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無理ゲーオンライン  作者: IDEI
39/56

38 腐ったミカン

 少しずつ慎重になる頻度が多くなり、攻略スピードが遅くなっている。けれど、自分たちがどれほどの強さを持つかがハッキリしてくるので、それだけでも価値があると思う。


 もう直ぐ六十箇所のエリアを踏破する。カウントは月光が担当。人間だと勘違いで間違い易いからね。


 ドロップ品も装備品ばかりじゃなく、生活に使える魔道具なども出てくるようになり、ロッカクが構造を調べると言って喜んでいる。

 俺たちが王都で買った水を生み出す魔道具より高性能だったのには苦笑いしか出てこなかったが。


 出てきた魔道具が使えそうだったら、皆の分を確保しようとして余計な回り道をしたのも、攻略スピードが遅くなった原因でもあるけどね。


 で、そろそろ戦闘がきつくなってきた。


 本来ならきつくなってからが、本当の修行になる、と言うのが普通だとは思う。まだ、ダンジョンの外にいる恐竜のような魔獣も出てきていないので、この先にいるのは確実だ。しかし、のんびりこのダンジョンを攻略している暇は無かったのが現状だった。


 もう直ぐ一週間にはなる。


 ゲームの世界ならともかく、異世界に移動すると、他の異世界でも同じだけ時間が経過するらしいのは判っている。なので月光の世界であるアレンストでも一週間が経過しているだろう。

 あのままなら一週間程度は変化が無いはずだったけど、それも絶対では無いので少なくとも確認は必要だ。


 「と、言う事で、ここのエリアを踏破したら戻ることにする」


 皆も同じ考えだったらしく、特に異論も無く決定された。


 一応、ここのエリアボスを倒しておかないとスッキリしない、と言うのも、皆同じ気持ちだったらしい。


 で、エリアボスと遭遇。


 俺たちの目の前には、デカイかぼちゃが鎮座している。


 くりぬいたら、立派な馬車になりそうだったよ。


 「そうか! 敵は灰をかぶったお姫様か!」


 「そうですねぇ」


 皆のノリが悪い。やはりダレているんだろう。ここで攻略を一旦中止にする必要性が高いと改めて認識する。


 「まずは、醤油と日本酒、みりんか、砂糖はどのくらい必要だ?」


 「「「……………」」」


 「今の俺の問いに答えなかったのは、実は作ったことが無くて判らなかった、という事じゃないよなぁ?」


 サヨとトーイは見事に左斜め上を向いて、何かを探している。レシピでもあるのかな?


 とにかく、敵が動かないと、どう攻めたらいいのか判らない。力技でゴーゴー、と言うのが通用するレベルでもないしね。


 実際、このかぼちゃに遭遇する直前には、高さが二メートルはある陸亀もどきだったのだが、狼ぐらいの速度で駆け回り、握り拳ぐらいの石を作って投げつけてきた。


 早さには早さで対抗、とかすると石礫でタコ殴りされるし、石礫を警戒すると早さで翻弄される。飛び道具を使う場合は分厚い甲羅が防ぐだろうと、なかなか攻め手が見えない敵だった。


 まぁ、泥沼を生み出す魔法をあちこちにばら撒いただけで動けなくなったけどね。


 とにかく、的確な対抗手段を用いないと、敵に翻弄されて死ぬだけだ。


 そういうわけで、目の前のかぼちゃの攻略を考えているわけだけど。


 「やはり、煮付けてみるしか考え付かないんだけど」


 「煮付けはいいんですが、具体的にはどうします?」


 「皆でアース ピットホールっていう落とし穴を作って落っことして、そこにアクア リージアで沸騰させる」


 「う、うわぁぁ」


 「ポイントは、かぼちゃもどきには直接掛けない所だね。

 落とし穴も、かぼちゃもどきのギリギリ外側から、四方同時に作るとか、王水もかぼちゃに触れないように底に溜めていくとかで」


 「戦いって、非情なモノだと思っていましたが、非道で非情で酷いモノだったんですねぇ」


 「それが戦いの歴史だよ」


 そして、穴掘って王水流し込んで、しばらく待ってみました。


 途中で面倒になって、水を流し込んだらバシャバシャ弾け飛んで、とんでも無い事になってたけどね。

 王水や硫酸、それに熱を持った油とかに水をぶっ掛けると、水が一瞬で沸騰して気体になり、その膨らむ衝撃で周りのものを弾き飛ばしちゃう。つまり回りに被害を拡大させるって事。良い子は真似しないよねぇ。悪い子は真似して自業自得の目に会うだろうけど。


 で、ピットホールが解除されて、王水も無くなった頃、かぼちゃもどきのあった場所を見ると特に何も無かった。


 「ドロップ品とかも、王水で燃えちゃった?」


 「「「………」」」


 ああ、森の木々の間から見え隠れする木漏れ日が美しい。


 「さ、さあ、帰ろうか」


 しばらくはジト目が突き刺さっていました。はい。


 転移の魔道具はこのダンジョンを取り囲む山の頂を越えた向こう側に一つ置いてある。別にそこに戻る必要は無いんだけど、置いた魔道具がもったいない。でも、もしもその魔道具が何かの魔獣に飲み込まれていたら? そう考えると安易に転移するのも危険だ。


 なので、この場所に戻れるように転移の魔道具を設置し、天と地竜を地面に置き、ロッカクにこの世界のゲートのところに置いた魔道具の片割れを渡す。そして、その直ぐ後、俺だけが山向こうに置いた魔道具の場所へと転移した。


 真っ暗。一瞬、飲み込まれたか? と身構えたけど、よく見ると周りは夜だった。星が綺麗だ。


 周りを見回しても魔獣らしき動きは無い。周辺探知にも反応が無い。認識型鑑定眼を起動させても、周囲に反応は無い。


 と言う事で安全確認完了。夜になっていたのは、何処で時間配分が狂ったか気になるけど、今後の課題として割り切ろう。


 そして転移で戻る。


 「ケンタさん? 何処行ってたんですか?」


 「山向こうに設置したのがあったでしょ? 設置したのが無事か判らなかったから一人だけで行ってみた。まぁ、魔獣に食われているかも、っていう場合があるぐらいで、特に人がいるとか、湖や溶岩があるわけじゃないから、問題ないしね」


 「な、な、何をやってるんですかー!」


 何故か全員に怒られた。何故? 怒られている間、ニヤニヤしてたらお説教が伸びたのは仕方無いのかな。


 そして、今度は全員で転移。忘れ物が無い様に色々再確認したよ。ここに転移の魔道具を設置しておくことも検討されたけど、やっぱり時間を空けすぎるとどうなるのかが判らないため、しっかり持ち帰ることになった。

 一応残しておこうか? という案は一瞬で却下された。解せぬ。


 外に出ると、全員が夜の空気を吸い込んで伸びをする。その一瞬で全員の機嫌が良くなったのが確認できた。やっぱり鬱屈してたんだねぇ。


 そこから、ゲーム世界へのゲートがある場所に転移し、夜が明けるまでそこで野宿となった。


 ダンジョン内でもさんざんしてきた野宿なんだけど、周りに敵性の魔獣が居ないと言うだけで、かなりの開放感がある。

 案の定、皆、寝過ごしたようだ。まぁ、予定があるわけではなかったけどね。


 で、ビケに乗り王都を目指す。


 ここのゲートのある場所の方が、ダンジョンと王都の間よりも近いんだよね。だけど、やっぱり小一時間ほど掛かるのは面倒だから、どこか、王都の外で、王都の近い所に転移の魔道具を置く場所を確保出来無いか考えてしまう。


 王都を遠回りに迂回して、西の方角から王都に入る。一応、ダンジョンに向かったはずだからね。


 そしてギルドへ。


 ギルドへ入ると、早速ギルドマスターが飛んできた。


 「ケンタ殿。北のダンジョンには入らなかったと連絡が来たのですが?」


 「ああ。俺たちは魔石や資材になるような物を直接手に入れたいと思っていたんだけど、それが叶わないと言う事で入るのを止めた。ただそれだけだ」


 ちょっと怒ってますモード。いや、実はしっかり怒ってるんだけどね。


 「それだと、ダンジョンへの登録を仲介しました我がギルドの立場というものも…」


 「命がけで取って来たドロップ品を捨て値で買い取られ、欲しければ高値で買い取れなんていうシステムは聞いていなかったし、そんな決まりがあるのなら初めから行きたいとも思わなかったんだが?」


 「そ、それは、ギルドと言うものにも、やりくりと言うものがありまして…」


 「それはギルドの都合。俺たちは俺たちの都合で話している。ギルドのやりくりなんか、一介の冒険者に背負わせるな。それが出来無いのであれば、ギルドなんて辞めてしまえ」


 「で、ですが、決まりごとなので…」


 「どうせ、買い取り業者にごり押しされた結果だろう。それならそれは構わないから、俺たちには関わらないでくれ」


 「ですが、ダンジョンに向かったとの報告も受けておりますが」


 「ああ、ギルドの管理していないダンジョンに行って、六十ほどエリアを越えてきた。だけど、それが?」


 「ダンジョンに行かれたのならギルドに卸してもらわないとならない決まりなのですが…」


 「そんな決まりは知らん。そもそもギルドが管理していないのに、それを主張するとかはどうなんだ? そう主張するなら、俺たちが何処のダンジョンに潜ったのかハッキリ言ってくれ」


 「そ、それは…」


 「ギルマス? あんたの家には色々高価な物もあるだろう。実はそれはあんたが、ギルドの知らないダンジョンに潜ってあんたが取って来たものだ。だから全部ギルドに売れ、捨て値で買わせて貰うからな。っと言われて、素直に売るのか?」


 「そんなことは…」


 「そんな事は? あんたつい今言っていただろう。そういう決まりです、と」


 「ですが私はダンジョンへは…」


 「じゃあ、俺たちもダンジョンには潜っていない。と言う事でいいな?」


 「そのような屁理屈を…」


 「じゃあ、何処にあるどんなダンジョンに潜ったんだ? それはどうやって証明する?」


 「は、はぁ……」


 既にギルマスは反論のしようが無いようだ。まぁ、反論の余地が無い様に言っているわけだしね。

 それに、元凶は買い取り業者だ。全て買い取り業者が有利になるように設定されているのが不自然と言うか、ほぼギルティだろう。


 「で、ギルマス? ギルドの買取を担当している業者の名前は? まさか、一つの業者に独占とかさせてないよねぇ? 一つの業者じゃなくても、息が掛かった業者なら同一みたいなものだけど?」


 「ギルドといたしましては、買取の安定的な…」


 「安定的な買い取り状況を確保して確実に現金化できるように? なら、業者は常に五件ぐらいは取引していないと成り立たない理屈だと思うんだけど?」


 五件は盛りすぎだけど、最低でも二件、出来れば三件以上が、商取引としては安定するはずだよね。一つの業者が買い取れない、なんて我侭を言うだけで成り立たなくなる状況は普通じゃありえない。つまり、その業者が他の者を介入させないように不正を行ったわけだ。


 と、ここでその悪徳業者を誘い出す方法を思いついた。上手くいくかは、よく考えるといかなそうだけど、揺さぶりにはなるだろう。


 「時に、ダンジョンとは関係ないんだけど。

 大事な事だからもう一度言うと、ダンジョンとは関係ないんだけど。

 実は俺たちは、こういう物を持っているんだ。もし、コレをギルドが買い取るとしたらいくら払う?」


 そう言って取り出したのは、あのダンジョンの五十箇所以上で獲得した魔石。


 この付近の魔獣の物とは比べると、約三倍の大きさだ。まぁ、ギリギリ手の平の拳の中に納まるぐらいだけど、ゴルフボールの半分が基本のところにテニスボールを出したような感じかな。


 少し大げさな表現だったかも。


 でも、ギルマス以下、その場にいたギルド職員は驚愕の目で見つめている。


 「ああ、こんな物もあったな」


 と、取り出したのはホンの少しだけ衝撃を反射することが出来る小さめの丸盾。


 「この盾は弱い魔法だけど、反射の魔法が付与されてるみたいでねぇ」


 ギルマスは誰かを呼んでいる。たぶん、鑑定に近い能力を持った誰かだろう。


 そして呼ばれて来た鑑定士が盾を見ると、目を丸くして腰を抜かしている。え? そこまでの事? 地竜の評価だと子供の遊び程度の付与がついているだけだし、実際、そこまで高性能な盾とも思えない。


 「ほ、本当に付与されています。は、初めて見ます」


 え? 魔法が付与された道具を見るのが初めて? 今まで無かったの?


 「え~っと、ギルマス? 今まで魔法付与の装備品とか無かったの? 魔道具なんかあるから、エンチャントとかもあると思ってたけど」


 思わずギルマスに聞いちゃった。いや、天と地竜にはおもちゃにしか見えないってのは聞いていたからね。


 「は、はい。確かに、魔道具などは、このギルド創設者でありますスミス様が、過去の文献を頼りに試作を重ねて開発した物が伝わっておりますが、そのスミス様でさえ、エンチャントの作成は成されなかったと聞いております」


 俺は思わずロッカクたちと見合わせた。後でミスターに聞いてみよう。


 「なんか、創設者様頼りだねぇ。創設者が作ったもの以外とか無いの? 冒険者から搾取するシステムとか以外の、画期的な魔法技術とかで」


 「……………」


 完全に沈黙。


 なんか、大の大人がこの有様って、この世界大丈夫か? とか思うけど、このギルマスにしても、ギルド職員にしても、所詮は中間管理職なんだよねぇ。


 そこへ、誰かが走って飛び込んできた。


 俺たちに用があると言うわけじゃなく、ギルマスに伝言を伝えに走ってきたようだ。


 「判りました。

 エレルル様とゴーラッド殿、シラク卿がお見えになる。準備を」


 「あれ? お取り込み?」


 「あ、はい、そうですが、その、買取の指導を行った子爵様と商人様で…」


 「なるほど。なら、しばらくは残っていた方がいいねぇ」


 おそらく馬車で悠長に移動しているんだろう。その貴族様とお抱え商人が到着してからが本番と言うわけだ。


 「ケンタさん? これからどうなる予定ですか?」


 「まぁ、おそらく、俺が噛み付くのを前提に、その元凶を呼んでいたんだろうね」


 「あ、それで、なるほどと」


 「俺に汚い病巣の駆逐でも期待してるんだろう」


 「あぁ~、それって悪手ですよねぇ」


 「そうかな? そんなに褒められると照れるなぁ」


 「あ~、はいはい。で、どのくらいやります?」


 「まだまだ未定だし、どうなるのか想像出来無いけど、まぁ、俺を巻き込んだんだから、それなりに巻き込まれてもらおう。ギルド職員全てが、生まれてきた事を後悔するぐらい、……、というのは言いすぎかな。まぁ、それに近いぐらいので」


 俺とロッカクの会話は、別に潜めてはいないのでハッキリくっきりギルドの受付があるフロアーに響いている。かなりの人数が絶望的な顔になっていたよ。ギルマスなんか、今にも膝が砕けそうだった。


 「ギルドマスター、新たなダンジョンに潜ったと言う冒険者がいると聞いたが?」


 ギルマスが俺に何かを言う前に、一般的だけど造りのいい服装をした初老の男が入ってきた。偉そうではあるけど貴族と言う雰囲気ではないな。


 「は、はい。そこにいます、ケンタ殿たちがそうです」


 「ケ、ケンタ殿?」


 一般人的な初老の男は俺の名前を聞いて、姿を見て驚愕した。あれ? どっかで見た様な、見てない様な。


 「こ、これはケンタ殿。御活躍は聞き及んでおります。以前、南の砦の、例の件で一度お会いしておりましたな」


 あ、あの時のギルド関係者の人かぁ。まぁ、覚えてないんだけどね。


 「ああ、あの時の。なんか自己紹介もされなかったので覚えてなかった。まぁ、今更名前を聞きたいとは思わないんだけどね」


 「な、あ、それ所では無い。シラク卿がお見えになられる。皆は粗相の無い様に!」


 直ぐに入ってくるだろう者へと意識が行っている。偉い人?


 そして入ってきたのは、痩せぎすで神経質そうな初老間近という感じの男と、恰幅のいい老人と言う感じの二人と、そのお付きらしき数名。初めに入ってきた男も、ギルドの職員も、そのお付きの者たちの事は眼中に無いようだ。


 でも、俺には判った。いや、俺たちには。たぶんトーイと月光は気付けないとは思うが、天と地竜、サヨ、ロッカクは気付いていた。ポーポーと妖精には無理だったかも。


 なんか、お偉い人たちが何かを話しているけど、俺には関係の無いノイズにしか聞こえない。


 俺はアイテムボックスから小銃を取り出し、コッキングレバーを引く。サヨも緊張した表情で刀に手を掛ける。ロッカクもアイテムボックスから魔法の杖を取り出し、ポーションの瓶を入れた袋を腰にくくりつけた。

 その俺たちの姿を見て、トーイもヘビーナックルの具合を直し、ボディアーマーのベルトを締め直した。


 そして、何を言っているか感心は無いけど、何かを言いながら細身の神経質そうな男が俺たちのほうに寄って来た。


 なんか怒っているようだけど、そんなの知らん。


 俺は左腕を右上に振り上げてから、その男を思い切り弾き飛ばした。


 なんか、かなり飛んでいったけど関係ない。


 再び左腕を右上に振り上げ、そのまま小太りの爺に突進。同じように爺を左に弾き飛ばして、お付きとしてついてきた男の胸に小銃の銃口を押し付けた。


 「お前は何番目だ?」


 その男の目を見ながらそう聞く。その言葉に男が意外そうな顔をしてからニヤけた。次の瞬間、俺は一気に左を向き目線を完全に左の飛んでいった小太り爺に向けた。


 と、同時に小銃発射。


 ダダダーン!


 上手く『よそ見』に引っかかってくれたかな?


 顔を戻しながら飛びのいて後ろに下がる。同時にサヨがずれた方向から切りかかる。


 が、見えない何かに阻まれて刀が止まった。


 そのサヨの背中を飛び越え、トーイがけりを入れるが、それも見えない何かに阻まれる。


 俺は一度左から回り込んで、右手に小銃、左手に拳銃という形で迫り、その男の頭に拳銃を押し付けつつ、右手の小銃をおおよその照準で発射した。


 ダダダーン!


 やはり、狭い場所で撃つとかなり煩い。が、そんな事も言っていられない。


 撃った後はまた飛びのいて下がる。


 そこで、片膝をつき、サヨの攻めが一旦終わるのを待って、左手の拳銃、右手の小銃を同時発射。

 コレだと俺も何処に当たるか判らないけど、男のほうも予測不能だろう。


 撃ち終わった拳銃をホルスターに収め、両手で小銃を構えつつジグザグに下がる。


 そして、漸くその男の状態を確認できた。


 その男は、凡庸な顔立ちで、着ている服も町の人間が普段着として着ている物と、そう大差なかった。でも、それは腹から上がほとんど無く、俺の撃った銃弾で血に染まっていた。


 そう、そこには、胸の肉を挽肉状にされた、生きているはずの無い男がいた。


 俺たちが動かないので、その状況をしっかりと見たほかの者たちが、這いずる様にその場から離れる。


 「胸じゃなく、他の場所か?」


 俺がそう言うと、ズタボロと表現できるソレが動き出した。


 「ふ、ふはははは。いやはや、凄いねぇ。こんなにやられるなんて、初めての事だよ」


 「ちっ、まだ笑うほどの余裕があるのか。ツヴァイやゼクスなんかより丈夫みたいだな」


 「あ? ああ、さっき、何番目とか聞いてきたよな。なるほど、その所為か。余はあのような群れなす弱小とは違う。自由気ままに生きるモノである」


 「自由に生きる? ただの死人が何を言ってるんだか」


 その俺の言葉に男が反応した。一瞬の間に俺に迫り、胸から背中に突き抜ける傷をそのままにした状態で俺に殴りかかる。


 たぶんツヴァイと戦った時の俺だと反応し切れなかっただろう。


 でも、しっかりと見えて、体も反応してくれた。


 コレはレベルアップしている、っぽい。


 ギリギリで避けることができた俺は小銃を男の横顔に押し付け引き金を引いた。


 そして、男の頭が半分吹き飛ぶ。


 だけど、男は目玉を落っことしながらも余裕で立ち上がった。


 そこにサヨが風を少しだけ纏った刀を男の腹に突き入れる。同時に腹が円形にくりぬかれた。


 その勢いを殺しきれなかった男はギルドの壁まで吹き飛ばされ、下半身とも生き別れた。あ、生きてはいないか。


 それでも、男はあるはずの無い下半身で立ち上がり、ぼたぼたと内臓と血をたらしながら空中に浮かんでいた。


 「なぁ、一つ知りたいんだが、何故あんな男の従者なんかしてたんだ?」


 「あんな、とは、酷いな。ふふふ。あんな、でも、おまえ、たちのきぞ、くだ、ろう」


 「知らん。俺たちはこの国の人間じゃないしな。あんな下衆を尊敬する言われも無い」


 「ふはは、は、はは。人間にも、い、ろ、いろ、いるのだな。あ、ああ、余、は、学んで、おった。人間た、ちの国を、どう、すれば面白く、あそべ、るかを」


 ヤバイな。少しずつ回復しているようだ。質問は切り上げるしかないか。


 「そうか、お前みたいなのが他にもいるのか?」


 「さ、あな、余は…」


 たぶん知らない。こいつが時間稼ぎに出た、と思ったところで、残りの銃弾を全て撃ち込むつもりで引き金を引いた。


 念入りに。一度マガジンを交換して、フルに三十発を、余すことなく打ち込んで、漸く息を吐くことができた。


 「は、はぁ。緊張したぁぁぁ」


 「お疲れ様です」「おつかれー」


 前は苦労したが、今回はそうでもなかった。これが小銃の威力なのか、レベルアップのおかげなのか、単に今のがそれほど強くなかったから、なのかが判らない。


 「ケンタ殿!」


 ギルマスが、フラフラしながらも自分の足で立って近づいてきた。流石はギルマス、って所かな。他の職員たちはまだ腰を抜かしている。


 「あれを見て動けるってのはなかなか凄いねぇ」


 「あ、アレは何だったのでしょうか?」


 「何に見えた?」


 「かなり上位のアンデッドかと思われました。正直、アンデッドなどは初めて見ましたので、正確かは判りませんが」


 「アンデッド、かぁ。まぁ、かなり近いかな。ああなるには一度死ぬ必要があるみたいだしねぇ」


 「やはりそうでしたか」


 「うん。でも、あれらはアンデッドとかは名乗ってないんだよね」


 「そ、そうでしたか?」


 「うん。あれは魔人って言ってたね」


 そこでギルマスが完全に尻餅をついて動かなくなった。


 「ギルマス? ギルマス? ………返事が無い。ただの生きた屍のようだ」


 「生きてます、生きてます、って、あれ? いいのかな?」


 ロッカクのボケツッコミの後、漸くギルマスが復活。


 「ま、魔人、ですか?」


 「そう。もっとも、南の砦や城に現れたのとは派閥が違ったみたいだけどね」


 「はぁ、あ、あ、ケンタ殿。その、マズイです。あの、ここでは」


 「緘口令の事かな? 問題ないよ。ここにいる全員にもう一度緘口令が命令されるだろうからね。何しろ、魔人が従者の振りしてとある貴族に付き従って色々活動していたわけだしね」


 「あっ!」


 そこでギルマスは、ここに貴族と商人と、なんか偉い人が来ていたのを思い出したようだ。振り返り、俺が弾き飛ばした二人を確認しようと起き上がる。


 そこで、ギルド受付のあるホールの端の方がややざわついているのに気付いたようだ。


 俺もそれに釣られてその方向を見る。


 すると、さっきまで血みどろでボロボロに朽ち果てていた魔人の体がバラバラに崩れていき、その破片が消えていっている所だった。


 あ、ゼクスと同じだ。魔人って、死んだ後に屍を残さないんだな。


 ツヴァイともう一人の魔人の最後は、しっかりと確認してなかったのを思い出した。大丈夫だよね?


 「ギルマス? 魔人の最後を確認って事でいい?」


 「あ、は、はい。コレが、魔人の最後」


 「何故かは判らないんだけど、こういうモノらしいね。

 でだ。ギルマス? 二つだ」


 「え? なにを?」


 「一つは、魔人と一緒に行動していた貴族と商人をがっちりと拘束。どういった経緯で一緒に行動していたかを根掘り葉掘り聞き出さなきゃならない。

 そしてもう一つは、この事をしっかりと城へと報告しなければならない。

 ってのは、間違ってる?」


 「えっと、はい。あぁ~、は、はい。大丈夫。間違いないです」


 しっかりと考えてから答えた。ここら辺が凄いなぁ。パニックになると、思考が表面的にしか働かないで、上辺だけの返事をしそうになるものなんだけどねぇ。


 「じゃ、動け! 俺たちはそこで飯食ってるから」


 と言う事でカウンターバーがある軽食が出来る場所へと向かった。でも、基本は軽食ってパンぐらいで、酒のつまみになるようなものが二つぐらいしか常備していない、基本的に酒を飲む場所だ。しかも、その酒も醸造が甘い。ハッキリ言ってアルコールが抜けたワインを水で割った感じがするようなものばかりだ。


 いや、酒については城でそれを経験済みだったんだけどね。


 場所だけ借りることにして、それぞれが飲み物と軽食を出す。ダンジョンで結構使ったつもりだけど、もう少しぐらいの余裕は残ってる。

 天と地竜はプリンと羊羹? それにクリームソーダという胸焼けセット。サヨは濃い色の緑茶と安倍川餅の渋めセット。ポーポーは見ているだけだけど、食べられるか試してみようか、敬遠したほうがいいかを悩んでいる。ロッカクはカツサンドと白牛乳のガッツリセット。ロッカクの妖精は天のところに行ってプリンの欠片を貰っている。トーイはヘビーグローブを外して粉砂糖を塗してあるモンブランケーキと紅茶のお洒落セット。月光は元々口自体が無い鉢がね状のヘッドギアだから食事枠からは外れる。


 そして俺は、ブラックコーヒーとビターチョコレートを出してチビリチビリとやっている。


 この後の展開を想像しながら。


 何しろ、魔人が居るとはついぞ知らず、予定も何もかも吹っ飛ばしてやり合うことにしてしまった。

 まぁ、放置する方が危険ではあったわけだけどねぇ。


 で、しばらくしたら白から馬車が来て、さらに詳しい説明をしろという申しつけだと言う事だった。


 そこで俺から提案。

 まず、貴族と商人の二人からあらましを聞き。全て聞き終わってからギルマスに説明を聞き、その後に俺たちから話を聞くという方式。


 俺の名前が効いたのか、あっさりと了承され、ギルドの一室を借りての事情聴取となった。

 で、一時間と少し経過した所で俺たちの聴取。

 まず、ギルドの買い取り形式について文句を言い、ギルドの対応次第では本気の喧嘩をすると宣言。それに伴って、町に甚大な被害が出る可能性と、場合によってはこの王都が無くなる可能性も示唆。


 大事な事なので、その聴取に来た人が取っていたメモを読ませてもらい、足りない部分をしっかりと追加させた。


 それから、その喧嘩を吹っかけようとしたところで、その魔人と遭遇して、とにかく殲滅を優先して打ち倒した。ギルドの建物が無事だったのは奇跡だね、とも言っておいた。


 その城の役人さんは、まるで貯金を下ろした金を入れていた財布を落とした時のような顔をしていた。大丈夫だろうか。アレはキツイんだよ。絶望中の絶望で、絶望しちゃうから、決して経験しない方がいいんだけどねぇ。


 その後、しばらくギルドにて待機を命令され、ギルドが落ち着ける部屋を貸してくれた。まぁ、お茶や軽食は自前で出すんだけど、お昼の時間が過ぎちゃったのはどうしたものか。


 結局、お昼代わりの軽食を食べたからそれで済ませるということに。基本的に食べなくてもいいみたいなんだけど、心のリズムを崩さないようにするための食事だからねぇ。


 しばらくは動けないと言う事で、銃弾をマガジンに詰めたり、さっきの魔人との戦いを思い返しての反省会となった。


 今回はトーイが上手く連携出来なかったのが問題だと本人から提案されたけど、俺たちもトーイがどのタイミングで入ってくるかを想定出来なかったと言う事も有り、とりあえず全員の課題だと言う事になった。


 当然ロッカクが拗ねたけど、もし、魔人が外に飛び出した場合はロッカクのおもちゃで牽制してもらいつつ、俺たちが攻撃していたと言う事で、ロッカクのおもちゃとサヨのフーちゃんモードとの連携も課題になった。


 「はぁ。結局、わたくしは出遅れた分、足手まといになってしまいますねぇ」


 今度はトーイが拗ねた。


 「それについては大丈夫というか、遊ばせてはもらえないというか、そのうち背負わさされる可能性がある、としか言えない、かな」


 「ああ、妖精のあの世界で、トーイのパワーアップがあると考えるんですか?」


 サヨが俺の考えを読んだ様に発言。


 「ああ、ロッカクのおもちゃも、今のままではなく、もう一変化有りそうな気もするしね」


 「え、なら私も?」


 「たぶん。サヨにしてもロッカクにしても、使いこなしているとは言えないと思うんだけどね。そこら辺、天と地竜はどう見る?」


 「有るかも知れぬし、無いかも知れん。無駄な期待をせずに、現状で力を伸ばす努力をした方が確実だろう」


 「あ、確かに。皆ゴメン。変な方向に持って行きかけた。ホントゴメン。まずは自分の素の実力だよねぇ」


 まぁ、この中で自分の実力が一番無いのが俺なんだけどね。


 そこからは、まず自分の弱点を知り、それをどうやって克服するかという、あまり現実的では無い議論に突入した。

 基本的にしっかりと知っておかないとならない事だけど、克服するにはどうするかという所では基礎能力を上げるとかいう漠然とした結果しか出ない話だ。


 連携については、一度トーイだけで戦うのをじっくり見て、何度も、幾種類も見て覚えてから、少しずつ介入していく戦い方をしてみようか、というのが方針になった。完全に決定すると、その状況に合わない場合に痛い目に会うだけだからね。


 「今のところは別だけど、近い将来、トーイにはタンクを担当してもらいたいからね」


 「えっとぉ、敵の攻撃のターゲットになり続けてぇ、見方に攻撃が行かないようする役割ですかぁ?」


 「敵というか魔獣たちも個別の判断能力を持っていて、その場その場で攻撃の順番なんか関係なしに攻撃してくる事がほとんどだから、ヘイトという概念は無いだろうね。でも目の前でチラチラ動かれて攻撃をしても避けられてバランスを崩すだけ、ってのを繰り返されるってのは面倒なモノだからね」


 避けタンクとかいう言葉もあるらしいけど、格闘技系の戦い方をするトーイには向いていると思う。

 今までの基本は二枚アタッカーだったけど、それを少し変えたって感じで、これなら対応の変化も少なくて済むかな、と期待。


 後は、実際に試してトライアンドエラーを繰り返して磨いていかなければならない、という極当たり前の結論になった。


 互いに交わす言葉も無くなり、場はマッタリモード。ウツラウツラしていたり、ひたすら刃物を磨いていたり。


 で、漸くお迎えが来て、城ではなくシラク卿の屋敷へと馬車移動。


 シラク卿の屋敷は何故か分不相応という言葉が出るような立派さで、とても小太りの爺の屋敷には見えなかった。

 でも、通された中は小太りの爺に似合いの様相。金ぴかとは言わないが、ゴテゴテした装飾が過剰な、何の目的で作られたのか判らない置物ばかりだった。


 趣味は悪すぎてとても比較にはならないが、城と比べてかなり金を掛けているなぁ、という印象だ。簡単に言えば無駄金使いだな。


 通された居間、というか会議室? 談話室? という印象の部屋の中は三つに仕切られ、奥の上座に当たる場所にデカイテーブルにまるで絨毯か? とも思えるテーブルクロスが掛けられている。

 次に中間部分には、日本の一般家庭に置くテーブルセット並みのテーブルを二つ合わせた様な細長いテーブルと、おざなりなテーブルクロス。そして最後に椅子と小さめなサイドテーブルだけ。


 明らかに身分差を意識した配置で、もしかしたらこのシラク卿って、貴族とは言っても低い身分からの成り上がりだったのかな?

 屋敷の中の成金趣味からも、商人からの賄賂で私服を肥やして、偉くなったつもりなんだろう。前日の魔人襲来やミィとの一連の騒動でも見かけなかったから、国にとっては重要ってわけでは無いだろうしね。


 当然のように俺たちは下座。


 ありあわせのサイドテーブルと椅子だけの場所に通されるが、座らずに立ったまま待機した。


 一応、俺たちのマナー感覚だと、家主や代表が椅子を勧めるまでは座らない、と言うのがエチケットだったはず。まぁ、今回は喧嘩を売りに来たんだから座るはずも無いけどね。


 俺の小銃は肩に掛け、ロッカクの杖は背中に貼り付けている。サヨだけは刀をアイテムボックスに入れているが、ダンジョンで手に入れた鉈を袖に隠しているのは見て知っていた。


 中間の位置にはギルマスと、ギルマスに指示していた偉そうな人。そしてシラク卿と一緒に居た商人らしき男。


 上座にはシラク卿本人らしき太め爺が中心よりもやや左側の位置に座って、中心を開けている。


 そして、そこでも少し間を空け、今度は国の王である女王陛下が登場。旦那さんと魔法省の人とか、魔人騒動の時に女王陛下と一緒にいた重臣たちと一緒に入ってきた。

 あ、ミィもいる。


 その人数に慌てたのがシラク卿で、そこまでの人数が来るとは思っていなく、用意していた席が足りないと叫びそうになっていた。そこに旦那さんが待ったを掛け、人数を知らせなかったこちらの手落ちだと言って、終わるまで立っていると宣言した。


 それならと、シラク卿はその場に座り直した。


 おいおい。既に自分より偉い立場を迎えておいて、その陛下に椅子を勧めることもせず、自分よりも身分的に高いはずの旦那さんや重臣たちを立たせたまま座るなんて。


 俺は王侯貴族の儀礼なんて全く知らないし、まして異世界なんだから作法も変わるだろうけど、それでいいのか? と言いたくなる。


 中間の位置のテーブルでは、商人は座ったままだけど、ギルマスとギルドの偉い人は立って、陛下や重臣たちに深々とお辞儀をしている。


 ああ、教育って大事なんだよなぁ。


 と、どうでもいいことを思ったりした。


 「皆、背を起こし傾聴せよ」


 いきなり女王陛下の宣言。


 シラク卿と商人以外は立って、背筋を伸ばして聞いている。


 「此度、私アリーシャ・マコナム・アー・レイシャス・十四代・七世は、ゼンチェス王国の王として、ここに謝罪の気持ちを持って参りました」


 いきなりの謝罪宣言。何もしないうちに戦争に負けたと言っているようなモンだけど、女王陛下としてそれでいいの?

 周りの目も、驚きを通り越して真ん丸になっている。目玉落ちるよ。


 で、その陛下の言葉に超勘違い野郎が反応した。


 「これは、これは、陛下自らが謝罪に来られるとは、私も鼻が高いというものです。此度の件、しっかりと咎を与えねばなりませんな」


 そこで、ようやく椅子から立ち上がった。実はまだ、自分がどれだけ無礼を働いているか判っていない様だ。


 「おお。そうだ。陛下には、私が懇意にしている商人を紹介しておりませんでしたな。ここにいるゴーラッドなるものが、ギルドから直接買い入れを行い、我が国を潤してくれているのです。ゴーラッド、ご挨拶を」


 「はっ。私目は商人のゴーラッドと申します。シラク卿には目をかけていただき、お世話になっております。もし御用の節がありましたら、何なりとお申し付けください。いかなるモノで有ろうと、御用立ていたしますので」


 言うべき事は言い切ったとばかりに、二人はそのまま、極当たり前の様に椅子に座り直した。


 その時点で、椅子に座っているのはその二人だけだ。


 女王陛下は、シラク卿の言葉など耳にも入れたくない、という感じの表情をしたが、何とか持ち直したようだ。


 「まずはギルドマスターならびに、ギルド相談役エレルルに確かめたい事があります」


 「はっ、何なりと」


 言葉を返すエレルルと無言でお辞儀するギルマス。


 そこで女王陛下は旦那の方を向くと、旦那が書状を両手に持って一歩前に出て、その内容を読み上げる。


 「ギルドマスターならびに、ギルド相談役エレルルに確認を取る。

 ギルドではダンジョンに挑みし冒険者が得た物品を例外なく全て買い取っているという。それに相違ないか?」


 「相違ございません」


 「ギルドが買取し物品を競売にかけて、商人に売っているのは相違ないか?」


 「相違ございません」


 「ダンジョンに挑みし冒険者が得た物品で、冒険者が売りたくないと申し出た場合はなんとする?」


 「ギルドの決まりによりまして、例外なく、全て買取となります」


 「その買取の規則は、何時より行われるようになった? 城の記録によれば、十年前より突然現れた規則となっていたが?」


 「お、恐れながら申し上げます。ギルドにはギルドの規則というものがございまして、その内容については国に相談することはありましても、依存も強制も無いという理念によりて決まっております」


 「国にギルドの決定に関する異議申し立てがあるわけではない。初めに言った。確認したき事があると」


 「は、はい」


 国とギルドは相互不干渉。互いに頼ることはあるけれど、互いに縛られる事は無い。コレはギルド創設者が貫き通した理念だ。

 そのため、緊急時に城から冒険者に『緊急依頼』という救援要請を出すことが出来るし、逆にギルドの冒険者を国に住まわせたり、門の出入りの制限を無くしたりもしている。持ちつ持たれつ、だけど干渉しない。


 エレルルはその理念が守られているのなら、ギルドが何をしようと国に指図されない、という事にほっとしているようだ。


 「お答えします。その規約は八年ほど前より採用させていただいているギルドの規約になります」


 「その規約の意味はいかに?」


 「冒険者の持ち帰ります物品を等しく買い取ることにより、冒険者の資産の潤滑なる確保を目指しております。コレにより冒険者の生活を守るのが目的になります」


 「もしも、新たな階層で、新たな物品を得たのなら、それに対してどのような金額を提示する?」


 「それはもちろん、相場を見まして、ふさわしき金額を決めさせております」


 「全く新しいモノなのに、相場とな? どのような相場なのだ? もし、それを得た冒険者が売りたくは無いと申した時はいかがする?」


 「あ、は、はい、そ、それは。全く新しいとは言いましても、似たような物はございますから。そ、それに、全体としてそれで成り立っておりますので、一人の冒険者の我侭でギルド全体の冒険者の益を損なうのもいかがなものかと」


 「例えば、激しく戦い、死した冒険者の形見になったモノでも、すべて提出しないとならないのか?」


 「そ、それは…」


 「さらに、それらがダンジョンで得たものとだと、どうして断言できるのだ?」


 「それは…」


 「では、最後の確認である。ギルドに買い取られた物品は商人に卸されるそうだが、まさか一人の商人か、その商人の息の掛かった商人たち、だけでは無いと、不当取引になるはずだな。現在、取引がある商人は何人いる? それらは利害的に繋がっていないのが条件ではあるのは当然として、何人が同時に値をつけて買い取っている? 答えよ」


 「………」


 エレルルというギルドの相談役は、答えられなくなって冷や汗ダラダラで固まっている。


 「エレルルが答えられないとするならば、ギルドマスターよ、答えよ」


 「は、はい。どのような場合でも、ギルドは強制的に買い取っております。本当にどのような場合でも。それに従えない場合は冒険者資格を剥奪したうえ、ダンジョンなどにも二度と入ることが出来なくなります」


 「では、ギルドは、ダンジョンで得られた物品を全て資産にしているのと同義だと言う事でよろしいか?」


 「はい。それ以外に答えようもありません。そして、卸している商人に関しては、そこにおられるゴーラッドのみとなっており、販売を独占している状態です」


 「な、何を言いますか、ギルドマスター程度の存在で!」


 「黙れ! 陛下の御前にて質疑中である!」


 旦那さんの、腹から響く声でゴーラッドが黙る。まぁ、一緒にいた兵士が立てていた槍をゴーラッドに向けたってのもあるけどね。


 その後、少しだけ旦那さんたちと陛下で打ち合わせがあった。まぁ、いきなり自白ってたからねぇ。まぁ、ギルマスにとっては一番穏便に済ませるチャンスだと思ったんだろう。


 「では、ギルドの帳簿とゴーラッドの店の帳簿を押収し、どの程度の不正会計があったのか確認することにします。さらにシラク卿!」


 「わ? わたしか?」


 「あなたについても全ての金銭の入出金に関する帳簿を提出するように命令いたします。これは国としての命令であり、逆らうことは反逆罪にあたります」


 法律が緩いところは、こういうところで便利だねぇ。まぁ、緩いからこういう小悪人が生まれるんだけどねぇ。


 「さて、ここまでがギルド経由での税金逃れの調査です」


 ああ、なんと、単なる脱税調査だったとは。驚きだ。


 「国はギルドに干渉しない。その大前提は普遍です。ですが、収めるべき税を誤魔化していたのなら、それは干渉ではなく、立派な反逆行為です」


 国民であれば国からの干渉は受けるけど、脱税は普通の犯罪という事で、罰金や量刑という事にはなる。けど、相互不干渉であるギルドなら脱税は反逆行為になって、場合によっては死刑もありえる立場という事になる。

 簡単に言えば他国に入って商売している外国の商人で、しかも相互不干渉という特別待遇を貰っているのだから、脱税なんかの協定違反はスパイ行為とか工作員扱いされても仕方が無い、というわけだ。


 「ギルドに関しての処置は後ほど協議するとします。次にケンタ殿たちの事ですが」


 あ、まだやるんだ? もう病原菌はハッキリしたからいいような気がするんだけどねぇ。実際、飽きたから帰っていい? って聞きたい。いや、マジで。


 ため息を一つ。あ、幸せが逃げていく~。


 仕方なく俺は一歩前に出て、一度女王陛下にお辞儀をする。


 そして、ギルドのエレルルの方向を向く。エレルル自身は、もう青い顔を通り越して紫っぽい色になっている。生きてる?


 「まず、俺たちは、ギルドの管理していないダンジョンへと赴いて六十の層を越えてきた。そこでは、大したモノは出てこなかったが、大き目の魔石ぐらいは得ることは出来た。ここら辺の魔獣を倒して得られる魔石の二倍から三倍ぐらいの大きさだな」


 そこで俺はアイテムボックスから二つの魔石を出して、左手で片手お手玉をした。


 「俺はダンジョンに入った、とは言ったが、そこはギルドが管理している場所では無かったし、ギルドはその所在地にも心当たりが無い場所だった。そんなダンジョンに俺が入ったと言う事で、ギルドは俺に得たもの全てを出せと言ってきた。

 管理もしていない、場所も知らないダンジョンに、本当に入ったかもわからない状態でドロップアイテムを出せと言って来た訳だ。

 これを、俺は宣戦布告、脅迫行為、喧嘩を売ってきた、と捉えた」


 「そ、そんな事は無い! 我々は決まりに従って…」


 「その決まりって、一人の商人が独占して、ギルドのシステムを利用して儲けるために歪めた決まりだろ? しかも、ギルド自体は儲けることも出来無いのに、何故か役員様は儲けちゃってると言う不思議な現象付きだったよな?」


 「…………」


 「で、だ。この魔石って、とある魔獣の脅威に晒された国で、身を守るために必死で作り上げた『騎士』と呼ばれる魔道具を動かすのに必要なモノなんだよね」


 「騎士?」


 これは陛下の側近の仲から聞こえた。


 この国で『騎士』と言えば、人間が中に入っている鎧の戦士で、主に馬を駆って王家のために戦う剣士だろうしねぇ。


 「ロッカク、そこの窓から外に出て、騎士を一体出してくれないかな」


 ロッカクも飽きてきたんだろう。さくっと動いて窓から飛び出し、窓から良く見える位置にアレンストの『騎士』をアイテムボックスから出した。


 それは、五メートルほどの機械でできた人型の巨人。


 鎧を着た人間の『騎士』に雰囲気は似ている。


 「あれが騎士。あれより大きい魔獣がしょっちゅう現れる場所で、国を守らなければならないために、少ない資材をやりくりして作り上げた道具だ」


 「ふはははは。語るに落ちたな。なにが騎士だ。お前はダンジョンであれを得て、売り渡したくないから喧嘩を売ったなどと虚言を吐いているだけに過ぎぬであろう!」


 商人のゴーラックが狂ったように叫んだ。


 「そうだ! 欲に目がくらんで、あれを我が物としたかっただけであろう! この逆賊目が!」


 今度はシラク卿まで騒ぎ始めた。判って無いよなぁ。


 俺は再びため息を付く。


 「なぁ、そこの豚と強欲商人。聞こえるか?」


 「なっ!」「何がぶただぁ!」


 「ダンジョンでドロップ品を買い漁ったんだろ? なら少しは知っているんじゃないのか? ドロップ品は、それを出す魔獣よりは、やや弱いモノしか出さない、ってのを」


 魔獣の力と同等のモノは、ついぞ見なかったなぁ。


 「俺たちは、あれをドロップするような魔獣とは戦ってないよ。戦って勝てるようなら、俺たちってどのくらいの力を持っていると思う?」


 「あ、あ、あ」


 「アレは、アレンストの人たちが作り上げた道具だ。そして、アレンストにはまだ何体もの『騎士』がいる。アレンストの戦士にとって、騎士に乗るのは一種の憧れらしいよ」


 女王陛下のデコに、脂汗が滲んでいる。俺の言った意味が判ったようだ。


 「俺はダンジョンに潜った。でも、そこは山を三つ以上越えた先で、魔獣のレベルもぜんぜん違う場所だった。あんな所を国の領土です、なんて逆立ちしたっていえないほどだったな。で、この国とは関係の無いダンジョンで、アレンストの騎士に必要な魔石を集めてきたわけだ。

 つまり、俺は友好でもなければ敵対関係でもない他国の者だ。その俺に対して難癖つけて喧嘩を売ったわけだ。判るな?」


 そこでロッカクに手を振って、片付けて戻ってもらう。下手に持ち逃げされたらたまらないからね。

 いや、戦えば俺たちが余裕で勝てるんだけど、せっかく改造したんだからねぇ。


 「さて、女王陛下。陛下はアレンストと敵対関係となることを望むか?」


 「いえ。出来うるならば友好関係を築きたいと存じます」


 「もし、俺とギルドが戦争状態になった場合、ゼンチェスとしてはどのように動く?」


 「ギルドとは相互不干渉の関係であり、先ほどもギルドによる国に対しての反逆行為が露見したばかりなので、何処と戦争を行おうとも一切手を出すことはありません」


 「だけど、もしギルドを攻撃する際に、周りの国の施設や一般人の住居などを破損した場合はどうする?」


 「その場合はギルドに全面的に請求しますので、その件で国がケンタ殿に対して事を起こさないと誓いましょう」


 「ありがとう。これで心置きなくギルドと戦争が出来る。では」


 と、ギルド関係者を見ると、二人とも腰を抜かしていた。あ、エレルルの方は失禁かな。


 そして、何かを言う前にギルドは完全降伏を宣言した。

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