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無理ゲーオンライン  作者: IDEI
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03 エリア3

この物語はフィクションです

人物名 団体名は元より 銃に関しても 適当で 現実とはかけ離れている場合があります

このフィクションで表現される事象を信じないようにしましょう

 俺は今、エリア3の何処かにある筈の町を探して彷徨っている。


 何しろ、攻略の最先端にいるのが俺だけなんで、俺の行き先を示すモノが何も無い、ときている。

 正直、俺自身は、誰かの作った攻略ノートを見ながら、まったりとゲームを楽しみたかっただけなんだよなぁ。

 ならば、攻略情報を掲示板にでも書いて、次の連中が進みやすいようにしてやれ、って意見もあるだろうが、そうなると、今までの俺の苦労がもったいない、って思えてしまうジレンマがある。


 単に俺が『ケチ』ってだけなんだろうな。


 まさか、こんな所で、俺の隠された性格がカミングアウトされるとは…。


 まぁ、俺の本質は、俺との付き合いのある他人の方がよく知っている、ってのは良くある話しだから、今更かも知れないな。


 従魔の周辺探知だと、黄色の点が敵になるかも知れないモンスターだ。認識領域に入り、しっかりと敵対すれば赤い点に変わる。逃げる場合や、攻撃しなければ敵対しないモンスターは黄色のままだ。

 NPCと呼ばれる、人間ではなくプログラムに従って動き、会話もするキャラクター達は緑の点で表現され、まだ確かめてはいないけれど、プレイヤー同士は青い点で表示されるらしい。


 同じプレイヤーでも、犯罪行為やプレイヤー同士の殺し合いをした者は、赤い点で、さらに二重の丸で囲まれた表示になる。らしい。一応、そういう規定になっているって事ね。


 そんな周辺探知に、赤と黄色に点滅する点が三つ現れた。


 赤は敵、黄色は敵対以前のモンスターだから、これは、こちらを認識してはいないけれど、認識すれば問答無用で襲いかかってくるアクティブモンスターって事になりそうだ。


 俺は銃を抜き、近づいてきたら直ぐに攻撃出来るようにしようと、心を落ち着けて待つ。


 しかし、モンスターらしき点は、蛇行を繰り返した後に俺から離れるルートをとって索敵範囲の外へと消えていった。


 これは、歩きを止めて、じっとしていたために俺を見つけられなかった、と言う事だろうか? とにかく、このエリアの町に入るまでは慎重にいこう。


 この後、何度か似たような状況になったけど、何とか町を見つける事が出来た。


 町に入って、漸く一息つけた。これで、死に戻りの際、生き返るのがエリア2の町、って事じゃなく、エリア3の町になったはずだ。

 実際は、今まで死に戻った事が無いので正確な事は判らない。一度、宿屋とかに泊まる必要があるのかな? 今度、ログアウトした時にでも攻略情報を確認してみよう。下手したら、生き返ったのがエリア1でした、なんて事にもなりそうだからなぁ。


 まずは、ギルドに行って報奨金を受け取らないとな。まぁ、半分はギルド貯金するつもりなんだけど。


 そして、ほぼ同じ造りの町の、ほぼ同じ位置にある、ほぼ同じ形状の建物を見つけた。楽でいいんだが、逆に手抜きではあるよなぁ。まぁ、微妙に違う所があるのが救いかな? どちらかというと、間違い探しみたいなんだけど。


 ギルドに入ろうとした所で、その微妙な違いが目に入る。


 西部劇で出てくる酒場風の外見なのは変わらないんだが、その外についているウッドデッキに一つのぬいぐるみがあった。熊のぬいぐるみで、テディベアと呼ばれる物だろう。かなり草臥れているようで、所々表面の毛糸が禿げている。


 町の女の子が大事にしている熊のぬいぐるみを探して届けるクエスト、とかあるのかな?


 たぶん、そんな所だろう。もしくは、大事な書類がぬいぐるみに隠されている、とかだったり、何かの鍵だったりとかかな。まぁ、クエストを受けないと、そういうイベントとは関係なさそうだよな。


 気にはなったけど、今は無視して報償金の受け取りをしておこう。そうじゃないと、この町で売っている貴重なアイテムが買えないって事も出てきそうだ。まず、それが最優先だな。


 ギルドの中は、少しだけ広くなっただけで同じ造りだ。受付や酒場になっている所には数人いるんだけど、プレイヤーは俺だけしかいないので、自動応答の職員とモブキャラって所だろう。


 もしかしたら、モブキャラの中に、貴重なアイテムの取り扱いに関わるイベントが有るかも知れないので、無碍にも出来ないけどな。


 報償金の受け取りは問題なく終了した。

 今回は討伐報償二百万G。単独討伐報償二百万G。グランドスパイダー(小)未解体二十五万。となった。


 グランドスパイダーは、もっと大きなヤツが出てくる、って所なんだろう。かなり嫌な未来だな。


 例によって、二百万Gをギルド貯金。残りの金を使い尽くすつもりで良いアイテムを手に入れるつもりだ。


 用事は終わったけど、ついでとばかりに受付で何かのクエストがないかを確認しておこう。


 「俺が受けられるクエストはあるか?」


 「このギルドで取り扱っているクエストであれば、どれも制限無く受ける事が可能になっています」


 ああ、エリア3に居るって事は、それだけで条件を満たしているってことかぁ。

 確かに、エリア2を突破していないプレイヤーはここには居ないからなぁ。


 「どんなクエストがある?」


 受付が提示してくれたクエストは、フィールドの動物の討伐ばかりだった。おつかいクエストとかは無いようだ。


 俺は受付を後にしてギルドの建物を出る。そして横に、あのテディベアが居るのを確認した。


 「これは何のクエストなんだろうな」


 そう呟きつつ、テディベアを手にとって見ようとした時だった。


 突然、テディベアが俺の手を叩いて弾いた。


 「え?」


 テディベアは俺を下から睨んでいる。


 「え?」


 俺は再び、疑念の声を漏らした。


 その後、テディベアは思い出したように、元のぬいぐるみの姿勢に戻した。


 「いや、いや、いや。今更ぬいぐるみの振りってのは無理があるから」


 すると、テディベアは顔を背けて「チッ」って舌打ちした。


 「今、舌打ちしたよな? チッ、って言ったよな? なんなんだ? お前は?」


 「…、お前は…」


 しゃべったよ。熊のぬいぐるみがかわいい女の子の声で。口は動いていないから、喉の声帯で発声、ってわけではないみたいだけど。


 「お前は、この町の人間とは違うのか?」


 「え?」


 質問したのは俺だけど、何故か逆に聞き返された。


 この町の人間とは違うのか? ってどういう事だろう? 確かに、俺はプレイヤーで、この町の住民はノン プレイヤー キャラクター、つまり、この世界を作っているシステムにだけ存在しているデータに過ぎないだろうけど…。

 だけど、それは、このぬいぐるみも同じだろう? それとも、このぬいぐるみは、誰かのアバターなんだろうか?

 アバターってのは、元々は『神の化身』っていう意味だけど、ここでは、コンピュータのシステムに合わせた、プレイヤーの仮の肉体って意味だ。だから、システムの要求する条件内であればどんな容姿でも有りということになる。

 ただ、一般プレイヤーでしかない俺とかも含めて、大抵は本人に近い体型である事が求められる。六本腕とか、腕とは別に存在する翼とかは、システムが受け付けても、人間の脳が情報を処理出来ないということになる。もし、仮に脳が受け入れられても、逆に現実世界で本来の身体を動かす事に支障が出る可能性が出てきてしまう。


 ゲームの所為で現実で事故にあった。

 なんて、訴えられたらたまらない、と言う事が一番大きい理由だろうな。


 だけど、そう言った大きな変更が無ければ、ある程度の自由は利くようだ。例えば、巨人や小人なんかは、動かす身体の仕組みには変更は要らないだろう。指が無い様に見えるキャラでも、実は見えないだけで存在します、って仕組みならストレスもなく、一般生活にも影響を与えることなくアバターとして使える。


 この熊のぬいぐるみも、そんな特殊なアバターなんだろうか?


 「お前、プレイヤーだろ? いや、ここに居るって事は運営がらみの特別キャラか?」


 「ぷれ? うーえー? なんだそれは?」


 「え?」


 「え?」


 運営が身元を特定されるのを嫌って演技しているのかと思ったけど、なんか、違うようだ。まぁ、まだ、演技の疑惑は解消されたわけじゃないけど。

 とりあえず、演技だとしても、そのシナリオに乗ってみるのも一興だよな。


 「あー、とりあえず、俺はケンタ。あんたは?」


 「あ、ああ。自己紹介か。そ、そうだな、わたしはミィだ。ミィと呼んでくれ」


 「ミィ、だな。名前を聞かれて、何故か焦ったような感じを受けたが、まぁ、それは置いておいて、ここで、何をしていたんだ?」


 「う…、ああ、なにを、と言われてもな。特に何もしていなかったぞ」


 「うーん。確かに、そこに座ってただけだったよなぁ」


 「ああ、何もしていなかった。と言うよりも、何をしたらいいのか判らなかったからなぁ」


 「目的がない?」


 「目的はあるんだが、この町の人間は、何処かおかしいからなぁ。わたしの聞く事に対して、妙に曖昧な返事しかしてこないんだ。中にはわたしの事が目に入らない、っと言うヤツまでいた。お前は、この町の人間がおかしいとは思わないのか?」


 「へ?」


 何? この町のNPCが変? 俺は特に気がつかなかったが…。


 「何処のNPCの返答がおかしかった? どんな聞き方をしたんだ?」


 「えぬ? それは何だ? やっぱり、人間じゃないのか?」


 「えっとぉ…」


 「例えば、ほれ、あの人間だ。あの人間は、ずっとあの場所を行き来している。ただ、それだけだ。あの人間の前に立ちはだかってみたが、避けるだけで何も言ってこない。不気味な事、この上ないぞ」


 「ちょ、ちょっと、待ってくれ。あ、あんた、ああ、ミィだったか。ミィは、このゲームが初めてか?」


 「げえむ? また、変な言葉が出たな。げえむとは、どんなモノだ?」


 えっと…、どうしよう? とりあえず、運営にコールして助けを求める? それとも、これ自体がクエストなのか? 兎に角、ミィが記憶喪失か、別のバーチャルリアリティからの事故か、それとも、本当に宇宙人か、などなどの可能性を潰していかないとな。


 「あー…、まずは、ミィの記憶を聞かせてくれ。何処で生まれて、どうしてこの町に入ったか、そこん所を詳しく」


 「うむ。なんぞ、互いに言葉が通じない所があるようだから、そういう事も必要なのだろうな」


 そして、ミィの自分語りが始まった。


 それによると、ミィは元々一体のモンスターで、おそらくだが、ゴースト系だったようだ。本人も、そこら辺の記憶は曖昧だと言っていた。

 そして、一人の人間に合い、戦いになった。何故戦う必要があったのかも曖昧だそうだ。

 その結果、ミィは敗れ、本能でその場を逃げたそうだ。逃げても、暫くすれば存在がかき消える程の損傷だった。だけど、死にたくない、という想いだけで逃げていた。


 その時、地面に置き去りにされていた熊のぬいぐるみを見つけた。


 ゴーストの霧のような儚い身体じゃなく、ぬいぐるみでも身体を持っていれば、まだ生きられたのかも知れないな。

 そう考えたりもしたが、そのうち意識が無くなっていった。


 が、気がついた時にはぬいぐるみになっていた。


 黒く着色された木製の目でも、世界を見る事が出来た。綿の中身でも、身体を動かす事が出来た。そして、なにより、生命力が戻ってくるのを感じられた。


 そして、元ゴーストのぬいぐるみが見たのは、燃える家、泣きわめく人々、殺し合う人とモンスター。乾いた空気の中に漂う、生臭い血の匂い。殺伐としていて、不快。物言わぬ、元人間や元モンスターの肉塊。


 ぬいぐるみは、この時に、悲しみや不幸を知った。


 母親の死体にすがり、泣きわめく子供に共感した。その子供はすぐに炎の中に沈んでいった。


 ぬいぐるみは逃げた。その地獄のような光景から一心不乱に遠ざかった。


 やがて、静かな森の中で過ごすようになった。不思議な事に、食事などのように、行動の力になるモノを摂取する必要はなかった。

 そこで、何にも関わらず、殺さず、殺されず、何事もない日々を過ごす。


 それでも、関わり合いというのは、断つ事が難しいようだ。


 森の中で、熊のぬいぐるみは家族ぐるみで逃げている一家を見つけた。


 数人の護衛や世話係のような従属を従えた四人の一家で、従属は大きな荷物を背負っていた。

 逃げていると判ったのは、追っ手との戦闘を繰り返し、勝敗もそこそこにその場を後にする事が多かったからだ。


 熊のぬいぐるみは姿を見せないように気をつけながら一家を観察し、追っ手の様子も見ていた。追っ手は複数人で行動し、見つけると一人が必ず離脱して報告に戻っていた。そのため、完全に振り切る事が出来ないようだった。


 既に一家はバラバラ。母親と二人の娘、そして一人の従者。父親の姿はなく、護衛をしていた屈強な戦士も朽ち果てていた。


 そこに、追っ手の最後のグループが辿り着く。追っ手の中の数人が軽口を言い合い、そのグループが最後だと知れた。そのグループを倒せれば、完全に逃げ切る事も出来たであろうに、最後の所で運が無い。


 そこで、熊のぬいぐるみは一つの幻視を見た。それは、母親に取りすがって泣く子供の姿。

 ぬいぐるみになって一番初めに見た光景だった。


 「あ~、すまない。その…、その話長い?」


 ついに、俺の我慢が限界突破。話の途中だけど、話しの先行きを聞く事にした。


 「なんだ? これから、わたしとリーシア達との出会いという、なかなか良い所だぞ?」


 「それって、全体からしたら、どれくらいなのかな?」


 「ふむ。だいたい、二十分の一という所か」


 「二十分の一?」


 「なにしろ、百二十年分だからなぁ」


 「ひゃく、って、え? こ、ここに居る理由が、そんな長大な物語だったのか?」


 「なにを言っている? そんなわけが無かろう。わたしという存在がどんなモノなのか、理解して貰うために、あえて初めから語っているにすぎんぞ」


 「あ、ああ、そう。それは…、すまなかったねぇ」


 あぁ、どうしよう。なんか、どうでも良くなってきた。でも、まぁ、聞かなくちゃ始まらないよなぁ。


 「じゃあ、はしょって貰って、この町に来た直接の理由を聞かせてくれるか?」


 「ふむ。しょうがないな。アダムスとの冒険談なんかは、なかなか心躍る話しなんだがなぁ。まぁ、それはそれとして、わたしは今、魔石を持たない魔獣を探しているんだ。正確には、魔石を持たない魔獣の肝が必要なんだがな」


 「マセキって何? 聞いた事がないんだけど」


 「え? お前、冒険者なんだろう? なら、魔獣を狩って魔石を売って稼いでいるのではないのか?」


 「ゴメン。何を言っているのか判らない…」


 「………」


 その後、場所を近くのカフェに移して、じっくりと話し合う事にした。


 熊のぬいぐるみであるミィの話しによると、魔法を使うモンスターにはもれなく魔石が入っていて、モンスターはその魔石によって魔法を使う事が出来るそうだ。

 スケルトンやリッチについて聞いてみたが、そういう不死系のモンスターは魔石を破壊しないと倒せないらしく、倒せたという事はその魔石を破壊したのだろう、ということだった。

 人間にも魔石は入っているらしいが、小さく分散しているために探すのが難しいそうだ。仮に人間の魔石を集められても、それを売買する事は『外道』として忌み嫌われる事になるらしい。でも、まぁ、そういう話しには裏が有るようで、密かに人間の魔石を収拾している集団や、それを元に研究などをしている組織というのもあるということだった。


 ミィは、その魔石を持たないモンスターを捜しているという。


 それは、魔法を使わない『獣』と言う事かと聞くと、ミィ自身にも良く判らないらしい。なにしろ、そう言ったモンスターは見た事がないからだという。


 そこで、俺はこの町の周辺に出て、『魔法』を使わない『野生の獣』を狩って見せる事にした。

 それが一番手っ取り早いと思ったからだ。


 熊のぬいぐるみはだいたい五十センチ前後の高さしかない。そこで、俺の右肩に跨り、俺の頭を抱えて乗っかっている。いろいろ試したが、コレが一番安定するらしい。

 まぁ、いいけどね。


 そしてやって参りました、エリア3のフィールド。


 町に入るまでは敵性モンスターに会わないように駆け抜けてきたけど、これからは戦うためにこちらから向かわなくてはならない。

 まぁ、このフィールドだと、アクティブモンスターが多いから、派手な音を立てて移動すれば、向こうから近寄ってくるだろう。


 って案の定、近づく赤い点を周辺探知が捕らえた。数は三。速度は結構なモノだ。たぶん、狼の系統だろう。


 右肩のミィが気になるけど仕方ないと諦め、まずはシングルアクションの銃を抜いて構える。

 左右の銃の撃鉄を起こした所で近づいてきたモンスターの姿が見えた。やはり狼。エリア2で見た狼よりも一回り大きい様な気がする。


 詳しい観察は後にして、早速引き金を絞って銃を発射。


 腹に響く破裂音と共に銃が跳ね上がる。同時に先頭の狼が倒れ、無惨に地面を転がって果てた。

 残り二頭は左右に分かれ、俺を挟み撃ちにするように展開。左右からの同時攻撃なんて危ないから、さっさと片方に向かって銃を発射。


 左手という事と、撃った直後と言う事で外れた。


 へこむ暇もなく再度撃鉄を起こしつつ、狼たちの突撃を走ってかわす。そして、方向転換して勢いが削がれた狼のうちの一頭に向かって、左右の銃を同時発射。


 どっちの弾かは判らなかったけど、一応命中。


 残りの一頭が目の前まで迫り、大きな口を開けて噛み付こうとしてくる。そこに、打ち終わった左の銃を突っ込み、なんとか回避。

 まだ残弾が有ったんだけど、仕方ないよなぁ。


 右の銃の撃鉄を起こし、怯んだ狼に向かって連射する。


 右の銃を腰だめに構え引き金を引き続け、左手を銃の上に被せるようにして撃鉄を起こすというファニングショットという打ち方だ。


 あっという間に残弾が尽きるし、狙いも荒くなるが、近くにいる敵にトドメを刺すには丁度いい。


 そして、三頭目も倒し終わり、周囲に静寂が訪れた。


 「な、な、な、なんだ、その武器は! どんな魔法だ?」


 熊のぬいぐるみが、今更のように騒ぐ。あ、俺の肩から落っこちた。


 「なんだ? って言われても、銃だ、ってしか言えないが…」


 「そんな魔法は初めて見たぞ!」


 「いや、魔法じゃ無いし」


 俺は狼の口から銃を回収し、よく拭いてから弾の補充を始めた。


 その時、覗き込んでくるミィに、弾の仕組みを教える。


 「尻を叩くと火が点く、と言うのが判らないし、火が燃える勢いだけで、そんな凄い勢いが出せるというのも不思議な話だな」


 兎に角、何処にも魔法が使われていない、と言うのは理解したようだ。


 その後、狼の死骸を集め、簡単な解体をすることにした。この狼も、大きいだけで魔法は使ってこなかったから、ミィの言う条件に合っている筈だしなぁ。


 血抜きもそこそこに、狼の腹を裂いて内臓をとりだす。一応、胸の肋骨の下から腹の中心を縦に裂けば、内臓が自然にこぼれ落ちてくる。

 その、肋骨の直ぐ下の位置にある赤黒い塊が肝臓だ。


 「この肝は使えそうか?」


 「わからん。が、しかし、確かに魔石を持たない獣だなぁ」


 一応、ということで、三頭分の肝を取り出して、ミィのアイテムボックスに入れる事にした。


 「って、アイテムボックスを持っているのかよ!」


 「あぁ、確かに苦労したが、この姿になって二十年目ぐらいの時に、アイテムボックスのスキルカードを手に入れてな。おかげで便利に使わせて貰っている」


 「時間停止も?」


 「ああ、モノによっては時間停止が無いアイテムボックスがあるらしいが、これはしっかりと時間停止するぞ」


 「なら、腐る事もないな。場合によっては凍らせ続けるとか考えたが、その必要は無さそうだ。あとは、そうだなぁ…。道具屋で肝を入れるための瓶でも買って、狼以外の肝とかを集めてみるか?」


 「ふむ。そうだな。それは良い考えだ」


 そこで、一度町に戻る事にした。


 アイテムボックスのスキルカードという衝撃的な話しがあったが、アイテムボックスは俺たちにはゲーム開始時に、既に持っているスキルだ。この上に、更にスキルカードを使用してアイテムボックスというスキルを取得したらどうなるか? という疑問があったが、ミィによると、二重にかけた場合は上書きされるらしく、後からかけたスキルが初めのよりも劣化しているモノなら、損するだけという話しだった。


 町に戻ったら、さっそく道具屋へ。なんか、理科室とかによくある標本を入れておく瓶があったので、それを十瓶ほど買って、そのうちの一瓶に狼の肝三つを一緒に入れた。

 あとは、鹿とか、熊とか、猪あたりの肝を取得すれば、とりあえずOKだろう。


 ミィの用事はそれでいいとして、今度は俺の方の用事を済ませる事にした。要はこの町の店めぐりだ。


 早速、武器屋、魔法屋、薬屋で、裏メニューの探索から始めよう。


 結果としては、武器屋では新しい銃が手に入った。と、言っても、同じ357マグナムで、ダブルアクションとか言う、連射が出来る銃だ。その分、引き金のストロークが少しだけ長く、しかも重い。

 つまり、引き金に撃鉄を起こす機構を追加してある、という感じだ。撃鉄を起こすと、連動してシリンダーも回るのは変わらない。


 連射出来るけど、今までのシングルアクションの様に、軽く握れば発射出来ていた状況とは違うので、狙いをつけて当てるという精密作業が難しくなっている。


 一応、シングルアクションの撃ち方も出来るタイプで、今までのように撃鉄を上げてやれば、引き金をちょっと引いただけで発射出来るのは変わらない。


 どちらが良いのか? という判断は難しい。念のため、シングルアクションの撃ち方を念頭に置いて、接近戦とか、差し迫った時なんかにはダブルアクションで行く事を考えよう。


 そのうち出会う事も有るかも知れない、自動拳銃なら、初めの一発以外は発射時のガス圧で撃鉄を起こしてくれるので、シングルアクションの様に軽く握れば良いはず。早く、そんな銃と出会いたいもんだ。


 魔法屋では、新しい従魔を見つけたが、従魔の枠が足りないために泣く泣く諦める事になった。

 なんと、毒を受けた場合、自動で解毒してくれる、という従魔だったんだけどなぁ。


 まぁ、そのうち、バッドステータス全体に効く従魔とかも出てくるかもしれないしな。


 薬屋では、痺れる毒限定の解毒薬があった。そうか、このエリアだと、そう言ったモンスターが出てくるってわけだな。

 当然、大量買いしようとしたけど、二十個までと言われてしまった。


 とりあえず、俺の用事が一通り終わった所でミィが復活した。

 武器屋でのやり取りの所から、ずっと驚きっぱなしだったようだ。


 「な、なんなんだ、この町は。ここの住民は、まるで傀儡の様ではないか」


 傀儡…、ああ、操り人形の事だな。


 「その通りだな。この町のNPCは、条件に合わせて決められた行動をとるようになっているだけの人形みたいなモノだぞ?」


 「え? おかしくは無いのか? この町を作った者が居ると言う事だぞ?」


 「いや、別に、その通りだけど…。

 俺たちは、その作られた町やフィールドに出て、冒険をするという『遊び』をしているわけだしなぁ…」


 「遊びだと? お前たちにとって、冒険者は遊びだというのか…」


 「根本的な事なんで、言わなかったんだが、俺たちの世界に『冒険者』という仕事は無い。冒険家、とかいう自称というか、肩書きみたいなモノはあるけど、前人未踏のジャングルを探検するとか、通常の登山では踏破出来ない山の頂上を目指すとか、そんな感じで、モンスターを狩ったり、クエストを受けたりして日銭を稼ぐ、という仕事じゃないな」


 「じゃ、じゃあ、ここは何なんだ? お前は何なんだ?」


 あ、熊のぬいぐるみが脅えている。


 って、ミィはこのゲームのキャラクターじゃ無いのか? アイテムボックスとか、魔石とか、他のゲームのキャラが紛れ込んだんだろうか?


 「簡単に言えば、ここは虚構、嘘の世界だ。俺たち、というか、この世界の制作者は、とある機械の中に虚構の世界を作って、俺たちに遊び場を提供してくれている、と言う事だ」


 「遊び場、だと?」


 「そう。ここなら、俺たちはモンスターと戦っても、怪我もしなければ死にもしない。表面的には怪我したり、死んだように見えたとしても、本当の身体には何の影響もないし、別の場所に移されるけど、虚構の身体は直ぐに復活する事が出来る」


 「ほ、本当に遊び場なのか…」


 なんか、熊のぬいぐるみが打ち拉がれているというのは、見ていてほっこりする。


 いやいや、なごんで良い場面じゃ無いよな。


 ここで、俺の方針が問われるわけだ。

 この熊のぬいぐるみにどっぷりと浸かってその流れに乗るか、諦めてここで別れるか、の二択だ。


 まぁ、『おもしろそう』なので、流れに乗せて貰いますけどね。


 「え~っと、ミィ? 元気出せるか? この世界と俺は遊びなんだけど、出来る範囲で協力するからさ」


 「う、うう、す、すまない。まぁ、ここが『遊び』の世界であっても、わたしはわたしの目的を果たせればそれでいいから、問題無いはずなんだよな。

 でも、何故だが、かなりの敗北感を味わっているんだが…」


 真剣に命のやり取りをしながら生きてきた事を、『遊び』でやられているわけだから当然かもなぁ。


 「まぁまぁ。とりあえず、またフィールドに出て、獲物を狩ろう」


 狼の肝は手に入ったから、今度は大型の鹿とか猪が良さそうだな。ミィのアイテムボックス次第だけど、モノによっては獲物をそのまま収納した方が良い場合もありそうだ。


 そんな話しをしながらフィールドを歩き、林の手前で鹿を発見。


 今度は銃じゃなく、魔法を初手に持って来て戦ってみた。まぁ、こっちを敵として認識してきた後には銃の出番になったけど、意外にダブルアクションの銃が役に立たなかった。


 何しろ、今までと同じ感覚だと引き金を絞った時に銃口が大きくぶれる。必要な握りの力が強いせいでぶれるんだけど、ちょっと距離が開くと致命的なほど命中率が下がった。すぐにシングルアクションの撃ち方に変えて対応出来たけど、ダブルアクションに拘っていたら鹿に殺されていたかも知れない。


 実際は微妙な力の差でしかないんだけど、その差が大きく作用するんだねぇ。


 「どうする? この鹿は、解体して肝だけ持っていくか? それとも、この一頭、丸ごと持って行けるか?」


 そう聞いてみたんだけど、熊のぬいぐるみは何かを思案しているようだった。


 「どうした?」


 「い、いや。さすがに、魔法の使い方まで違うのだな。と、思ってな」


 「ああ。実は、俺たちの本当の身体の世界には、魔法が無いんだ」


 「魔法が無い? こんな『遊び』の世界を作れるのにか?」


 「うん。これらは、全部、からくり機械をもの凄く発展させて作られたモノなんだ」


 「これがからくりか。す、凄いんだなぁ」


 「あぁ、そう言えば、ミィはそっちの世界で魔法は使えるのか?」


 「ああ。使えるぞ」


 試しにと使って貰った。


 ミィは片腕を上げると、腕の先に三角形の光の線で描かれた図形が現れた。三角のそれぞれの頂点には何かのシンボルマークが描かれ、三角の中心にも一つのシンボルマークが描かれていた。

 次ぎに、三角の図形の周りに、三角を囲うように丸い図形が現れ、更にその周りに六個の丸い図形が現れた。


 そして、「理に従いて全ては火に還る 世界の柱よ 我が力によりてその有り様を変えよ ファイアー ボール!」と唱え、腕の先から炎の塊が発射された。


 ミィが使ったのはファイアーボール。火の魔法の基本だねぇ。


 でも、目の前にあった林が、直径十メートルのクレーターに変わるのは基本とは言えないと思う。


 「す、凄いな…」


 「す、すまない。ちょっとやりすぎたようだ」


 ミィによると、基本は初めの三角形だけでよく、周りの丸いのが増幅系の術式だったそうだ。


 「俺にも使えるかな?」


 俺の持っている、魔法を再現するシステムで、あの魔法陣を出せば使えるのかも? とか思ったので、詳しい図形を聞いてみた。


 三角のそれぞれの頂点のシンボルは、風、水、大地を表し、真ん中のは火を表しているそうだ。考え方は、風水地が世界を構成して、それぞれが火に還るという理屈らしい。

 全ては火に還るのが基本なので、一番使いやすいそうだ。

 風の魔法の場合は真ん中の火と風を入れ替えた図形にする。水や地の場合も火と入れ替えるそうだ。そして、理として火に還る事を宣言し、世界の構成をほんの少し変える事によって『魔法』を出現させる、と言う事だった。


 言葉にすると簡単なんだよな。


 でも、ミィの世界でもセンスと、生まれながらの資質が必要だそうで、魔法を使える人間は少数派だそうだ。それに、魔法を使うセンスが無ければ、魔法を使うセンスのある魔獣などに殺されてしまう、世知辛い世界だという事だった。


 それに、ミィの世界では魔石が存在する。

 魔法を使う者には魔石が有る。


 はたして、このデータで構成された虚構のアバターに魔石が組み込まれているだろうか?


 答えは当然NOだよな。


 そもそも、魔石のデータなんて、こっちの世界に有るわけがない。


 「雷獣の魔石なら持っているが、使ってみるか?」


 熊のぬいぐるみがそんな事を言ってきた。


 俺は透明感のあるオレンジ色をした、握るとすっぽりと手の中に収まってしまう程の大きさの石を受け取り、左手に握って林の方に突き出してみた。


 そして、教えて貰った三角形の図形を思い出す。

 すると、あっさりと拳の回りに図形が現れた。


 「えっと、雷獣の魔石だから、風の魔法を使う事になるのか?」


 「ん? いや、火で構わんぞ。まぁ、風の方が相性が良いかも知れんが、所詮はその程度だ」


 「そ、そうか、じゃあ、深く考えないで火で行こう。えっと。理に従いて全ては火に還る 世界の柱よ 我が力によりてその有り様を変えよ ファイアー ボール」


 はい。見事に発動しました。


 ミィの作ったクレーターの横に、同じ程度のクレーターが出来ちゃったよ。


 「わたしのは増幅呪文を併用したんだが、基礎魔法陣だけで同じ程度の威力とは…」


 「ちょっと、できすぎ、だよなぁ」


 うん。俺も驚いた。


 試しに、と言う事で、魔石をミィに返して、いつもの状態で三角魔法陣を使ってみようとした。

 しかし、というか、やっぱり、出たのはいつもの魔法ゲージのみだった。

 魔法ゲージを貯めながら、三角魔法陣を思い浮かべても、それ以上の変化も無かった。


 結局、魔石が無ければ、ミィの世界の魔法は使えないと言う事が判ったが、何故、この世界でもミィの世界の魔法が使えるかは判らなかった。

 とりあえず、ミィには、ミィの行動を出来る限り協力する、という方針で、今の魔石を譲って貰える事になった。


 ミィにとっては大した物ではなく、まだストックは多くあるという事だったけど、この世界にとっては異端のアイテムだろう。

 魔石を使う事が、このゲームにとってイレギュラーか、禁止事項になるなら、早めにそれを知りたい、とも思った。


 そこで、まずは革製品を作っている工房へと行き、革の手袋の甲の部分に魔石を入れるポケットを作って貰った。

 特にボタンとかはついていないけれど、折り返しがあって簡単には魔石が落ちないようになっている。しかも、ポケットには丸い穴が開いており、魔石の半分以上が丸見えにもなっている。


 その手袋を装着して試した所、しっかりと魔法が発動した。これで、左手にアイテムを持っていても魔法を使う事が出来るだろう。


 「ミィ。この魔法で、このエリアのボスを倒してみたいんだけど、いいかな?」


 「このエリアのボス?」


 「ああ、この『遊び』には、レベル、というか、実力に合わせた遊べる範囲が決まっているんだ。要は、ボスというエリアの代表格を倒せれば、次の、少しだけ強いエリアへと進める、という仕組みなんだ」


 「それがエリア、かぁ。なるほど。で、それはどういう意味があるんだ?」


 「ああ。エリアを突破したら、この世界を作った連中から報告が入るんだ。『エリアを突破したプレイヤーが出たぞ』ってな。

 もし、このミィの世界の魔法だけでエリアを突破したら、その連中がなんと言うかが知りたいんだ」


 「この世界が作られた虚構の世界ならば、わたしの魔法は、もしかしたら反則なのかも知れない、と言う事か?」


 「その通り。反則なら反則でいいけど、何も言われなかった場合、もしかしたら、運営がミィの世界を知っている、と言う事も考えられるしな」


 知っていた場合、ミィの世界が、このゲームの一部という疑念も浮上するけれど、それらは、そうなった時に考えれば良い事だな。

 まぁ、このゲームの一部じゃなくても、『現実的に実現可能であれば再現可能』という謳い文句があるから、そこら辺は微妙な話しなんだけどな。


 そして、このエリアのボスを捜すためにフィールドへと出た。


 位置としては、エリア2からエリア3への入り口とは正反対の場所を目安に、襲ってくる獲物を狩りながら進んだ。

 ミィの世界の魔法を練習しながら、と言う方法も考えたけど、ボス戦でMP切れとかは勘弁してくれ、って感じなんで、出来る限り銃撃だけで進んだ。

 そのおかげか、ダブルアクションの銃の握り方も判ってきた。

 まぁ、初めからぶれる方向にずらして発射するという場当たり的な方法だけどな。もっと腕力がつけば、そう言った事も消えていくとは思う、っというか、期待している。


 そして、漸くボスの位置を確認した。


 この時点で、既に今日のゲーム時間は終わりに近づいていたけど、このまま、ここで次回へと続く、と言うのは消化不良になりそうなので、ちょっとだけ時間をオーバーする事にした。

 まぁ、自分で決めた時間制限なんで、特にシステム的な時間オーバーというわけじゃない。システム的には、この倍は許容範囲みたいだけど、俺的にはここら辺が、明日の現実世界との兼ね合い的に限界だと言うだけだ。

 明日、ちょっと辛い、と言うのを我慢すればいい。


 と、言う事で、ボス戦に突入。


 基本はミィの世界の魔法を中心に戦うつもりだ。それでも、必要になるかも知れないと、パイルランチャーや予備の銃、ポーションをフィールドに落としておく。


 ここのボスはヒョウだった。


 真っ白なんで、雪ヒョウかな。でも、大きさがヤバイ。頭の先から尻尾の根本までで五メートル近くはある。身体全体で、二トントラック並みの大きさだ。

 それが、猫の俊敏さで迫ってくる。


 やっぱ、無理ゲーだろう!


 俺の心の叫びは俺自身によって中断された。そんな事を考えている余裕すら無い。


 ミィの世界の魔法で攻めるつもりだったのに、全開で銃を撃ちまくっていた。


 目は見開き、雪ヒョウの動きをガン見しながら、一瞬の判断ミスが命を左右する、という一秒にも満たない攻防を繰り返す。


 そうして、撃ち放った銃弾の一発が雪ヒョウの前足に当たった。


 一瞬。そう、ほんの一瞬だけど、雪ヒョウの動きが完全に止まった。そのチャンスを逃してはならない、っと、思考じゃなく、言葉を持たない本能が全身に指令を出す。

 狙いは足。俊敏な雪ヒョウの機動力を奪えと、身体全体が動く。

 弾丸の無くなった銃を無造作に横に放り投げ、別の銃を握る。

 雪ヒョウの周りを回りながら、残りの銃弾を前足、後ろ足とかは関係なく、『足』を狙って撃ち込み続ける。


 呼吸も、汗をかくと言う事も、瞬きすると言う事も忘れ、ただ、それだけのために動いた。


 そして、とうとう、雪ヒョウの機動力を奪ったと確信した。


 その時になって、漸く、ミィの世界の魔法を使う事を思い出した。


 俺は、雪ヒョウの周りを走り回りながら、左腕を突き出し、ミィの世界の魔法を唱えた。


 「火に還る世界の理よ 俺の言葉に従え! ファイアー ボール!」


 うん、実は、呪文というか、唱える言葉を忘れちゃってた。まぁ、だいたい、こんなもんじゃないか? という言葉を言ってみました。


 結果は? うん。たぶん、世界の理というのが、俺の失礼な言葉で怒ったんじゃないのかな?

 俺の左腕から先が光で見えなくなり、力の束がそこから伸びて、雪ヒョウにぶち当たる感触を感じた。

 目で見て認識したんじゃなく、感覚的なフィードバックを感じた、という、今までにない感触だ。


 それが、問答無用で通過していく軌跡の上に有るモノを蹴散らしていく。


 もう、容赦無し。としか言いようがなかった。


 光が収まった時、漸く普通の感覚が戻ってきた。


 そして、そこには、白煙を上げる俺の左手と、かつては雪ヒョウだったモノらしき、黒こげの塊が有るだけだった。


 どう見ても、雪ヒョウが動く様子はない。と言う事でボス戦は終了だろう。


 俺はアイテムボックスから、残りのポーションを取り出して、半分を左手にかけ、半分を飲んだ。それだけで左手が元に戻る。


 便利だね。


 「な、な、な、なんだ? 今のはなんなのだ?」


 「あ、ああ、俺もビックリした。なんだよ、アレは」


 銃による攻撃だけでは、機動力は兎も角、全体のHPの半分も削れていなかったと思う。なのに、魔法一発で残りのHPをことごとく削りきったってのは、通常なら有り得ない、よなぁ。


 ゲームバランスを壊している、としか言えない。


 とりあえず、俺はバラ撒いた銃やパイルランチャーなどを回収し、銃の弾丸を補充する。やっぱり、狙う必要が無いほどの近距離なら、ダブルアクションの撃ち方が役に立つな。まぁ、ダブルアクションでも、狙いを正確にしていけば良いだけの話し、って事だけど。


 一応の片付けが終わった所でミィを肩に乗せ、ボスエリアからエリア4へと向かう。そして、直ぐに運営からのインフォメーションがあった。


 『ぴん、ぽぽん、ぱーん、ぽぉぉぉぉぉぉぉん~』


 そろそろ、バリエーションが無くなってきたんじゃないか? まぁ、どうでもいい事だけど。


 『やぁ、やぁ、やぁ。毎度お馴染みの運営だよぉぉん。ななんとなんと、今日は二回目のエリア突破報告だ~!

 先頭をぶっちぎりで駆け抜ける一人のプレイヤーが、エリア3をも突破しちゃったぞぉぉ!

 初討伐報酬と単独討伐報酬がいつものように用意されているから、ギルドで受け取ってくれ。

 ちなみにだが、このプレイヤーを、俺たちは「テディベアを愛でる者」と呼んでいる。まぁ、何の効果もない称号モドキなんだけどな。

 ということで、他の皆も、このプレイヤーに負けないように頑張って欲しいぞぉぉ。

 じゃあ、ばっははぁぁい。

 ぴん、ぽん、ぱん、ぽ~ん。…ブチッ』


 俺の顔は、今、盛大に地面にめり込んでいる。


 『テディベアを愛でる者』のくだりでコケたからだ。


 なんなんだよ、あの運営は!


 「お、おい。大丈夫か?」


 「ああ、大丈夫。気にしないでくれ」


 気になったので、ステータスを確認してみた。相変わらず、強さやレベルは表示されないけど、名前の項目の下に、[称号:テディベアを愛でる者]と言うのが追加してあった。


 うん。後で泣こう。


 「で、今の声が、この世界を作ったといううーえーの声か?」


 「作った、というか、何人ものスタッフの統括をして、作成の中心になった人物、って事らしいけどな」


 その後、俺たちはこの新しいエリアの町を探して少し彷徨う事になった。その間、俺はそろそろ現実世界に戻って、現実での用事と睡眠をとる事を告げる。その際、現実では一日弱ぐらいの時間がかかるが、このヴァーチャルな虚構世界では四日間の時間が必要になる事を説明した。


 「つまり、お前が戻るまで四日掛かるというわけだな? まぁ、そのお前にとっては丸一日にも満たない時間だとしても」


 「この世界は、俺たちの現実よりも四倍の速度で時間が進むからなぁ。そう言うわけで、その間、どうしている?」


 「仕方ない事だろうな。一応、四日間なら待っていても構わないが、その後は、一度は肝を届けに戻ってみたいと考えている。その協力を頼みたい」


 「詳しい話しはその時に聞いた方が良さそうだな。俺に出来るだけの協力はするつもりだけど、出来ない事も多いから、過度な期待はしないで欲しいと思うけどな」


 「わたしも、龍になって、自らの尾を食い続けろ、などとは言うつもりも無いさ」


 そして、漸く見つけた町に入り、ログアウトする事にした。


 あ、肩にミィを乗せたままだった。俺がログアウトで消えたら、落っこちるかな。明日、というか、四日後に文句を言われるかもな。


 そこで、俺の意識は現実へと戻っていった。さっさと風呂入って寝ないとな。

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