43 新戦力の準備
気にしないとならない事案の一つが解決した、…と思う。どことなく、すっきりした感じがするので、それでいいだろう。どうせ考えたって判らない。
魔獣も狩ったし、ご飯も食べた。ゆっくりお茶もしたし、特にここですることも無くなったので帰ることにした。
そして。
そして、何の予兆もなく、体が前に傾いた。
え? っと思ったのは、ついさっきまで俺の頭があった位置に、何かが勢いよく通り過ぎた後だった。
それが何かは判らない。けど、もしかしたら命の危険があった? と想像したら自然と走り出して、元は大きな建物の柱だったかもと思える石材の陰に飛び込んだ。
周囲を警戒しながらアイテムボックスから小銃を取り出してボルトを引いてすぐに撃てるようにする。
周辺感知には反応は無い。
いや、拡大してみると小さな赤い光点が重なったモヤみたいなものが映っている。
「これって、あの時の虫か?」
石材の陰から覗き見てみると、案の定、蚊柱の如く密集しているアノ虫かいた。トーイが襲われてデータ崩壊しかかったり、俺たちもこの世界に来てすぐに戦った虫だ。
すぐに初めに突っ込んできた虫が回り込んできた。
すでに俺の位置は知られているというわけか。しかし、この虫たちを銃弾で相手するのはかなり悪手だ。前回同様、魔法でまとめて倒す方法を取った方がいい。
俺は左手を前に吐きだし掌の先に意識を集中させる。すると立体画像のような感じでパワーゲージが現れる。これをいっぱいにすればゲームの魔法が使える、という仕組みだ。ただし、いっぱいにしてから待機させておくことは出来ない。いっぱいになってから最大で五秒ほどでゲージがゼロに戻ってしまう。その時間は個人差で、魔法の熟練度が上がれば待機時間が伸び、ゲージがいっぱいになる時間も短縮される。
……らしい。
個人的な体感ではその傾向があるとは思うんだけど、実際に時間を計って検証したことはない。ゲーム内で誰かがやってるのかな?
とにかく、ゲージをいっぱいにしてからゲーム内既定の魔法の言葉を唱える。
初めに属性。そして技名。
「ファイアーウィンド、フレイムガスト!」
技名はイメージから。
実際、心にしっかりとしたイメージがあれば技名は何でもいいらしい。ただ、意味ある言葉の方がイメージもしやすいというだけ。
ここでは、炎の属性と風の属性を同時起動して、火炎と突風の二つを混合して顕現させた。
そして風で煽られた強い炎が、回り込んできた虫を一瞬で消し炭に変える。
同時に、数が多い虫の塊が俺を敵と認識したようだ。
「数が多いから、やっぱあの方法かな」
バックステップで距離を取りながら、俺は再び左腕を突き出し、ゲージを貯める。
「アクアウィンド リージアトルネード」
リージアは王水の事。硫酸よりも強烈な、金さえも溶かす強酸だ。それを竜巻状の風に乗せて虫の前に顕現させた。
厳密な言葉だと、地上と上空の雲が繋がった状態じゃないと竜巻とは言わないそうだけど、つむじ風にするよりも気分がいいのでトルネードという言葉を使っている。つむじ風って英語で言うのは、とっさには無理だったんだよ。
俺の密かな葛藤を他所に、王水の竜巻はどんどんと虫を吸い込み、焼いていった。
意識的につながりを持ったまま、魔法を発動した後の状態を維持すると、顕現させた魔法が消えずに残ることがある。
もちろん爆発系とかだと無理だけど、風を流し続けたり、炎を出し続けるとかなら可能だ。ただ、結構疲れるし、移動も難しくなるのであまり多用は出来ない。
今回は虫を風の中に引き込めば俺の勝ち、という図式だったため、意識を集中させて竜巻を維持した。
前回同じ事を行った時は、サヨやロッカク、トーイがいたので安心して実行できたけど、本来はソロでやるべき事じゃなさそうだ。
それでも、ほぼ全ての虫を竜巻に巻き込む事が出来た。
念のためにもう少し維持させておいてから魔法を解く。
すべての虫に致命的なダメージを与えたと思うところで息を吐き、肩から力を抜いて魔法から意識を逸らす。
ただそれだけで王水の混じった小さな竜巻が収縮していく。
「ソロでもなんとかなったな。でも、なんで虫がこんな所に?」
っと、そこで周辺探知に赤い光点が次々と現れた。縮尺を調整すると、それが城塞都市の南側から侵入してきていることが判る。
「翅のあるのが外からやって来たわけか。さて、迎撃するか、とっとと逃げ出すか…」
魔獣もいないこの廃墟なら、虫たちにとっても住みやすいだろう。だけど、虫たちで溢れるとこの廃墟を俺たちが利用できなくなる。
転移して来たら虫たちに囲まれてた、なんて、魔法での迎撃も難しくなるし、そこから逃げ出すために転移しても、下手したら虫ごと転移とかいう洒落にならない事態になる可能性もある。
二度とこの都市を利用しない、と言うのなら構わないけど、それはかなりもったいない話なので、出来れば虫には居ついて欲しくない。
ならば、迎撃を選択してみるか?
とりあえず当たってみて、相手の強さを見るのもいいだろう。手に負えなければ応援を呼びに戻るという方法もある。
一応、攻撃力が低くて、俺自身が一撃死の可能性が少ないという、虫が相手だから取れる戦法だけどね。
小銃の交換用マガジンを確認し、出来るだけ素早く交換できるようにしておく。さらに使うだろうと予想される魔法の予習もしておく。
そうしてから、周辺探知の反応があった方向へと進む。
そしてすぐに敵性体の存在が目に入った。
虫だ。
確かに虫だ。
言ってみればセミだ。
大きさは俺の半分ぐらいだろうか。元々のセミの翅よりも大きな昆虫の翅を持っており、バッタよりも太い後ろ足を持っている。
それがバババババっと羽ばたきながらピョンピョンと跳ね回っている。
あ、あの大きさで虫の構造だと力が足りないのか。
元々セミは軽い構造をしている。そして大きさはせいぜい五センチ前後だ。それでも重すぎて飛ぶのを苦手としている。それが一メートル近い身長を持つとなれば、昆虫の筋肉構造では体重を支えて浮かせる力が出なかったのだろう。だからか、翅で体重を軽減させて、バッタのような足でジャンプする仕組みに進化したのかもしれない。
まぁ、昆虫の進化とかは謎過ぎるんで、俺の勝手な想像でしかないけどね。
問題は、そんな巨大セミバッタもどきがどんどん集まっている事だ。
群れて、モヤのように見えたハチもどきとの戦闘は終わっていたので、巨大セミバッタには認識されてはいないはず。だけど、周辺探知にはしっかりと赤い光点が灯っている。つまり、敵対とか関係なしに襲ってくるって事だろうね。
しばらく待って、ばらけてから攻撃するか、一塊になっている今の時点で攻撃するか?
この場合は攻撃手段によって選択しなくちゃね。
王水の竜巻で一網打尽を狙うなら今しかタイミングは無い。
ある程度以上数を減らせる方を選択。つまり今!
俺は地形を再確認しながら巨大セミバッタもどきの方へと走り出した。王水のトルネードを撃ったら、後退しながら撃ち漏らしを迎撃しなければならない。
所々、立て篭もれそうな建物を確認しながら走り、一応の射程圏に入った。
そしてゲージを貯めて狙いを合わせる。
「アクアウィンド リージアトルネード!」
さっきよりも力を込めたつもりの魔法を打ち出す。当然、すぐに消えないように意識をつないだままにしておく。
さすがに一メートルの大きさのセミバッタもどきだから、簡単には竜巻に吸い込まれてくれない。
なので、かなり精神的に疲れるけど竜巻自体を左右に揺り動かす。
王水魔法は、水滴が一滴垂れただけで木材に穴が開くレベルだ。それが竜巻の暴風の中で渦巻いているんだから、取り込まれたら穴だらけになる。
実際の王水よりも威力が強いのは、俺のイメージ力が単純な所為だろう。まぁ、結果オーライ?
そして、竜巻から距離を取ってばらけてた巨大セミバッタが俺を狙う。きっとタリホーとか言っているのかも。
これからは魔法は効率が悪くなる。小銃を構え、近い方から順に狙って引き金を引いていく。タタターン。タタターンと廃墟の空に炸裂音が響いていく。
あれ? なんか、炸裂の音に反応している? え? 音で?
昔、セミが鳴いている近くで大砲を撃ってセミが反応するかの実験をした、という話を聞いたことがあるけど、その時は反応が無かったそうだ。だけど目の前にいるセミバッタもどきは俺の知るセミとは構造的にも生態的にも違う可能性が高い。
だとしたら、俺が調子に乗って拳銃をおっさんに撃たせた所為で近場に来ていた虫をおびき寄せたかも?
な、なんという自業自得の自爆技なんだろう。
は、反省が必要かも。ま、まぁ、セミが音に反応するのが判っただけでも収穫としておこう。ね?
涙目になりながら狙い撃ちを続ける。
三点バーストの三発ずつの銃撃だから、三十発のマガジンも十回しか撃てない。巨大であってもセミバッタもどきだから、一発で半壊するんだけど、俺自身がその勇気を持てないってだけだ。
三点バーストだから本体のやや下を狙えば、ほぼ二発は当たってくれる。だけど、一匹に一発ずつだと思うと狙いの方に意識と時間を取られそうだ。その意識と時間で警戒が手薄になるのが心配なんだよね。
でも、弾切れの方が厳しい結果になるのは見えている。
数が少なければ三点バーストでいいんだけど、数が多いと何かを諦めないとならない時もある。
ということで、マガジンが残り二つになったらセミオートに切り替えよう。
と思っていたら、すぐに五つの内の三つ目を使い切った。
残りのセミバッタは十数匹か? 後続や隠れているのも気になる。十数匹だけなら今まで通り三点バーストでもいいんだけど、その後を気に掛けると残弾が無くなるのは痛い。
マガジンをセットした後に予定通り三点バーストからセミオートに切り替え、一発で仕留める事を念頭に置いて狙いを定める。
すでにセミバッタの動きは掴んでいる。特に空中にいる時は大きな進路変更は苦手で、翅は滑空距離を稼ぐためだけに使われているようだ。
まぁ、油断は禁物だけどね。
数が少なくなるにつれ、範囲も広くなる。周辺探知で横や後ろから近づいてくるのを警戒しながら慎重に数を減らしていく。
たまに撃ち損じが出るけど、命中補正があるおかげでダメージにはなっている。翅を撃ち抜いても平気で跳ねて来るのにはゲンナリしたけどね。
そして最後の一匹を倒し終わった。
周辺探知にも何も映っていない。
それでも自分の目で確かめたくて、一回り見渡す。うん、敵はいないね。
大きく深呼吸して力を抜いた。
「疲れた…」
その場に座り込みたかったけど、五メートルほど先でセミバッタもどきの半分が嫌な汁を出して転がっているので、風上を探しながら距離を取った。
そして座り込み、アイテムボックスから小銃の弾丸を取り出し、空になったマガジンに一発ずつ押し込めていく。
本格的に休憩する前に、銃弾だけはセットしておかないとね。
周囲を警戒しながら弾丸を入れていく。そうしながら今の戦いを再考する。
体を軽くしなければならないジレンマからか、虫の体は脆かった。いや、普通の人間相手には硬いのかもしれないけど、強化された銃弾の前ではトマト並みの耐久しかない。
「ああ! ショットガンで対応すれば良かった………のか?」
ショットガンは弾の装填数が限られているのがネックだな。
世界の何処かにはショットガンで機関銃のように連射できるのがあるそうだけど、手持ちに無いのであればそれも関係無いな。それに、今回のように多数に囲まれた状況じゃないと効果も半減だし、パーティプレイするのなら邪魔でしかない。
一長一短だねぇ。
何処かに、無限に弾丸を撃ち続けられる便利な機銃は無いものか? ゲームならあり得るんだろうけどね。と、ゲーム基準のアバター体で考える。
そんな無駄な考えをしているうちに五つのマガジンに弾丸を入れ終わった。それをポケットやアイテムボックスに収納して立ち上がる。
離れた場所に、セミバッタの死骸が散らばっている。乾燥すれば崩壊も早いのだろうけど、それでも一か月以上はかかりそうだ。幸いなのはセミバッタの死骸を求めて魔獣が入り込まない事だけだろうか。鳥系の魔獣は来そうだけど、すぐに別の餌場に移動しそうだから問題にはなり難い。俺たちの世界だったら蟻系の虫がたかって巣に運び込むんだろうな。
この世界の蟻がどんな感じになるのかは想像しやすいかも。
セミバッタが一メートルはあったから、蟻も同じ程度だろう。
蟻と言えば、擬人化で二足歩行の姿で扱うゲームや漫画とかあったな。でも関節的には後ろ足と腹の部分は今まで通りの水平で、胸から反り返った形での直立になる方が最小の変化で獲得できるはずだ。もしくは、神話のケンタウロスの様に移動は腹から後ろの四つ足で、作業は前足だけで行う方が効率的か。
そうそう、あんな感じで。
って、三十メートルぐらい離れた場所に、ケンタウロス形態の巨大な蟻が歩いていた。
急いで周辺探知を見ると、黄色の点で表示されている。
戦闘では赤い光点に集中していたせいで見落としたか? 見ると翅も無いから、普通に歩いてここまで来たはずだ。なぜ気づかなかった?
っと思っていたら、すぐに理由が分かった。
その三十メートル前方にいるケンタウロス蟻のすぐ横に、いきなり別のケンタウロス蟻が現れた。
あの光景は、転移で移動するのを別の位置で見ている時と似た感じがする。
つまり、蟻が魔法で転移してきた?
あの蟻は魔法を使えるのか? いや、いや、決めつけの固定観念はマズイな。転移の魔道具があるんだし、転移の魔法陣も存在しているのを確認している。
自力で魔法を発動。誰かに魔法をかけてもらう。魔道具を使う。魔法陣を使う、の四つの方法があるわけだし、別の手段なのかも知れない。
とにかく、黄色の表示だから敵になる可能性が高い個体という事が確定している。
ゆっくり、音を立てないようにしゃがみ込み、瓦礫に体を隠すようにする。そして瓦礫越しにケンタウロス蟻の様子を伺う。
二匹は四本の足で歩いて互いに近づき、ハサミ状の牙を持った頭を近づけ、ゴソゴソとしている。たぶん、あれで会話? らしき、情報交換をしているんだろう。
と、そこに三匹目が転移してきた。
そして二匹目と三匹目が会話を始め、初めの一匹目は周囲の探索を始めたようだ。そこにさらに四匹目が登場。三匹目と会話をするために待っているようだ。
そこで、一匹目がセミバッタの残骸を発見した。
どんな反応を示すんだ?
蟻の態度でこれからが決まるような気がした。で、蟻はセミバッタの亡骸を持ち上げ、その腹に口をつけた。
喰ってる?
そう思ったのも束の間。蟻は持ち上げていたセミバッタの亡骸を放り投げた。味が気に入らなかったのだろうか?
その後すぐに他の蟻との会話を始めた。
思考形態が謎過ぎて、何をどう判断しているのか想像も出来ない。
でも、転移して来ているのに、新しい環境に戸惑うことなく順応しているように見えるから、納得してこの場所に来ている、という事なのだろうか? だとすると一応は論理的な思考を持っているのか?
もしくは、環境の変化を全く感じていないのかも知れない。
ああ、やっぱ謎だ。
とにかく、あの蟻と戦うかどうかを判断しないとならない。
戦いとなったら? 見た目だけで言えばセミバッタもどきよりも倒しやすいと考えられる。
羽があるわけではないので、移動も地面を走っての歩行だろう。垂直の壁でも関係なさそうだけど、基本は群れて集る戦法だと思われる。
なら、四匹しかいない今ならチャンスか?
今の内に四匹を殲滅しておけば、後続が来てもそれ程脅威でもないだろう。
まぁ、とりあえずの様子見は必要かな?
という事で、わざと音を立てて立ち上がった。足元の砂利を踏みしめると、蟻が俺に気が付いたようだ。
同時に周辺探知の黄色が赤に変わる。
どうやら問答無用なようだ。基本、同じ巣の仲間内しか味方判定しない蟻の特徴かも知れない。
今まで六本の内、後ろの四本で立っていた蟻が前傾姿勢というか、本来の姿勢である六本の足をすべて使って俺に迫ってくる。
初めの一手目を受けるつもりも無いので、狙いをつけてセミオートで単発射撃。三点バーストに戻してなかっただけなんだけど、丁度いいからこれで戦力分析しよう。
と思ったけど。一発目が簡単に弾かれた。
一応、打撃力は届いているようで、一メートル前後の蟻の体が後ろに飛ばされた。でも、なんでも無かったかのように体勢を整えなおして再度突っ込んで来た。
慌てて三点バーストに切り替えて撃つ。
引き金三回。
九発プラス一発の十発でようやく一匹倒せた。
やばい! これは、後でサヨとトーイに怒られるパターンだ。あの二人、こういう倒せなくはないけどてこずる、という敵に飢えてるからなぁ。
周辺探知で今の蟻が息絶えた事を確認し、次の蟻に狙いを定める。
今度は引き金四回。十二発で仕留めた。
関節に上手く当たれば一発で粉砕だけど、丸みを帯びた外殻だと弾き返されるようだ。細い足も同じだけど、関節から引きちぎられて飛んでいくから、ダメージにはなっているようだ。
で、頭を向けて突っ込んでくるから直接関節部分は狙えないので、数発使ってひっくり返さなければならない。
面倒だ。
三匹目を狙う前にマガジンを交換。八発ほど残っているとは思うけど、一匹に十数発使うから交換しておかないとね。
そして三匹目、四匹目を倒して戦闘状況が終了した。
再び小銃のマガジンを交換。
周辺探知をじっくり見ながらマガジンに弾を込めていく。完全にソロだから、こうなるのも仕方ないよねぇ。
マガジンに補充できた段階で、倒した蟻を確認しに行く。
新たな蟻が転移してくる事を警戒しながら蟻の残骸に近づき、形の揃っている蟻の残骸をアイテムボックスに収納する。検証は別の場所で。サヨ達にも見せとかないとね。
警戒しつつも、蟻たちが転移してきた場所を確認するが、特に変わった何かがあるようにも見えなかった。
すると、転移の仕組みは向こう側? だとすると、こっちに来た蟻はどうやって帰るのだろう? まぁ、端末を使い捨てする感覚もあるらしいから、帰って来れないのなら危険な場所なので近づかない、なんていう判断でも持っているのかもね。
これ以上蟻が来ないという事は、未知の場所に探索に出せる数があの四匹だったんだろう。蟻の元締めがこの場所は危険だから近づかない、という判断をすることを願う。敵がいそうだから徹底的に排除! とかはならないで欲しい。
蟻が生態系の頂点、とかいうのならその危険もありそうだけど、たぶん、大丈夫だよね? ね?
もうここを離れて、アレンストへと戻ろうと思う。なので、その前に蟻やセミの残骸を再確認しておく。
すると、一匹目の蟻が何かを持っていることに気が付いた。
その体は俺の銃撃でボロボロだったんだけど、ハサミ状の大あごの下に何かが食い込んでいた。
それを強引に引っ込抜く。
それは、歪な形をした魔石に紋章らしき図形を彫り込んだ物だった。
「うわ~」
それが俺の感想。
おっさんに渡した物とは違う質の魔石で、紋章の形も違う。なので別目的のモノか、製作者が全く違うのか、など、いろいろ考えられる。
念のため、他の蟻やセミバッタの残骸を確認して回ったけど、他の個体は何も持っていなかった。
俺は一息ついてから周りを見回した。まだ、この滅びた城塞都市に何かあるのか? そう思ったけど、今の俺には何もできないな、と思い直し、アレンストへと戻ることにした。
そして転移。
ロッカクが高さ五メートルの騎士と名付けられたロボットを整備しているハンガーに到着。
ふと、あの蟻の魔石を持っている事で、この場所に蟻を引き込む事になるんじゃないのか? と思ったので、すぐに天と地竜の場所に走る事に。
ロッカクと一緒に作業していた傭兵団の一人に聞くと、霊廟の隣の研究施設にいるという事だった。
で、研究室に飛び込み、天と地竜に経緯を簡単に説明。紋章入り魔石を見せて、マーカーのような機能があるかどうかを確認してもらった。
結果は、完全には不明、という事だった。
おいおい。
でも、基本は魔力を使わないと発動しない物なので、単に持っているだけなら問題無いという事だった。俺が持っていた場合、万が一にも魔法を発動させる危険があるので天のアイテムボックスに格納して貰う事にした。
そして、狩ってきた魔獣をどうするか相談。
食肉として解体するわけじゃなく、生きた筋組織を利用するわけだから、解体にも慎重さが必要になるだろう。
作業するための水槽などの準備もあるから、まだアイテムボックスに入れたままにしておいて欲しいとの要望が出た。
ゲームのアイテムボックスは時間停止があるから、傷まないのがいいよね。
これには地竜も羨ましがった。そろそろ、検証も止めて、地竜にも冒険者登録した方がいいだろうか? これから後追いで能力を付けさせる事で、何らかの検証にもなるかも知れない。
まぁ、それはゲーム世界に戻った後に相談しよう。
それから、天と地竜の行っていた水槽の整備を手伝った。
と言っても、俺が出来るのは水槽の洗浄ぐらいだったけどね。中の液体を抜くために排水管を見直したり、詰まりを除去したり。それが終わったら水槽内を洗浄。水槽がガラスで出来ていることを確認してから、魔法で綺麗な水を八割方満たし、その後で魔法で王水を作って少しずつ注ぎ込んだ。
俺が入っても余裕がある程の水槽に、コップ二杯分ぐらいの王水を流し込む。
入れた端からぐつぐつと水が沸騰しているけど、一応これは想定内。後は水流を操作してしっかりと混ぜ合わせて終了。しばらくこのまま放置すれば、汚れは全部溶けているという事になる。……はず。
まぁ、あまりやり過ぎると、水槽のガラス以外の部分も焼けてしまうから、適度な所で排水しておくのが得策。
排水口周辺の金具とか、何かのセンサーもあるかも知れないからね。
もしもこの水槽を作った連中が滅菌とかも考えていたのなら、ある程度は酸による腐食とかにも耐えられる構造になっているとは思うんだけどねぇ。
そして、水槽の中に人型の何かが入ったままだった水槽には、王水を大目に入れて放置時間を長くした。もしも、これで水槽が使えなくなっても、それはそれで仕方ないよね?
決して、水槽の中でミイラ化した人型の何かを直接扱うのが嫌だった、というわけじゃないよ。ホントだよ?
幸いなのはミイラ化した人型の何かはその一体のみで、他はほとんど崩れて溶けていた、という事だろう。
水槽の縁とかは、ポーポーの世界からガメて来た分厚い革グローブを着けて、タオルで念入りに拭いておいた。水槽の中の酸が混じった水を使ったから、時間を掛ければ大丈夫だろう。
時間をおかなければならない、という所で、デッキブラシで床の掃除。わざわざゲーム世界から異世界にまで来て、俺はいったい何をしているんだろう、という疑問はあえて考えないようにした。
よく異世界物の物語に出てくるような洗浄魔法とか無いんだろうか? 今、切実に欲しい。まぁ、イメージ重視の魔法体系だからやれば出来そうなんだけど、一か所一か所、細かくイメージしないとならなそうなんで実行していない。
こういう時は、呪文体系の魔法が便利だよなぁ、と思う。もっと便利なのは、スロットに入れてキーを打つだけ、ってのだけど、根本から間違ってる話だな。
面倒だったけど、ゲーム基準の体なので疲れることも無く終了。本当に面倒だっただけ。
地竜に聞いたところ、後は薬品の再現だけという事で、それは魔法で生み出して試してみるそうだ。俺たちの使う王水魔法と同じだね。しっかりとしたイメージがあれば何でも出来てしまう。
まぁ、そのイメージが大事なんだけどね。
具体的には、空中に浮くイメージで物を持ち上げる魔法にはかなりの魔力を使う事になる。でも、上昇気流を発生させて気流の力で物を持ち上げるなら、持ち上げる物の大きさや重さによるだろうけど、半分以下、場合によっては一割程度で顕現させることができる。結果だけじゃなく、過程を考えた方が効率が良いと言うわけだ。
でも、今回の場合は結果を重視した、魔力無駄遣いの作業になるんだろうな。
で、聞いてみた所、筋組織の防腐処理は状態保存という魔法を使うそうだ。これは一種の不死化とも考えられる方法で、応用すれば不死兵とかも作れるらしい。
もっとも、この状態保存を掛けられると新しい事に対応できない存在になるんだそうだ。
つまり、状態保存を掛けた時に覚えている記憶は絶対に忘れないけど、新規の記憶が絶対にできないという状態になる。もしも人間に掛けたとしたら、その時点で死んでいるのと同じ事なんだろうな。
ちなみに、俺の小銃に付与した『不壊』もこれと同じ原理だそうだ。
ただ、生物に対する状態保存は特殊らしく、常に掛け続けなければならない、という条件が付く。地竜は、これを液状にして筋組織と一緒に密閉する方式を考えているそうだ。その方法は、おそらくは元々の方法に近いはず、という推察も入っている。
「という事でケンタ。君の持っているマナをマナ水にする杯とマナ入りの空気を生成する魔道具を貸してくれないか? ああ、魔石もね」
「いいけど、どこでやる? マナって周りを溶かしちゃうんだよね?」
「結界を使うよ。あれならマナを指定して閉じ込められるからね」
「なるほど」
納得した所で地竜に道具を渡す。魔石も手持ちを全部渡したから、俺の手持ちはまたゼロになった。まぁ、魔法発動用の魔石は手袋にはめ込んであるし、それ以外に必要ならサヨやトーイあたりから、また分けてもらおう。今持ってた物も、分けてもらった物だしね。
そんな時間を過ごし、そろそろいいかと、水槽の液体を排水する。
それでも溶け残った物があるが、それはアイテムボックスに収納して、後でこっそりと焼却処分する事にした。
水槽は、今度はきれいな水を魔法で噴射するように出し、残りの汚れと酸の液体を残さず削ぎ落す。
一応は、これで綺麗になったか? 贅沢を言えば、また酸で洗って純水で洗い流すって事をしたいんだけどね。
ようやく一息吐けるか、と思ったところで、サンプルになる魔獣の筋肉組織を四つほど解体してくれと頼まれ、地竜と一緒に近くの森の中に転移して解体した。
食肉用なら関節で切ればいいんだけど、筋組織の端から端までとなると関節部分が中央という事になる。なので解体は慎重に皮を剥がし、筋組織が骨についている大本を見極めながらになった。
ぶっちゃけ、獣の肉というのはほどんどが筋肉で、その周りに脂肪という油がついているんだよね。なので、筋組織を取るために解体した残りは、けっこうザクザクで食えるところが少なくなっていた。
ゲームを始めた初期。ウサギの解体をした時を思い出した。
いや! 思い出してない! 思い出してない! だからセーフ!
あ…。
よし。
さっさと帰ろう。トイプードルとかに会う前に。
で、水槽に筋組織を突っ込んで後は地竜にお任せになった。
ハンガーの方に戻ると、そこは死屍累々のお昼寝会場だった。
ロッカクとロッカクを手伝っていた傭兵団の一部と、サヨとトーイによる訓練を受けていた傭兵団の一部が力尽きていただけだけどね。
今日の食事係だった残りの傭兵団が、心底助かったという顔をしていたのは内緒にしておこう。君たち、明日は我が身だよ?
ロッカクに話を聞いてみると、筋肉組織を使ったアクチュエーターを導入する前に今までの収縮金属を効率化、強化する事が出来ないかの研究ついでに、傭兵団には騎士の整備に慣れるために完全分解を繰り返させていたらしい。
その際、分解した部品の図面を描いて寸法なども記録に残すという事をさせていた。
材質などは見た目だけじゃなんとも言えないので保留したけど、構造的に力の掛かる場所の割り出しや、必要度の高い部品などの割り出しをできるようになるのが目的だったそうだ。
どちらかというと脳筋な部類に入る連中に、それらは畑違いなんじゃないのか? という疑問があったけど、傭兵団の中でも頭脳系の高い連中をあえて集めたそうだ。
まぁ、ゆくゆくはアレンストの宝としての人材育成になるんだろうから、しっかりと習得してもらおう。
そして脳筋集団の方はサヨとトーイに鍛えられたそうだ。
基本的に肉体での戦いではなく騎士を操った戦いになるため、バランス感覚を鍛えることを重視して、二メートル程の棒の両端に重りをつけ、それを両天秤の如く肩に担いだまま走り込みをしたそうだ。
騎士の機体を置いてある大回廊を百メートル程で往復するコースなんだけど、往路でサヨ、復路でトーイがちょっとした邪魔をする。二人ともその場を動かないで、バランスを崩させる邪魔をするだけなんだけど、かなりきついらしい。
五メートルの騎士が平気で練り歩く大回廊だから結構広いんだけど、サヨとトーイのいる場所だけは騎士の機体で狭くしてあったそうだ。そこに二メートルの長さの棒を担いで二人の邪魔をすり抜ける、とか、どんな無理ゲー? って感じだろうね。案の定、バランスを崩した傭兵団の面々が転びまくったそうだ。
その結果が、今現在の死屍累々なんだそうだ。まぁ、がんばれ?
そして、ロッカクの収縮金属の強化の方は難航していた。
一応の強化は出来るんだけど、仕組み的に人型の枠の中に納まりきれないらしい。ならいっその事、人型じゃなければいいんじゃないか? と提案したらしいけど、なんか譲れない拘りがあるんだそうだ。
銃の概念はあるんだから、大砲とかも受け入れやすいと思ってたんだけど、騎士に大砲を持たせることもできるならやりたくない、という要望があったそうだ。
たぶん、騎士道精神とかから来る拘りなんだろうね。
なら、俺たちでそういう拘りは割に合わない、という事を見せつけてやろうか? とか思った。
ロッカクにそう相談してみたら、「ケンタさんには重戦車が似合いそうですよねぇ」とか言って、お試しで出来るかどうかやってみるという結論になった。
天と地竜の筋肉パーツが出来上がるまでの猶予しかないけど、『戦力』になるような物が出来ればいいんだけどね。