41 軍部の傲慢
もろもろの日常を消化して、俺はゲームにログインした。
ログインで現れた先はクランハウス。ログイン、ログアウトはゲームに対する社会的な制約という大人の事情から、いつでも何処でも出来るようになっている。それでも、クランハウスと言う安心できる場所でというのは心の準備としては申し分の無い環境だ。
そのクランハウスに俺がログインした時、ハウスの中には既にパーティの全員が揃っていた。
「おはよう。こんばんは。こんにちは。とりあえず略さないで言ってみた」
「えーと、現実時間では『こんばんは』ですけど、ゲーム内の今は大体『おはよう』と『こんにちは』の間ぐらいなのかな? とりあえず、ハロー」
「む。それは英語のハローと思わせて、ドイツ語のハローだな」
「あ、通じた。普通は英語の方だと思ってスルーするんですが、さすがケンタさん」
「ああ、そんなに褒めるなよ」
「…さ、さすがはケンタさん」
代表したロッカクとの挨拶も終わったんで、クランハウスに急ごしらえで設置した応接セットの定位置に座る。
俺、サヨ、ロッカク、そしてトーイが一人掛けのソファ。そして長椅子に天や地竜、ポーポーたちが寛ぐ。
「さて、昨日から妙な雰囲気がこびりついている様だから、まずはそれを払拭したいんだけど、それについて皆からは何かあるか?」
昨日。ゲーム内時間だと四日前。強く、純粋なマナを生み出す魔法具に晒され、俺は気を失って倒れた。もしかしたら死の危険性もあったかも、と言う事で、暗黙の了解的な扱いで使用禁止にという流れになったはずだった。俺自身は純粋なマナという刺激の所為か、魔法を扱う器? 格? 力? という感じの魔法のレベルが一気に上がった。そのこと事態が皆から見れば距離を置かれたと感じたのだろう。明確に使用禁止と言わなかった事もあって、死の危険や、死なないまでも障害を残す危険性もあったのに、皆が自らの手で俺が遭遇した強く純粋なマナに晒されるという危険を再現してしまった。
結局、事なきを終えたわけだけど、『俺と並び立つ』という事だけのために命がけの賭けをしたというのは変わらない。
その事の反省を促す必要はあったけど、昨日は直後と言う事も有り、一晩置いて落ち着いてから反省してもらおうと思った。
まずは、皆がその事をしっかりと認識しているか、どう思っているかを聞く事にした。
「その事なんですが、実際に軽々しく命を賭けた、確実性の無い挑戦をした事をもの凄く反省しています。そして、夕べも反省しまくりました。せめて、マナの扱いに長けたドラゴンの許可と監視の上に、一番安全な方法で行うべきでした。ケンタさんをはじめ、他の方々の心配をかけた事をお詫びします」
「「「申し訳ありませんでした!」」」
「あ、あれ?」
初っ端に素直に謝罪されてしまった。しかも反省点もしっかり捉えた完璧な反省と謝罪。これじゃ、俺から言う事がなくなってしまったじゃないか。
「あ、あー、あの、少しはゴネない? 自分たちのやったことは、配慮が足りなかったけど、間違いじゃなかった、とか?」
「いえ、するべき反省はしっかりと反省しなくちゃと思いますので、同じような間違いが無い様に努力する所存です」
「しょ、所存って、いや、確かに反省してもらえればそれでいいんだけど、これじゃせっかく用意した、乗せてから叩き落して、最底辺でやったことを悔いながら反省させようとした計画が……。
せっかく、せっかく、夕べ、ニヤニヤしながら作り上げた計画が…」
俺が打ちひしがれていると『ロッカク、ナイス!』『助かりましたねぇ』などと言うひそひそ声が聞こえたけど、既に俺のテンションはミニマムまで落ち込んでいたので突っ込めなかった。
ま、負けるものかー!
俺はすっかりなくなってしまった気力を、何処からか引きずり出し、震える足でしっかりと床を踏みしめて立ち上がった。
「さて、食料と弾薬の補充に行こうか」
「「「はい!」」」
思いっきり元気に返事をされて、俺の心は挫けそうになった。うん! 頑張れ! 俺!
そして重い足を引きずって軽食屋と武器屋で補充を済ませ、再びクランハウスへと戻って来た。
「あー、ちょっといいかな? 一応情報の共有を行っておこう、と思ってね」
少し時間が掛かりそうだったのでしっかりと座り直し、昨日、天から聞いた話をしていった。
つまり、天の世界は『マナ』によって作られている、と言う事を。
「大地、空気、水、そして炎も、基本的にマナから出来上がっているんだと思う。そう、あそこに生きている動物たちも、人間も、マナによって構成されているんだろう」
「えっと、僕たちの世界は? 基本は原子。それをさらに細かく言うと電子とか陽子とかになりますよね?」
「俺たちの世界は、基本的に陽電子系でいいと思う。向こうは原子そのものをマナが擬態しているのかも知れないし、もしかしたら中間子の代わりをしているのかも知れない。でも、マナで出来上がった世界だからこそ、魔法が発動し、その影響を受けるんだと思うんだけどね」
「うーん。僕たちの世界に魔法が無くて、あっちの異世界に魔法があるという違いはそれでもいいような気がしますが、魔法ってそもそも何でしょう?」
「神が顕現している世界だからねぇ。世界そのものに意思というか、知能モドキが存在するんだと思う。全体としての意思は『神』が担っていて、それ以外は意思は無いけど、認識と判断と行動を取れる力が漂っているという感じかな。その認識に働きかけると、魔法が発動するんだろう」
「その認識と判断と行動が『マナ』ですか?」
「乱暴な推測でしかないけどね。まぁ、だからこそ、心に思い浮かべたイメージでマナが動かされて、それが魔法に見えるんだと思う」
「まだ、色々とツッコミ所が隠れている様な気がしますが、大よそで納得できますね。で、それなら『神』ってなんでしょう?」
「これもまた、乱暴にして大雑把な予測でしかないけど、あっちの、四つの異世界のマナ全ての集合体、というか、代表人格みたいな感じじゃないのかな」
「そんな存在が、異世界のゲームプレイヤーに助力を仰いだ、って事ですか?」
「うん。まぁ、勝手な想像をするとしたら、どの世界のどんな場所でも、自分の身の内なら指を動かすように好き勝手出来るはずだよねぇ。物理的な肉体があるわけでも無いから、マナという自由自在の道具で、物理法則さえも無視した改変ぐらい楽に出来るだろうしね」
「ですよねぇ。しかも、助けを求めた相手がケンタさんなんて…」
「ある意味、大きな命がけのギャンブルだよねぇ」
「あれ? 突っ込みは?」
「神自身に何らかの制約があるのかも知れないしね」
「スルーですかぁ。えっと、よくあるのは、神は人々の営みには直接干渉しないとかでしょうか」
「魔法と言う『奇跡』がある時点で、それもどうかねぇ」
「魔法と言うと、あっちの世界でもこのゲーム世界の魔法が使えてましたね」
「たぶん、あっちの世界とこのゲームの製作者たちとは繋がりがあると思う。あっちの世界でダンジョンに潜ったよね? どう感じた?」
「確かにゲームっぽかったですね」
「俺にはゲームそのものにしか見えなかった。そもそも、地上の魔獣とダンジョン内の魔獣が違いすぎるし、階層ごとの魔獣の強さが整いすぎている。あんなの、几帳面なダンジョンマスターでも居ないと説明出来無いしね」
一階層ごとに徐々に『敵』のレベルが上がっていく限定空間なんて、ご都合主義も甚だしい。冒険者を誘い入れる罠だとしても、『敵』と『ご褒美』を用意する事の方がコストが掛かる。比較するなら、ダンジョンを作るよりも町を半壊ぐらいまでの目安で攻撃した方が連続性としても効率がいいはずだ。
「ドロップという現象とか、剣や魔法具なんかが出てくるなんて、ゲームでしかありえませんよね」
「だから、ダンジョンはこっちのゲーム世界で作ったモノをあっちの世界に移植したモノじゃないかと考えたんだ。これが俺の推測の大元なんだけどね」
「ゲームのダンジョンをあっちに再現した目的って、やっぱり、あっちの冒険者を強くする、っていう必要性があったって事ですかね?」
「まぁ、だろうけど、現地ではこじんまりしちゃって、小さくまとまっちゃったイメージだねぇ」
「利権がらみの悪徳とかで、いまいち盛況じゃなかったですからねぇ」
「まぁ、話としてはこんな所かな。向こうの『神』と呼べる存在と、このゲームの運営とが、どんな繋がりがあるのか、なんて、予測出来るモノじゃ無さそうだしね」
「ちょっと、いいか?」
それまで、口を挟むことも無く聞いていた天が声を掛けてきた。
「我らの思う『神』と、ケンタたちの言う『神』に違いが感じられたのだが?」
「ああ。確かにそうだろうね。実は、俺たちの『神』という認識は曖昧で決まってないんだ。ある者は神とは全知全能の存在とか言うし、自分たちの宗教の神こそが唯一の神だとか言うのもある。自分たちの宗教の教祖が最高で、神を従えているって言うのもある。そして、自然の風や大地、水、炎、木々や山、太陽など、それぞれに神が宿る、って言うのもいる。
能力も曖昧で、全知全能や天変地異を起こさせるモノから、呪いを撒き散らしたり、気まぐれで豊作をもたらすとか、色々だね。まぁ、基本は大自然のもたらす結果を神の所業と言っているだけだけど」
「うーむ。本当に曖昧だな」
「まぁ、俺たち個人にとっては、人以上の力を持った、生物としての枠組みを越えた存在で、本人が神を名乗っているなら神でいいんじゃないか? って感じ」
「さらに、ずいぶんな適当さだな」
「あくまでも俺個人の考え方だよ。俺たちの世界の全体的な考え方ってわけじゃ無いからね」
うん。これが一番大事。大事な事だから二回言うけど、これが一番大事。宗教論争なんてしたくない。
「とにかく、俺の報告としては、あっちの世界と、このゲーム世界の一部がマナで出来ていて、マナを操った魔法で変える事ができる、って事。向こうのダンジョンはこっちの世界のゲームの運営が関わっている可能性が高い、って事の二つだな。
まぁ、だからと言って、これからの行動が変わるわけではないけどね。
皆はなにかあるか?」
皆からの報告としては、ロッカクはミスターとの作業状況を、サヨとトーイは買い物に行った時の結果を報告してきた。
そして、一通りの報告が終わり、気を引き締めなおして四つ目の異世界、アレンストへと向かうことにする。
俺が担当となる、ある意味王道ファンタジー的な世界で一週間以上を過ごしてきた。そのため、トーイが担当する機械仕掛けが発達したファンタジー世界と言う感じの世界でも同じように一週間以上の時間が経過しているはずだ。
トーイ担当の世界にあるアレンストという国と関わっているが、あそこは法王という名の国の王が実権を取り戻したおかげで比較的穏やかに建て直しを実行中だ。特に大きな問題が起こっているとは思えないので、俺たちも短期間であれば目を離していても問題ないと判断していた。
まぁ、小さいとは言え城塞都市国家の変化は最短でも一ヶ月単位だろう。
そう思っていた時期もありました。
俺たちはクランハウスから森の中にある異世界へのゲートがある場所に魔道具で転移し、そこからアレンストの工房へと再び転移しようとしたが空に響く轟音でそれを中止した。
「まるで雷の遠雷みたいだけど、天気は晴れ、というか快晴。雷の音が聞こえそうな距離に積乱雲もなさそう。まぁ、初めから判っていた事なんだけど、魔獣との戦闘音だよねぇ」
「アレンストに転移しますか?」
この世界はトーイの担当なので、この世界の転移の魔道具はトーイに渡してある。そのトーイが聞いてきた。
「外から状況を見るためにも、このまま進もう」
そう言って歩き出した。この周辺にはトーイを苦しめた蜂モドキがいたはずだけど、俺たちが殲滅した後には見ていない。小さく、数が多いことが脅威で、殲滅するのにも手間が掛かる。それが居ないというだけでも状況的には助かる。
まぁ、他にも厄介な魔獣が多いから、先を急いでいる現状は出会わないほうが助かる。特にトイプードルとか、トイプードルとか、トイプードルとか。
そして森を抜け、城塞都市国家アレンストの城壁まで草原が広がる場所まで来た。
そこには、高さ五メートルほどの騎士と呼ばれる人型有人兵器が、四足で背中の最上部が三メートルぐらいのバッファローの様な魔獣と戦っていた。
騎士が二十機前後に対してバッファロー型も二十体前後。それだけなら一対一の対応だろうけど、バッファロー型以外にアルマジロ型が複数混在している。ほぼ乱戦状態なので数は曖昧だ。
さらに、人の身長程度の体高を持つライオンに似た魔獣。四足動物の背中の高さを体高と呼ぶが、それが人間の頭の高さなんて、大型の馬ぐらいの大きさのライオンって感じだ。普通ならそれだけで巨大怪獣とかいうレベルだけど、五メートルの騎士やバファローの中にあっては小型にさえ見える。
「やばそうだ。助太刀に行こう。ロッカクはオモチャ使って騎士たちの後方支援。サヨは風竜モードが使えるのなら、それを使ってバッサバッサとやってくれ。トーイは小型のヤツから対応、俺は適時支援していく。天地ポーポーたちはいつも通り」
そして飛び出した。俺はまずパーティチャットを起動させ、天が皆に肉体強化をかける。先頭を走るサヨは刀を抜くと同時に風を纏い、空中で走る動作をしている。既に巨人型になっているようだ。最後尾にいたロッカクが騎士並みの大きさを持つ頭のデカイ蜂のようなシルエットを持つ、騎士の修理や改造などの『作業』を行うロボットモドキに乗り込む。
ある程度進んだ所で俺だけが足を止め、突撃小銃を構えて巨大バッファローの頭を狙って三点バーストで銃弾を叩き込む。
その攻撃でバッファローは頭を吹き飛ばして倒れた。その状況で、騎士たちが俺たちに気付いて手を振ってきた。それに対して、俺も手を振ったけど、なにかハンドサインでも取り決めておいたほうが良かったかもと思った所で思い出した。
トーイが装備している鉢がね型の視覚補助機能を持つ月光は部隊間の通信機能も持っていたはずだ。
「トーイ。月光に頼んで、ここらで戦っている騎士と連絡が取れないか? 今戦っているのは判るけど、この状況になった経緯を知りたい」
トーイとは既に百メートルほど離れているが、パーティチャットを起動させているのでトーイはもちろん、サヨとロッカクにも通じている。
『はいぃ。月光さん。今戦っている騎士さんと連絡がとれますか?』
当然、トーイが月光に対する言葉も聞こえる。でも、月光の声は聞こえないんだよねぇ。
『はいぃ。騎士さんたちに、現状に至る経緯をお聞きくださいぃ』
どうやら連絡はつくらしい。結果を待つ間に、小銃を構えて大型バッファローに三点バーストを叩き込む。別方向ではサヨが空中に浮かびながら刀を振って、その動きに合わせてバッファローが吹き飛ばされている。
俺は戦いの横方向に回りこむように走り劣勢な部分を援護する方式で射撃しまくった。当然俺の方にもライオン型とかが襲ってくるが、乱戦になっている場所からは少しだけ離れているため、比較的余裕で対処できる。
そして、前回は三発中二発が弾かれたアルマジロ型の魔獣に対して、三点バーストの三発全てが分厚いく硬い外皮を難なく突き破っている事に気付いた。
威力が変わらない銃のはずなのに、破壊力が増している?
誰が撃っても威力は同じはず。弾丸の種類は前回と同じ。違うとするなら? 思い当たるのはダンジョンに挑戦して、一応六十層までは攻略してきたという所だろうか? あ、高純度のマナに晒された、というのもあったな。
レベルアップしている?
「全員に確認。レベルアップしてないか?」
パーティチャットで呼びかける。
『あっ、気のせいじゃなかった?』
『なんか、騎士の修理が凄く早く出来るし、治癒魔法が楽に発動できました』
サヨとロッカクが答えてくれた。
『あ、あの、騎士の方から月光さんがお話を聞けました。それによると、三日ほど前から魔獣の集団襲撃が続いているそうです。毎回、少しずつ魔獣の勢力が強くなっている感じだそうで、今回は魔獣の数が今までで最多だそうですぅ』
「ありがとトーイ。今回は、魔獣襲撃の原因を取り除かないと帰れそうも無いね」
『ああ~、日記が捗ってしまう~』
『大変そうですねぇ』
泣き言を言っているサヨとロッカクだけど、こちらから見ると元気に魔獣を叩き切っているし、壊れた騎士が次々に復帰している。まぁ、日記と頭の切り替えがつらいんだろうね。
俺たちの乱入で、ほぼ体勢が決まった。少し押され気味だった騎士たちも勢いを取り戻し、次々に魔獣を倒していっている。
城塞都市の外壁から少し離れた所では、横に配置された二輪のタイヤを持つ細長い大砲が魔獣に対して火を吹いている。俺たちの世界の、二次大戦中の対戦車砲みたいな物らしい。この世界には一応小銃に当たるものがあるが、魔獣に対しては気休めにもならないと言う事で重要視されてない。でも、大砲レベルなら騎士の補助には有効って事なんだな。
魔獣の数が減り、一体の魔獣に対して二機の騎士で対応できるようになると、一気に楽になった。
後は一方的な殲滅戦。
戦いと言うよりも作業という感じで収束していった。
戦いが終わり、騎士たちが倒した魔獣を解体所に引きずって収納しているのを、周辺警戒のつもりで眺めていたら、兵士が二名ほど俺たちの所に走り寄って来た。
「失礼します。森のあやかしの方々でしょうか?」
「あ、俺たちってそう言う認識だったんだ…」
「え? 違いましたか?」
「いやいや、こっちの話。一応、俺が始めに森のあやかし、って名乗った本人だから、違いはないと思うよ。それで?」
「はっ、戦闘技官がお呼びです。会議に参加して欲しいとの事です」
「判った。あ、ちょっと、待ってて。
ロッカク! 会議に参加して欲しいって言われたんで行くけど、ロッカクはそのまま騎士の修理と、パワーアップとか続けてくれるかな? 出来れば騎士の数も増やして欲しいんだけど」
『判りました~。一応修理と魔石の交換からはじめまーす』
伝令に来た兵士に案内され、かなり長く歩かされた先にある部屋が会議室に割り当てられていた。
身長五メートルの騎士を運用しているわけだから、広い空間が必要ってのはわかるんだけど、自動車とかの移動や輸送手段がもう少し発展していてもいいとは思う。もっとも、孤立した城塞都市国家なんで、馬車ぐらいしか運用されていないようだ。都市間の移動とかも困難な状況で、鉱山も護衛の騎士についていてもらう形式なんで、トロッコとかも発展していないんだろう。一応台車とかカートもどきはあるんだけどねぇ。
騎士に使われている収縮金属というのは、車輪には向かない動力だから馬の代わりをするロボットみたいなのを作ったほうがいいのかな。後でロッカクと話してみよう。
本来の軍事関係の会議は中央の城の中で行うんだろう。ここは国の外周を囲む城壁に近い場所に作られた、兵士の詰め所みたいな感じの建物に作られた会議室のようだ。
装飾的なものは無く、機能一点張りの無骨で大きなテーブルや椅子。そして似たような無骨な軍人さんたちが集まっている。
困ったことに全く潤いが無い。ほとんどが爺さんか、おっさんばかりだ。
後で聞いた事だけど、粛清前はかなり女性軍人がいたと言う事だった。でも軍事的な能力は全く無く、必要なのは容姿とベッドテクニックだったらしい。国の軍事予算で雇う娼婦ってわけだ。なので粛清時に容赦なく叩き出されたそうだ。
そんなわけで、むっさいおじさんと爺さんの集まる会議室に俺、サヨ、トーイで入った。
「良く来た。まずは今まで何処に居たのか報告してもらおう」
中央に座った髭ズラの爺さんが挨拶も無く言ってきたので、あっさりと、カチンとスイッチが入ってしまった。
粛清で無能なのにコネや賄賂で権力や地位を得ていた連中は排除したはずなのに、たまたま排除の対象に選ばれなかった腐った連中が残っているようだ。もしくは利権で好き勝手していた連中が消えたから、その同じ利権を自分が得られると考えた、腐る手前の連中が利権を得て本格的に腐ったか。
とにかくこの連中とは話が出来無いと感じた。
次に損得勘定を頭の中で展開する。
俺たちとしては、三つ目の異世界で出会ったマージの望みを叶える為にこのアレンストにテコ入れしている。だけど、あくまでテコ入れであり、アレンストの軍に従う謂れも無い。
ここで我慢して、軍との円滑な関係を維持する必要があるのか? と考えると、魔獣の大規模な強襲に対応するためには軍のバックアップが必要なのか? という想定が必要になる。
うん。必要ないな。
魔獣に対抗できる『森のあやかし』という傭兵団の戦力は完全にロッカクの力に依存している。現状、森のあやかしの傭兵団がどんな立場になっているかが気に掛かるけど、ロッカクが居なければ強化した騎士の維持も難しいはず。
ああ、既に軍が強化した騎士を接収して、その仕組みを解析しているのかな。
その状況なら、特に俺たちを必要としてない、と考える事も納得できる。まぁ、接収して分解して構造を調べても、再現できるかどうかは疑問だけどねぇ。
なら、軍の横柄な態度に腹を立てた、という理由で俺が軍に喧嘩を売っても良さそうだな。俺たちが手を引く、というだけで状況がジリ貧の粛清前に戻ってしまう事を理解して貰わないと、傭兵団を組織した意味も無くなってしまう。
傭兵団は第三勢力という立場で居た方が、状態の健全化のためには良いと思うからねぇ。
俺は片足を上げ、片足で立ちながら上げた片足の膝を胸元に引き寄せる。そして上げた足を上方向に伸ばして、伸ばした足を一気に振り下ろした。所謂かかと落とし。
バキッ! でも無く、ドンッ! でも無く、サクッ! っと軽い音がしただけで、振り下ろした足が地面についた。
無骨で大きなテーブルが二つになって舞い上がるとか予想してたんだけど、テーブルは静かにその場にあった。そして、足の通過した部分だけが抉れていた。
え? 俺ってここまでパワーアップしてたの? 恐るべしレベルアップ。
まぁ、軍人たちは皆ドン引きしているんで、効果としては抜群だろう。
「勘違いしてもらっては困るな。俺たちはアレンストの国軍に組した覚えは無い」
かかと落としの効果もあってか、場は静まりきっていた。
「そちらの今の対応で、この国の軍が俺たちをどのように思っているかがおおよそ判りました。残念ですが俺たち『森のあやかし』はこれ以上、このアレンストの防衛には協力できません。今、この時点を以って撤収します」
「ま、待て! お、お前は何を言っているのか判っているのか!」
「俺の行ったことが理解できなかったか? 俺たちはあんたたちの為に命がけの戦いをする義理も、必要も、哀れみさえ無い、と言っているんだ」
「そのような戯言が通用すると思っているのか!」
「通用しない? 何故?」
「そもそも、お前たちもこの国の民であろう! この国より出て何処で安寧なる生活をするというのだ!」
「なんだよ、そこからか。まず言っておくと、俺たちはこの国の住人ではない。この国が消え去っても、元の場所に戻ってのんびり過ごす事ができる。それに、今魔獣に対抗できている騎士は俺たちの手によって動いている。その騎士を全て撤収すると言っているんだ。俺たちが困る要素は何も無いな」
正直言って、俺たちにとっては騎士自体が必要無いけどね。どうせ、改造強化された騎士で我が国は安泰だ、とか思っていたんだろう。
そんな中で、一緒に戦ってきた俺たちの事を軍の下部組織だと勘違いしているのは、軍部が自分たちの国以外の勢力との付き合い方を知らないのが大きな原因だろう。もし、この状態のまま他の国と接触してしまったら、友好的な交流関係なんて取れず、軍事衝突で勝った方が負けた方を支配する関係しか選択出来なくなる。
魔獣の脅威が減ってきたのなら、今度は他国との付き合い方も考慮出来無いとね。
「では、俺たち森のあやかし傭兵団は、現時刻を持って傭兵業務を終了し、全戦力を撤収させてもらう」
そう言って振り返ろうとした。
「ま、待て! そんな事をしたらこの国がどうなると思っているんだ!」
「さぁ? あぁ、この国に、魔獣と戦う事を仕事にしている連中がいるそうだよ? 軍、とか名乗ってたかな。その連中に頼んだら?」
そう言い捨てて、今度こそその場を後にした。なんか後ろの方で叫んでいるみたいだけど、無視だ、無視。
パーティチャットを起動。
「ロッカク、トーイ、聞いてくれ」
トーイは直ぐ後ろに居るけど、念のため。
「俺たちはアレンストとの関係を切って、アレンスト周辺の戦いから抜ける。それを、ロッカクはその場で音声拡声で、トーイは月光経由で森のあやかしの傭兵団全員に伝えてくれ」
『傭兵団は何処に移動しますか?』
「森の中でキャンプした場所でいいんじゃないかな。ここからじゃ見えなかったし、火を焚いた時の煙さえ気をつけておけば見つからないだろう」
『了解しました~』
「はいぃ。月光さん、よろしくお願いしますね。
でも、良かったのですか? せっかく助けた国なのに…」
「一度、しっかりと他の勢力との付き合い方が国の将来を決める、と言う事を経験してもらわないとね。今まで引きこもり過ぎて、その手の経験も考慮も無くなっているからねぇ」
『あぁ~。国、特に軍部には、必要な考え方ってヤツですね。わっかりました~』
「魔獣に対抗できるようになったら次は勢力範囲拡大になるのは当然だし、その時に遭遇した他国の技量、力量を見誤るようになったらその時点で終了だからね。せっかく生き延びた国をそんな事で無くすなんて、俺たちにとっても骨折り損だしねぇ」
「ですねぇ」
トーイの同意のセリフにサヨも頷いている。ロッカクも似たようなもんだろう。
「あ、ケンタさん。あの子。えっと、法王陛下には伝えないんですか?」
サヨの問いかけで思い出した。いかん! 完全に忘れてた。誤魔化さなければ…。
「少しは考えてもらおう。一人じゃ判らないだろうけど、その時に、周りにどう頼るのかもしっかりと確立してもらわないとね。それよりも、森のあやかし傭兵団の誰かが拘束されているとか、しっかりと人間関係を把握されているとかの方が問題だけど…」
「あ、はいぃ。月光さんに確認を取ってもらいますぅ」
月光は視界補助と通信機能を持つキューという名の自律型の人工知能だ。こういった時にキュー同士で連絡を取り合ってくれて、意思の疎通が滞りなく進む。
「あ、ケンタさん。森のあやかし傭兵団は全員騎士に搭乗しているそうですぅ」
「ありがとう。じゃあ、傭兵団の荷物で、直ぐに持っていける物だけでいいから運び出して、直ぐに移動してもらって」
「はいぃ」
「ロッカク。森のあやかしの撤収は、他の騎士や兵たちにもしっかり伝わってる?」
『はい。徐々に大騒ぎになりつつあります』
「そうで、なくっちゃ。あ、あのキャンプ場所に着いたら、荷物は広げないで移動できるようにしたままで待機しておいて。こっちで別の場所に転移させるから」
そこで集合場所として思いついた場所に行くことにした。
「トーイ。ハンガーに転移」
「はいぃ」
トーイの持つ転移の魔道具の力で、通路を歩いていた俺たちは一瞬で、この城塞都市の中に設置してある古い騎士専用のハンガーに移動した。
このハンガーは、昔、騎士が始めて作られた頃に使われていた作業場兼格納庫で、十日ほど前まで俺たちの仮の拠点として使っていた場所だ。
既に使われなくなって久しく、今では誰も近寄らない、忘れられた場所になっていた。
その作業場に続く通路も騎士用に広く作られていて、単に置いておくだけなら余裕がある。作業場はロッカクのおもちゃが動くスペースを別にすれば、騎士が三機はバラせて改造できる。他に下水設備もあり、天と地竜の世界で手に入れた水を生み出す魔道具もあるし、広さもあるので火を扱っても問題ない。
傭兵団の騎士は三十機。修理用予備部品は六機分ある。全てが一度に撤収と言う訳ではないが、この場所なら当分は潜んでいられるだろう。
「ケンタさん。木材と鉱石の採集部隊の護衛に十二機出ているそうですぅ」
「一応、護衛任務はしっかりと終わらせてから連絡してもらって、迎えに行こう。それと、傭兵団から軍に移籍したいという者が出ても止め無いで好きにさせるよ。まぁ、その時はこの場所を教えないけどね」
外で魔獣と戦闘していた騎士は二十機前後。そのうち森のあやかし傭兵団は十二機だったらしい。残り六機はローテーションで待機中だったらしいが、ロッカクと月光の呼びかけで全員が撤収して来るそうだ。
そして、おおよそ二時間後には十八機の騎士が通路に並んだ。
俺たち四人が全員で転移の魔道具を使って、一人一機ずつ丁寧に運んだ。後でアイテムボックスに騎士だけ入れて移動すれば良かったって気付いた時は、四人とも打ちひしがれていたけどね。
そして全員で、荷物を利用したつい立を作り各人の寝るスペースを確保し、あまりに余った水を出す魔道具を各人に一個ずつ渡したりして、しばらくこの場所で生活できるように整えた。
もともと、森の中でサバイバル訓練をしたので、森での野宿よりはリラックスできると喜んでいたけどね。
一応、この場に居る全員が落ち着いた所で、今までの経緯とこれからの展望を話すための打ち合わせタイムになった。
基本的に傭兵団の報告は先ほどの通りで変わりなく、三日ほど前から魔獣襲撃が増えていったそうだ。ただ、五日ぐらい前から軍部が配置やローテーションに命令を入れてくるようになり、お前たちは強化された騎士に乗っているのだから当然だ、と言う感じで連続任務を押し付けられていたそうだ。
その状況で三日前から魔獣の襲撃が増えた、という事で傭兵団の負担が激増。俺たちがいない事で、調子に乗った軍部があごで使っていたそうだ。
だから、傭兵団は俺の撤収の命令に素直に従ったわけだ。軍への移籍者がいなかった事も同じ理由らしい。
「まぁ、俺に気を使って、事を荒げない様にした結果、軍が調子に乗ったんだとしたら、俺の責任だな。皆、すまなかった」
俺の謝罪は一応受け入れると言ってくれた。あの軍部の調子なら、俺がいても変わりなかっただろう、と言うのが傭兵団の大方の見方だったそうだ。
次に、既に話してある、アレンストという国の外交に対する姿勢の問題。
魔獣が闊歩するこの世界だと、他の国との接触はまず軍部から、という事になる。その軍部が他の勢力に対する考え方が甘いままだと、余計な争いを生んで最後には絶滅してしまう。そんな自業自得な状況を回避するため、ここで俺たち相手に外交の練習をしてもらおう、という話を改めてした。
その話には全員の納得と、少しの拍手を貰ってしまった。
実は傭兵団自身にもその考え方が無かったため、傭兵団という組織の在り方も自信の無い優柔不断な姿勢になっていたそうだ。
確かに、国にとっても経験ないし、その国民にも外交的姿勢なんて考えたことも無かったんだろう。言葉では別勢力とか、流れの傭兵とか言っていても、ハッキリとした姿が見えない相手の物真似みたいな、曖昧な立場だったそうだ。
ここでこの傭兵団に外交の相手をさせれば、後々アレンストの外交担当官を助ける立場になれるかもしれない。これは、アレンストにとっても大きな未来への投資になるな。
そして最後にこれからの展望。
「まず、ロッカクは天と地竜たちと協力して騎士の更なる強化を頼む。出来るだけ、ロッカク自身が手を出さなくてもいいように作業を単純化してもらうと助かる。その目処が立ったら傭兵団全員に改造、強化の手順を覚えてもらう。
その間、俺、サヨ、トーイは三方向に個別に進んで、魔獣発生の原因なり、現象なりの、何かしらの理由を探しに行く。俺たちなら、直ぐに帰還できるし、個別でも対応できるからね。
傭兵団には、まずはしっかりと休養を取ってもらって、その後は六機で一チームの五チームを作って貰ってフォーメーションや連携の取り方の考察、騎士は使わずに模擬戦とか組み手とかしてもらって、鍛えてもらいたい。
おそらく、本格的な戦いがありそうだからね」
最後の「本格的な戦い」の所で皆の表情が引き締まった。
急に大勢力が押し寄せるようになった事から、皆もそれを薄々と感じていたのだろう。でも、言葉にすると実現化しそうだから、誰も言わなかったんだろうな。
本格的な戦いもその形式はいきなり最終決戦という展開から、数年に及ぶ総力戦やそれ以上の泥沼の戦いとかもある。ここの連中がどういった戦史の教育を受けたかはわからないけど、魔獣との場当たり的な戦いを過ごしてきただけなら、想像したのはいきなり最終決戦だろう。まぁ、その考え方だけじゃマズイけどね。
長期戦になった場合、気に掛けないとならないのは戦時下での食料と資材の補充だ。だけど、今までも戦時下にあったようなモノだから補充の件に関しては運用の対応で賄えそうだ。
なら、今ここで、長期戦になるかも、とかいうあやふやな予想で水を差す事も無いだろう。
あとは?
ああ、食料の野菜関係がそもそも不足してたんだよな。肉は魔獣を狩ってくればそれなりに足りる。
そこで、この国の野菜に関して傭兵団の連中に聞いてみた。
それによると、城塞都市の半分以上が実は農耕用地に当てられていて、国民の半分以上が農作業に携わっているそうだ。それでも食糧事情は芳しくなく、国民全員に出産規制が掛かっている。子供を持てるのは、一夫婦で二人まで。二人出産した女性には避妊薬が支給されて、もしも子供が死亡した場合にだけ、飲むのを止めることが出来る。
この政策だと人口減になるはずだけど、食料や資材不足もあり、国の生産能力的にも人口過剰が問題になるそうだ。
話を元に戻す。ここで待機している傭兵団の野菜関連は、あとで、謁見室の管理をしていたあの連中に頼ろうと思う。
傭兵団の設立にも関わっているし、国の外交姿勢に関する事なんで強力してもらえると考えている。
俺たちが他の異世界に行って生野菜関連を『買って』来る、という選択は取れない。
そもそも、どの異世界でも食糧事情はよろしくない。大規模農園がある天と地竜の世界のゼンチェスでも、作っているのは主に麦だ。しかも大麦、小麦などの品種の違いも無く無作為に育てられている。
農政チートを俺たちがやろうと思えば出来るだろうが、いかんせん、時間と情熱が無い。
農業は時間と根性が必要な、知恵と努力、根性と運が必要な超長期的な一大事業だ。
量と質を一時的に上げる、というだけでも最低一年はかかる。さらに、今の日本で食されているレベルの物を作ろうとしたら、少なくても三世代は必要だ。
なので、今の俺たちに出来る事は何も無い、としか言えない。
まぁ、頼る先があるだけで十分だろう。
最悪は俺たちがゲームの中の軽食屋で買ってアイテムボックスに保管してある定食各種を放出する事だけど、それこそ、飢え死にする寸前までは見せないようにと気をつけている。いろいろ面倒過ぎるからね。
農作物の短期育成とか、新種改良を魔法でどうにか出来無いものか。
この異世界はマナによって作られている。だから魔法の影響を受ける。なら、育成や、それこそ創造さえ魔法で実現できる可能性もある。まぁ、水を熱したら蒸気になる、というような『物理的な法則』もあるから、何から何まで好き勝手に出来る、ってモノじゃないのは判ってるんだけどね。
また時間を作って、天と地竜に魔法について詳しく聞こう。
最後に、傭兵団の団長を俺が決めて、その団長に五つのチームのチーム代表を指名や推薦などで決めてもらい、チーム分けをしてから解散となった。
皆が寛ぎモードになった所で、ロッカクと地竜は強化改造のための研究、俺と天は野菜類の補充のためと、外交の姿勢を言っておく為に城の謁見室へと向かうことになった。サヨとトーイには森の奥にでも転移してもらって、捌き易そうな魔獣をいくらか確保してもらう事にした。出来れば完全に血抜きして、氷水にでも浸けて冷やしてからアイテムボックスに保管してくれと言っておく事も忘れない。
皮は鞣さないと革にならない。革じゃないと使い勝手も悪いし、数ヶ月でボロボロになるか腐ってしまう。だからと言ってここで皮鞣しをするわけにもいかない。俺の知識だと鞣しには専用の作業施設がある場所で三ヶ月ぐらいかかる。だから、剥ぎ取った皮は専門の場所に卸す方が理にかなっているはずだ。
サヨとトーイを送り出し、俺は転移の魔道具を確認してから城方面へと歩き出した。
時間の無駄遣いはしたくないので、移動中に天に植物の成長促進が可能か聞いて見る事にした。
「限られた範囲内で時間進行に干渉するという手段があるとは思うが」
「え? そんな事出来るの?」
「あのアイテムボックスとやらがそうだろう」
「あ、確かに俺たちの持っているアイテムボックスは時間停止が掛かっているんだったっけ。確か、ミィがダンジョンで手に入れたアイテムボックスも時間停止だといっていたな。だとすると、空間魔法とかの条件があるだろうけど、時間停止は出来るって事だね。でも時間加速はどうだろう?」
「なにか不具合があるのか?」
「野菜や樹木、草花は必要な栄養素が混じった土と、水と太陽の光を使って育っていくんだけど、時間を加速したら土や水はともかく、太陽の光は足らなくなるだろうねぇ」
「む? そうなのか?」
「例えば、周囲のマナを吸収して動く魔道具を想像して。その魔道具の時間を加速したらどうなる?」
「あ、ああ、なるほど。使うマナは増えるが、回りを漂うマナの量は変わらぬから、相対的に魔道具がマナ不足になると言う事か」
「実際は土の栄養も足りなくなるだろうし、水の方はあっという間に枯れ果てるだろうし、多めに与えておくとかしたら根腐れしちゃうかも知れない。やっぱ時間加速は現実的じゃないね」
「だが、そうなると、同じ理由で生き物の活性化での成長促進も不可能という事になるが?」
「そうなんだよねー。種に魔法をかけたら、あっという間に大樹になりましたぁ、なんてのは都合良過ぎるよねぇ」
いっその事、時間進行の違う別の世界を作ったら? って考えてしまったけど、それって俺たちのゲーム世界から見たこっちの異世界の事だった。それはもはや神の所業ってレベルの話だ。実現出来そうもないし、もし間違って実現してしまっても、人の身の上では背負いきれない色々な重荷がありそうだ。
考えない方が幸せな事って、いろいろあるんだねぇ。
そんな中で出たのが、育成の管理をするゴーレムと水や土の栄養を用意して、太陽の代わりになる光源と共に隔離してから時間加速させるというものだった。ハードルが三つぐらい増えたような気がしたけど、一番現実的だと言われたら頭を抱えるしかない。
現実って何だったっけ? ああ、幻術の仲間かぁ。
そんな話をしつつも歩き続け、法王陛下の謁見室兼会議室みたいな部屋に到着。更に奥にある準備室の方にノックしてから入った。
「これはケンタ様。お久しぶりです。ようこそお出でくださりました」
「様って…。俺なんか雇われ兵士みたいなもんだから、そこまで畏まらなくてもいいよ。俺も話し辛くなるから、出来ればタメ口で頼むよ」
「は、はぁ。あ、それで、今日はいかがしました?」
「それは…」
そこで、俺たちは鍛えるために遠くで修行みたいな事をしていたと説明し、帰ってきたら魔獣との大規模戦闘に遭遇。助太刀してから軍の詰め所に行ったら横柄な態度を取られて頭にきたと話した。
最後の撤収宣言の所では、この場所の職員たちが全員で頭を抱えていた。
「それは、なんと申し訳無い事を…」
「そういう自分たちの国以外との付き合いが無くなって久しいからね。判らないわけでは無いけど、だからと言って許したり放置したりするのも問題だ。だから、まずは身の程を知ってもらおうという撤収というわけ。と言う事で、また色々手伝って貰いたいんだけど?」
「ええ、事情は判りました。喜んでお手伝いさせていただきます。それと、このことは陛下には?」
「今、陛下に外交的な助言とか代理で動くとかの役割をしている、ってのは何人ぐらいいる?」
「はぁ、えっと、実は、前の前の相談役によって陛下の兼任業務になってました。実際は何も無かったという書類を作る、半ば嫌がらせみたいな役職だったのですが、アレの後は書類関係はなくなったのですが役職自体が宙に浮いている状態でして…」
「まぁ、実際必要なかったし、あったとしても人手不足でそれ所じゃなかったから、仕方無いんだけどねぇ」
「申し訳ありません」
「いや。謝る所じゃないよ。とにかく陛下の執務室、っていうか、政策関係の仕事している所に、君たちの仲間も皆つめているんでしょ? まずはそこに行って話そうか」
ここに居た職員の一人に道案内を頼み、陛下の所に行くことにした。何と言うか、この城の職員の名前をぜんぜん覚えてないのはマズイ様な気もするんだけど、職員たちの方はあまり気にしていない感じなんだよねぇ。
後々で色々聞いて回った所、立場が下の物は誰でも使って構わないというような不文律を相談役たちが勝手に作っていたらしい。だから下の者の名をいちいち覚えるのも無駄だから名乗りさえもするな、と言う事になっていたそうだ。名乗るのは上の者の特権とか、義務とか言い出して、当然と思っていたそうだ。あの相談役たちらしい下衆な理屈だな。
この時点では俺はその事は知らなかったけど、知ってからは名札に所属部署、役職名、そして大きく名前を書いて胸に着けるように提言した。まぁ、それは後の話。
目的の場所に到着。
陛下に直接お目通り願うのかと聞かれたけど、一度準備室の方でタイミングを見たり、他の職員にも話を聞いてみたいと頼んだ。
「皆さん。森のあやかしのケンタさんです」
部屋の中には八人いて、皆同じ様な格好の制服なんだけど、その内の四人は肩掛けっぽい物を身に着けていた。たぶん、役職的に上の人物なんだろう。
肩掛けをしている内の二人は顔見知りだった。こっちも俺は名前を覚えていない。
うん、良くないな。
案内してくれた職員に紹介されたこの時を逃すものかと、俺は魔法の便箋と魔法のペンを取り出す。
「森のあやかしという名の傭兵団を指揮している、という事になっているケンタだ。相談役たちの更迭に関わっていたから知っている者もいるだろう。今回は調子に乗っている軍部と、最近の魔獣の襲撃状況を見て協力を仰ぎに来た。よろしく頼む。で、すまないが皆の役職と役割、それと名前を教えてくれないか?」
そこで八名プラス案内役の一人の九人の名前と役職を教えてもらった。
そして、俺はこの国の組織に対して大きな勘違いをしていた事を思い知らされた。
まず、この国は法王という王様を頂点に置いている組織だ。それはいいんだけど、本来はその下に貴族が来るらしいんだけど、長年の歪んだ慣習で相談役たちによって捻じ曲げられてしまった。
具体的には、相談役それぞれが予算を持って、それぞれが軍隊や製造業や治安を担っていた。もちろん、得意、不得意もあるから、軍隊管理専門の相談役が三人とか、農作物管理が得意な相談役が五人とか、関係性を重視しながら共同管理をしていたそうだ。
だから軍隊全体を管理する組織とかは無い。以前の相談役たちのように共謀している状態なら、相談役たち全員に声を掛ければ国の軍事力全体で対応することが出来た。でも、相談役たちがいなくなった後でのこのこと出てきた貴族たちが相談役たちの組織形態を踏襲。それぞれが予算を分捕る形で好き勝手な事をやり始めている、というのが現状だった。
「あの、ケンタさん? 大丈夫ですか?」
ベルガーという案内してくれた職員が、頭を抱えて机に突っ伏した俺を心配して声を掛けてくれた。
「その、軍事力を分割、所持している貴族って何人いるの?」
「えっと、現状は四人です」
「つまり、この国は持っている軍事力の四分の一しか活用出来無いって事だねぇ」
「うっ」
俺の一言で職員たちが唸ってから絶句していた。
「本来ならそう言う仕組みは、貴族が自分の所領を持っている状態で、その所領を守るために独自の軍隊を作るってのが筋なんだけどねぇ。この城塞都市が国の王の所領っていう意識は無いのかな?」
職員たちが顔を見合わせている。
なんか、初めて聞いた、って顔をしている。この国、ヤバイ?
「王から貴族への命令ってのは、しっかり出来る? 前の相談役たちのせいで、王は見守り、承認するだけの存在とかって書き換えられてない?」
「えっと、その、詳しくは調べてみないと」
「もし、マージ王の後に書き換えられた仕組みなら、全て見直す必要があるね。その見直しを阻む勢力がいたら、更迭された相談役の手の者として断罪するぐらいの覚悟は必要かな。
本来なら、部外者である俺なんかに言われるものじゃないんだけどねぇ」
そして、きっちりと調べての制度見直しを約束してもらった。
さらに、法王に貴族に対する命令方法も演出付きで教えた。しっかりとメモを取っていた職員のカイナード君がメモを見ながらニヤニヤしていたのが印象的だった。
まぁ、簡単に言えば、これから四人の貴族を競わせ、手柄を立てられなければ手柄を立てた貴族に吸収されて貴族としての位を失うようにするというもの。
この国には公爵とか男爵とかの爵位という序列は無かったから、失えば完全にゼロになってしまう。それを怖れて逃げ腰にならないように、はじめに乗せるように言葉を選ぶことも指示しておいた。そういう言葉遣いとかはやっぱり現地の現場の人の方がいいよねぇ。
勘違いした軍隊をまとめ直す、とかいうのが目的だったけど、何故か国の制度そのものを直すように言っている自分の状況が不思議だ。
とにかく、本格的な戦いが始まる前に軍事力を一つにまとめる必要がある。
外交とかは二の次だった。
一応、外交の姿勢についても話したけど、やっぱりそれも貴族それぞれの個別の判断による所が大きかった。
貴族だから、とかじゃなく、役職による専門家じゃないとねぇ。
その専門家による助言の組織が相談役だったのに……。
最後に、傭兵団の食糧事情を相談して、野菜類などを裏から回してくれる様に頼んだ。
ハンガーに戻った後、サヨたちが仕留めて来た魔獣を傭兵団の団員が捌きいて作った肉中心の夕食が始まった。一応、ストックしてある野菜を煮込んだスープと野菜煮込み料理の中間みたいな汁物もあり、味もそこそこ。断じてシチューではない。あえて言えばトン汁とかに近いけど野菜がかなり細かく切られていて、さらに煮込んであるのでカオス的ではあった。なのに味は調っているという不思議。
簡易的な野外でのやっつけ料理という感じだけど、ゼンチェスよりは発展しているという感じがする。
料理限定だけど。
政治形態や技術などは、辿った道が違うと素直に比べられないからねぇ。
夕食後は寛ぎタイム。ただロッカクたちは『研究』するんだそうな。ちゃんと睡眠は取れよぉ~。
○●○●○●○●○●○●
次の日の朝。俺、サヨ、トーイは魔獣襲撃の原因調査のために、それぞれ単独で偵察に赴く。ロッカクは夕べ研究をすると言っていたが、案の定、ロッカクのおもちゃの中で寝ていた。
ちなみにロッカクが乗っている、騎士の修理を主な目的として作られたロボットモドキは、ロッカクによってレパイアと名付けられた。リペアの読み方を強引に変えたらしいが、バイクをビケ、車型をカルと呼ぶとか、読み方を変えるのが流行っているのかもしれない。俺も時代に取り残されないようにしないとマズイか?
「サヨ、トーイ、俺たちは一度ゲートの所に転移してから、南西方向に進もうと思う。俺は真っ直ぐ南西に。サヨは西寄りを進んでくれ。トーイは南寄り。二人ともビケを使っていいから、出来るだけ距離を稼いで情報を集めて欲しい。真っ直ぐこの国に向かっている魔獣がいても無視して、原因の方を優先で。
まぁ、危なそうならさっさと転移で戻ってきていいからね。それからトーイは、月光からの要請があればいつでも戻っていいから、偵察に拘らないで」
今回の偵察で一番奥まで進むつもりなのは俺だ。サヨには、状況に合わせて俺かトーイかの、どちらかの手伝いをしてもらうつもり。
とにかく魔獣襲撃が人為的なものか、自然的な現象なのかハッキリさせたい。
魔道式エアバイクモドキのビケを駆って南西に進む。
草原や荒地では地上から一メートル程度の高さを進み、森では木の頂上付近を、山道では三メートルから五メートルを目安に飛行する。森を跳び越す高さで進むほうが距離を稼げるんだけど、地上に原因があった場合に見逃すようなことはしたくない。まぁ、見逃す時は見逃してしまうんだけどね。
そして一時間ほど進んだ所でそれはあった。
山だ。魔獣の死骸で出来た十メートル弱ほどの山。既に白骨化しているモノも見られるが、血を含めた体液が乾ききっていないモノもある。
種類も様々で、バッファロー型や虎っぽいモノ、ハリネズミっぽいモノとか元の形が想像出来無いようなモノまで。大半は干乾びているモノと腐敗している肉塊なんだけどね。
「あの魔獣は昨日の襲撃でも見たから、ここが何らかのポイントって事でいいけど、ここが出現ポイントなのかな?」
俺の肩に乗っている天に聞いてみた。
「もしも魔獣がここに転移されているとしたのなら、出てくる場所はさらに上空なのではないか?」
「あ、上から落とされるから、魔獣の死骸で山が出来ていないと他に移動する前に動けなくなっちゃうのかな? 最近の襲撃で魔獣が増えたのって、死骸の山が出来たからって事かな?」
「魔獣が落とされる頻度が判らぬからなんとも言えぬがな」
「ちょっと上から見てみよう」
ビケを垂直上昇させ、魔獣の山を俯瞰で眺めることにする。ここに落とされた魔獣がどっちに向かうかの確認用だ。
ここが出現ポイントで、上空から魔獣が落とされるのなら色々な対応が取れる。例えば、もっと深い谷を作って、落ちても上れないようにしておく、とか。溜まっていく魔獣が朽ちる速度と落ちてくる頻度で難易度が変わりそうだけど。
と、その時までは油断してた。
ビケで上って動ける限界まで上昇して眺めた所、同じような山が幾つも見えた。
視界に入るものだけで六つは在る。
場所的には森と草原の中間の様な、疎らな林の群生地って感じなんだけど、魔獣の山の周りは草木が刈れ果てているようだ。山から離れると森になっているから、魔獣の山の所為で草木が枯れるんだろうな、としか考えられない。
「これは、原因を取り除かないと意味が無さそうだねぇ」
「原因を排除しないつもりだったのか?」
「例えば、上から落ちてきた魔獣が確実に行動不能になるようにしておいて、山があって生き残るとかが無い様にしておけば、手間も掛からないかと思ったし、上手く使えば魔獣を効率的に狩れる便利な場所として使えるかも、って利用法もあるかなぁとか考えてた」
「なるほど。肉と魔石の資源の山として利用するのか。確かに原因を取り除くよりも有意義そうだな」
「それも、多かったら間引く、とか、少なかったら増やす、とかの調整が出来るか、調整できなかったら打ち切るって事が出来るのなら、って話だけどね」
魔獣は危険な存在だ。その出現をコントロール出来無いのであれば、利用価値よりも危険の方が大きくなる。後々に利用できるようになるかも知れないけど、それで『今』滅びたんでは意味が無い。
「そうだな。それに、出現場所が何時までも同じ場所に留まっているかも不明ではあるしな」
そこまでで俺はビケをゆっくりと下ろしていった。何時までも高高度を維持させる出力のままだと故障の原因にもなるそうだしね。
ビケを地上から五十センチほどの高さに浮かせたままの通常運行に移行させて、上から見つけた別の山に移動しようとした時、それは起こった。
魔獣の山のさらに上空。森の木々の倍以上はある高さに光る魔方陣が現れた。
「あ、あれは、ゼンチェスで見た、ガラクタ巨人を召喚した魔方陣に似ている…かな?」
「術式は判らぬが、確かにあの時の魔方陣に似ている。おそらくは似たような効果だろう」
「襲撃してきた魔獣は、あの魔方陣で運ばれて来たのか、それとも、今回はガラクタ巨人が出てくるのか…」
ビケを反転させ、魔獣の山から離れ、空中の魔方陣から何が召喚されるのか、と待ち構える。
そう、油断してたんだ。
上から降ってくると思ってたら、突然魔獣の山の方が爆発した。
吹き飛ばされる!
と、思ったら、天の防御結界で事なきを得た。
「び、び、び、びっくりした~」
「なかなか愉快な展開だな」
「いや、いや、楽しまないで…」
一応距離をとっておいたのが幸いしてか、天の結界に肉片がこびりつく程度の被害で済んだようだ。
いや、天の結界が優秀だっただけか。
天の結界の外側の地面には、粗いヤスリをかけた様な筋が掘り込まれている。
俺はビケを後方に下がらせつつ、再び上昇させた。
魔獣の山があった爆心地を確認。うん、綺麗に吹き飛んでいる。腐りかけの魔獣の亡骸を弾き飛ばしただけ、ってわけだけどね。
っと、そこに、上からの圧迫感を感じた。
急いで離れつつ、上を眺めると、空中に一つの影が見えた。なんかモニョモニョとうごめいているなぁと思っていたら、その影が一瞬で地面にダイビングしてきた。
あ、落っこちたんだ。
なんとも言いがたい音を響かせ、それは平らになった地面に激突して造形が変わってしまった。
当然生きてはいない。
鹿系統の魔獣のようなんだけど、もう、元の姿も想像出来無い。
近くに寄って詳しく見てみるか、とも思ったけど、また上に気配を感じたのでさらに距離を取るしかなかった。
そしてまた上から落とされた魔獣がつぶれた。
さらにまた現れ落ちてくる。
ヒュッ、グチャ!
ヒュッ、グチャ! ヒュッ、グチャ!
結構な高さから落ちてくるのに、ほとんど一瞬で地面に激突する。
これが重力加速度の現実かぁ。
この前サヨが浮遊島から落ちた時とか、動画で見るスカイダイビングなどの状況を見ると、空中で色々出来る時間的余裕があるように見える。
スカイダイビングだと、おおよそ二千メートル以上の高さから飛び下りるのが平均的だった……かな? 最高高度記録が四十キロの高さだとか?
まぁ、二千から三千の高さでも一分から二分ぐらいの時間しか余裕が無い。
要は、地上から見上げて同体と足の区別がつくくらいの高さだと、落ちて地面に激突するまで長くても三秒程度。
人間だと、『あれ? 俺、今、落ちてる?』と考えた次の瞬簡には地面と仲良しだ。
上から落ちてくる魔獣も同じ気持ちみたいだ。
突然上下感覚がおかしくなり、足を動かしたり体を捻ろうとした瞬間には地面に激突。落っこちてる、誰か助けてー! と悲鳴を上げる暇も無く、落ちた瞬間に潰れた肺から出た空気で断末魔の鳴き声が聞こえるだけだ。
そんな哀れな魔獣の死骸が積みあがっていく。
地面と直接仲良しになった魔獣から魔獣の死骸と仲良しになっていく魔獣が徐々に増えていく。そして、即死しなかった魔獣も出てくる。全身骨折、内臓破裂が続いた後に、足や背骨、頭骨の破損になり、全身無事で生き残った魔獣が現れる。
そんな魔獣が後から落ちてくる魔獣を避け、魔獣の山から離れると、追い立てられるように移動を始めた。
移動を始めた魔獣が数頭続き、一部が北東方向に進む。
「別にアレンストを狙ってたわけでも無さそうだねぇ」
「今数頭が向かったようだが、連絡はどうする?」
天の指摘に少し考えてみる。
「あの数がそのまま移動するのかも疑問だよ。途中で合流するか、蹴落とし合いをする可能性もあるし」
「そうだな。あの召喚行為の目的もわからぬし」
「今はアレンストの軍部に肝を冷やしてもらう必要もあるから、あの程度だったら放って置いた方がいいと思うんだよね。一応ロッカクたちには連絡して、もしもの時の備えにはなって貰おう」
そう言ってパーティチャットを起動。
「こちらケンタ。アレンストから南西に一時間ほどビケで移動した先に魔獣を転移をさせる魔方陣が発生していた。魔方陣は人為的に設置された可能性があるけど、設置した後は自動的に召還を繰り返している様に見える。詳しくはこれから調べる事になるけど、今召還された魔獣が数頭、アレンスト方向に移動した。それがまっすぐアレンストに向かうかは判らないけど、ロッカクにはもしもの時の対応を頼みたい」
『はい。えっと、具体的にはどうしますか?』
「アレンストの城壁が破られ、町の方に被害が出始めてから、対応できそうな人数の騎士をキャンプ場に転移させてから救援に出す、という感じかな」
『実際に町に被害が出るまでは様子見って事ですね』
「軍を分割している貴族を潰す為だからね。まぁ、町の被害は最小限になるように調整して」
『了解しました。騎士団長に話して、見張りを出して貰います』
「手が足りなさそうなら月光経由でトーイを呼び戻して対応。それでも足りないときはサヨも追加、それでも、って時には俺、という感じで」
『はい。一応地竜さんも居ますから問題ないと思います』
「うん、じゃ、それでよろしく。サヨとトーイは今はそのまま調査続行だけど、対応を頼むね」
『『はい』』
二人の揃った返事を聞いてパーティチャットを終了させた。
「アレンストの方はこれでいいけど、問題はあの魔方陣だよねぇ」
天と地竜の世界で、ポーポーの世界からガラクタ魔獣を召還した魔法陣に似ているけど、数人掛りで魔力を注ぎ込み、挙句に術者が魔法陣に喰われて召還が始まった。つまり、かなりの量の魔力が必要なんだろう。ここの魔方陣にはその魔力の供給者が居ない。まずはその仕組みを調べるのがいいのかも知れない。
「まず、天はどう思う?」
魔力をどこから得ているかを聞いてみた。
「魔力とは、周りのマナを使うという『意思』の力というのは話したな?」
「うん。魔獣は本能的にそれをやっているし、人間とかは意識して詠唱とかで使えるようにしているんだったよね」
「そしてこの世界はマナで出来ているのも言ったな」
「うん。だからこそ、マナの影響を受けるわけだよね」
「魔方陣はそのマナを動かす『意思』の代わりになるものだ。つまり、魔力さえあれば魔方陣は発動して、陣に書かれた通りの結果をもたらす」
「つまり、魔方陣を設置して、魔力があればいいって事だね。それは魔法具と同じだよね?」
「そうだ。魔法具と同じで魔力の供給元を魔石が肩代わりしているわけだ」
「あ、そうか。あの山になっていた魔獣の死骸は魔石を利用するために積み上げられていたわけだ。ああしておけば、魔石が朽ちる前なら何度でも繰り返せるわけか」
「本来であれば非常に効率の悪い方法だが、手間がかからないという意味では優秀だな」
「魔獣が召還される前に死骸の山が爆発したのは、魔獣の死骸の中にある魔石から魔力を取り出すためだったわけだ。向こうの、魔獣供給元の状況が判らないけど、かなり便利な方法だね」
「自らの周囲の安全確保から、特定地域に向けた攻撃など、使い様は様々だな」
「問題があるとしたら、無人の設置型なんで、すぐに真似をされるし、破損するかもって事だけかな」
他所に魔獣を『捨てる』というだけなら、かなり効率がいい。戦争なら真似されるから条件が追加されるだろうけど、自分の所とは無関係であればやり捨てできる方法ってわけだ。
海に浮かぶ孤島に設置すれば、都合のいい危険物投棄の方法だね。
倒した魔獣の魔石を利用できない、というジレンマはありそうだけど。
「つまり、山になっている魔獣から魔石を頂戴すれば、もう起動しなくなるってことだよね?」
「そうではあるが、一つの山で一回の召還を行っているとは限らぬぞ?」
「あ、年々魔獣の勢力が拡大している、って事は、余剰魔力があるってわけか。一回でも召還できなくなったら、それで仕組み自体が壊れる、って事が無いように作っているはずだよね」
魔獣をどんな方法で確保しているのかは判らないけど、送り出す魔獣が少なすぎて、その一回で二度と送れない、なんて設定はしないよねぇ。
そして、この魔獣の死骸の山から魔石を取り出す方法も問題だ。一つ一つ取り出すしか方法が無いのかな?
「天は、こういった山から魔石だけを取り出すとかいう方法に心当たりは無い?」
「無いな。前の我ならば小さな魔石などには興味も無かった。他の竜たちも、ある程度の大きさと質を持つ魔石にしか興味は無かっただろう」
「全部まとめて魔力に一括変換、という方法しかないか」
「ここで魔石を得ようとせずに、あのダンジョンで確保すればいいだけだと思うが?」
「あぁ、いや、いや。俺たち用じゃなくって、アレンストの住人たちの魔石確保場所として利用できないかな、ってね」
「あの騎士と呼ばれる道具を複数使えば可能ではありそうだな」
「魔方陣を起動出来るだけの魔石を残して、って方法なら出来そうだし、もしもの時に魔獣を余裕で倒せる力を持っているのなら利用できるって事だね」
ここだけに騎士を配置して置けないなどの問題もあるけど、アレンストの軍が一体化して秩序を持てば、ここを騎士の訓練場に当てる事も出来そうだ。一体化してないと、占有や妨害とかで荒れそうだしねぇ。
「利用法はそれでいいとして、問題は誰が設置したか、だよねぇ」
設置したのが脅威の排除目的で、移動させた魔獣が絶対に到達できない場所にある国、と言うのが相手なら、なにも言わずに利用できる。
でも、これを設置して周辺国が疲弊することを目的の一つにしているとしたら、魔獣以外にも送られて来そうだから単純に利用する事が出来ない。
さらに、攻撃目的だと仮定したとして魔方陣を破壊する選択を取った時に、再設置が可能だとしたら破壊行為自体が無駄になる。まぁ、その時は無駄でも破壊しないとならないし、破壊と再設置の無駄な消耗戦になる事は必至だ。
どんな理由で設置されたか?
それがはっきりしないと何も判断出来ない。
「あの魔方陣から、送り元とか判らないかな?」
「はっきりとは言えぬが、かなりの受動型で元の場所が判るような複雑さも無いと思える」
「じゃあ、送り元はここの魔方陣の状況を理解してない?」
「さすがに、送れなくなったら、その理由を予想することは出来るだろうが、そこまでだろうな」
「六つあった魔獣の山のうち三つを壊してみようか?」
「骨になった魔獣も居た。次の召還までは時間がかかるとは思えるが?」
「あっ」
召還の魔方陣をどうやって描いているかが判らない。だから魔獣の山を消して魔力の供給を止める方法しかない。でも、一回消しただけでは召還は止まりそうも無い。少なくても二~三回は連続で消すしかないのに、魔獣が骨になるまで待たなければならない? ここの地元の魔獣が肉を食って骨になった可能性もあるから、正確な召還間隔が判らない。
「なんて面倒な。どのくらいここで待たなければならないんだろう…」
「魔獣の襲撃頻度が上がっているらしいが、もしも蓄えた魔力が頻度を上げているだけならば、完全に壊すのには時間もかかりそうだな」
魔獣破壊で魔力を供給していて頻度が上がったのなら、魔力供給が減ったら頻度が下がるだけ? 完全に召還が出来なくなるまで消耗させるには、長くなる召還間隔に付き合わなければならない。
「うん。この方法は却下だね」
人は、時には潔くしなければならない。うん。そう決めた。今決めた。
「だとすると、どうする?」
「魔獣が送り込まれてくる時に、こっちから何かを送り込めないかな?」
「無理だな。あの手のモノは、川の水が上から下に流れて行く様に作られている。流れに逆らい、上っていくのは無理だろう」
「じゃあ、送り込まれている途中の状態の魔獣に干渉して、送り元を特定とかは?」
「条件付で可能性はある。魔獣が完全に出るまでが長ければ長いほど良いのだが」
「ああ、繋がっている状態なら、体の端っこまでの状況を調べることが出来そうって事だね」
「そんなところだ」
「何か注意点は?」
「我が直接触れて調べないとならない事と、触れている時間を出来うる限り長引かせる事が重要だな」
「俺には出来ない?」
「魔方陣の仕組みを直感的に理解する適性とマナに対する親和性、強化魔法のような体に対する魔法の使用に深い理解を得ている事が必要だ」
「うん、無理。数年間の修業期間があれば、もしかしてって可能性はあるけど、今は完全に無理だろうね」
と言う事で、次のチャンスがあれば天が挑戦する事になった。その時は俺が天を支えながら一緒に近づく事になる。
そのための準備として、見える六つの魔獣の山を巡り、一番古そうな山を対象として選ぶそうだ。
実際にビケで飛び回って見て来たが、次の召還はすぐ隣の山だろうとなった。まぁ、勘だ。これをやまか……。
「来るぞ!」
俺の思考が途中で遮られた。
急がなければならないので、続きを考える暇も無くビケのスロットルを回して上昇させる。既に空中に魔方陣が浮き出して、妙なプレッシャーを感じる。
「この圧迫感に近づいた方が良いのか?」
「そうだ! だが、正面過ぎると巻き込まれるぞ」
「難しい事を簡単にぃ!」
実際は無風で、何の抵抗感も無いんだけど、プレッシャーと言う見えない力が俺たちを押しのけようとしている。これは精神的にきつい。
そして、空中の何も無い所に影が発生。直感でこれだと判った。
俺は天を左手に持って、それを掲げ、その影に押し付ける。
同時に影が実態を持ち始め、勢いを増して実体化していく。実体化していく魔獣らしき影からのプレッシャーが圧力を高める。
俺は右腕だけでハンドルを握り、さらにスロットルを回して上昇力を強める。ついでに体をひねって魔獣の上に回りこむが、ビケが逆さまになってしまう。スロットルを弱め、フットブレーキを強めに押し込むが、すぐにビケは魔獣の体に接触、物理的に押し流される事になった。
天には悪いがもう限界だ。
俺は天を掴んでいる腕を引こうとした。その瞬間。
「飛ぶぞ!」
天がそう言った気がした、と同時に意識そのものがかき回された。
目を回したことはある。
自分では意識していないし動かしてもいないのに、勝手に目玉が動いて見ている視界が変わっていく。自分では真っ直ぐ見ていて動いていないという意識だから、回りがぐるぐる回っている感じがする。視界が端まで到達すると、一気に開始点まで戻ってまた回り始めるので、グル~~リ、シュッ、グル~~リ、シュッ、と言う感じになって、一定の速度で回り続けるよりも不快な感じがする。
自分では動いていないという認識のため、三半規管との情報も食い違い、ほとんど歩けないし、乗り物酔いの様な状態になった。
唯一の対応は目を閉じて収まるまで安静にすることだけだった。
俺は今、意識がかき回されている。
昔の体験が今現在のような気がするが、すぐに別の過去の状況に変わる。さらに別の状況が現れるが、それが前に見た昔の状況の少し前だったり、ずっと後だったりと落ち着かなくなる。
体も状況に合わせて動こうとするけど、幻覚を見ているようなモノだと判っているので動く必要は無いと体に言い聞かせなければならない。
それが妙に疲れる。鬱陶しい。混乱する。
それでも、それが他人の所為ではなく、自分自身の混乱だと判っている。
そして、その状況が一瞬で解除された。
「ケンタ!」
その天の呼び声で状況を理解する。
召還陣から出てくる魔獣に触れて、どこから召還されているのか突き止めようとしていたんだ。そして天の飛ぶぞというセリフ。その後の意識の混乱といきなりの解除。
もう判る。俺たちは召還元の場所に転移して来たんだ。
そう思う間も無く、目の前に影が迫る。魔獣が魔法陣に向かって落ちて来ているんだ。
俺は天を胸元に抱え、ビケを操って迫り来る魔獣を避ける。避けた先にも魔獣だ。それも全身でビケを傾けて避ける。さらにその先にも魔獣が!
自分でもどうやったか覚えていないアクロバットを展開して、魔獣の雨から逃れることに成功。
これが、当たらなければどうと言う事も無い、という事かぁ、と感動した。
俺はビケを操ってその場を離れようとしたけど、スロットルを回しても力を増す感触が返って来ない。
一応、危険な場所からは逃れたけど、まだ、自分自身の居る位置さえも特定できない場所にいる。なのでさらに離れた場所へと思ったんだけどビケの調子が悪い。
よく見るとビケ全体にこすった跡が付いている。さらに角が欠けている場所がいくつもある。
綺麗に避けきったつもりだったけど、実際はぶつかって弾き飛ばされるの連続だったようだ。
ゆっくりと落下していくビケを強引に体重移動で振り回しながら操り、安全地帯を探す。
そこで、周りの状況が少しずつ見えてきた。
俺たちが転移してきた場所は大きな穴の底だったようだ。そこに魔獣が連続で落ちてきている状況に出くわした、という事だ。よく潰されなかったなぁ。
送り元の召還陣から離れた場所にビケを下ろし、アイテムボックスに収納する。
「天、肉体強化を頼めるか?」
「うむ」
天に肉体強化をかけてもらい、壁を蹴りながら上に登っていく。
穴の深さは二十メートルはありそうだ。よくここまでの穴を掘ったなぁ。こういうのは見上げるより、実際に登ってみないと時間できない。
肉体強化のおかげで自分の身長程度は軽い力でジャンプできる。でも、魔獣用の落とし穴なんで基本的に登れない様な掘り方になってる。まぁ、人間サイズで、一瞬だけ足をかけられる程度の凹凸はあるから、その凹みや出っ張りを蹴りながら登るのは何とかなった。
この肉体強化があれば、五階建てのマンションぐらいなら余裕で壁登り出来そうだ。
上りきった所は、一見すると森の中という印象を受ける場所だった。
罠である落とし穴が見えないようにする意図は感じられるんだけど、穴の周りは荒地になっていて木も草も無い。
木の根が侵食すると落とし穴から脱出するための足がかりになるから、わざと木が生えないようにしたのか、それとも別の理由で生えなくなっているのか。
そんな事を考えながら落とし穴から離れ、森の中に入っていった。
そして比較的木の間隔が広く明るい方へと進むとすぐに森を抜けた。あ、まだ肉体強化の影響が残ってた。軽くスキップするようなジャンプで木の根の上を飛び移るとあっという間に森を抜けてしまった。
そこには広大な魔獣の楽園があった。
あ、いや、単に魔獣がいっぱい居た、というだけだけどね。
肉体強化が続いている今なら突破出来そうな気はする。でも、かなりの時間と気力の消耗は避けられないだろう。
今、優先して実行しなければならない事は、この付近の安全な場所に転移の魔道具を設置することだ。
魔獣が入り込まない、それでいてある程度広い魔所。出来れば人間も近づかない様な場所が望ましい。
という事で木の上に登り、ついでに周辺探知も展開しながら周りの状況を調べて見た。
「天の方が周辺探知の範囲は広いよね? 俺の探知だと左の方が魔獣の数が少なさそう何だけど、どう見る?」
「いや、奥に強い気配を感じる。左は避けた方が良さそうだ」
「強いのが居るから数が少なかったのかぁ。仕方ない。右の方から隠れながら移動しようか」
「そうだな。右の奥に魔獣の反応がまるで無い場所があるようだ。まずはそこを目指すのが無難であろう」
「その場所に人間の反応とかは?」
「我の感知出来る範囲ではケンタしか居ないように見えるな」
「それは残念」
とりあえず森からは出ないようにして木々の間を抜けていく。俺の周辺探知を見ながら、時には遠回り、時には隠れてやり過ごし、などなど、こんなゲームもあったなぁなどとのん気な事も考えながら進んだ。
そしてそこに、大きな人工の壁を見つけた。
装飾的な違いはあるけれど、これはアレンストという城塞都市の外壁の壁と同じに見える。
「ここも城塞都市の一つ? でも、人間の気配もしない、って…」
周辺探知でも人間の反応は見えない。時折反応するのは鳥やネズミだろう。そして周囲にはのんびりした魔獣たちの姿。
つまり死んだ都市って事だね。
俺は口を固く結んで、外壁に沿って移動し、人間用の出入り口を探した。
と、アレンストでも見た、隠し通路の入り口を見つけてしまった。
「アレンストと同じ構造? 昔はアレンストと親密な交流があった場所って事かな」
「装飾は少し違うが構造そのものは全く同じだな」
アレンストでやったように壁を押し込んで通路を開く。そして同じような幅の通路を進んだ。
「アレンストでは騎士用の大きな通路だった所が、広いけど人間用の大きさの通路になっているのが特徴かな?」
「アレンストの方では騎士という大きな魔道具のために改築されたのだろうな」
騎士用の改築が行われていないとしたら、アレンストで隠れ家に使っているハンガーとかも無いはずだよねぇ。
「ここがアレンスト形式に城塞都市というのは間違いなさそうだから、まずは城に向かう方が良さそうだね」
道は変わっているだろうから、とりあえずの方向だけを気にして進む。
アレンストでは通路だけで城に行けたが、俺はここで外に出てしまった。そして、この都市の現状を目の当たりにした。
森だ。
構造材の隙間などから生えたのだろう。道路を盛り上げた状態で木が直立している。かつての家らしきものは木と雑草のプランターのようだ。
「けっこう長い年月、無人のままだったようだねぇ」
滅んだ都市なら、道端に亡き骸の痕跡が残っていたかも、と思い直したが、これなら痕跡さえも朽ちているだろうね。
俺はかろうじて通れる雑草の道をかき分けて進み、城だったと思しき建物に強引に侵入した。まぁ、肉体強化がほんの少し残っている力で、木を引っこ抜いただけだけどね。
城の中はアレンストとは様子が違った。
アレンストはどちらかと言うと事務的な形状になっているけど、ここは俺たちの世界の中世ヨーロッパの貴族の居城という雰囲気があった、と想像出来る。
家具らしきものはコケの山か半壊している物ばかりだから、当時の景色は想像出来ないんだけどね。
以前、ネットで廃墟マニアが撮った城の画像を見たことがあるけど、それに近いかな。
「出来れば資料室みたいな場所が判るといいんだけど」
「この様子だと、文献などが残っている可能性は低いな」
「だよねぇ。出来れば何故滅びたか、ってのが知りたいんだけどね」
適当に奥へと進んでいくと、広い講堂の様な場所に出た。その形状にピンと来るものがある。
「あ、謁見の間だ」
広い部屋の奥に大き目の椅子が一つだけ。そして大き目の柱が左右に等間隔で聳え立っている。
「アレンストとはかなり違うのだな」
「あそこは謁見の間というより謁見室というか、会議室みたいな場所だったしね。外交とかをしなくなったアレンストが、こういう大きな謁見の間を必要としなくなったからああなったんだと思うよ」
そう言いながら奥の、王が座る玉座に近づく。
「椅子の形も似ているねぇ。もしかして隠しポケットも同じかな?」
椅子の両側にある袖の下を指でなぞっていくと、アレンストと同じような凹みがあった。
そこで、コケと砂が堆積した座面に座りたく無かったので膝を置き、両手で両脇の袖を操作した。
ゴツっとした音がして袖が動いた。構造もアレンストと同じだったようだ。
そして中には一つの魔石があった。
五百円玉に似た円形で、紋章が掘り込まれている。しかし堀はかなり薄くなっていて、時間と共に朽ちていく魔石だという事が良く判る。
「確か、マージは指輪や認証印は後から作られた制度って言ってたけど、ここも、こういうものが王族の証なのかも知れないね」
まぁ、ここに捨て置くのももったいないから、俺は魔石を胸のポケットに放り込んだ。後で皆に見せて自慢しよう。
「結局あの召還は、この城塞都市の周囲に居る魔獣を排除する仕組みだった、って事かな」
「ここがアレンストに害意があった、という可能性もあるが、今更な事だな」
「うん。滅んだのか、放棄したのかは判らないけど、アレンストを攻撃するためにここを放棄したとかは考えられないから、別の理由だあるんだろうね」
「それで、これからどうする?」
「ここに転移の魔道具を設置して、後で皆してあの落とし穴を埋めようかな」
一応、仮の場所として謁見室の玉座の前に転移の間道具を設置した。休める場所を見つけたらこれは撤去する前提で。念のためとして二箇所ぐらいに置いておくのも手だとは思うけどね。
設置した後は周囲の安全確認。
今は安全そうだけど、実は危険な場所だった、ってのはマズイからねぇ。
謁見の間を出て少し戻り、資料室や準備室のような場所が無いかも探す。謁見の間の近くなら小会議室とか、護衛の兵士の詰め所とかもあるはずだ。
小一時間ほど彷徨って歩いたけど、特に危険になるような状況は見えなかった。時折見える外の様子を見ても、城塞都市の外周の壁に穴などは見られないし、街中を魔獣が暴れたような跡は見られなかった。
飽きて………、いや、いや、いや。もとい。一通り城の周囲を確認できたので、城の周囲の施設を見て見る事にした。
目指すは、アレンストで騎士を修理する場所に当てられている広い建物。
同じ物があるとも限らないけど。
でも在った。
まぁ、巨大な金属製の扉が開かなくて、中を確認できないんだけどね。
既に肉体強化は切れているけど、あったとしても俺一人の力では動きそうも無い。六角のおもちゃ、えっとレパイアだったか。あれで強引に引っ張るとかしないと無理かなぁ。俺たちの、このアバターに勝てない騎士たちも無理かな。まぁ、数が居れば出来るかも。
俺一人の力技で開くのを諦め、別の場所に人間用の小さな出入り口でも無いかと周りを回ってみる事にした。
でも、その前に、巨大な金属製の扉の横に何かあるのを見つけた。まるで操作パネルの様な感じだ。
一見すると、古い書物を置いてある図書館にある書見台に見える。でかい本を開いておいておく長方形の台だ。
しかし、その斜めになった天板には何も書かれていない。
「長い年月で風化したか?」
風化したのなら、文字の痕跡でも残っていないかと指で触れると、指先から力が抜けていくような妙な感覚が走った。
反射神経的に手を引っ込めたが、胸ポケットの中がほんのりと暖かくなっていることに気づく。
「紋章入りの魔石が反応してる?」
こういう時はさっさと確認。ポケットから魔石を出して、書見台のような操作パネルに魔石を近づけた。
すると、地鳴り付きの轟音が足元から響いてくる。地下にある装置が動き出した様だ。
同時に巨大な金属製の扉が左右に開き始めた。まるで自動ドアのように。
「普通この手の扉って、観音開きが定番じゃないのぉ?」
「かんのびらき、とはどんなモノなんだ?」
天が聞いてくる。まぁ、この世界に仏教は布教されて無さそうだしねぇ。
両手で扉の開き方を真似て説明していた最中に、扉の方でギギギギギという引きずるような音がし始めた。
「そう言えば最低でも百年以上は前の建物だったっけ…」
懸念をつぶやいたと同時に、ガシッ! ゴゴゴーン! という感じの轟音が響いた。
「「壊れたな」」
俺と天が同時につぶやいた。
「まぁ、今まで形が残っていただけ奇跡だったわけだしねぇ」
「そうだな」
一応俺が入る分には余裕がありそうな感じで扉は開いている。轟音と共に動かなくなったから、入った途端に扉が閉まるとかも無いだろう。
俺と天は扉の中に入っていった。
薄暗いけど暗闇ではない。長く誰も居なかった、閉鎖されたこの場所には埃も舞ってはいない。
学校の体育館とは比べ物にならない大型倉庫に見えるこの場所は、騎士の格納庫だったようだ。
「あれ? この国に何で騎士があるんだ?」
左右に騎士一機に対応したハンガーが八つずつ並んでいて、それぞれに鎧を着たロボット兵器の騎士が収められている。
「正確に比べるとしたら、あれは騎士では無さそうだな。アレンストの物より少し大きいようだ。それと、中身が無いか、朽ちている可能性が高い」
天の言葉を聞きながら、騎士もどきの一機に近づく。
間近で見ると俺にも違いが判る。確かに一回り大きい。アレンストの騎士が五メートルぐらいなのに対し、こちらは六メートルという感じだ。似たような姿だから距離感が狂うけど、一度しっかり見てから少し離れると違いが判る。
天の中身が朽ちているかも、と言う言葉が気になり近づいて間接部やコックピットを覗き込もうとした。覗き込んだ中は真っ暗だから、魔法で照明用の灯りを周囲にばら撒く。
そして判ったのは、騎士の手足を動かす収縮金属が無かったという事だった。
「収縮金属って朽ちるのが早いんだったっけ?」
「あの構造では他の金属よりも朽ちやすいだろうが、他の金属がこれほど健在であるのなら朽ちて無くなったというのは早計だな。おそらく外されたか、元々無かったかだろう」
「ロッカクか地竜が見ればすぐ判りそうだね。という事でこれらはお土産に決定」
ロッカクたちがここで作業をするよりも、アレンストのハンガーで作業をする方が効率的ではあるはず。でもパーツの何かが足りないと言う事で一々こちらに来て探すと言うのも面倒だ。だから、出来るだけ全部持ち帰ろうと思う。
騎士一機ずつに対応したハンガーラックごとアイテムボックスに収納していく。石の床に金属製の鋲で固定されているのに、綺麗に収納され、石の床には鋲の穴とハンガーラックで出来た凹みだけが残されている。アイテムボックスって便利だねぇ。としか思わなかったけど、天から見ても俺たちのアイテムボックスは異常らしい。天も持っているんだけどね。
周りに外されたパーツが無いかを探しなが収納を続けたけど、他のパーツは見当たらない。ここは置いておくだけの場所で、工房は他の場所にあるのかな?
一通り収納し終わって、最後の本命になった。
一番奥に三機分のハンガーラックがあり、その左のラックに用途不明の何かがあった。
中央と右のハンガーラックには何も置かれていない。しかし、置かれている物の正体が不明だった。騎士では無い。中央に四角い本体があり、そこからマントの様なシルエットで黒い板状の何かがいくつもぶら下がっているだけだ。
「騎士の装備品の一種かな?」
まぁ、何かは判らなくても持って帰るんだけどね。
すべてを収納してその格納庫を出て、他の場所をはがして見たんだけど、騎士サイズの機械を置いておくような場所自体が見つからなかった。
「工房とかは城の周囲じゃなく、外周に近い場所なのかな」
広い場所を確保できて、資材の搬入が容易で、作業音などの騒音とかを配慮すると、城の近くに工房を置くとも思えない。
もう、いい加減、飽き………、いやいや、時間も掛かったから一度戻って情報の統合を考えた方がいいだろう。
パーティチャット起動。
「こちらケンタ。色々見つかったから一度戻ろうと思う。サヨ、トーイの方はどんな感じかな?」
『こっちは魔獣と何度か行き違ったぐらいで、何の収穫もありませんでした』
『こちらも、三度ほど大きな魔獣を見かけましたけどぉ、計画通り交戦せずに移動を優先しましたが、特に何も発見できておりません』
「ロッカクの方は?」
『魔獣の攻撃がありましたが、一応城の騎士が出て撃退したようです。でも、様子を見ていた傭兵団の方の話では騎士たちはボロボロで、次の出撃は無理じゃないかという話でした』
「判った。とりあえず、俺たちが急いで動かなければならない事態じゃ無いね。俺の方も急ぐ話じゃないけど、落ち着いて話したい事がある。とにかく戻ろうと思う。サヨ、トーイは、新しく転移の魔道具を設置する必要は無いから、ビケを収納してさっさと転移で戻っちゃって」
『せ、せっかく、ここまで来たのにぃ』
「何も無かった、と言うのも大きな情報だよ。それにこの後、そっち方面に用事が出来るかどうかも判らないのに、転移の魔道具を設置するのももったいないしね」
『は~い』
パーティチャット終了。
俺たちは歩いて空になった倉庫に戻り、そこにも転移の魔道具を設置した。念のための処置だけど、一箇所だけと言うのも心もとない。出来ればもう少し小さくて、閉じこもることが出来る場所がいいんだけどね。まぁ、それは次に来た時にでも考えよう。