07 王都の冒険者ギルド
王女の身体が元に戻ったあと、俺は王族専用の屋敷で陛下達と食事を摂った。
会話のほとんどが、あっちの世界でミィがどんな冒険をしたのか、というモノだったけどねぇ。
そのあと、かなり豪華な部屋をあてがわれ、部屋の一画にカーテンで仕切られたお風呂コーナーで身体を洗った。なんと、お風呂のコーナーの奥にもう一部屋あり、そこでお湯を沸かしているらしい。風呂に入れるようになるまでメイドさん達が忙しそうに出入りしていたけど、腕まくりして、タオルを持って、「どうぞ」と言われた時は眩暈がした。
風呂は、長方形の深皿に四本足を付けた、いわゆるバスタブ形式。メイドさん達を追い出したので、風呂のお湯のつぎ足しは出来なくなったけど、軽く身体を洗うだけなら問題ない。日本式の風呂釜が恋しいけど、この世界に居る内は我慢しかないだろうな。
湯上がりの汗を拭っていると、部屋にミィが訪ねてきた。この世界の常識では、夕食後に個人の部屋に訪ねるというのはマナー違反らしいが、相手がミィなら関係無さそうだな。
そのミィなんだけど、なんか疲れ果てているという雰囲気だった。
「ミィ? なんか、草臥れているようだが?」
「ああ…、アリーシャとリリィが放してくれなくてな…」
「なるほど。ご苦労様。で、こんな時間にどうした?」
「わたしの、今後の身の振り方を相談したくてな」
「ここの連中から距離を置く、とかいうヤツかな?」
「今日見て判ったとは思うが、このわたしに、かなり依存しているようでな」
「俺としては、ミィなら依存してても問題無いように見えたんだが」
人は、何かしらに頼って生きている。それが、常識も、心の強さも兼ね備えているミィが相手なら仕方のない事だろうし、悪い方向には決して行かないだろう。そう考えると依存先としてはかなりの優良物件だと思うんだけどなぁ。
「わたしも、そうでありたいと思ってここまで来たが、今日の事でも判るように、その関係も歪んでしまっているからな。それに……」
「それに?」
「うん…。わ、わたしも、そろそろ限界が近いと感じているのでな」
「それって……」
「まだ、一度や二度ぐらいはダンジョン踏破もできそうだが、もう、それ以上は絶対に無理だな。この身体の限界が来る前に、わたし自身の存在そのものも怪しくなるだろうし。
まぁ、それを知った上で、今回が最後の奉仕だと思って旅に出たんだがな」
「何か手はないのか?」
「わたしの存在自体が不自然なモノだというのは判っているだろう? もともと、この身体だと食事を必要ともしないし、表面が切られても、縫い合わせれば治るという非常識な存在だ。だが、依り代となったこのぬいぐるみの耐久まではどうにもならなくてな」
「一番初めの時のように、他のぬいぐるみに乗り移ったりとかは…」
「それも、だいぶ試したが、移れる兆しさえ無かった」
「………」
「まぁ、そんなわけでな、わたしが壊れる前に、お前には元の世界に戻って貰おうと思っているんだ」
「あー、ちょっと、待ってくれ。ミィは魔法が使えるよな?」
「あ? ああ」
「魔法は、魔石が無いと発動しないよな?」
「そ、そうだな」
「すると、そのぬいぐるみの中に、魔石が入っているってことだよな?」
「たぶんな」
「で、乗り移るためのぬいぐるみに、魔石を入れておいたか?」
「え?」
「魔石は直ぐに換金出来る財産になるよな? なら、女の子の親が、もしもの場合用に、ぬいぐるみの中に魔石を入れて置いた、とかって、可能性はどうなのかな?」
「あ、ありがちと言えば、ありがちだが…」
「ミィが乗り移ったのは、器に入った魔石、だったって可能性は?」
「………」
とうとうミィが固まってしまった。しばらくはじっと動かずに考え事をしていたようだけど、何かを思い立ったのか、顔を上げて言ってきた。
「少し待っていてくれ」
そう言い残して部屋を出て行った。直ぐに戻ってきたけどね。
「代わりのぬいぐるみと魔石を持ってきた」
そう言うとアイテムボックスからほとんどそっくりなクマのぬいぐるみと数個の魔石を取りだして並べた。
「すまんが、中に魔石を仕込むのを手伝ってくれるか?」
「あー、針と糸はあるか?」
「わたしの治療用のがある。それを使ってくれ」
そう言うと、再びアイテムボックスを操作してソーイングセットらしきモノを取りだした。
裁縫は小学生の時に習って、その後はボタン付けに何度かやった程度だけど、大丈夫かな? まぁ、なるようになるだろう。
そして、ソーイングセットの中の小さなハサミを使って背中側を切り開き、中に収まる大きさで、一番大きな魔石を強引に突っ込み、チマチマとした針仕事をして、なんとか形を整える事が出来た。
そしてミィの前に座らせて置いた。その前にミィが座ると、そっくりなぬいぐるみが、『使用前』『使用後』って感じで際だつ。
ミィの身体って、かなりボロボロだったんだなぁ。
「うおっ!」
なぜか、いきなりミィが叫んで飛び退いた。
「どうした?」
「あ、いや、簡単に移れそうだったので驚いただけだ」
「じゃあ、直ぐに移っちゃっても良かったんじゃね?」
「いや、少し考えがある」
「うーん。つまり、ここの連中と距離を取るという考えは変えていない、って事かな?」
「その通りだ。良く判ったな」
ミィによると、古いぬいぐるみの方で限界を匂わせ、適当な所で乗り写りを実行して古い方を置き去りに、その場を去るという方法を考えたそうだ。
そのために、俺にも協力して欲しいと言ってきた。
まぁ、依存している陛下や殿下はかなり泣くだろうけど、それは人間同士の付き合いでも経験する事柄だろう。
挫けても支えてくれそうな者たちは多くいるし、依存体質からの脱却は、悪い事じゃないはず。まぁ、こじらせなければね。
次の日、俺はミィに案内してもらいながら町を見物に行く、という言い訳を用意して城を出た。
行く先は魔法具を置いてある店。たぶん、監視の目が着いているだろうから、お土産として色々買いながら、目的のブツを手に入れる、という事だった。
目的のブツ。それは、二つで一つのアイテムで、片方を持って呪文を唱えると、もう片方へと転移するという、ダンジョンなどから脱出する時に使われる魔法具だ。
王城とかでは、緊急時にはそう言った魔法具の使用が出来ないように妨害魔法が張られるけど、平時なら問題なく使える。冒険者なら、常に予備も含めていくつか所持しているのも普通なので、俺が買っても不思議ではないモノだ。
一応、カモフラージュするために、他にも色々買う事にしている。当然、ミィの金で。
俺はまだ、この世界で冒険者登録していないし、金になる仕事もしていないしな。言えば王家から莫大な金が支給されるだろう、とか言われたが、俺としてはそれを受け取る資格がないと考えている。
基本的にミィの手伝いを少ししただけで、全ての努力はミィがしていたからなぁ。それに、この後、ミィを誘拐するようなモンだし、罪悪感がハンパ無い。
魔法具の店が終わったら冒険者登録をして、どんな仕事があるのか見てみよう、という事にはしている。
そして、魔法具の店では、魔石を使って光り続けるランタンとか、魔石を使って飲み水を作り出す水筒とか、煮炊きするための簡易コンロなどを買った。
基本的に魔法具は、魔石を動力源にしているので、魔石がないゲームの中だと意味がないかもしれないけど、その時は、こっそりこの世界に来る、とかも考えている。
まぁ、ミィ次第だけど。
その魔石を獲得するために、冒険者登録をして金稼ぎと魔石稼ぎをする事にしている。
ミィの案内で、冒険者ギルドと言われている場所についた。
外観は商業ビルと言えそうな、真四角な四階建て。一階はデパートのように大きく開かれ、中が素通しで見えるようになっていた。
「随分と近代的だなぁ」
「近代的? そうか? どちらかというと、装飾もなく、古くさい建物にしか見えないがな」
所変われば品変わる、ってヤツだな。価値観が真逆なのはちょっと笑える。
中は銀行の受付のようで、平机が一直線に並んで、ロビーと職員がいる区画を分けている。机の上には、受付の案内があり、一番端が新規登録という机だった。
時間はもうすぐお昼、という事で、ギルドの中は閑散としている。ミィの話しだと、夕方ぐらいから込んで来て、期日指定の依頼などの駆け込みが押し寄せるそうだ。
新規登録の机に向かって歩く。
「新規登録を頼む!」
「こ、これはミィ様。良くおいで下さりました。先日の占術師の件は如何でしたでしょうか?」
ミィの声に驚いた、四十代ぐらいの細身の男が慌てて近寄り、そうミィに聞いてきた。
「うむ。大変役に立ったぞ。後で改めて礼に赴くと伝えてくれ」
「畏まりました。ミィ様のお役に立てた事を占術師も嬉しく思いましょう。して、この度はどのような御用でしょうか?」
「御用と言うほどのモノではない。今日は、この男の冒険者登録を頼みに来ただけだ」
「そうでしたか、では、こちらへ」
なんか、わざわざ案内してくれる。既に目の前なのにねぇ。
そして、設置してある丸椅子に座ると、目の前に直径三十センチほどの水晶玉が置かれた。だいたい、バレーボールに近い大きさかも知れないけど、それが完全に透明な水晶だと凄い存在感を感じる。
受付にいた女性に促されて、俺はその水晶玉に手を当てた。
すると、何故か水晶玉に仕込まれた魔法の仕組みが理解出来た。
なんだコレ? 手を当てると、かけられた魔法構造が判る仕組みなんて、何の意味があるんだ? 一応、仕組みを追っていくと、これがもっと大きな水晶をメインサーバにしたネットワークシステムだという事が判った。
目の前の三十センチほどの水晶が、ギルドという組織に二百二十個配置されていて、それがメインサーバにデータを送り込み、データの引き出しを行っている。
今回は、受付の女性の操作で、俺のデータがメインサーバに有るかどうかの照会を行っているようだ。
うん。結果もわかる。俺のデータは存在していないね。
そんな照会の他にも、なんと嘘発見器の様な機能まであるようだ。粗野な冒険者が難癖を付けて来た時の備えなんだろうねぇ。
「…、んた、…、け…、ケンタ! しっかりしろ!」
「え?」
いつの間にか、俺は水晶の中を覗くのに夢中になっていたようだ。
「えっと、すまない、どうなってた?」
「手を当てた途端に動かなくなったから驚いたぞ。大丈夫なのか?」
「あ、ああ。水晶に仕込まれた魔法構造が面白かったから、つい夢中になってた」
「え?」
「面白いな、コレ。大元の大きな水晶と連絡を取り合って、加盟しているギルドの情報の均一化を目指しているんだよな」
「わ、わかったのか?」
「え? 手を当てれば、誰でも見られるモンじゃないのか?」
ギルドの中は閑散としていて、今は職員以外は俺たちしかいない。そして、俺たちの様子を見守っていた職員達がどよめきをあげる。
「あ、あの、ミィ様。こちらの方は、名だたる魔法師の方でありましょうか?」
太鼓持ちのようにミィに取り入っていた細身の男が、恐る恐るという感じで聞いてきた。
「いや。ケンタは、魔法の才はかなりのモノを持っていそうなんだが、魔法自体、わたしが教えてから三~四日しか経っていなかったはず。だよな?」
「あ~、そんなモノだよなぁ。まぁ、似たような事はしていた、ってのは有るけどなぁ」
「あれは、イメージ力の練習みたいなモノだろう? それだけで、水晶にかけられた魔法の中身を知るなんて出来る事じゃないぞ?」
「そうなのか? 一応、さっきは、そこの女性が、俺の記録が大元に無いかを確かめるために照会して、結果として俺の記録が無かった、という答えが返ってきたのは『見えて』いたけどなぁ」
俺の言葉を聞いて、細身の男が受付の女性に振り向く。それを受けて、受付の女性が大きく頷いた。
「何というか、お前のその能力は危ういなぁ」
「そうか? 俺としては、それぐらいで中身が見えてしまう仕組みの方が危ういと思ったけどな。正規の操作係以外が扱う事がないように防犯機能を追加した方がいいんじゃないのかな」
「む、た、確かに、そちらの方が理にはかなっている話しだがなぁ…。だが。どうやる?」
「誰でも操作できる、という事が出来なくなるけど、操作係を操作係として中央に登録、それ以外は操作も情報も見られないようにする、ってだけでいいとは思うけどな。あと、ギルドの役職の一人にでも、操作係の任命権を与えておいて、その一人だけが操作係の登録や抹消が出来るようにしておけば良いんじゃないのかな?」
「ふむ。それは、実現可能そうに思われるな。ギルドマスター、今のを聞いていたか?」
「はい、しかと」
「なら、今の意見を上にあげておいてくれ」
「畏まりました」
なんと、この細身のおっちゃんがギルドマスターだったとは。世の中、侮れないなぁ。
その後は、俺自体は問題が無いと言う事で、冒険者登録ができた。
貰ったのは木製のプレートで、実績が出来れば銅、鉄、銀、金のプレートに変わるそうだ。呼ばれ方も、木の冒険者、鉄の冒険者、という感じになる。Aランクとか、SSランクとか言う呼ばれ方はしていないらしい。まぁ、この世界のアルファベットは知らないし、識字率が高くないので、そういう文字による区分けは混乱するんだそうな。
基本的に、ギルド登録は税金を取るための仕組みで、ギルド登録をしていない場合は個人で申請して支払いをしなければならない。それは、かなりの誤魔化しがあるようで、毎年、個人申請した者たちが何人も逮捕されているらしい。
ギルド登録しておけば、ギルドを通した金の出入りには税金がしっかりとかけられているので、普段から税金の事を考える必要はない。まぁ、表向きにギルドで仕事して、裏での仕事の税金を誤魔化す、という連中もいるようだけど、発覚したらギルド追放だし、罪に対する罰も重いモノになるので、割に合わない事らしい。
一通りの説明を受けて、今度は依頼が張り出されている掲示板に向かった。
なんと、木の冒険者でも、最難度の依頼を受ける事が出来るそうだ。まぁ、受ける時に、内容に合わせた保証金を支払う必要があるし、依頼で死んでもギルドは関与しないという事だった。
そこら辺は、完全に自己責任なんだな。一応、ギルドにはワザを鍛えるための訓練室と教官が控えていて、程度に合わせた有料だけど、実力を上げたり、どの程度の事が出来るかの判断はしてくれる。
命が大事なら、自分で大事にしろ、っていう事だね。
今回は、俺がこの世界で、どの程度戦えるかを見るために、オーガの集落を殲滅する依頼を受ける事にした。
基本的に、この依頼は複数人グループの鉄から銀程度の冒険者向きなんだそうだが、ミィによると、俺なら銃だけでも問題なく殲滅出来るってものらしい。
報酬は銀貨三枚。保証金は大銅貨五枚。一頭あたり大銅貨一枚の別報酬。
依頼達成時に保証金は帰ってくる。他にも、オーガ一頭あたり大銅貨一枚の報酬があるそうだ。
依頼の紙を掲示板からはがして、依頼受け付けの机に持っていく。
「オーガの集落の殲滅ですか。ミィ様がご一緒であれば問題は無いと思われますが」
太鼓持ち、もとい、ギルドマスターが怪訝そうな顔つきで尋ねてきた。
「まぁ、今回はこの男の実力の様子見だからな。この程度で充分だ」
「ほほう。それほどまでの実力者でしたか」
なんか、疑わしい、という目で見られている。まぁ、判らなくもないな。
「ああ、この男なら、魔法抜きでも魔法のみでも楽に達せられるだろう。まぁ、やりすぎる可能性の方が高いのだがな」
「そこまでとは……」
ギルドマスターが黙った所で、俺たちは受付に紙と保証金を渡し、代わりに魔法具の一種である金属製のプレートを受け取った。
「その魔法具には、これより倒した魔獣の種類と数が記録されます。今回はオーガの討伐という事で、オーガの討伐数のみが参照されます」
「ああ、要は、オーガ以外の魔獣の数も記録されるが、依頼達成には何も貢献しないと言う事だ。あくまで、依頼を受けた対象のみが必要という事だな」
「なるほど。オーガの討伐に行く途中でドラゴンを倒しても、依頼を受けていないのであれば報酬を受けられない、という事だな」
「まぁ、基本はそう言う事だ。倒した魔獣は持ち帰れれば、それなりの金にはなるけどな」
「今回は、オーガのみは持ち帰らなくても、コレに記録されていれば良い、という事だな」
受付嬢の説明をミィが要約してくれた。こういうやり取りをする事で、取り返しのつかない暗黙の了解というヤツを潰せる。
「よし、では出発するとしよう。ああ、そうだ、お前が冒険者として活動するのならアレが必要だな。良い機会だから買っておく事にしよう」
「あれ?」
「うむ。ビケだ」
「ビケ?」
ビスケットの略かな?
「ああ、移動用の魔法具だ。かつて、ギルドの仕組みを作った魔法師が、移動用に作った物らしい。ギルドマスター、ビケはあるか?」
「はい。現在、一台だけですが販売用が確保されています」
「では、それを譲ってくれ」
「畏まりました。では、裏の倉庫へとご足労願います」
案内された先には、タイヤの部分に四角い箱が付いたママチャリがあった。
自転車? いや、バイクか? あ、ビケって……。
「こちらになりますが、よろしいでしょうか?」
「うむ。ケンタ。確認のために一度乗ってみてくれ。乗り方は…」
ミィに言われるまでもなく、俺はサドルに腰掛け、ハンドルを握った。そして、ハンドルの中央にある、差し込んであったキーをひねって作動ポジションに持っていく。
本当に微かな振動をしたのを確認した後、俺は左足先のフットレバーを前方に一回だけ踏み込んだ。
このビケにはクラッチは無いようで、後は右手のスロットを手前側にひねるとビケ本体が浮き上がった。さらにひねるとゆっくりと前に進み始める。
最小半径を意識しながら一周して、右手のレバーを握るとビケはその場に着地して停車した。
左足のフットレバーを、つま先を使って一回だけ蹴り上げ、キーをひねって停止ポジションにして終了。
「お見事ですな。以前にビケを動かした事がおありのようだ」
「あ、まぁ、少しは…」
ちょっと誤魔化しておこう。
その後は、ミィがビケの代金として大金貨を二枚支払って、俺たちはビケに乗ってギルドの建物から出た。
ミィは、このまま直ぐに目的地に向かおうと言っていたが、俺は鍛冶工房へと向かうように頼んだ。
そして、ビケのハンドルの前方部分に、ミィを乗せるカゴを取り付けて貰った。
もう、完全にママチャリだ。思いついたんだから仕方ない。
しかも、そのカゴにミィを乗せると、異星人と交流してしまうような錯覚まで覚える。詳しい事は、ミィには内緒にしよう。そうしよう。
町の外周門でも、ビケは認知されているらしく、特に咎められる事もなく通り抜ける事が出来た。町の門は、基本的に入る事に色々チェックが入るそうだ。まぁ、完全な一般人の場合は、出る時もチェックを受けるみたいだけどね。
「それにしても、よくビケの動かし方を知っていたな?」
暫く運転して、周りに何も無くなった所でミィが聞いてきた。
「ビケを作ったり、ギルドの水晶の仕組みを作った、ってヤツなんだけど、もしかしたら俺の世界の人間かも知れない」
「なんだと? そうなのか?」
「確信は無いんだけどね。でも、ギルドの仕組みや、この乗り物の仕組みは、俺の世界にあるモノとそっくりなんだ。ああ、俺の世界では魔法は無いから、からくり機械が動力源だったりするんだけどな」
「なんと、そうだったのか。だが、残念だな。そのギルドの仕組みを作ったという者は、約三百年ほど前の人物でなぁ。今はもう、生きてはおらんだろう。今は、その者が作ったモノだけが受け継がれているにすぎん」
三百年前かぁ。ちょっと長生きしてくれ、って言っても、ちょっとだけ無理がありそうだな。出来ればちょっとは話しをしてみたかったけどなぁ。
一応、ビケの操作をミィに聞いてみた。なんと、右足のフットレバーは後輪ブレーキじゃなくて、強制接地システムという事だった。ハンドル右のレバーも、ブレーキじゃなく、逆噴射装置みたいなモノだった。聞いた後なら、仕組み的にそうなるなと、納得出来るけど、聞かなかったら拙かったかもねぇ。
その後は、ミィの方向指示に合わせて運転していき、小一時間ほどで目的の場所に到着した。
馬車だと一日から一日半。歩きだと三~四日かかる距離を小一時間。文明の利器は凄いねぇ。なんて思っていたら、馬型の魔獣だと、この半分以下で到着するそうだ。鳥型の魔獣だと、更に半分の場合もあるとか。
なるほど、他にビケを見なかったわけだ。
俺が馬には乗れない、と言っていたので、それを考慮してビケを選んでくれたのだろう。ミィには感謝だね。
目的の森、というか、山に到着した。依頼書だと、この山にオーガが集落をつくっているらしい。
俺はビケを下り、そのままアイテムボックスに収納した。ミィはいつもの定位置の俺の肩の上だ。
これからオーガとの戦闘が始まる。戦闘じゃなく、どちらかが死に絶えるまで続く死闘だな。
デザートイーグルを抜き、スライドを引いて、いつでも撃てるようにしておく。交換用のマガジンを手で触って確認し、俺はソロソロと歩を進めた。
「あっ」
「どうした? ケンタ?」
ここでいきなり思い出した。ゲームの時には、周辺探知の従魔が付いていたんだった。それが今、どうなっているかを確認していなかった。
今現在、ステータス画面は開けない。そこで、声に出してみる事にした。
「周辺探知」
すると、俺の首の前二十センチほどの所に、平面の周辺地図が出た。赤い点も描かれている。
「そ、それはなんだ?」
「あ、見えてる? これは、あっちの遊び場のアイテムなんだけど、周辺探知が出来るモノなんだ。一応、赤い点が敵、黄色が敵になる可能性がある存在、緑や青が人間とかに色分けされる仕組みなんだ。まさか、これがこっちでも使えるとは思ってもいなかった」
「便利なモノだな。そんな魔法、こちらでは見た事もないぞ」
「まぁ、遊びとして、変なストレスは面白味を損なう、とか言う事で導入されたモノみたいだけど。向こうの遊び場でも使っていたんだけど、その時はミィには見えていなかったみたいだな」
「ほほう」
「それと、自動回復!」
今度は、周辺探知の画面の上に、別の画面が現れた。そこには、お馴染みのパーセンテージ設定がある。
「今度はなんだ?」
「俺の体力が三割を切った場合に、自動的に回復魔法をかけてくれる仕組みだ。まぁ、回復魔法とは言っても、完全に治る訳じゃなく、三割を切った状態が五割程度に戻る、っていう程度なんだけどな」
「凄いな。そんなものがあったのか」
「ミィと会ってからは、そこまでギリギリになることも無かったしなぁ。それ以前は、結構お世話になって、本当に助けられていたんだけどな」
「ふむ。それらが有るのなら、そこそこ安心出来るというわけか」
「安心しちゃいけないんだけどな。危機感はいつも持っていないと何処で落とし穴に落ちるか判らないし」
「それは、そうだ。なかなかのベテランっぷりじゃないか」
ミィには黙っていたが、似たようなゲームは何度か遊んでいたからな。
周辺探知で周りの敵が判るので、いきなりの出会い頭という危険は無くなった。それに、オーガだけが鈍いのか、それとも全体の傾向なのか、有効射程圏に入ってもオーガ達は俺に気が付かないようだった。
そしてついにオーガを視認。
オーガは、まるでゴリラから毛を取って、姿勢を良くしたような見た目をしている。若干、ゴリラよりも足が長いか? まぁ、いわゆる五十歩百歩だけど。
だけど、ゴリラ並みの筋力というのは侮れない。オーガの腕の一振りで、俺の頭はひしゃげて飛び散るだろう。
つまり、ターン制だと俺の負けが決定するわけだ。
ならどうするか? 先手必勝、一撃必殺、ずっと俺のターン! を続けるしかない。まぁ、要は遠距離からの狙撃だね。
今、攻撃圏内にいるのはオーガが一匹。銃の音に気付く距離にはけっこういるけど、周辺探知があるから不意打ちを喰らう心配はない。
ならば、と、俺はアイテムボックスからショットガンを取りだした。
まだ、じっくりとは練習していないんだけど、マグナムの弾丸を節約する必要もあるんで、まずはこれから行ってみようと思う。
「殲滅を始める」
なんか、かっこよさげなんで言ってみた。ミィへの合図なんだけどね。
ショットガンを構え、銃身の下側にある先台をスライドさせて弾丸の装填を行う。弾丸は単発形式のスラッグ弾。散弾だと、あの筋肉に阻まれる想像しかできないので一点集中で狙う事にした。
距離は二十メートル。かなり近いが、向こうは俺に気付いていない。けっこう、このガンマンスタイルが迷彩になっているようだ。
狙いを付けて、引き金を引く。
拳銃よりも音量が大きいような気がする。その分、反動も大きいみたいで、銃で慣れていてもかなり跳ね上がった。
だけど、ライフルと同じような構え方の所為か、弾丸はしっかりと的に命中したようだ。
的。オーガの頭、とも言う。
はい。弾け飛びました。
元の威力を知らなかったので、コレが増強されているのか、元々こういう威力なのかが判らないのは………。まぁ、いっか。
とにかく、一撃必殺なのは間違いないし、この威力なら、身体の中心線なら、何処に当たっても致命傷になりそうだしね。
銃声に疑問を持ったオーガ達が集まり始めた。
まだ、俺の位置が特定されていないので、この隙に出来る限り数を減らしておこう。ポンプアクションで次弾を装填して、再び狙いを付ける。様子を見に来たオーガを、また一撃で倒した。
次々に撃って、四発撃った所で弾込め。
威力がでかいけど、装填数が少ないのがやっかいだよなぁ。まぁ、連続で撃つと銃身が熱くなりすぎて暴発の危険が増えるから、これが丁度いいのかも知れない。
新たに込めた四発が打ち終わった所でショットガンはお役御免。アイテムボックスへとしまい、武器はデザートイーグルに切り替えた。
オーガ達がワラワラと出てきたので、ショットガンの連射速度と弾込めのスピードが合わなくなったためだ。武器に拘って敵にやられるなんて、本末転倒も甚だしいってものだよなぁ。
オーガはだいたい、二~三体ずつのグループで出てくる。それぐらいの数じゃないと内輪もめを起こして仕事にならないって事らしい。
「オーガは基本的に肉体強化の魔法を使ってくる。向こうの手が届く位置に入られたらお終いだと思え」
ミィの有り難い解説でした。まぁ、元よりそのつもりだったしね。だけど、ただでさえ力が強いのに、更に肉体強化して意味があるんだろうか? 仲間内での優劣なら付けられそうだけど、敵に対しては余り意味が無いような気がする。まぁ、これが俊敏さを上げる魔法とかだったら、俺の方がやばかった訳だけどね。
兎に角、距離がある内にドンドンと倒していく。
マガジンを三つ交換した所で、漸くオーガを倒し終わった。まぁ、周辺探知には、離れた場所にまだいくつかの点が表示されて居るんだけど。
俺はその場に膝をつくと、アイテムボックスから弾丸のストックを取りだして、空になったマガジンに弾丸を差し込んでいく。
周辺探知があるからこそ出来る事だよなぁ。無かったら警戒しながらやるか、安全圏まで後退してからの作業になったはずだ。
ついでにショットガンの方にも弾丸を補充しておく。また、初めはショットガンから、という流れでいいだろう。
補充が終わった所で、ショットガンを構えつつ、残りの光点に向かって歩き始めた。向かう先にはやや大きな点が一つ。通常のサイズの光点が四つある。なぜか、その近くに緑と青の中間色みたいな点が在るのが見えた。
「これって、どういう事だと思う?」
ミィに人らしき光点について意見を貰う事にした。
「おそらく、オーガに掴まっている人間だろう。保存食という訳だな」
「うわ。さっさとオーガを倒さないとな」
オーガじゃなく、オークだったら、くっ、殺せ! ………、いや、やめよう。
慎重に、音を立てないように進んでいるけど、その速度はやや速くなった。
そして、小さな丘を越えた所で到着。まだ、こちらには気付いていないので、ゆっくりと状況確認を行う。
大きいのはボス的なオーガだった。その周りに取り巻きみたいなオーガが四頭いる。今まで倒してきたオーガと比べても、取り巻きで一回り、ボスで二回りは大きい。
全てが横になって惰眠を貪っているようだ。
まぁ、『喰う』『狩り』『寝る』ってのが基本行動だろうから当然かもな。周辺を警戒して定期的な歩哨を置くオーガなんていうのは想像できない。
なら、このチャンスを戴かせて貰います。
俺は早速オーガのボスに狙いを付けて、ショットガンを発射した。
弾け飛ぶボスの頭部。
驚いて周りを見回すオーガの取り巻きも連続で打ち砕く。倒せた取り巻きは二頭。
ショットガンをアイテムボックスに押し込み、銃を引き抜いて残りの二頭に乱れ撃ちした。これも、周辺探知があればこそ。周りに敵になりうるモノが居ない事が判っているから、乱れ撃ちというワザが使える。
真実は、オーガが周りのザコ敵を餌として喰っちゃっていたから、というのは、後でミィに聞いた。まぁ、オーガの自業自得、という事でいいよね?
周辺探知で周りに敵がいない事を確認してから、立ち上がってオーガの残骸を確認する。
「一応、討伐数を確認しておけ」
ミィに言われて、討伐数をカウントするプレートを取りだしてみた。しっかりとオーガが三十四頭と表示されている。
倒したオーガはそのままでも良いのだけど、魔石が欲しいのでオーガをアイテムボックスに収容していく。後で、解体の専門家に任せるか、自分でやるしかないな。先に倒したヤツも、後で残らず回収しておこう。
そして、オーガの食料庫に行く。
そこには、脅えすぎて心が逝ってしまった人間が三人居た。
既に周辺の状況を知る事も放棄しているようだ。だけど、このままでは埒があかないので、水を生み出す魔法具を取りだしてついでに買ったボウルに水を出させ、その水をぶっかけた。
何となく覚醒したのは三人の内二人。一人はまだボーっとしている。
「オーガは倒した。このあたりには当面敵になりそうな魔獣は居ない。まぁ、まずはゆっくり、おちついて、水でも飲んでろ」
そう、ぶっきらぼうに言い放って、水を出す魔道具とボウルを三つ、彼らの目の前に置いた。
二人は男で、まだボーっといているのは女みたいだ。
みたいだ、というのは、三人とも泥だらけで、動かない時は泥人形なんじゃないのか、という見た目だったためだ。動いた事で泥が剥がれ、何とか人間に見えるようにはなっていた。
そして、二人は貪るように水を飲んでいる。少し落ち着いた所で、ミィに言われて買っておいた保存食を取りだして渡すと、それも貪りだした。
味見はしていなかったけど、あれって、冒険者用の保存食で、とても美味いとは言えないモノだったはず。それなのに嬉しそうに喰っているって事は、余程飢えていたんだろうな。
喰えているのなら復活に向けた行動をとる事も出来るだろう。問題は未だにボーっとしたままの女性。泥だらけで、良く判らないんだが、もしかしたら少女かも知れない。
タオルとかを買っておけば良かったなぁ、とか思いつつ、少女の顔を拭ってやると、こちらを見つめ返してきた。
「Φак Ωас εоβу?」
「え?」
彼女が言葉を話した事は良い事なんだけど、何を言っているのか判らない。
「おい!この娘はエルフじゃないのか?」
ミィが驚いている。俺としては生エルフキターって所なんだけど、驚くほどの事なのか?
一応確認ということで、彼女の髪をかきあげ、耳を見てみた。
うん。尖ってた。
「エルフが珍しいのは判るけど、そんなに驚く事なのか?」
「あ、いや、そうだな。エルフは、何というか、同族意識が強くてな。誰かが攫われたとなると一族全てで取り返してくるような連中だ。その分、排他主義で、他の種族を認めないという傾向も強いのだ。だから、この娘が原因で、エルフの一部族と戦争という場合も考えねばならない」
「うわ~……」
「おい、エルフの娘! お前の部族の名前はなんだ?」
「Я не εнαю, Ω γеμ βы ψоσритζ」
「む、通じないか…」
兎に角、元食料貯蔵庫代わりの場所にそのまま座らせておくのも良くないという事で、抱き上げて場所を移した。他の二人もそれに着いてくる。
その二人に聞いた所、この娘は二人よりも前から居たらしい。そして、泥だらけなのは、自分たちで不味そうにするために塗りたくったそうだ。泥を塗らない者達もいたが、それらは早々に喰われていったそうだ。
何も語らない少女を、恐怖でおかしくなったと哀れんだ二人が、彼女に泥を塗ったという事だった。グッジョブだね。
オーガの貯蔵庫には、色々な動物の骨や、歪んだ剣、穴の開いた鎧、壊れた馬車などがあった。
そのうちの馬車を直せないかと二人と相談したら、落ち着いた今なら、多少は時間が掛かるけど修理出来そうだと言う事だった。しかし、引く馬が居ないという。
という事で、馬車は出来るだけ軽量化してもらい、それを俺のビケで引く事になった。
馬車は森の中でも強引に進むために、小型で、車輪だけが不釣り合いに太い構造だった。そのため、重要な部分は壊れておらず、乗るだけなら余計な部分を取り除くだけでいいという事だ。
二人が積極的に動いてくれたため、馬車は日暮れ前には使えるようになり、そのまま出発という事になった。二人も、この山からは早く出たい、ってのが強かったみたいだけどね。まぁ、俺の周辺探知では、このあたりにオーガは一匹も居ないんだけど、探知外から移動してくる場合もあるから、一概に『もう安心』とは言えないのが辛い。
山の中はゆっくり、そして、山を出た所から通常運転という事になった。
途中にある村に寄るか、それとも王都まで一気に行くか、という事で悩んだけど、一つの村にこういった難民を受け入れる余裕は無いし、どっちにしろ王都の警備兵に詳しく説明しなくてはならないのは一緒だ、という事で王都までの最短距離を取って移動している。
途中にある浅い川で、三人を洗ったのは言うまでもない。完全にさっぱりとしたというわけじゃないけど、残りは町で洗って貰おう。
ボーっとしていた少女も、この頃になると生気が戻ってきた様な印象を受ける。相変わらず言葉は通じないんだけど、ジェスチャーで少しだけは意思疎通が出来るようになってきていた。まぁ、馬車から降りて、とか、川で身体を洗って、なんて言う程度だけどね。
そして、夜の夜中、魔法の灯りで周囲を照らしながら王都に到着した。
通常は門は閉まったままなんだけど、理由が有れば時間外でも出入り出来る。こちらには有名人のミィが居たし、オーガに掴まっていた人の保護、という名目も有ったので、すんなり詰め所に入れた。
あとは、三人を引き渡して終了、というわけだけど、今回はエルフの可能性があるので王城で保護する事にした。まぁ、ミィの独断だけど、間違った判断ではないので警備兵も何も言わないようだ。
というわけで、引き渡すのは二人のみ。こういった魔獣の被害者は、国と冒険者ギルドの双方で支援する仕組みもあるんだそうだ。まぁ、当面の寝泊まりとある程度の旅費の工面だけだそうだが。それでも有るだけマシ。通常なら無一文で放り出されるどころか、財産を失ったあげくに救出費用まで請求されるという最悪な時代もあったそうだ。
それでこの救援策は、例のギルドの仕組みを作った人が、国に働きかけて出来上がったモノらしい。なかなか活躍してたんだねぇ。
俺とミィは、ビケで少女を連れて王城へと向かった。
城門では色々問いつめられたけど、連絡が行った女王の鶴の一声で恭しく扱われる事になった。
まぁ、エルフとの戦争なんて、国としてもゴメンだろうからねぇ。
そして、王族専用の屋敷で少女をメイドさんに任せる事にした。俺とミィは陛下と、その側近達への経過報告だ。
一応、丸のまんま、何の脚色も付けずに時系列に沿って報告していく。基本的にはギルドで依頼を受け、ビケを買って移動し、オーガを倒しまくったという事だけだけどね。
「西の山のオーガの群れですか。一応、我らの予定では、城の兵士の訓練にと考えていたモノですが、そうですか、ギルドに先を越されましたね」
側近の一人にそんな事を言われてしまった。
なんでも、支援部隊を含めて三百名以上の集団での作戦を計画していたそうだ。戦闘要員は八十名ほどだけどね。
武器や道具の修繕やテント、食事、そして医療チーム等々の混成部隊だそうで、年に数回はこの規模で訓練しておかないと、全ての足並みが揃わなくなったりするそうだ。
まぁ、単なる腕試しで一人だけでやってしまったため、『弱いオーガ』だったのか、『俺が強い』のかの判断に困っている様だけどね。そこら辺は勝手に悩んでくれ。
正式な文書を作る必要があるらしいけど、俺は兵士でもなければ文官でもない。単なる客人なので、文書作成とかは言われずに解放された。良かった。
余談だけど、ミィは陛下に抱きしめられて連れて行かれた。何故か、ドナドナの曲が脳内に流れたのは言わないでおこう。
そして、与えられている自室に戻るためにメイドさんの案内で歩いている時にそれは起こった。事故だよ、事故!
いきなり前方の部屋の扉が開き、全裸のエルフっ娘が飛び出してきた。そして、俺を見つけると、勢いよく抱きついてきた。
後から同じ扉からメイドさん達もワラワラと飛び出してきたけどね。
まぁ、因果関係は想像出来るな。
案の定、風呂に脅えて逃げたそうだ。メイドさんに囲まれて、全裸でお風呂なんて、きっと俺も逃げ出すと思うけどねぇ。
本当のところは、見知らぬ人間ばかりで脅えが限界に達したのだろう。その中で、かろうじて俺だけが『知っている人間』という事だった、って事で抱きついて放さないという現状だな。
まぁ、特徴的なガンマンスタイルだから、覚えやすかったんだろう。きっと、顔では識別していない可能性が高い。いいけどね。
で、俺も部屋に入って、カーテンに仕切られている風呂に入っている間、部屋の方の椅子に座って待つ事にした。時々、カーテンを開けて俺が居る事を確認しつつも、なんとかお風呂タイムは終わったようだ。
メイド達がエルフっ娘に寝間着らしき服を着せて、お辞儀をして出て行った。
あれ? もしかして、この後の事は俺に丸投げですか?
この後はロウソクを消して寝るだけだけどね。
風呂上がりなんで、部屋に置いてある水差しからコップに水を注ぎ、エルフっ娘に飲ませる。そして、ベットの掛け布団を捲り上げてそこを指差した。
そこまでは素直に言う事を聞いてくれた。でも、握った服の裾を放してくれない。
うん。テンプレだ。テンプレートだ。お決まり路線をなぞってるってやつだ。
まぁ、落ち着け、俺!
こうなっては仕方ないので、この服は着たまま添い寝のようにベッドに寝てみた。一応、掛け布団の中には入っていない。けど、ぐっすり眠るつもりだ、という意思表示みたいなのを見せないとならないだろうから、全身から力を抜いてリラックスモードに突入した。