39 ギルド騒動の決着
一人の貴族がお取り潰しになり、商人の一軒が完全資産没収となり、ギルドが完全降伏したその日の夜。
俺たちは女王陛下に呼ばれて城の執務室での談話となった。
国の重臣が勢ぞろいなので事情聴取とも言えるかも。
一応経過を聞いてみると、シラクは俺を化け物と言い、商人は魔人よりも恐ろしいと言い、ギルド関係者はひたすら怖かったと言い続けているらしい。
うん。大人気だね。
一応、ギルマス以外の三人は実行犯だったからしっかりとすり潰して置いてくれと言っておいた。ギルマスは? と聞かれたけど、後始末する人間は必要だろう。との一言で納得してもらった。
まぁ、ギルド自体は無くすわけにも行かない。魔獣のいるこの世界では必須の組織だ。畑仕事さえ命がけになる状況では、魔獣退治をする者の存在は生活に絶対必要ともなる。冒険者などはしっかりとした仕事にありつけない無頼者の吹き溜まりだ、なんていう事は起こらない。畑や商売を継ぐのが長男だとしたら、次男以降はあぶれることになるが、この囲われた町では仕事の拡張や他の仕事への変更などはほぼ不可能となる。しかも、死が間近に感じられるこの世界では、後継者の予備は必須だ。なので人材だけはある。後継者にもしもの事があった場合の予備なので、教育もそれなりにされている。それらが冒険者になるしか無くなった時に、無礼な乱暴者では依頼を受けることが出来ずに仕事にあぶれてしまうからだ。
だから、冒険者は無頼者では無く、実直な者が多い。そしてそれを支えるのが冒険者ギルドだ。
今回も、実直が故に、ギルドに従って言い値で売る損をかぶっていたんだろう。
そんな事が続けば、冒険者のなり手が無くなってしまう。結果としては、町に無頼者が溢れ、魔獣を退治する実行力が減ったまま戻らない。
つまり町というか社会構造として詰んでしまう。
今回の騒動で、どうして国を巻き込んだのかを俺がサヨたちへの説明したら、同席した少女型ロボット状態のミィがしきりに頷いていた。
「それでケンタさんはギルドをどうするつもりですか?」
ロッカクが聞いてくる。コレには今後の予定も含まれる質問だろう。
「どうもこうも、不正部分は完全に改めてもらって、後は普通に、冒険者を甘やかせる事もしない、かつ、しっかりとしたサポートを絶対厳守としてもらう、ってだけだね」
「じゃあ、今のギルマスに丸投げですね?」
「うん。他にしっかりと冒険者の支援って事に重要性を感じている人材に心当たりが無いからねぇ。ミィはどう思う? 割を食うと知っていてしっかりと働いてくれる人材とか知ってる?」
「恥ずかしながら、わたしもギルドに疑問を持たなかった一人だ。今回の事でいかに異常だったかを初めて気付いたからな。
わたしもギルマス以外にいい人材の心当たりはないな。有っても五十年程前の話になってしまうし」
「まぁ、ミィがダンジョンに入ったのって、少なくとも十年以上前だったっけ? 今の状態の異常さは気が付かなかったわけだよね。もしかしたら、ミィにだけは全買い取りの規則を適用しなかった可能性もあるし」
「うむ。足元に火がついていたのに気付かぬとは、恥ずかしいかぎりだ」
そこで、おずおずと言う感じで魔法省のおじいちゃんが話しかけてきた。名前、なんだったっけ? ろーな? とーたす?
「ケンタ殿、申し訳ございませんが、アレンストという国について聞かせてくれませんか?」
「あ、ああ、もしかしたらアレンストが攻めてくるかも知れない、って事を懸念してるのかな。まぁ、ミィはその事を心配していないのは当然としても、他にとっては脅威の存在だろうしね」
そこでミィが『いいのか?』という目を俺に向ける。そこで俺は軽く頷き、アイテムボックスから便箋を三枚取り出して、重ねて目の前に置いた。
「とりあえず、簡単に地図を書くけど、えっと、隣の国ってなんて名前? 東にあるの? 西は? 南は?」
聞きながら大雑把な地図を書く。地図じゃなくて落書きだよ、コレじゃ。
「で、ここが今いるゼンチェスで、隣にある国にはこうやって歩いて移動すればそのうち着くわけだ」
紙に書いた文字と、簡単な城の絵を指差しながら説明する。
「紙が小さくて書けなかったけど、この先にも土地はあり、人が住んでいるかどうかは判らないけど、歩いたり飛んだり船に乗って進めば到達する事はできる。でも、決していけない場所があるんだ」
そう言って別の紙を出して、中心にアレンストと書き、適当に丸を描いて隣町その一、その二と書き込んでいく。
出来上がったアレンストの地図もどきの上に、ゼンチェスの周囲の地図を重ねて置いた。
「絶対に行けない場所。それが、こことは異なる世界。異世界だ。ほぼ同じ場所に存在するけど、決して交わらない場所にある世界。
こうやって上下に地図を置いたけど、アレンストが地面の下にあるわけじゃない。空間そのものが違うんだ。もう少し簡単に言うと、アイテムボックスの中に一つの世界を構成するほどの空間があって、そこに人が普通に暮らしているって言う感じかな。そして、そのアイテムボックスの口は狭く、特定の条件を持ったものだけが通過できるって言い方の方が正確に近いかな」
「異世界、ですか…」
「そう。確かに存在しているけれど、決して行き来出来無い場所。だからまぁ、存在しないと思っていても構わないけどね」
「ですが、ケンタ殿たちは…」
「うん。俺たちだけは行き来できるね。まぁきっかけは、薬になるかも知れない魔石を持たない動物を探して、ミィが彷徨い、何故か、さらに別の異世界である俺たちが遊んでいる所に出てきてしまった事が発端だったけどね」
俺は三枚目の紙にケンタたちの世界と書いて、三枚の紙を重ねた。
「何故そうなったのかは俺たちには判らない。当然だけど、ミィが原因でもないだろう。だけど、その繋がった部分を行き来できるのは俺たちだけなのは間違いない。その俺たちにとっても、条件が合わないと行き来出来無い様だしね。
だから、アレンストという国にとっては、ゼンチェスという国は知らないし、知る方法も無い。行き来する手段も無い。それは逆もまた同じ。
接点は俺たちだけ。そして、俺たちとしてもミィのいるこの世界を壊そうとは思わないし、アレンストも大事だ。互いに戦争なんて仲介するつもりもないし、まぁ、出来無いしな」
そこで、魔法省のろーなんとかさんが、肩から力を抜いた。
「ケンタたちは、そのアレンストでも国を救っているのだな?」
ミィが何故か確信を持って聞いてきた。
「いやいや、俺たちに国を救うなんて大仰な事は出来無いよ。ただ、本来なら権力を持たない相談役という連中が王から権力を奪う作業を二百年ぐらい前から行っていて、国が衰弱死寸前の状態だったから、しっかりと王に権力を戻させて、相談役たちをがっちり更迭したぐらい」
おお、なんとほぼ全員からジト目で見られている。なんで?
「そんな事より大事な事がある。
異世界と異世界は互いに行き来出来無い別の世界だ。でも、その境界線を壊してしまおうという連中がいる」
ジト目から一気に驚愕の目。なんか、つかみはOKとか言いそうになった。
「我々には存在さえも判らない異世界の、しかも世界そのものの境界線を壊すなど、出来うるモノなのでしょうか?」
「実際、俺にも想像出来無いし、きっと実力も絶望的なぐらいに足りないとは思う。まぁ、普通は不可能ってわけだけど、やろうとしている連中にとっては可能な事なのかもね」
「その連中というのは?」
「もう判っていると思うけど魔人の事。しかも少人数の派閥と言うか、コミュニティというか、そんな感じの集団を作っているらしい。
元々人間の魂を嗜好品のように食べる連中だから、人と同じように考えているかも不明だ。情報取得のために倒せる時に倒さないとかするほど酔狂でもないしな」
後は、いくら話し合っても結論の出ない事だと割り切った。
一応、魔人の情報は密かに集めてもらい、たまに来るかも知れない俺たちに知らせてくれればいい、となった。
「ダンジョンの買取が旨味のあるモノになったら、冒険者が育つだろう。今のままじゃ、弱すぎて魔人には瞬殺されるだけだからねぇ」
そう言って放り投げた。そこら辺まで俺が口出しするつもりはないからねぇ。
それから、何故か賠償の話になった。
一応、戦争なんてものは、相手の財を奪うのが目的の強奪行為が発端だ。それを基本と見て考えれば、ギルドと商人と貴族が俺に戦争を仕掛けて完全降伏したわけだから、その財は全て俺のものと言う事になる。
でも、ギルドは建物を含めて組織的なモノ全てを一個人の所有物にするわけにはいかない。そこで、賠償責任をどうするかで行き詰まった。
「貴族と商人の方は三分の一を貰えればいいと思う。残りは国で引き取って貰いたいな。選別や換算とかは全部お任せで、最低金額の見積もりで結構。一応貰える物は貰うけど、拘らないので適当で。
それとギルドだけど、ギルド創設者の屋敷を貰おうと思う。取得と継続取得に税が掛かるのなら、未来永劫それをギルド負担と言う事で」
「そこにお住みになられるか?」
「住むと言うより拠点にしようと思って。転移の魔道具を置いて、いつでも来られるようにしようと。その際、外には出られるけど中には入れないと言う仕組みを取り付けようかと思ってる」
「なるほど。興味深いですな。もしも効率のいい方法がありましたら、少しだけでも知恵をお借りしたいですな」
中からは出られるけど、外からは入れない。中に入るには魔道具を使わないとならない、ってのは、城でも利用方法が多そうだ。
「解析されて壊される、という事の対策が出来れば、対策を含めてそれを教えますよ」
「おお、ありがとうございます」
そして、とりあえず終了して各員の寝所へと移動となった。こういう場合用に重臣たちの部屋も王族の屋敷に設けられているそうだ。
俺も広めの一人部屋に通され、そこにあったテーブルを使って今日の日記を書いている。
明日はギルドに預けている魔獣の金を受け取ったら、転移の魔道具を買えるだけ買ってからゲーム世界に戻ってログアウトするつもりだ。だから今日記を書く必要は無いかも知れないけど、濃い一日だったから早めに記録しておくことにした。
後から来たサヨ、ロッカク、トーイが、俺の書いた日記を丸写しにしているのは何故だろう。
日記作業が一通り落ち着いたので談話タイム。
「天、地竜。外に出られるけど、中には入れないと言う結界みたいなものはあるかな?」
「条件的には難しくは無いのだが、いくつか考えねばならない事はあるな」
「えっと、例えば?」
「どんな選別で『入れない』とするか、だな。空気は? 水は? 光は? 虫は?」
「あ、空気はまずいか」
「我が普段使う結界は完全遮断に近いモノだが、態々光は素通しになるように調整してある。相手が見えねば、結界を解けなくなるからな。それに空気が通る穴も、最近は開けるようにしてある。具体的には上方に数箇所、地面近くに数箇所。我が結界を強めたいと思う方向の反対側に向かうようにもしてある」
「空気が通ると、毒の霧とかの不安もあるかぁ」
「水は水を生み出す魔道具があるけど、問題は空気か」
「あれ? 空気も生み出す魔道具を作ればいいんじゃないの?」
地竜が、何当たり前の事言ってんの? という感じで言ってきた。
「え? できるの?」
「風魔法の上位のモノなら生み出しているよ? じゃないと、いきなり暴風なんて顕現出来無いからねぇ」
「そ、そ、それも、そうか」
なんてこったい!
「まぁ、単に生み出すんじゃなく、出来れば聖域の空気を再現とかした方が気持ちが良いかもね」
「再現ってできるの?」
「水の魔道具だって、再現してるよ? じゃ無いと飲めない事も無いけど美味しくもない水になるらしいからね」
単純に水素原子二つと酸素原子一つを化合した水だと純水になるだけだろう。魔道具で強引に大量に作れば超純水に近いものでも出来るかも知れない。
けど、純水は他に味付けをするモノがあればいいけど、味が無いのをそのまま飲んでも、当然味もしなければ、充足感を得るのは難しくなる。
純水だけに、純粋な水分補給だけは出来るけどね。
「その、美味しい空気を再現ってのは魅力だけど、どうやって魔道具に落とし込む?」
「それはボクがやってこようか? 一度作れば、それを参考にすればいいから、初めの一度が肝心だしね」
地竜が他の竜を呼んで運んでもらい、精霊界の世界樹近辺の空気を参考にして来るらしい。天には屋敷の結界などを担当してもらうとか言っている。
用意として皮袋に、こちらに戻るための転移の魔道具の片割れと魔石をいくつか、水を生み出す魔道具をいくつかと、ロッカクが貰ってた魔道具製作キットなども渡す。地竜は使い勝手が悪いと言い、皮袋を簡易マジックバックに仕立て上げてしまったのはスルーしておこう。
そして夜のうちに窓から飛び出して行ってしまった。まぁ、戻りたければ転移の魔道具で戻ってくるだろう。一応、片割れの方は出したまま俺が持ち歩くことになるだろうが。
「で、天。光以外、全てを通さないけど、内側からなら何でも通過できるという結界を魔道具に落としこめるかな?」
「うむ。それなら、ほとんど問題は無いだろう。だが、もしもの時はどうする?」
「転移の魔道具が使えなくなる、という時は諦めるしかないと思ってる。まぁ、もしもの時用に転移の魔道具を関係の無い場所に保管しておく、ってのは忘れずに、って感じだけど」
「なるほど。例外を作ると、それだけ脆弱になるからな」
「それと、解析された場合の弱点だけど」
「それは問題あるとは言えんな。魔道具本体に直接影響を与えなくてはならないが、その魔道具本体は結界の中心だろうからな」
結界を生み出す魔道具を、魔法を阻害しない物で囲っておけば、それなりの防御になると言う事だった。なるほど、と言えば言える、単純な事だったね。
そこで解散し、しっかり寝ることに。
ベッドは一応フカフカの部類に入るけど、比較的柔らかい布を重ねただけの柔らかさだ。この世界では相当な贅沢ではあるけれど、ウレタンのマットレスに敵わないのは悲しい事実だった。
翌日。俺たちだけで集まり、朝食を用意してもらう。サヨがせめてバターを教えたいとかを搾り出すように呻いていたけどそこは無視した。
牛の乳を飲むとかの文化や常識は無いし、牛そのものが居ない。居るのは牛型の魔獣だけだ。魔獣を利用する文化はあるが、今まで全く知らなかった利用法を活用することは出来ないし、経済的にも余裕が無いだろう。
食べ終わった後はギルドへ。
ギルドの入り口には『諸事情により活動を制限しております』という張り紙があった。
「諸事情ってなんだろう?」
そう、つぶやいたら、皆がドン引きしてたんだけど、何故?
「おはようございます」
入った途端にギルマスから挨拶。ギルマスって暇なの?
「おはよう。早速だけど、昨日までに預けてある金を受け取りたいんだけど?」
魔石はバックしてもらうけど、解体費用を差し引いた、肉とか素材とかの売却金額がそれなりにあるはず。
「そ、それなのですが…」
「え? 結構預けたままになってたよね?」
「はい。確かにお預かりしております。ですが、買取の業者が潰れるという事態が起こりまして、現在、代わりとなる業者をかき集めている次第で…」
「ああ、また新しい業者による価格が決まっていないから、ギルドとしても買い取り金額を設定出来無いって事かぁ」
「はい。全く不甲斐無きことで、申し訳が立ちません」
「うん? む~。えっと、そうだなぁ」
ここで俺は悩んでから姿勢を正し、腹の底から声を出してギルドの受付ホール全体に届くようにした。
「聞いてくれ。俺たちは夕べ、城で陛下と側近たちと協議し、どういった決着をつけるかを話し合った。
そこで、シラク卿は私財没収の上、御取り潰し、商人のほうも私財没収の上に罰が与えられることになった。そして、当然だがギルドもその対象だ!
そう! ギルドは全て俺のモノとなった! ギルドの男たちはこれから奴隷として働き、女たちは俺のゼベロッ!」
そこで俺は、重力加速度を越える速度でギルドの床とお友達になりました。後頭部にも衝撃を受けたような…。
「……………」
しばらくお待ちください。
画面に、牧歌的な音楽と共に山々の連なりや森の木々、馬と子馬が戯れる姿が映った。
様な気がした。
「あ、あれ? 何があった?」
一番初めに目に付いたギルマスに聞いてみるが、何故か怯えたままだった。サヨはロッカクの金属製の杖を持っていて、それをロッカクに返すところが目に入った。何故だろう。
「え、えーと、何だっけ? あ、そうそう、ギルドの事なんだけど、一応、冒険者支援の組織は必要だと言う事でそのまま残すことに。ただ、今回の不正の部分は徹底的に洗って、身奇麗にすることが条件で。それと、俺たちに対する落とし前として、ギルド創設者の屋敷とその敷地を俺たちの物とし、それらに関わる税金とかはギルドが責任を持って未来永劫支払う、と言う事だけで決着してくれ、と、俺たちから言っておいたから」
「……………」
それからしばらくは沈黙が続いた。
凄いよ。朝の騒がしい時間なのに、自分の呼吸音が煩いと感じるほどの沈黙。
「ええー!!」
今度はもの凄く煩かった。やかましい!
「今度、雑貨屋でカードゲームとか買っておこう」
「待ち時間の暇つぶしには必要そうですね」
そして少しの時間の後、漸く静かになりました。
「ギルドって騒がしいところだなぁ」
「あ~、そうですねぇ」
ギルマスが心底疲れきった顔でそうつぶやいた。まぁ、いっか。
「と、言う事で、ギルマス。冒険者ギルドの組織の体制見直しと役員人事の総取替え、ダンジョン取引の総見直しと各規則の徹底した作り直しを指名依頼します」
「わ、私が、ですか?」
「嫌と言ってもいいよ。まぁ、その後に誰もやらないだろうけどね。喜んでやるのがいたとしたら、ヤバイかな?」
「シラク卿の屋敷でも感じましたが、……そうですか、私でよければ全力で勤めさせていただきます」
なんか、苦行の果てに悟りを開いたお坊さんみたい? いったい、ギルマスに何があったんだ? 聞いてみようか?
「そう言えば、城の役人に事情聴取されたんだっけ? その時に、あの三人に加えてギルマスまで、異様に俺を恐れていたとか聞いたけど?」
「え! そ、それは…」
「是非聞かせてくれ」
その後、ギルドの受付のあるホールでギルマスが語った事によると、俺と対峙していた時はそうでも無かったけど、事情聴取で思い返してみたら、俺と対峙した時点で全てが詰んでいた事を思い知ったと言う事だった。
俺と敵対した瞬間、ブレスを吐く寸前のドラゴンの目の前に、縛られて動けないまま放り出される事が揺ぎ無い予定として組まれ、俺との会話はそこに到達させるために蹴飛ばされ、転がされるだけの作業だった事を痛感したらしい。
「え? そんな。俺は結構行き当たりばったりで、アドリブしまくりの、綱渡りをしていた気持ちだったんだけど?」
「ケンタさんはそうだったかも知れませんが、相手にとっては底の見えない断崖絶壁に落ちて行く感覚だったんでしょうねぇ」
ロッカクの解釈に、何故かギルマスも含めてかなりの人数が頷いている。
「そんなこと言って。……俺に惚れた?」
サヨとロッカクがその場に崩れ落ちた。
「はいぃ。思わず惚れてしまいそうでしたぁ」
トーイのセリフに、俺以外が一斉に一歩下がった。トーイから逃れるように。
凄いよ。全員が打ち合わせたかのように『ざっ!』っと下がったんだから。
「ロッカク? どうしたの?」
「あ、いえ。異世界って本当に存在してたんだなぁ、っと」
「何を今更」
「ああ、ラ・ピュータって本当にあったんだ、って気持ちです」
「ラ・ピュータってどんな所?」
「天空に浮かぶ城ですけど…」
「つい、この前、行って来たよね?」
「そうだったー! 異世界も天空に浮かぶ島にも行って来たんだったー。ドラゴンにも会ってたし、お城で女王陛下とも会ってたし、ロボット兵器とかも関わってたんだー!」
「夢のようなお話だよね? なんで打ちひしがれてるの?」
「僕は今後、何を夢見て冒険すればいいのでしょうか?」
「ロッカクだけが無双できて、ロッカクだけがモテモテで、ロッカクだけが尊敬される異世界との出会いを夢見るとか?」
「それって、脊髄反射では楽しそうですけど、実際にとなったら完全に罠ですよね?」
「チッ! 気付いたか」
「……ケンタさん?」
「あ、あー、ギルマス? なんで日曜の昼十二時ぐらいにお笑い番組を見ているような顔してるの? あ、いや、悪いわけじゃないから。で、換金は時間が掛かるのは判ったから待ってるけど、ギルド創設者の屋敷の鍵とかはくれる? 権利書関係は後でいいから」
「あ、は、はい。直ぐにお持ちします」
ギルド受付の内側でどったんばったんあって、漸くギルマスがA4サイズのプレート型の魔道具と箱に入った三本の鍵を持って来た。
「他の物は探さなければなりませんが、とりあえずはコレをお持ちください」
「あ、このプレートってあの屋敷の物に反応するんだったよねぇ。でも、設定変えれば他の物にも使えるとかあるの?」
「はい。ギルドでも城でも、秘密にするべき物に対して似たような魔道具で対応しているはずですが。とりあえずコレは、あの屋敷の多くの物を登録して有りますので便利かと思いまして」
「あー、はい。ありがと。使わせてもらうよ」
後でロッカクのおもちゃ行きだけどね。
そして俺たちだけでギルド創設者の屋敷に移動。
「ここがミスターの家だった所ですか…」
「何と言いますかぁ、いわゆる廃墟ですねぇ」
雑草は生え放題、屋敷の木の部分は朽ち掛け、扉に鍵が必要か? と思える表面的な状態だしねぇ。
「まぁ、とりあえず入ろう。一応俺たちの物ってわけだけど、ミスターに聞かないとならない事も多いからね」
皆で一番奥の書斎へと移動して、そこでひらがなプレートを出して『オカエリナサイ』と配置する。すると部屋の床に仕込まれていた魔法具が動き出し、マスターの所への通路が完成した。
そして、久しぶりにミスターに再会した。
まずトーイと月光の紹介。アレンストでの出来事を詳しく説明する事になり、新たにミスターが作った応接セットで寛ぎながら話していった。
元々ミスターに献上して一緒に笑おう、という意図で持って来たアレンストの『騎士』も渡し、そこの技術に関しても話して、時には実物を見せていった。
さらに、ダンジョンとギルドに関するなんだかんだも話して、ミスターの元の屋敷が俺たちの物になった事も説明した。
『どうせ、使えそうな物は運び出されているのだろう? ならばとっとと処分すればいいものを』
「まぁ、まぁ。ミスターって、外部端末を自分の体の様に動かすとかできる?」
『物によるとは思うが』
「ミスターには、あの屋敷のブラウニーをしてもらおうかと思ってね」
『ブラウニー。家妖精か。つまり居る筈のない管理者というわけだな』
「俺たちはあの屋敷を簡易拠点にしようと思ってる。それについては女王陛下やギルドにもそれとなく伝えてあるしね。
で、これから魔道具を作って、出る事は出来るけど中には入れない結界を張ろうと考えている。水と空気を生み出す魔道具も新たに作って置くつもり。結界は光だけは通すから、温度の心配はあまり無いとは思うけど、もしかしたら温度管理の魔道具も必要かもね」
『なるほど、転移の魔道具か。あれで無ければ入れないのであれば、完璧な防犯にはなるな。それで、私に屋敷の管理を、というわけか』
「うん。基本的に外のわずらわしさは中には届かないから、自由に遊べる場所になると思う。一応俺たちの物ってなってるけど、中を弄るのはミスターに任せた方がいいだろう、って思ってるしね。
税金なんかは未来永劫ギルドが支払う、って事になってるからホントに外との接点が必要ないかも。まぁ、何処までギルドがそれを守るか判らないけどね」
『ふむ。すると、残る問題はエネルギーのみか』
「それについてはコレを見てくれ」
誰も知らなかったダンジョンで得た魔石をごろごろと取り出す。
『凄いな。このような大きさ、今まで見たことも無いぞ』
「この魔石を溜めておいて、継続的に補給できるようにしておけば、かなりの期間、魔道具を維持できると思うんだ」
『魔石自体が劣化するのを心配する必要があるほど、長く使えそうではあるな』
「ああ、そう言えば魔石は真珠みたいなモンだったっけ」
『うむ。真珠よりも長くは保つが、いずれは消滅する物だ』
「魔石の保護装置とか冷蔵庫みたいな物の研究開発も必要かな」
『それは面白そうな話だな』
結局、ダンジョンで得た大きな魔石の三割ほどをミスターに渡し、その後、天、ロッカクと魔道具製作に入ってもらった。
俺からは結界の魔道具と転移の魔道具の簡易版。屋敷が崩壊しないように状態維持の付与を与えてくれそうな魔道具。そして多めに転移の魔道具を注文した。
ミスターは他にも、屋敷を管理する端末を作るだろうし、さっきの魔石保存庫とかも研究するつもりだろう。
バイバイ・オカエリナサイの魔道具はしばらく動かしたままでもいいらしく、ロッカク、天、ポーポーを残して俺たちは屋敷に戻ることにした。
おおよそ昼前ぐらいに屋敷に来たのに、既に夕方を越えていた。結構話が長引いてしまった。
俺たちは屋敷の、客が寛ぐための個室を使い、ベッドを置いてから休む事に。まぁ、当然だけど、三人とも別々の部屋で。
日記を書いていたらまたサヨとトーイが書き写しに来たけど、それ以外は特に何も無かった。
翌日、地竜に強引に目覚めさせられ、寝ぼけ眼で二階の書斎に行って、地竜を転移ゲートに投げ込む。まぁ、向こうで上手くやるだろう。
二度寝しようかと悩んだけど、空は白み始めてきたので諦めてコーヒーをすすることにした。
「あ~、あ、あれ? 地竜が帰ってきたんだっけ?」
今、二階に行って来た筈。ああ、まだ目が覚めてないなぁ。と言う事でアーモンドをチョコレートでコーティングしたお菓子を出して、一粒ずつ摘みながらお茶の時間を過ごしていた。
「「おはようございまーす」」
そこにサヨとトーイが登場。というか参入? 強襲?
俺がコーヒーとチョコを嗜んでいるのを見て、自分たちもお茶とお菓子を出してマッタリし始めた。二人ともまだしっかりと目が覚めたわけでは無さそうだ。
俺が二階に行った物音で起きたんだろうなぁ。まぁ、この世界、日が沈んだら寝て、日が昇ったら起きるというのが当たり前だから、少しはそれに感化されたかな?
いや。無いな。
異世界にいる間は、起きたかったら起きて、寝たかったら寝るという自堕落な生活をっ繰り返していたはず。精神的には楽だけど、自らを律するという意味では緩みまくっている。まぁ、人間を簡単に食い殺す魔獣が近くにいるという状況では、満足に眠れなかったという………事も無かったなぁ。
まぁ、いいかぁ。
ここの部屋の窓は確か南向きだった。なので朝日も夕日も入らない。やっぱ、寝室としては東向きがいいなぁ。
窓の外がしっかりと明るくなった頃に目もしっかりと覚めた。そこで、顔を洗うついでに水周りを見てくると言うと、二人とも一緒に行くと言った。水周りは気になるところだろう。
「前に見たときは博物館を見て回る気持ちだったけど、今回はここで生活するつもりで見る必要があるからね。まぁ、実際に生活するわけじゃないけど、そう言うのが整っているか、整っていないのとでは、気持ち的に落ち着けるかが掛かってくるからねぇ」
「具体的にはどうします?」
「水を生み出す魔道具はダンジョンで売るほど獲得してきたしね。それ以外の桶だの、掃除用具だのを用意する種類と数を確認する所かな。タオルとかはポーポーの所から持ってきたのが有るけど、数が限られているから、この町で買えそうなのは買っておいたほうがいいね。二人には後でこの国の金を渡すから、適当に町ブラして買い物してきてくれるかな」
「はい。まだちょっと不安なところはありますけど、挑戦してみます」
「ボッタクられても、勉強代と思ってもいいよ。勉強代と思えないほどだったら呼んでくれれば、それなりに対応するから」
「うわぁぁ。安心と不安が一緒に送られてきた。
えっと、買い物中、ケンタさんは?」
「とりあえず、水周りの掃除かな。せめて埃は拭って、直接手で触れるようにはしておきたい、て所かな。今日を含めて、当分使わないだろうけど」
「そういえばぁ。放置されていたと言う割りには、比較的綺麗だと思うんですけどぉ」
「ああ、表面的な埃ぐらいは風を巻き起こして、吸い込んで取り除くとか言うような魔道具があるらしいね」
「それは便利そうですねぇ」
「えっと、当分使わないって事は、今日中にログアウトってわけですか?」
「ミスターやロッカクたちの作業の進展によるけどね。少なくとも、転移の魔道具を設置して、誰も入れない様にはしておきたいからね。出来無いとなれば、転移の魔道具を置いて、完全防御の結界で封じて、俺たちが来た時だけ結界を解く、とかって運用になるかな」
そこで、トイレとは別口の洗面所に着いた。そこで、軽く掃除して、ポーポーの世界から持って来た桶を出し、水を生み出す魔道具も出して顔を洗った。
実際、顔や体を洗う必要があるのか? という疑問は有るけど、確かにスッキリするし、気分を切り替えるのには丁度いいので実行している。
俺たちの世界に近い、男女分けのトイレを確認。元リネン室や洗濯室、洗濯物を干す部屋やアイロン掛けする専用の部屋も確認した。
昔は洗濯をするための魔道具や洗った物を乾かす魔道具も有ったらしいが今は無い。おそらくギルド役員の誰かの所有物になって、そして壊れて使えなくなっているんだろう。『ここには洗濯をするための魔道具がありました』という説明書きが虚しい。
「魔道具関連はミスターに相談しよう。シーツだとかタオルの洗濯は、出来るならば嬉しいものだしね」
ちょっとした広さの厨房も確認。
町のレストランぐらいならしっかり賄えるぐらいの広さはある。でも、水は出ないし、配管も使われなくなって久しいので、使おうと思ったら徹底的なリフォームが必要だろう。
『ここには食材を冷凍保存する魔道具がありました』という説明書きを発見。まぁ、誰も住むものが居ないのだから、有る必要は無いけどねぇ。
元食材置き場も発見。
十畳ぐらいのスペースに、一番簡単な構造の本棚に似た棚が多く置かれていた。一応、棚以外は何も無く、コレについては安心した。
でも、棚は木造の簡単な物で朽ちかけていた。食材搬入用の出入り口もあるし、外に出して焼却処分するしかなさそうだ。
ドンドンドン! 「ケンタ殿はおられるか?」
食材置き場から出て来た所で、玄関からの音を聞いた。どうやら来客のようだ。
俺たちが居ない時の来客をどうするか考えながら玄関に行く。
「ウチにテレビは無いですよー」
と定番の返しをしながら扉を開けると、数人の兵士と荷車が有った。
「おお、ケンタ殿! 御在宅で良かった。私目は此度の荷物の搬送を任されたエナドルと申します。シラク卿とゴーラックの財産より、ケンタ殿に支払われる賠償金をお持ちしました」
エナドルという兵士はそう言うと、後ろに控えている荷車を示した。そこには大小さまざまな袋が幾つもあり、一目見て重そうだなぁ、という感想しか出なかった。
「本当に、大雑把に区切ってさっさと持って来た、っていう感じが凄いね。一応、三割程度ってしたんだけど、それで合ってる?」
「正直申しますと、側近の方々が『こっからここまで』とか言っているのを耳にしてまして……」
「ははは。いいよ、そんなモンで。ご苦労さん。じゃあ、ちょっと引き取っちゃうから少し待ってて」
そう言って、サヨとトーイにも手伝って貰い、それぞれのアイテムボックスに放り込んで行って荷車を空にした。
それで終わりとしたら、兵士がさっさと帰ろうとしたので少し待ってもらった。そして魔法の便箋に兵士に聞いた今日の日付と、シラク、ゴーラックの賠償金を受け取りましたと書いて、ケンタ=スカイロードの名前でサインした物と、たった今受け取った金貨の袋から十枚出して兵士たちの駄賃として渡した。
出し過ぎかもと思ったけど、今日貰った額からするとこんなもんだろう。
さっさと扉を閉めて奥に歩き出したら、外から嬉しい悲鳴というヤツが聞こえてきたから満足したんだろう。
客間の控え室のテーブルや椅子をどかし、そこに貰った袋を出していった。出し終わって、興味本位だけで袋を広げてみたが、キンキラリンで目が痛いという現象を生まれて始めて経験した。
「なんだろう。この、一発でお腹いっぱいになって、食あたり気味になるような、この感覚は…」
「全てを金にすれば良いという乱暴な感じですねぇ」
「なんか、上から他の色を塗りたいような感じが…」
純粋に金としての価値と、散りばめられた宝石の価値しか見出せない。これらを作らされた職人の悲しい叫びが聞こえたような気がした。
「そうだなぁ。とりあえず、金貨十枚ぐらいの袋をそれぞれ四つぐらい作って、それで買い物に行ってくれるか? まぁ、食材とかは期待出来無いけど、布とか熊のぬいぐるみとかはしっかり有るし、家具とかの注文は面倒だけど、有るモノが有ればそれを買ってくる、ってのでもいいからね。
あと、魔道具の店で、転移の魔道具があれば買えるだけ買ってきて」
「はーい。ケンタさんはお掃除ですか?」
「ロッカクたち次第だけどね」
各種魔道具が出来ていたら、それらを設置するとかの必要性も出てくるからねぇ。