04 エリア4
アテンション
この物語はフィクションです
ファッションではありません ましてや インスピレーション でも テンション でもありません
エクスプロージョン レボリューション ディストリビューション でも無い事は確実です
……と、言う事で、トイレに行ってきます
次の日。
俺は、逸る気持ちを抑えつつも、急いで現実世界の用事を済ませ、いつもよりも早い時間にログインした。
まず、初めに目に入るのがアバターの選択画面。課金すれば二体目、三体目のアバターを置けるそうだけど、果たして課金するほどのゲームだろうか、と、躊躇しているために、製作出来るアバターは一体のみだ。
その一体のアバターが目の前にいる。
でも、何故だ?
何故、俺のアバターの肩にテディベアが乗っかっているんだ?
しかも、俺の名前が[テディベアを愛でる者 ケンタ=スカイロード]ってなってる。
これって、運営側からの『イジメ』だよな? 訴えたら勝てるよな?
俺は見えない血の涙を流しながら、俺のアバターを選択して[YES]ボタンを押した。
俺のアバターが向こう側を向き、俺に背中を近づけてくる。そして、迫る後頭部が過ぎると、俺の視線がアバターの視線と重なった。
そして、ゆっくりと風景が変わっていき、俺がログアウトした場所に変わっていった。
俺は無理ゲーオンラインの世界に戻った。
肩にはミィが乗ったままだ。
「ふぅ。ミィ、久しぶり」
「え?」
「え? って、どうした?」
「いや、その。これから、お前はふぉぐあうっとか言うので、お前の現実世界に戻るんだろう?」
「え? あれ? 俺は今、現実世界からこの世界に戻ってきた所なんだけど? 俺自身、俺の現実で約一日を過ごして来たぞ?」
「な、なんだって? ここでの、四日掛かるとかいう用事を済ませてきたのか?」
念のため、ステータス画面で時間を確認してみた。うん。現実世界の時間は合ってる。うろ覚えだけど、この世界での時間も、しっかりと四日間が経過していた。
「つまり、俺がログアウトする時に、この虚構の身体が収納される事に合わせて、ミィも収納されてた、って事かな?」
「な、なんか、恐ろしいような気がするな。それは…」
「俺の銃やグローブなんかの装備品と同じと見られてた、って事かなぁ?」
「まぁ、この身体は、実際、単なるぬいぐるみでしかないしなぁ」
「うーん…。わかんないねぇ」
「あー…、判らん」
「………」
「………」
「どうする?」
「判らんモノは、いくら考えても判らんだろう。一応、問題が無さそうなんで、とりあえず放っておこう」
「うん。判った。そうしよう」
問題の先送り、と言うか、下手な考え休むに似たり、って格言もあるし、時間の無駄にしかならない事はさっさと放って置いて次ぎに行こう。
で、ミィの世界に戻る、という手伝いをする事にした。
軽食屋でお茶を飲みながら聞いた話しによると、ミィはミィの世界から次のエリア5に入ってきたらしい。そこで暫く彷徨い、いつの間にかエリア4に移動していたそうだ。
エリア5からエリア4に移動する場合は、ボスは出現しないルーチンになっているらしく、エリア4からエリア5に戻ろうとした時に、初めて通行を妨害するボスに遭ったと言う事だった。
そのボスは魔法がほとんど効かない相手で、移動阻害の魔法で持って、なんとか逃げる事には成功したらしい。
しかし、倒し切れていないために元のエリア5には戻れず、彷徨っている内にエリア3に移っていたと言う事だった。エリア3からエリア4へのボスなら、ミィにも倒せただろうけど、エリア4のボスが印象的だったために挑戦していなかったそうだ。
「そうかぁ。次のボスは魔法が効かないのかぁ」
なら、物理で叩くしかないよなぁ。まだ、このエリア4の町にある店は回ってないから、ここでどんな武器やアイテムが見つかるのかが問題だよな。
ミィにも銃のパワーアップは了承して貰ったので、貴重な時間を浪費せずに武器屋へと向かった。
そこで、なんと自動拳銃を手に入れる事が出来た。まぁ、機能的には順当では有るんだろうけど、技術的には間を飛ばしたんじゃないの? という疑問も有ったけど、買えるモノなら買っておこう。
自動拳銃は握りの部分に縦に銃弾をストック出来るカートリッジ式のマガジンが嵌め込める様になっている。そして、銃身をスライドカバーが覆っている構造で、このカバーをスライドさせる事で撃鉄を起こしたり、空薬莢を排出し、新しい弾丸をセットするという仕組みになっている。
更に、初めの一発目は別にして、一発目を撃った時に発生したガス圧を利用してカバーがスライドする仕組みもあり、二発目以降は自動的に排莢や撃鉄を起こす事もしてくれる。
つまり、戦闘開始時にスライドを一回、前後させておけば、弾倉の弾を撃ち尽くすまでは、引き金を軽く引くだけで良い、というお手軽設計というわけだ。
そして、俺が買ったのが、357マグナム弾をそのまま使えるデザートイーグルの357口径。
自動拳銃は色んなバリエーションが有って、本来ならば悩む所なんだけど、今までの弾をそのまま使えるという条件だとコレ一つしかなかった。
現実にはもっと色んなメーカーの銃があるんだけどねぇ。
まぁ、それは兎も角、357のデザートイーグルは四丁買う事にして、今まで使っていた銃はアイテムボックスへとしまった。デザートイーグルの弾倉カートリッジも追加で買えるだけ買おうとしたんだけど、一丁につき二つまで、と言う事で、予備弾倉は八つとなった。
銃を収めるホルスターも一通り新調。腰の位置の左右に一丁ずつと、腰の後ろに一丁、そして左胸の所に一丁だ。
さすがに胸の位置に二丁は大きさ的に無理があった。大きさで言えば一丁でもキツイんだけどね。胸の位置に置くのは手の平と同じぐらいの自動拳銃が普通みたいだ。
さらに、新調したホルスターには、脱落防止用のボタン付きバンドが有り、直ぐに抜けないのはどうなのかと疑問に想ったけど、意外にこの方が取り回しがいい事に気付いた。
弾丸のストックは四千発ほどある。この先、売っていなかったらどうしよう、と余計な心配をして買っておいたモノだ。まぁ、アイテムボックスに入れておけば劣化しないし、問題ないだろう。
これも、今までのシリンダー式の銃だけだったら持て余す事になっていただろうけど、弾倉がカートリッジ式のマガジンになったため、けっこうバラ撒き気味に消費していくと考えている。
弾丸一発を惜しんで命を落としていたんじゃ意味無いからねぇ。
これで、物理で叩く、という準備は終わった。あとは、コンバットナイフをミィの分も含めて買い、ミィはアイテムボックスへ、俺はブーツの側面にベルトでがっちりと固定した。
出来れば手榴弾とかも有った方が良かったんだけど、武器屋には置いていないそうだ。もしかしたら、似たような構造の武器を作って、活用出来たら購買フラグが立つのかも、とも思ったけど、時間もないし、それらは後で検証する事にした。
次ぎに行った魔法屋では、魔法の効率をホンの少しだけ良くしてくれる、という従魔が居たんだけど、従魔枠が無いのでこれも諦めた。まぁ、魔法の威力は抑えなければならない、っていうレベルだから問題ないよな。
他にも寄りたい店は多くあったんだけど、ミィを待たせているので検証は後ほどとする事にして、さっさとこのエリアを出る事にした。
フィールドに出て、一応は入ってきた方向とは反対側を目指す。
フィールドの端まで行ったら、右か左を選択しなくてはならないだろうけど、そこまでに何か前兆が有ればいいな。
そう思いつつ、町から小一時間歩いた所でデカイ反応に出会った。
まだエリアの端じゃ無いので、ボスでは無いだろう。っと言う事は、徘徊しているユニークモンスターか?
そいつは俺たちを見つけたのか、もの凄い勢いで近づいてきた。
「ヤバイ! 手強いヤツにロックオンされた。避けられそうにもない!」
「おっく? なんだそれは?」
「ああ、狙いをつけられて、他のヤツには目もくれずに俺たちの方に来ているってことだ」
そんな説明もそこそこに、敵の戦闘エリアに入ってしまった。ここまで来た敵の速度からすると、逃げられる可能性はほとんどゼロに近いな。
エリアボスとの戦闘以前だけど、ここで死ぬのも面倒くさいし、ミィがどういう扱いになるかも謎のままなので、簡単に死を選ぶわけにもいかない。ここは出し惜しみ無しでやらねばならないな。
って、ボス戦の度に同じような事考えてるなぁ。
そんな事を考えながら、アイテムボックスからポーションとパイルランチャーを出して地面に置く。
そして、深呼吸をして心を落ち着けようとした矢先に、徘徊モンスターが現れた。
「あいつだ!」
ミィが丸い手を突き出してモンスターを指差す。
「あいつ?」
「ああ、あれだ。あれがここのえりあとかいうののボスなんだろう?」
「え? いや、あれは、決まった場所にいるモンスターだけだと、遊びとしてはだらける要素になる、って事で、決まっていないルートを徘徊している特殊キャラだ」
「なに? ボスじゃないのか?」
どうやらミィは、あれがボスだと思っていたようだ。まぁ、フィールドで出会えば似たような状況になるしなぁ。
とにかく、あいつが魔法の効かないモンスターってことか。
「魔法は効果無かったんだよな?」
「ああ、気をつけろ」
そのモンスターは、銀色に輝く鎧を着た戦士風の風体だった。手には十数センチ幅のロングソードが握られている。ご丁寧に分厚い盾も装備していた。
「とりあえず、確認!」
そう言うと、通常の火の魔法を放ってみる。
「ファイアー ボール!」
火の弾は勢いよく鎧戦士にぶち当たると、弾けて、鎧の表面を撫でるように走りながら消えていった。
「効かない、というより、流されるという感じか」
なんて分析みたいな事をしようとしたんだけど、そんな余裕無かった。
かなり腰の入った一振りが襲いかかってきた。しかも、左斜め前から右斜め下へと流れ、その勢いを殺さないようにぐるっと回して、再び俺に向かって振り下ろしてくる。
剣を振り回している時は盾は引いて、剣を前に突き出して、横に倒した八の字を描くようにグルグルと振り回している。こちらが反撃の体勢をとろうとすると、直ぐに盾を前面に押し出して防御する。
実戦慣れしているか、実戦を想定した訓練を受けた動きだ。
………たぶん。
俺だってそんな訓練なんかした事はない。でも、剣の攻撃を熟知しているのだけは判った。まぁ、鎧を着た人間同士の剣での戦い用の動きだけどね。
俺は、そんな全身鎧剣士に近づかないように後ろや左右に走って距離を取っている。
剣を振り回している時は、当たればかなり痛い事になる。いわゆる痛恨の一撃というヤツだ。だけど、その分、ダッシュが効かないと言う事になる。
日本の剣道の様に、振りかぶったまま相手に突っ込んでいき、射程に入ってから刀を振り下ろす、という形式じゃないため、重い剣を振り回す相手には走って距離を置くという方法が有効だ。鎧剣士も剣を肩に担いで、盾を前面に出しながらであればダッシュで距離を詰める事が出来るけど、そうすると攻撃に繋がらない場合が多くなる。
元々、触れた物を切るという『刀』ではなく、鈍器に近い『剣』であるため、勢いがない場合は有効打になりにくい。特に、対戦するのが俺のような鎧を着ていない軽戦士の場合は特に相性が悪くなる。獣の場合は更に顕著だろう。まぁ、獣相手だと、鎧の防御力で色々相殺出来そうだけどね。
俺がヒラリヒラリと避けている事に業を煮やしたのか、鎧剣士は一度体勢を整えると剣を下ろし、盾を突き出して走りだそうとしてきた。
チャンス到来。
俺は片膝をつき、右手の銃に左手を添えてしっかり狙いをつけ、鎧剣士の足をマグナムで打ち抜いた。
走り出そうと前に出した足に、プロボクサーのパンチにも匹敵する打撃を受け、鎧剣士は盛大にすっ転がった。例え、鎧が分厚くて、銃弾が通らなくても、マグナム弾の一撃なら暫く足は使えないはずだ。
それを一々確認する暇はない。
俺は転がって、頭を無防備に晒している所を狙い、同じ姿勢のまま、残りの銃弾を撃ち込んだ。
当然、兜によって弾かれたんだが、マガジンの最後の一発でその兜を弾き飛ばした。
マガジンを交換し、スライドリリースレバーを押して次弾を装填しながら鎧剣士の様子を見ると、なんと、頭がなかった。兜が丸ごと弾き飛ばされていたようだ。
だけど、それで終わりというわけじゃない。
鎧からは血の一滴も出てはいない。
よく見ると、動く骸骨であるスケルトンが、銀色に輝く鎧を装着していたようだ。
今、その頭は無い。でも、スケルトンはむっくりと起き上がり、頭の無い状態でキョロキョロと頭を探していた。
メガネ、メガネ、っと言いながら弾き飛ばされたメガネを探す姿がよぎって和んだ事は秘密だ。
兎に角、この隙にトドメを刺そうと、ぽっかりと空いた鎧の首の穴に向けて、マグナム弾を撃ち込んだ。
ガガガガガッ! というとんでも無い音が一瞬だけ響いて、鎧剣士は動かなくなった。
暫く、そのまま警戒していたが、それ以上動く気配もなく、そのうち、赤いマーカーが消えて、戦いが終了した事が判った。
「結局、銃を知らない重鎧剣士だったから、あっさり倒せたって事か」
魔法は知っているみたいだったけど、魔法が効かない鎧の所為で、飛び道具関係も含めて油断しまくりだったわけだな。
マグナムの至近弾で穴も開かないというとんでも無い鎧だから、弓矢や投擲武器とかも無視して良いと思ってたんだろう。
「終わったのか?」
ミィがポーションの瓶を抱えながら走り寄ってきた。
もしもの場合、俺にポーションを届けてくれと言った記憶があるので、その役割を全うしようとしたんだろう。魔法が効かないのは経験済みで、そうなると有効な攻撃力を持っていないクマのぬいぐるみでは、回復薬の搬送が精一杯だったわけだしな。
「ああ、荷物を回収しよう」
俺は緊張から解き放たれて脱力した身体にむち打って立ち上がり、地面にまき散らかした荷物をアイテムボックスへと収納していく。
鎧剣士の鎧は、中身の砕け散った骨を掻き出し、鎧だけを収める事にした。
「うお!」
「? どうした?」
俺が変な声を出した所為で、ミィが駆け寄ってきた。
「いや。鎧をアイテムボックスに入れたんだけど、表示が…」
「なんだ?」
「ミスリルの鎧、だって…」
「み? な、なるほど。魔法が効かないわけだ」
「ミスリルって、そう言う物だったっけ?」
「ミスリルは魔法に親和性が高いと言われているな。作り方にもよるが、魔法を乗せることも出来ると聞いている」
「はぁ…。兎に角、結構なお宝ってわけだ?」
「そうだな。元々、良く判らない金属として有名で、土の妖精が魔法で精錬した銀だとか言われていたり、偶に、ごく少量だけ採掘される、とか言われているが、真実は良く判らん。そもそも、何故、そんな貴重な鎧をスケルトンごときが身に着けていたのかも謎だ」
「まぁ、元々ミスリルの鎧を着ていた剣士が、毒か何かで倒され、ゾンビになり、スケルトンになった、なんてのが可能性ありそうだけどな」
「ふむ。ありそうだな。だとすると、このスケルトンは元勇者という事になる可能性もあるな」
「ゆ、ゆうしゃ?」
「ああ、貴重なミスリルの鎧なぞ、国の持ち物だろうからな。それが下賜されるという事は、王族の血縁か、勇者という事になるだろう」
「勇者という割には、戦い方が、お行儀良すぎる感じだったけどな」
「ほう。なら、どこぞの国の王子だった、とかの方が可能性があるな。大方、冴えない王子に実績を作らせようと戦いに出したんだが、完全防備のクセに油断しまくって死んだ、って所だろう」
ミィの分析はなかなか辛辣だったけど、結構信憑性がありそうな話しだった。まぁ、ゲームのために用意されたキャラだというのは、言わないのが粋ってものだろう。
回収が済んで、この戦闘エリアから出ようとした所で、しっかりと徘徊するユニークモンスターを倒した事を確認しようとログを見てみた。
すると、ログに箱を入手した、という一文を見つけた。
『箱』×1 中身の入った箱
リッチを倒した時にも同じように入手した箱だ。前は従魔枠が増えたけど、今度は何が入っているかな。
その場に膝をつき、アイテムボックスから『箱』を出して地面に置き、蓋を開けた。
入っていたのは、ポーションと同じような瓶が一つ。若干、形が歪で小さいという感じだ。
このままだと、コレが何かは判らないので、例によってアイテムボックスへ入れて、その名前を確認する事にした。
『エリクサー』×1
エリクサーか。ファンタジーの中の錬金術だと、不老不死の妙薬だとか、死からも蘇る事が出来るアイテムだとか言われているな。コレはどのくらいの力が有るように設定されているんだろう。
「今のは何だったんだ?」
ミィが俺の動作に疑問を持って聞いてきた。
「特別な敵を倒したご褒美として、特別なアイテムが貰える、っていう仕組みなんだけどな。どうやらエリクサーだったみたいだ」
「な、な、え、エリクサー、だと?」
「? どうした?」
「エリクサーとは、命の薬と呼ばれている万能薬ではないか。それがあればどんな病も癒す事が出来るという」
「ああ、そうらしいな。まぁ、不老不死は眉唾だろうけど、かなりの病気は治るんじゃないかな」
「あ、あ、あ、そ、それがあれば…」
「なんだ? 欲しいのか? 条件次第だけど、やるぞ?」
「じょ、条件か。そ、そうだな。わたしの持っている全財産と、わたしに出来る事であれば、なんでも言ってくれ」
「いや、いや、いや。そうじゃなくって…。俺が言いたいのは、これが、俺たちの遊びの中の虚構の産物って事を覚えていて欲しい、って事。
つまり、このエリクサーは、この遊び場でしか有効じゃない可能性が高い、っていう条件が付くんだ」
「あ…、そ、そうか…」
「まぁ、この遊び場で集めた『肝』も、この遊び場を出たら消えてしまう可能性もあるしな。あまり、期待はしない方がいい、ってわけだ。それを念頭に置いてくれれば、譲るのはやぶさかではない、って事」
「う、うむ。そうだったな。そうだ。判った。一応、可能性にかけて持って行ってみる、というつもりなら良いと言うわけだな」
「あぁ、そんな所」
そこで、俺はエリクサーをアイテムボックスから出してミィに渡した。ミィも、それを確かめた後に自分のアイテムボックスへと収納した。
「どうだ? しっかりとエリクサーと表示されてるか?」
「うむ。表示はエリクサーだな。効能は鑑定のスキルが無いので判らんがな。だが、本当に良いのか? エリクサーだぞ?」
「ああ。実は、俺たちはそれを自分の、本当の現実世界には持って行けないんだ。遊び場限定のアイテムで、元々、この遊び場は死なない世界だからな。エリクサーといえど、遊びの中で死んだと判断されたのを、蘇らせて、その場で戦いに復帰出来るようにする、という程度の意味しかないわけだ」
「エリクサーの扱いが酷いな…」
ミィの酷評だけど、確かに伝説とか神話クラスのアイテムの扱いが酷いよな。まぁ、ゲームだからしょうがない、そんなモノだと思うしかないか。
何か、ストーリークエストの重要アイテムという可能性もあるけど、そんなモノを徘徊モンスターに持たせている、というのは、クエスト達成がほぼ不可能になるから、まず考えられない、はず。
ミィが落ち着いた所で、本当のエリアボスの所を目指す事にする。ミィは定位置になった俺の右肩に跨り、右から俺の頭を抱えるように掴まっている。
なんか、物足りないな、と思ったら、運営からのインフォメーションが無かったんだ。まぁ、前回のリッチの時も無かったし、徘徊するユニークモンスターを討伐しても、特別にインフォメーションする必要は無い、って判断なんだろうな。
もしかしたら、ユニークじゃなく、同じようなのが何度もポップするんだろうか?
それはそれで怖いな。
それから一時間弱ほどで本当のエリアボスの場所に到着した。
魔法が効かないエリアボスというのは、ミィが徘徊するユニークモンスターと勘違いしたらしいので、このエリアボスについての情報はほとんど無い。
ユニークモンスターよりも弱い筈ではあるけど、魔法が効かないという特徴がユニークのいわれであったとすれば、それに近い特徴があるのかも知れない。
魔法が効くけれど、とんでも無く素早いとか? もしそうなら、下手をしたら俺には対応出来ないかも知れない。
固くても、マグナム弾で無理を通してきたわけだけど、それが当たらないとなったら、途端に不利になる。素早い相手には剣よりもナイフとか、格闘とかで対応しなければならないわけだが、その両方とも俺には無いからな。
一度後退して、素早さを上げるために走り込みとか、ナイフ術とかの訓練をした方が良いのかも知れない。
たぶんだけど、このエリアで必要なくても、何処かでその壁にはぶち当たる筈だしな。
一応、サバイバルナイフは持っている。ミィにも渡してあるけど、念のためという備えでしかない。実際に使うとなったら、子供が刃物を振り回しているのと変わらない程度の意味しかないだろうな。
ナイフ術とか習得した方が良いのかも知れないけど、コレばっかりはフィールドで敵を倒せば習得するというわけでも無いし、ギルドの訓練場でナイフを振り回していればいいというわけでもない。ネットでナイフ術を検索すれば、基本的な事ぐらいは判るかも知れない。ただ、命のやり取りに使えるほどのモノにするには、やっぱり経験者とかに習う方が意味は大きいだろう。
実際は、実戦の中で試行錯誤して身に着けていく、っていうのが王道なんだろうけど、何度も死に戻りしながら経験していく、っていう方法になるだろうから時間が掛かる上に心にも厳しいよな。
まぁ、それらは、ミィを送り届けてから考えるべき事だな。今は、このエリアのボス戦に集中しよう。
ボスのフィールドに入った途端に空気が変わる。
もう、お馴染みの感覚になったけど、この『感覚』を、脳内の何処に、どんな風にフィードバックしているのが謎だ。
身体の表面の、触覚系の神経への刺激だったら、何となく判る様な気がするんだけどね。
兎に角、戦いが始まる前に、手持ち出来ないアイテム等を出して地面に置く。ミィには、独自の判断で魔法攻撃か、ポーション運搬かを選んで貰う事にした。
臨機応変に行かないとね。
そして、ここのエリアボスが姿を現した。
その姿は巨大なカマキリだ。キラーマンティスとか、ジャイアントマンティスとかいう名前が付きそうな風体をしている。高さは三メートルぐらいはありそうだ。体長は八メートルぐらいにはなるかも知れない。本物の小さなカマキリは、草を固めたような脆い外骨格構造だけど、目の前に居る大カマキリは蟹を想像しちゃうような、とげとげしく固い外骨格を持っている。
当然だけど、カマキリの鎌も、虫を引っかけて引き寄せるという本来の形ではなく、革鎧を着た人間程度ならバッサリと両断出来そうな刃物になっているようだ。しかも、内側だけじゃなく、外側にまで刃が付いている。
ちょっと格好良いと思ったのは内緒だ。でも、あの逆三角の頭と複眼の目はいただけない。なんで、あれで見えるんだよ!
と、まぁ、こちらの妄想もお構いなく、大カマキリが四本の中足と後ろ足をばたつかせて迫って来た。
まずは魔法攻撃で先手をとる!
俺はミィから教わった魔法で攻撃する事にした。
「え~と…。なんだっけ?」
ヤバイ。マジで忘れている。ええい! 適当で行こう、適当で。
「火に還る理よ! 俺の言葉に従い、世界を変えろ! ファイアー ストーム!」
ファイアーボールってのは覚えていたんだけど、どうせなら、こっちの方が凄そうだ、なんて考えました。
はい。ごめんなさい。本当に適当過ぎました。
俺の目の前。だいたい、学校の教室二つ分ぐらいの広さが、炎に包まれました。しかも渦を巻いて上に立ち昇っている。それに合わせて、周りから風が炎に向かって吹き込んでいるので、少しだけ踏ん張りが必要だった。
「これは、また、やり過ぎちゃったかなぁ?」
「やり過ぎなんてモノじゃないだろう!」
ミィが、俺の後方で、地面に四つ足を着いて風に抵抗しながら叫んでいた。
炎は十秒ほどで消え、焼けこげた地面から煙が上っている。時々、ポッ、ポッ、っと炎が現れては消えたりもしている。
そんな中に、表面を焦がした大カマキリが立っていた。
「どのぐらいヒットポイントを削れた、かな?」
見ると、大カマキリはしっかりと立ってはいるが、キョロキョロと周囲を見回しているような素振りを見せている。その顔は焼けこげ、複眼の大きな目はベコっと凹んでいた。
完全に失明したわけでは無いだろうけど、それでも視界が削がれているんだろう。
昆虫に痛みの感覚があるのかどうかは判らないけど、目が見えにくい状況というのは本能的にも対処出来ないのかも知れない。
まぁ、痛みがあれば、痛みでのたうち回っているだろうけどねぇ。
でも、このチャンスを逃すわけにもいかない。
俺は片膝を付き、右手の銃を両手で支えて狙いを絞り、マグナム弾を発射した。
こういう姿勢じゃないと、でかくても細身のカマキリに当たらないんだよねぇ。中途半端に当たっても、手足を弾くぐらいじゃ意味が無さそうなんで、出来るだけ身体や手足の太さの真ん中を狙う。一番狙いやすいのは、やっぱり頭だったけどね。
総弾数九発のマガジンを撃ち尽くし、弾倉の排出ボタンを押し込む。
デザートイーグルは弾倉の弾を撃ち尽くすと、スライドが後退した状態で固定される。その状態のまま弾倉を交換し、一度スライドリリースレバーを下に押すとスライドが戻って弾が装弾される仕組みだ。この時、撃鉄は起こしたままなので、交換後はそのまま連射する事が出来る。
そして、何発目かは判らなかったけど、マグナム弾が関節部分を打ち砕き、その大きな鎌の片方を叩き落とした。
ここで、大カマキリが初めて痛みを訴えた。いきなり問答無用で暴れ始めたんだ。ほとんど視界が利かない状態だろうから、残った鎌を無差別に振り回しているだけだ。
そして、今度は頭に命中。
透明な体液と共に中身を弾けさせて、頭の半分が無くなった。
ここで、大カマキリの動きが止まった。昆虫は脳みそという唯一の器官が無く、神経節という神経の塊が複数個存在すると習った記憶がある。それでも、頭の神経節は命令の起点だったらしく、暫く止まったままだった大カマキリは、その後、ゆっくりと倒れた。
「やはり、その銃というのは凶悪だな」
ミィがポーションを抱えたまま近づいてきて言った。
「うん。俺もそう思う。でも、まぁ、いくら鍛えたとしても、あの大カマキリを剣だけで倒すのは無理があったと思うけどね」
「お前の凶悪な魔法でなら、楽は出来なくても充分に倒せただろうけどな」
「はは。魔法も凶悪かぁ…」
まだ完全に倒せたとは思えないので、右手に銃を握ったまま、放り投げた空の弾倉やポーション類の回収を始めた。まぁ、時間の問題だろう。
そして荷物の回収が終わり、銃の撃鉄を下ろして、弾倉の交換をし、空の弾倉に弾を詰め込み終わった頃に、漸く赤いマーカーが消えた。
「はぁ。やっと終わった」
大きくため息をついて、大カマキリをアイテムボックスへとしまう。その後はミィを肩に乗せて歩き出した。
『ピンポンパンポン』
あ、運営からのインフォメーションだ、と思ったけど何かが違う。ああ、口でぴんぽんぱんぽーんっと言っていたのが、今回は本物のチャイムの音だった。
『こちらは運営のインフォメーションです。現在、プレイヤーの一人がエリア4のエリアボスの討伐に成功しました。これは単独討伐でもあるので、初討伐報償と単独討伐報償がギルドより支給されます。
他の皆様方も、このプレイヤーに負けないよう、追い越すつもりでの精進を期待します。
ピンポンパンポーン…、ブチッ』
今回は女性の声でのインフォメーションだった。どうやら、いつもの「あの人」はお休みのようだ。もしかしたら更迭されたのかも? いや、それはないな。どうせ、たまたま休憩シフトとかだったりしたんだろう。