫び声が響き渡った。


 ギャギャーン


 ドラゴンでしか出せないような、腹に響く重い声で悲鳴を上げている、という感じだ。聞いているだけでこの世の終わりか、なんて考えてしまいそうな気がする。


 「皆の者! 今が決戦の時!」


 エルフの一人がそう言って、仲間と共に矢を飛ばしている。俺は魔法のせいで力が入らないので、その場にうずくまって回復を待った。


 「おい! 大丈夫か?」


 ミィが心配して覗き込んでくる。


 「あ、ああ。ちょっと疲れた~」


 「ちょっと所じゃ済まなそうだが、回復はしているのか?」


 「あ~、それは大丈夫、みたいだ。無理矢理なら、もう一発ぐらいは、撃てそうだしなぁ」


 「いや、無理はするな。既に大勢は決した。後は彼らに任せておけばいいだろう」


 クロスボウのボルトに魔法を乗せて撃ち込むエルフの攻撃で、半身を失ったドラゴンがハリネズミにされていく。

 イタチの最後っ屁が無ければ、これで決まるだろう。なら、もしもの時用に体力の回復を一番にして、ここで休んでいる事がベストだろうな。


 しかし、ドラゴンはフラフラと動き、なかなか倒れなかった。それでも倒れたのは、それから三十分程後の事だった。


 その頃には、俺も普通に歩けるぐらいには回復していた。エルフ達は矢を撃ち尽くしていたけどね。


 皆で倒れたドラゴンの頭の部分に近づいて行く。


 「やった。俺たちがドラゴンを倒したんだ」的な事を言い合っているのを感じる。実際は良く判らないエルフ語なんだけど。


 念のため、俺は周辺探知をかけて警戒を怠らない。


 ドラゴンの頭に近づいて、その顔に触れてみた。


 「うん。完全に死んでいる」


 俺の言葉でため息のようにエルフ達から緊張が抜けるのを感じた。


 俺は振り返り、ホルスターから銃を抜いて、瓦礫に向かって二発撃ち込んだ。


 途端にエルフ達に緊張が走る。今度の敵は俺、って感じているらしい。けど、説明している暇もない。


 「動くな! 判っているから、さっさと出てこい!」


 更に二発、瓦礫に向かって銃を発射。


 そこで、エルフ達が別の敵の可能性に気がついたようだ。


 で、俺に気がつかれたと判ったソレが、瓦礫から出てきた。


 ソレは、黒い塊だった。不定形で、霞んで、黒い雲の様なモノだった。だが、ソレを見てミィが反応した。


 「あ、あ、あ、お、お、お前、お前は、こ、この、ドラゴン、なのか?」


 ミィが絞り出すように声を出して、その黒い雲に問いかける。


 『わ、我は、死、死ぬのか? し、し、死にたく、死にたくない。死にたくない』


 エルフ達にどよめきが走った。


 「これが、ドラゴンの魂みたいなモノ、という訳か」


 俺の説明に、さらにエルフ達がざわめく。ひと思いに消し去ってしまえ。という思いが俺にも伝わってくる。


 『死にたくない。シニタクナイ。シニタクナイ…』


 その黒い雲の有り様は、一つの哀れを感じさせる。


 「このドラゴンの魂。俺が預かってもいいか?」


 エルフ達にそう聞いてみた。


 「だが、ドラゴンだぞ?」


 「ドラゴンだが、もう、ドラゴンでは無い、とも言えるな。まぁ、もう人を食うとかは出来ないだろうけどな」


 「う、うむ。まぁ、ドラゴンを倒せたのは、半分以上はお前の手柄ではあるので、我らも無碍には出来ないのだが」


 「ああ、ドラゴンの身体の方は、すべてエルフに進呈しよう。けっこうボロボロだが、素材的には色々使えるんじゃないかな」


 「いいのか?」


 「構わない。その代わり、この魂は俺が貰う」


 「判った。しかし、その魂とやらが何かするようであれば…」


 「まぁ、その時は、これを殺しても良い。それに俺も極力手を貸そう」


 「うむ。ならば、我らに否は無い」


 「ありがとう。ミィ、アレを出してくれ」


 「あ? あれ?」


 「ミィの乗り換え先だよ」


 「あっ、あれか! 判った!」


 俺の言葉で、ミィは自分のアイテムボックスから、乗り換える予定だったクマのぬいぐるみを取りだした。

 そこでもエルフ達がどよめいたのは何でかねぇ。


 そして俺はぬいぐるみを受け取り、黒い雲の前に突き出した。


 「お前はこのままなら、器が無い事で徐々に消えていく事になる。それがイヤなら、人のために生きる事を誓え」


 『ひ、ひ、ひとのため?』


 「お前の、今まで生きてきた記憶、知恵、経験を持って、人が幸せになるように尽力しろ。それを誓えるのであれば、この『器』をやろう」


 『そ、そうだ、記憶だ。多くの記憶。長く生きた知恵。ああ、消えたく無い。ああ、死にたくない』


 「人のために生きろ。それを誓えるか?」


 『ち、ち、ち、ちか、誓う、誓う、誓う。我は、人のために生きる』


 「その言葉。しかと聞いたぞ。さあ、この器に入れ」


 クマのぬいぐるみを突き出すと、黒い雲がぬいぐるみの中に吸い込まれたように見えた。


 そして、クマのぬいぐるみに命が宿った事が、俺の周辺探知で確認された。


 「しばらくは『気絶』したような状態になるだろう。『意識』を取り戻すまでは話す事も出来ないだろうな」


 ミィの言葉を締めくくりという事にして、俺はクマのぬいぐるみを二つ持って立ち上がった。


 「さぁ、凱旋だ。仲間思いで勇気のあるエルフたちよ」


 一応、ドラゴンの亡骸は俺のアイテムボックスに入れて持ち帰る事になった。そして、ビケに乗り、往路の半分以下の速度でのんびりと移動。四時間ほどかかって、エルフの里へと到着した。


 あたりは夕闇が迫りつつある。ほとんどが移動時間で終わったなぁ。


 里にドラゴンの亡骸を出したら、デミドラゴンとドラゴンに二つの素材の山に喜んでいた。すべて、エルフに進呈すると言ったしね。

 ドラゴンの魂の事は、里の衆にも秘密という事にしてもらった。ぬいぐるみとは言え、魂が残っているとしたら安心出来ないエルフもいるかも知れないからね。


 宴を開くので泊まっていけと言われたけど、エルフとの交渉結果を待っている女王陛下がいるので、謹んで辞退。ビケの飛行高度を上げた状態にして帰る事にした。


 結構惜しまれたよ。特に例のエルフっ娘に。ドラゴンが討伐されたと聞いた瞬間に母親が出てきて抱きしめながら泣いていたのが印象的だった。それまでは、親子の名乗りを上げる資格がないと泣いて我慢していたそうだ。そういうモノなのかな? そこら辺は良く判らないけど、まぁ、今後はその心配もないだろう。


 次ぎに来た時には盛大に歓待すると言っていたけど、余計なモノを背負う必要もないよ、いつも通りでいいから、と言ってその場を後にした。


 そして、余計な魔力を使うけど、木に引っかからない高度で飛行し、王都を目指した。


 今日はギリギリ、夕食の時間に帰り着く事が出来た。僥倖だねぇ。

 とりあえずエルフとは敵対関係は全くなく、どちらかというと友好関係に近い、という感じに言葉を濁しておいた。

 これからの予定としては、今晩を最後に俺は町で宿屋暮らしをして、ギルドで金稼ぎをすると言っておいた。まぁ、本当は今晩から宿屋暮らしをするつもりだったんだけど、乗り移りのためのぬいぐるみを消費しちゃったから、今晩中に作らないとならないってだけだけどね。


 簡単な説明をして、夕食をもらい、風呂から上がった所でミィが訪ねてきた。


 一時期、乗り移りが出来ないかと色々試したそうで、ぬいぐるみのストックは結構あるそうだ。そして、やっぱり、今のぬいぐるみに一番近いタイプを選んで魔石を入れた。

 今度もチマチマとだけど、しっかりと縫い合わせる。

 これで、ミィは乗り移りを完了させて動けるようになったら、古い方のぬいぐるみを置き、その周りにアイテムボックスの中身をぶちまけてくるそうだ。


 ミィの持つアイテムボックスは、所有者が死ぬと中身をぶちまけるタイプらしい。俺のアイテムボックスはゲームの中の仕様のため、プレイヤーが死ぬ事を想定していない。一体どうなるんだろうね。怖くて試せないけど。


 まぁ、物言わぬ古いぬいぐるみと、アイテムボックスをぶちまけた状態なら、『死』という認識からは抜け出せないだろうと言っていた。


 そしてミィ自身は転移アイテムで俺の所に来て、俺のゲーム世界に身を隠すそうだ。まぁ、本音は、俺のゲーム世界が面白そうだから遊びに行く、って感じらしいけどね。時々はこっちの世界に戻ってくる事も考えているそうで、その時は王都を避けて活動すればいいだろうと言っていた。もしくは、ある程度以上人間にそっくりな人形を手に入れ、それに乗り移る事も考えているそうだ。最悪、鎧を元にして人形を作るとかも考えているらしい。

 それは、ちょっと不気味なんで、出来る限り俺も協力するつもりだけどね。

 あっちのゲーム世界なら、人間そっくりの傀儡人形が出来るかも知れない。可能性は結構あるとは思ってるよ。

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