02 エリア2
この物語は 妄想おとぎ話です
現実での 人生教訓には 一切貢献しませんので
自分探しの旅は 自分で探してください
初討伐のインフォメーションによって、始まりの町の掲示板は荒れに荒れた。
ボスを倒す事が出来る、という朗報ではあったが、その倒し方を本人から聞き出し難いという状況になったからだ。
討伐した本人はエリア2に居る。
自分たちはエリア1で、ボスを倒さないとエリア2へと行けない。結局聞く事が出来ない、と言うわけだ。
一部では討伐したプレイヤーを捜す方法などが議論されたが、誰もフレンドが居ないと言う事が判り落胆の声が響いている。
実はフレンド登録してあるのに、情報を共有したくないので黙っているプレイヤーが居るのではないのか? という、疑心暗鬼まで飛び交っていた。しかし、攻略状況が表示されるシステムが追加され、いつまで経ってもエリア2に居るプレイヤーが一人のみという事態が続き、情報秘匿を疑うよりも攻略に力を入れた方が得だという方針に戻っていった。
未だ、エリア1のプレイヤー達は、剣の鋭さと力強さにこだわり、負け続けていた。
そんなエリア1の状況なんか知る方法もない俺は、エリア2の町に到着していた。
町までは何事もなく、見かける動物類も安全圏なら無視され、射程圏だと逃げられる、という状況だった。
基本的に、キツネや数匹の山犬、狸、小型の猪のような動物ばかりで、難易度が一気に上がらなくて助かった感じだ。まぁ、前よりも射程がシビアになって、普通の魔法や弓なんかじゃ、戦いにすらならない、って方向に向かったわけだけどね。
始まりの町よりも、やや大きいか? と言うぐらいの、ほとんど似た様な感じの町に入り、まずはギルドを目指す。ギルドの場所も見た目も似た様な感じだった。よく見ると、微妙に違ったりしているんだけどね。
ギルドで討伐報酬を受け取る。
初討伐報酬、百万G。
単独初討伐報酬、百万G。
グレートワイルドベア(未解体)十万G。
一気にお金持ちになっちゃった。まぁ、気分的にはもっと貰っても良い様な気がするけど、所詮はエリア1のボス。これでも、奮発してもらった方だろう。
デスペナが怖いので、一応百万Gはギルド貯金しておく事にした。
次ぎに武器屋に向かう。エリア1では、薬屋で店主に注文すると、硝石や硫黄が手に入った。ならば、武器屋では? という疑問があったので、色々試してみるつもりだ。
そして武器屋に到着。
店主に、バズーカ砲は有るかと聞いた。
「なんだい? そりゃ?」
どうやら無いようだ。現実ならここで折れて諦めてしまう所だが、所詮はゲーム。ドンドン試してやろう。
と、言う事で、ロケットランチャー、戦車砲、RPG,対戦車地雷、グレネードランチャー、ガトリング砲、と聞いていった。
結果は「なんだい? そりゃ?」って事で、全部無かった様だ。
打ちひしがれながら、最後に「銃はあるかい?」と聞いたら。
「ああ、いくつかあるよ」
と言って、奥に取りにいった。
やった。言ってみるモンだねぇ。
そして、店主が持って来てくれたモノは、西部劇でお馴染みの、回転するシリンダーが特徴の拳銃だった。
オートマチックと呼ばれる、握りの部分に縦に弾を収納する機構の銃は無かった。
銃とかは詳しくないので、並べられた拳銃を見て、シンプルで頑丈そうなのを選ぶ。
俺が選んだ銃は、357マグナムと銃身に書かれていた。
うん、有名な銃だよなぁ。強力すぎるとか言われていたけど、このゲームワールドなら、それぐらいが良いのかも知れない。
値段はマグナムが一丁七万G。弾が千発で五万Gだった。
いくらゲームとはいえ、一般人が気軽に銃を買える某米の国でのセール価格と同じ、ってのはどうなんだろうな。
結局、銃を四丁、ホルスターを左右分、弾を二千発、銃のお手入れセットを購入した。締めて四十四万G。
二丁はホルスターに収納し、残りの二丁はシリンダーに弾を込めておいて、アイテムボックスに格納した。
早速試射だ。
俺はオモチャを買い与えられた子供の様にウキウキしながらフィールドへと向かい、獲物が居ないかと探し始めた。
こういう時って、なかなか見つからないモノなんだよなぁ。
それでも獲物を発見。銃を両手で構え、スタンディングスタートの格好をとる。魔法の射程外から狙いを定め、安全装置を外し、撃鉄を起こして引き金を引いた。
バンッ!
思わず、両腕が跳ね上がった。
撃つ前に、スタンディングスタートの格好をとっていなければ、後ろに押し倒されていたかも知れない。
まぁ、どのくらいの衝撃かが判れば、普通の姿勢でも後ろに倒れる事も無いだろう。でも、腕が跳ね上がるのは、力を付けなければ、しばらくは抑えられないかも知れないな。
そして狙った獲物を見る。
キツネだったんだが、走り去っていく後ろ姿しか見えなかった。
つまり、ハズレ、って事だね。
これは、練習しないと当たらないんじゃないのか?
俺は足下に石を組んでちょっとした台を作った。その上に、草を束ねて縛っただけの草の塊を置く。これが標的だ。
そして、的から十メートルほど離れて、銃を構えて狙いを付ける。
引き金を引くが、草の塊は微動だにせず、空しい銃声だけが空に消えていった。
それからは、ただ、ひたすら、銃を撃ちまくった。あまりに頻繁に撃ったせいで、撃鉄が焼き付いてしまったのは、笑えない冗談だった。
一応、お手入れセットで洗って磨いておいたけど、歪みが深刻なら買い換えも必要かもな。
アイテムボックスの銃と交換し、今度は焼き付けないように、銃自体を交換しながら撃ちまくった。
気が付けば日が暮れかかっている。まだ銃に自信がつかない状態だから、夜のモンスターとの戦闘は避けるべきだよね。
俺は銃に弾を込め直し、町に向かって歩き出した。
足下に溜まっていた空薬莢は、いつの間にか消えていた。ゲームで良かったなぁ。
町に到着した所で今日はログアウト。次ぎにログイン出来るのは明日の夜になるかな。
そして、次の日もひたすら銃の練習をしていた。
実は、ギルドの地下に練習場があり、弓矢の練習場の隣りに、しっかりと銃の練習場が存在した。
銃の練習場の方は利用料を取られたが、今のリッチな俺には微々たるモノだった。
まぁ、利用料が掛かるのは、弾丸が無限供給されるのと、的が任意で交換出来るシステムだったので、超お得価格なんだけどね。
銃自体は持ち込みになるし、温度はどうしても高くなるため、買い足した分と合わせて、四丁の銃をローテーションさせている。
実はログインする前にネットで銃の手入れの方法を調べたら、分解掃除のやり方や、簡易的な手入れの仕方などが見つかり、それを覚えるのも大変という有様だ。
この練習が終わったら、俺、銃を分解整備するんだ。
っと、ちょっと現実逃避。
それから、ゲーム内時間で約半日ほど撃ち続けていたら、少しは狙いがつけられるようになってきた。
これは腕のSTRと銃を扱うDEXが上昇した、って事かな。
五十センチ四方の的の真ん中を狙うと、的の端の方に当たるようになってきた。それも十メートルの距離で。
今日中に中心から十センチ以内に入るかな。
いや、目標にしよう。かなり続けて来て、モチベーションが下がってきたから、目標があるのは良い刺激になるだろう。
無理矢理自分自身を納得させて、またひたすら撃ちまくる。もちろん、一発、一発、しっかりと狙いを定め、銃の照星と照門と的の中心を合わせるのも忘れない。
何百発も撃ってきて、その姿勢が安定してきた実感もある。
そして、極々稀にだけど、真ん中の黒星にかするようになってきた。
ほとんどは的の端にばらけるんだけど、本当に偶に真ん中付近に穴を空けている。
そうなると、ちょっと楽しくなってくる。まぁ、本格的に楽しもうとした所で時間切れ。予定していたログアウトの時間になったし、気が付けば腕が痺れていた。
一度、腕の痺れを意識すると、もう、銃を握る事の出来なくなった。
一応、普通に動かすぐらいは出来るけど、戦闘行為は無茶だろう。
と、いうことで、練習場の端に行き、テーブルを借りて四丁の銃を分解整備する事にした。お手入れセットには金属製のトレイが一枚だけ付いてきていて、そこに分解した銃を置いてさび止めのオイルを塗っていく。そして、銃身の内側のススを、コップ洗いブラシの細長い感じのヤツで落とし、目の粗い布で残った汚れを落としていく。
そして、仕上げに目の細かい布で丁寧に磨いて、組み立てたら終了だ。
基本は、ススを完全に落として、さび止めを丁寧に擦り込む、って感じだな。
この作業を四丁分続けて、終わったら練習場を出てログアウトした。
次の日も一日中、銃の練習場で撃ちまくった。
まだエリア2には俺一人なんで、NPCを気にしなければ気楽に失敗もできる。その気楽さもあってか、銃の腕も上がってきたようだ。
的との距離を二十メートルにしたけど、五十センチ四方の的に、ほぼ当たるようになってきた。
真ん中は無理でも、的の何処かにはしっかり当たっている。
まぁ、かなり落ち着いて、じっくり時間を掛けて狙いを定め、納得した所で引き金を引く、という行程が必要だけどね。
だいたいの所はこんなモノだろうと納得した所で、昨日と同じように銃を分解、隅々まで汚れを落として組み立て直し、練習場を出てログアウトした。
次の日は、銃を使った本格的な狩りをしてみるつもりで、ログインから直ぐにフィールドへと出た。
ウサギだと的としては小さ過ぎるからと、狙いは猪や鹿などと決めていた。まぁ、そう言う獲物が居るかも判らないんだけどな。
こうしてみると、エリア1に居た連中のような、ゲームを調べ尽くすという行為も必要なのかも知れないな。
まぁ、ただ単に、俺が面倒くさがっているだけなんだけど。
そんなこんなで、前方30メートルぐらいの林の中に、小さめの猪を発見した。
猪型をしている動物。と言うだけで、それが魔物なのか、単なる野生動物なのか、何者かによって造られたクリーチャーなのかも判断出来ない。
たぶん、場所的に単なる野生動物なんだろうけど。
でも、やはり、先駆者である人柱たちの情報収集ってのは侮れないんだなぁ、っと、改めて感心する。今は、俺がその先駆者なんだけどね。
早く、後続組が到着しないかなぁ。そろそろ、寂しくなってきたよ。
兎に角、今までの練習の成果を確かめるために、ゆっくりと二十メートル以内にと近づいて行く。それ以上だと、俺の腕じゃ当たらないからなぁ。
風はほとんど無風。時々、真横から弱い風が行き過ぎていく。出来れば風下から近づきたかった。贅沢は言えないんで、出来るだけ音を立てないように歩を進める。
そして、何となくだけど、二十メートルの範囲内に入った感じがした。まぁ、俺の目測が正しければ、だけどね。
そこで銃を構え、呼吸を整えて撃鉄を起こす。
焦るな、落ち着け、練習通りにやるんだ。っと、自分に言い聞かせる。
銃の照星と照門と猪がぴったりと重なる。
引き金は『引く』んじゃなく、残った人差し指を『握り込む』様に力を込める。
バンッ!
弾が発射され、腕が二十センチほど跳ね上がる。
腕全体が跳ね上げられた頃と比べると、格段の進歩だと思う。
猪は?
見ると、猪は立っている。しかも、こちらに向けて走り出そうとしている。敵対を示す赤いマーカーが見え、これから猪が突進してくるのが判った。
どうやら、致命傷じゃないけれど、当たる事は当たったようだ。
そのため、戦闘開始という事で猪は『逃げる』と『戦う』の選択肢から『戦う』を選んだ事が判った。
逃げないのならラッキーだ。
拳銃は、ほとんどが五メートル以内で活用する接近武器だ。近づいてくれるのなら、こちらが有利になる。
まぁ、俺自身がビビって、上手く戦えない、と言う事が無いようにしないとならないけどね。
猪が走り込んでくる二十メートルの距離のおかげで、一呼吸だけはゆっくりとできた。そして、俺は撃鉄を起こすと、再び猪に狙いを合わせる。狙いは猪の頭。
猪は、頭を突き出すようにして頭突き体当たりを噛まそうとしてくる。その頭に向かって、銃を撃ち込んだ。
バンッ!
安定の銃声が響く。
跳ね上げられた腕を庇いつつ、急いで真横に避難すると、俺の立っていた場所に猪がスライディングしてきた。後半は転がりまくってたけどな。
そして後方に抜けた猪を見ていたが、それっきり動かなかった。
敵対の赤マークは消えている。どうやら、倒せたようだ。
よく見ると、頭の半分が吹き飛んでいた。これは即死だっただろうな。
俺は近づいて倒れている猪に手を当てると、アイテムボックスへと収納した。
同時にアイテムボックスに名前が表示される。
『スモールワイルドボア』
どうやら、このサイズで成獣になる猪だったようだ。これだと、取れる肉も少ないかな? まぁ、ウサギよりは買い取り金額が高いだろう。
と、言う事は、もっと、もっと、狩りをしなければならない、って事だよなぁ。
剥ぎ取りの練習は……。うん、まぁ、やらなくても良いだろう……。
いいよね?
さて、さて、そんな事で、俺は次の獲物を求めて歩き始めた。フィールドで走って移動するなんて暴挙を出来るほど、俺は高レベルじゃないしなぁ。
まぁ、レベルという概念も薄いゲームだけど。
ここで、このゲームについて考察してみた。
このゲームはレベルが無いせいで、レベル差やレベルによる許可、不許可という判断が無い。その代わり、足音や息づかい、身体を動かした時に発生する服の布地などの摩擦音や、荷物の音などが『気付かれる』という判断になっているようだ。
つまり、『気配』というヤツだな。
殺気とか、無の心なんかは、俺自身が判らないので、このゲームではどうなのかは不明だ。
そして、攻略方が判っていれば、全くの初心者でもボス敵を倒せる可能性がある。
これは現実的な話しではある。レベル差で判断され、10レベル以上差が有ればダメージが通らない、なんていう仕様は、ゲームを長く遊ばせるためにゲーム会社が導入したルールだったもんなぁ。
極端な話し、銃を持った五歳児が、屈強な歴戦の勇士を一発で殺せるのが現実だしな。武器が優れていれば、初心者でもボス敵を倒せる、ってのは、俺が証明したようなもんだ。
そのため、武器の供給があからさまに片寄っているわけだ。
試してはいないけど、エリア1では銃も手に入らないと思う。エリア2ではシングルアクションのシリンダー銃のみ。エリア3なら、自動拳銃とか、ライフルとかの小銃系統が手に入るようになるのかもな。手榴弾や地雷なんかは、どのくらいのレベルになるんだろう?
エリア1で攻略に行き詰まっている連中は、刃物を腕力で振り回すのが『常識』と思っているようだ。だから、刃物を人間の力で振り回しただけでは傷つける事が出来ない相手に負けてしまう。
まぁ、一度、現代兵器も『有り』の世界だと気付けば、その後は怒濤の勢いでなだれ込んでくるだろう。
『無理ゲーオンライン』が、それを許してくれるとは思わないがな。
次ぎに魔法だ。
現実には『魔法』なんて無い。でも、このゲームでは『使える』様になっている。なら、この魔法も重要なファクターになりえるだろう。
おそらくだけど、『魔法』でしか倒せない敵がでてくるんだろうな。しかも、通常の魔法では絶対に倒せない、ってヤツが。
俺が火薬という『常識破り』を使って、初めてボスを倒せた様に、魔法を使った『常識破り』を作り出せなければ倒せない、って可能性は絶大だ。
それが、魔法と魔法を組み合わせたモノなのか、それとも、極大魔法なのか、全く概念が無い属性の魔法なのかは判らない。それを、トライアンドエラーで探り出していくのが、『無理ゲーオンライン』なんだろう。
そして道具。
このゲームは、家を建てたければ本物の『大工』になれ、と言っているようなシステムだ。逆に、何処の店にも売っていない物でも、作り出す事が出来る。鍛冶をしている所、木工をしている所、革製品を作っている所に行けば、注文でも作業をしてくれる。但し、その作業所が持っている技術レベル次第だけどな。
鋼の剣を造っている鍛冶工房に、いきなりレールガンを作ってくれと設計図を渡しても、その再現は出来ないだろう。
俺としては、鍛冶工房にパイプの杭打ち出し器を持ち込んで、火薬の点火システムを、無理のない物に作り直して貰うつもりだ。
エリア2の技術力なら、そのぐらい可能な筈だしな。まぁ、連射は出来ないだろうけど、単発のロケットランチャーの様な物なら出来るだろう。
という考察を終え、フィールドを歩き回って今日の狩りを終えた。今日の成果は小型野生猪三頭、野犬三頭だった。野犬はグループだったけど、マグナム銃で撃つと盛大なノックバックで向こうの攻撃がキャンセルされるので、目の前まで襲ってきても冷静に対応出来た。
ちなみに、釣りだったら今日の成果は『釣果』というらしいが、狩りにはそう言った言葉はないそうだ。造語として『猟果』という言葉を使っている所もあるが、基本的に『猟』は一頭ずつ仕留めるので精一杯らしく、複数の獲物を次々に狩るなんてのは現実的では無いって事らしい。
まぁ、アイテムボックスが無ければ、小型とは言え、猪一頭を狩ったら町に戻る事になっていただろうからなぁ。
アイテムボックスの有り難みに感謝しつつ、それでも日が暮れてきたので町に戻る事にした。まだ、夜間のモンスターに対抗出来るほど『狩り』に慣れてきたわけじゃ無いからね。
町に戻ったら、獲物は未解体のまま売り払う。解体した方が、革とか、膠とか、骨や内臓などの、生産系のアイテムが色々手に入るのだが、今は中途半端になるから手を出していない。
薬系統の生産はやってみようかと思っているけど、特に時間を割くつもりは今のところ無かった。
このゲームなら、そのうちガッツリとやらないと攻略出来なくなるんだろうけどな。
兎に角、まずは武器屋に行って、銃の製造を行った鍛冶工房を紹介して貰う。鍛冶工房では俺の注文を真剣に聞いてくれて、火薬と杭をセットした短いパイプを、発射装置が付いたパイプにセットする、という方式を考え出してくれた。
考えたと言うより、留め金を溶接してくれた、ってレベルだけどな。
でも、これで手が火傷で使い物にならなくなる、という事も無くなった。
パイプの前方、約三分の一ぐらいの所に握りと引き金を付けて、肩に担ぐバズーカ砲の様に使用する。
基本的に単発で、戦闘中はセットされたパイプを次々に使い捨てて攻撃していくスタイルになる。時間に余裕があれば、自分で火薬と杭をセットし直すのも簡単だ。
これを十本注文した。
杭も地面に突き刺す物じゃなく、狩りに使えるように先を鋭くし、尖端以外はパイプ状にして、幾つもの穴を開けてある。
半分以上突き刺されば、出血が止まらないという鬼畜仕様だ。
杭は全部で三十本。それ以上は他の仕事を大きく割り込むので勘弁してくれと言われた。
それから、革製品を取り扱う道具屋に行き、頑丈なグローブを購入した。
これは特に注文が有ったわけではないので、店売りの中で選んで購入しただけ。これで、自分の撃った魔法で、自分の腕を傷つけると言う事が少なくなった、と、思う。
これで一通りの準備が出来たかな。
このゲームは食事を摂る事も出来るし、食事する物によって、色々な『効果』を得る事も出来る。ゲーム的に『バフ』と言われる効果があり、一定時間、攻撃力が上がったり、毒が効かなくなったりなどなど。得られれば、ゲーム攻略にとても便利ではあるけれど、どの料理がどんな効果が有るかも判らないため、行き当たりばったりになったりもする。
このゲームでは、特にバフの効果が判りにくく、微妙な変化なら上がったか、下がったかも知る事が出来なかったりする。
しかも、一定時間で腹が減り、ある程度以上で力が出なかったり、ヒットポイントが減っていくような空腹システムは採用されていない。
そのため、摂る必要が無く、効果も判らない食事に手間を掛けるよりも、物を作ったり、狩りをしていた方がお得だと言う事で、ほとんど冷遇されている。
でもきっと、食事によるバフが無ければ攻略出来ない場所かボスが居るんだろうな。このゲームなら有り得る。
まぁ、それは兎も角、時間と余裕がなるのなら、心を落ち着けるために『食事』をしてみるのも良いだろう。
俺は目に付いたレストランに入り、三千Gの三百グラムステーキセットを注文した。
う~~~~~ま~~~~~い~~~~~ぞ~~~~~!!!!
思わず、巨大化して、目から怪光線を発しながら町の中を走り回ってしまいそうになるほど美味かった。
もしくは、十八禁表現とも言われるほどうっとりとした表情で美味しさを表現してしまいそうになるほど美味かった。
これは、バフ効果とか関係なく、食事は摂っておいた方が良いな。繰り返し作業でストレスが溜まっても、この食事だけでストレス発散になる。
ゲームという名の遊びなんだから、楽しめないと意味無いだろう。
良い気分になった所でログアウト。これからは、フィールド上でも食べられる弁当とかも気にしていこう。
そんな事を考えていたんだけど、次の日は現実の方の用事が片づかなくて、夜遅くになってしまったためにログインする事も諦めた。
一応、その次の日には用事も片づき、スッキリとした状態でログインする事が出来た。
相変わらず、町には俺以外のプレイヤーは居ない。
まだ、恥ずかしい失敗を繰り返しそうな状況ではあるので、もう少しだけ、この状態が続けばいいな、という気持ちが大きいけど。
そして、今日は魔法の練習をする事にした。
当然、普通に魔法を放つと言うわけじゃなく、MMORPGのゲームとしての『常識』を打ち破ったモノを作り出さないとならないわけだ。
まずは、基礎級の魔法を越えるモノを探さないとならないな。
魔法は『属性名』に『状態』の組み合わせだ。
そのおかげで、知りもしない『ファイアー バーン』という魔法が使えた。これの応用で、火の属性の別の使い方が出来る魔法を探したり、作り出したりしないとならない。
一応、昨日のうちに英語を調べまくったりしている。今日はそれを試すつもりだ。
まずは火柱。英語表現だと、ピラー オブ ファイアーとなるけど、ここでは、『ファイアー ピラー』だろう。
次に、炎の鞭『ファイアー ウィップ』。
炎の嵐『ファイアー ストーム』。
炎の壁『ファイアー ウォール』。
炎の雨『ファイアー レイン』。
炎の溶鉱炉『ファイアー ファーネス』。
……………………………。
おかしい。
全部成功しちゃったよ。
ちゃんと頭の中で想像してたのと同じか、ほぼ同じ状態で出現した。
つまり、魔法の起動に英語表現の『言葉』が必要だけど、基本的には頭の中で想像した事が実現出来る、と言う事だろうか?
いくら、バーチャルの技術だからと言って、思考を覗き見されているようなモンだな。いや、技術的に可能だとしても、常時監視するのは無理なはずだ。それに、雑多な思考は読み出せてもほとんどがゴミデータにしかなら無い。
なら?
たぶんだけど、魔法を使おうとゲージを貯めている時にだけ思考を読み取っているか、もしくは魔法の名前を言う時にだけ読み取っているか、だろう。その状況なら、思考の方向性も判っているから、読み出すのも楽だろうしな。
それだけならば、実害が有るわけではない。
思考の常時監視も可能なバーチャルゲームなんて、ちょっとしたホラーになりそうだ。で、こういうのは、ゲーマーの人柱たちが検証して、問題が有るのなら騒いでくれるだろう。
俺?
もちろん、一人のプレイヤーとして、遊ぶだけですよ?
面倒事は嫌いだからねぇ。
と、納得した所で、魔法の検証に戻ろう。
今回発動させた魔法の威力はそこそこ、か、思っていたほどは強く無さそうな感じだった。これは、ステータスが足りないからだろうな。
回数を増やすか、実戦使用を繰り返せば、威力も上がっていくと予想出来る。
まぁ、ここまでは、きっと、エリア1でくすぶっている連中も気付いているのが居るだろうな。居なくても関係ないけど。
そして、ここまでのモノでは、魔法特化の敵にはダメージは与えられても、倒しきるのは難しいだろう。
物理で叩く、というのが無理なら、これだけでも仕方ないのかも知れないけど。
六人パーティとかなら、イケルかも? 同じボス敵を六回倒すとかする余裕があるのなら、パーティも有りなんだよな。
ソロだと、やっぱり『常識破り』をしないとならないだろう。
あ、テイマーなら出来るか。でも、普通の、野生の猪に魔法を使え、ってのは『無理ゲーオンライン』でも無茶振りだろうなぁ。
テイマーの方は、魔法を使うフィールドモンスターが出てくるまでは保留だな。召喚術とかは判断不能。呪文だけで出来るのなら良いが、魔法陣とかが必要なら、何処かで『文献』を手に入れないと実現不可能だろう。
と言う事で、ソロで魔法の『常識破り』の方向で考えを詰めよう。
火の魔法に別の魔法を組み合わせるのは出来る事なのだろうか? まずはその検証として、二つの魔法を同時に出す方法を模索する事にした。
使うのは火の魔法と風の魔法。
火の魔法『ファイアー バーン』と風の魔法『ウィンド ショット』を同時に撃って、炎の勢いを増幅出来ないか、色々試してみる事にした。
まずは片手で。
で、簡単に失敗。手には一つのゲージしか現れなかった。
次ぎに両手で。
で、両手にゲージは出来たけれど、発動のためのトリガーを唱える時に失敗に気付く。一つの口で、二つの言葉を同時にしゃべるなんて無理じゃん。
タイミングをずらすように放って、的に当てる時に一緒になるように、とかも試したけど、単に火に風が当たっただけという感じになった。
一応は、炎の勢いは少しだけ増したけどね。
要は、二回に分けるから上手くいかないんであって、同時にすればいいんだよな。
俺は左手にゲージを出し、風に吹かれて勢いを増した炎を想像する。そして、トリガーである魔法名を唱えた。
「ファイアーウィンドー バーンショット!」
まさに、劫火とも言える炎が渦巻き、一瞬では有るけれど、周囲を焼き尽くした。
お、驚いた…。
本当に一瞬ではあった。でも、その一瞬で、的にした岩の周りは焼けこげ、岩自体は真っ赤に光っていた。
いわゆる、溶岩状態だな。
この炎に晒されたら、通常の生物は即死なんだろうな。
逆に、敵がこの魔法で攻撃してきたら?
俺は、魔法の熱で温められた周囲の所為で汗をかきながら、冷水を浴びせられたように震えてしまった。
そうだ。この攻撃を防ぐ魔法も確立しておかなければならない。
魔法に対する絶対防御? 無理だ。起点は魔法でも、こちらに届く時は物理現象に置き換わっているモノがほとんどだ。
風でつむじ風を作り、そこに細かい砂利などを入れて高速で回転させて相手にぶつける、と言った場合、魔法は放った者の手元だけに影響を与え、後は惰性でぶつかっていくだけだ。
それを防ぐとなったら、魔法を遮断するのでは無く、空気を遮断しないとならない。
空気の遮断なら、物理的に何かが飛んでくる、と言う場合以外は有効そうに見えるが、こちらからの攻撃も出来なくなるし、使い方では自分自身にも危険が及ぶ。
敵の魔法を防御しようとして窒息してたら、世話無いよなぁ。
炎に対して、水の膜、と言うのも有効そうに見えるが、岩をも解かす高温だと、相当量の水が必要になるだろう。氷の分厚い壁、とかも必要かもな。
風や物理攻撃に対しては、土魔法で壁を作る、というのも有効そうだけど、移動や攻撃に制限が出来てしまうのは仕方のない事かもな。
組み合わせとしては、火と風以外は余り思い浮かべなかった。火と水は、どうしても対消滅的な想像しかできないし、水と土の組み合わせは、泥の沼を作るとかぐらいしか思い浮かばない。
まぁ、『アクアアース ボグホール』ってので、泥沼の穴を作れるから、これはこれで足止めとかに使えそうだったけどねぇ。
効率の良い、高威力魔法じゃ無いのは確かだけどな。
モノのついでと、『アクア リージア』ってのを試してみた。
うん。濃塩酸と濃硝酸の化合物。つまり、王水。金をも溶かす劇物指定のヤバイ王の水だ。
あ~。何というか、まぁ、試してよかった…、かな?
勢いのある水鉄砲の様に、チューっと飛び出た水が、『地面』を溶かしながら白煙を上げていた。その場にあった、五十センチほどの岩の半分が穴ぼこだらけだ。
「実際の王水よりもハンパ無いなぁ」
これは、俺の想像力の賜物だろうか? それとも、このゲームの仕様なのだろうか?
「考えても意味は無いな」
俺はその時点で考える事を放棄した。これって、俺、悪くないよな?
結局、使う魔法の検証はここまでになった。ぶっちゃけるとMP切れ。少々使いすぎた感じで、根本的な気力が萎えている感じだった。
簡単に言うと、『やる気』『根気』『元気』が丸ごと無くなったような感じだ。
疲れてはいないし、しっかりと動けるし、素早い動きも出来る。でも、それをやる気力が出てこない。まぁ、もしも戦いになった場合に、必死になれば問題なく動けるけど、率先してはやりたくはない。
ヴァーチャルリアリティで、よくも、まぁ、ここまで再現出来たモノだと感心しながら町へと帰った。
疲れてはいないんだけどダルイという感じがずっと継続している。こう言う時は、ログアウトして寝てしまうのが一番なんだけど、実際はログインしてからゲーム内時間で二時間ちょっとしか経過していない。
これでログアウトするのは何となく勿体ない感じがしたんで、ぶらぶらと町を練り歩く事にする。
このゲームは、基本的に魔法が冷遇されている、っと思っている。なら、町の中にある『魔法屋』というのはどんな扱いなんだろう。そう思って、この町の『魔法屋』の店を徹底的に冷やかしてやる事にした。
店の中は、いかにもな『おどろおどろしい』魔女の家を彷彿とさせる雰囲気だ。
腰の高さか、それよりも低い棚に、ガラス瓶に入った、何かの目や、動いている心臓、ぎっちりと詰め込められたカエル、何かの液体に浸かった民族的な仮面などが陳列されている。いや、もしかしたら売り物なのかも知れない。こういうアイテムを使わなければ攻略出来ない、ってなったら、人気は更に落ちそうだよなぁ。
他にも、鳥籠に入れられた頭が二つあるカラスや、生きたまま標本のように釘で磔にされたタコ、全身甲冑を着込んだ子猫なども並んでいる。
それらが、俺が店に入った途端に、一斉に俺を見つめる。
び、びびった。
一応、そう言う演出、ってのは判るんだけど、実際に自分がそれを受けると、恐怖以外感じない。まったく、良い趣味してるぜ。
気を取り直して、俺は店主らしき老婆に声を掛ける。
「この店では、何を売ってるんだい?」
「いらっしゃいじゃよ。この店は魔法の店じゃよ。扱っているのは魔法の呪文を記したスクロールじゃよ」
まぁ、俺が初めに想像した通りの店、って感じだ。問題は、注文可能な物には、どんな物があるのか、だが、その前に通常のスクロールとかを購入しておこう。
「俺は、火、水、風、土はそこそこ使えるようになったと思っているんだけど、この俺に使える新しい魔法とかはあるか?」
随分とアバウトな聞き方になってしまったが、細かい注文はこれから詰めていけば良いだろう。
「ふむじゃよ。うん、うん、成る程じゃよ。お主は、四つの属性魔法をそこそこ使ってきたようじゃよ。ならじゃよ、光、闇、聖、邪、無の魔法を買えるじゃよ」
他の属性かぁ。でも、適当にライト、とか、シャイン、とか唱えていけば、これらも使えるようになったりするんじゃないのかな?
「その魔法は、買わなくても、試行錯誤で習得出来るんじゃないのか?」
「それでも可能じゃよ。じゃよ、それだと、一つ一つの術の習得に手間が掛かるじゃよ」
「手間?」
「お主、火の魔法で、色々な派生を使えたじゃろ?」
「ああ、ファイアー ボールから、バーン、ピラー、ストームとか」
「そうじゃよ。じゃが、これからの魔法は、一度基礎級を買うか、貰うか、ドロップを手に入れるかして、『使用』しないと、一つ一つの魔法に熟練度や運の補正が入るんじゃよ」
「つまり、俺は、チュートリアルから火の魔法を習ったから、初めて使うバーンとか、ストームが発現したけど、それがなかったら、そのうち使える物であっても、初めは魔法が発現しなかった可能性があるってことかぁ」
「そうじゃよ。試行錯誤で試すのはいいじゃよ。じゃよ、それが発現しなかったから、その魔法は無い、っと思ってしまったかもじゃよ」
危なかったなぁ。実際、MPが回復したら、試行錯誤で他の属性も試そうと思ってたしなぁ。
そこで、俺は他の四属性のスクロールを全て買った。お値段は一つ二万G。少し高いが、これからの事を考えるとお手軽価格って事になるんだろうな。
そして、光のスクロールを開いて読む事にした。こう言うのは、直ぐに聞けるように、店の店主の前でするのが正しい。まぁ、ゲームならではの感覚だけど。
『らいと』
俺は突っ伏していた。
革紐で何重にも縛られ、封の所には蝋印がされていた羊皮紙のスクロールには『らいと』の三文字しか書いてなかったからだ。
いや、まぁ、結局はフラグというか、魔法使用の許可というか、それぐらいの『スイッチ』の意味しかないというのは判ってるんだけど、もう少し雰囲気とか、情緒とかを大切にして欲しかった。
とにかく、習得だけはしておこうと、スクロールを目の前に掲げて、「らいと」と読んでみた。
すると、羊皮紙の文字は燃えるように消えてしまった。同時に、俺の中に新しい何かが増えたような、微妙な感覚がおこる。これで、光魔法の基礎を習得したって事なんだろう。
ついでと言う事で、他のスクロールも開いて読んで習得、って事を繰り返した。
さて、これからが本番。この店に売っている『裏』の商品を探し出さないとならない。
「他に、俺が習得出来る魔法はあるかい?」
「さて、さて、じゃよ」
「俺に習得出来なくても、ここで売っている魔法を教えてくれないか?」
「さて、さて、じゃよ」
「魔法が掛かった道具はあるかい?」
「さて、さて、じゃよ」
その後も、『魔法が使える武器』『魔法で防御力の上がった防具』『攻撃力の上がった武器』『魔法効果のあるアクセサリー』などなど、聞くだけは聞いてみた。
「さて、さて、じゃよ」
答えは全く変わらなかった。まぁ、聞き方も悪かったかもなぁ。
もしかしたら、一つ一つ聞いていかないと答えが出ないのかも? 例えば『切れ味を増加させる魔法効果の付いたショートソード』とか? いやいや、どんだけ無理ゲーなのかよ、って感じ。
そういった虱潰しは人柱さんや攻略厨にお願いするとして、大雑把には聞いておかないとな。
「剣はあるかい?」「武器屋にいくんじゃよ」
「鎧はあるかい?」「防具屋にいくんじゃよ」
「地図はあるかい?」「道具屋にいくんじゃよ」
「ポーションはあるかい?」「錬金術師か薬屋にいくんじゃよ」
「テイムの魔法はあるかい?」「さて、さて、じゃよ」
「従魔は居るかい?」「何匹かおるじゃよ」
「使い………、え?」「さて、さて、じゃよ」
従魔が居るっぽい?
「従魔は居るかい?」「何匹かおるじゃよ」
よっしゃー! 詳しく聞いていこう。
「俺が買える従魔を見せてくれるか?」
俺がそう言うと、店主らしき老婆が懐から本を取り出して、何かをブツブツ言い始めた。そして、しばらくすると、俺との間に四体の何かが現れた。
一体目は、小さくデフォルメされた赤い剣が下向きに空中に浮かんで、その左右に、支える物がないのに空中に浮かぶアゲハ蝶の羽根が一対あった。
二体目は、同じくデフォルメされた青銅色の盾の横にトンボの四枚、一対の羽根が浮かんでいる。
三体目は、握りの部分がドアノブの様に膨らんだ、手品師が持っているような黒いスティックの横に、鳥の羽根が浮かんでいる。
四体目は、まんま竹とんぼなんだけど、飛べるとは思えない速度で、ゆっくりと回転している。その一番下に、丸いレンズのような物が一つだけ付いている。
どれもシュールだ。とても生物とは思えない。まぁ、CGで構成されている世界なんだから、これぐらいの方が良いかもなぁ。
「四体いるが、それぞれ、何かが違うのか?」
「じゃよ、じゃよ。赤い剣のは、命令を設定しておく事で、自動で炎の魔法で攻撃するんじゃよ。
盾のは、敵の攻撃から自動で防御してくれるじゃよ。
杖のは命令の内容に合わせて、自動で回復魔法を使ってくれるんじゃよ。
竹とんぼのは、周囲の状況を教えてくれるものじゃよ、じゃよ」
なんと。自動で魔法攻撃? 自動で治癒魔法? それって、自動タスクってことだよな。自動防御に、周辺探知なんてのも便利すぎる。
「凄いな。全部クレ!」
思わず本音が出た。うん、全部欲しい。
「今のお主には、一体しか持てないじゃよ」
がーん! 何という事だ。なら、この四体から一体を選ばないとならないのか。
「二体目を持つためにはどうすればいい?」
「そう言うアイテムが有るという噂じゃよ」
「ここで売っているか?」
「この町には無いんじゃよ」
何処かで出るドロップ品か、賞品か、販売アイテムって事になるんだろうな。まぁ、それは今はどうしようもない事だから、四体の中からどれにするかを考えないとな。
で、しばらく考えたけれど、このゲームは自分のヒットポイントが表示されないから、感覚でやばそうとか、まだイケルとか『感じ』て判断しないとならない。だけど、戦闘中にはそれを詳しく感じて、どうするかを考えるのも余計な手間がかかる。
と、言う事で、自動回復の従魔を買う事にした。
攻略の便利さよりも、毎日の生き残りの確率を上げる方が大事だからな。
選んで金を支払うと、杖の姿で鳥の羽根を持った従魔が、俺の右後ろの方に移動した。戯れに自動回復と言ってみたら、従魔の設定ウィンドウが出た。
そこには、従魔が現在、何回の回復魔法を唱える事が出来るか、という回数や、俺に魔法を掛ける頻度がパーセントで表示されている。今は五十パーセントとなっている。これは、俺のヒットポイントが五十パーセントを切ったら、治癒魔法を唱える、という事だろう。このままでも良いような気がしたが、念のため、三十パーセントに下げておく。
「従魔の魔法に回数制限があるみたいだが、どうやったら回復する?」
「従魔も、人と同じように、時間が経てば回復するじゃよ」
「餌とかはどうするんだ?」
「食い物も水もいらんじゃよ。使っていけば、そのうち成長もするんじゃよ」
有ると便利。というか、無ければ攻略もままならない、って感じだなぁ。これが、このエリアの攻略条件? イヤ、成長するなら、成長した後の従魔が攻略条件になるエリアが有るのかも知れないな。
まぁ、それは運営のみぞ知る、って事だな。
一応、一通りの事は聞いたと思えたので魔法の店を出た。また思いついたり、疑問が出てきたら店に来ればいいしね。
怠さは、大分回復してきたが、まだ完全復調とは言い難い。新しく手に入れた魔法を試すのは次の機会にした方がいいだろう。なら、ここは、銃を使っての狩りで、怠さに慣れる訓練をするべきだな。自動回復も手に入れたし。
そんなわけで、フィールドにやって来て、銃での狩りを続けている。
約二時間経過して、成果は山犬三頭、小型猪二頭。向かってくる敵に対して、落ち着いて狙いを定める、と言う事が徐々に様になってきているような気がする。
まぁ、気がするだけなんだけどね。
エリア2はエリア1よりも少しだけ広いらしい。しかし、プレイヤーが俺しか居ないのでかなり広大に感じる。
その分、獲物は狩り放題なんだけど、見知らぬ危険地帯に入ってしまう場合も考えておかないとならない。
そう、たとえば、目の前にある、黒いススのような靄に包まれた空間とか。
「え? ヤバイじゃん!」
俺は急いで引き返す事にした。が、見えない壁に阻まれた。
「すでに、アレの範囲に入っているって事かぁ」
エリア1のボス戦でも経験した、逃亡不可範囲に入っていたらしい。いや、逃亡を繰り返せば、このエリアから脱出する事も出来るらしいけど、無理な場合は無防備な背中を晒してしまうだけになるらしい。
ここは、諦めて戦うしかないか。
ああ、周辺探知の従魔が居ればなぁ。誰だ? 自動治癒なんか選んだのは?
俺だ! 俺だよ俺、俺。
仕方ない。諦めて、初めての敵と開戦といきますか。
俺は右手に銃、左手は魔法を放てるように準備して、黒い靄の方向に向かう。ほんの少し歩いただけで、黒い靄との直接戦闘エリアに入ったようだ。
すると、黒い靄の中から何かが出てくる気配を感じた。そして、闇の中から出てきたのは、人間の骨格だった。
つまりはスケルトン。こんな、まだ、野生動物しか出てこないエリアでスケルトンなんて有り得ないだろう。
あ、いわゆる、徘徊しているユニークモンスターって扱いか? エリアボスよりも強い場合がある、っていう、あの。
あれ?
よく見たら、スケルトンが服を着ている。まぁ、ゾンビからスケルトンになる場合もあったりするから、その系統かな。
「やれやれ。人間どもが何かを企んでいるらしい、という噂を聞いて来てみたが、待ちに待って、こんなのが一匹だけとは。どうやらワシは担がれたようだのう」
え? なんか、しゃべってる? え? 着ている服も、草臥れてはいるけれど、腐っているような感じはしない。その服も、魔法使いが着るようなローブで、所々に魔法の物らしい紋様が描かれていた。
……、と、いうことは。
「リッチ?」
魔法使いが、魔法の研究を続けるために、自らに不死の呪いをかけて生まれる、意志を持った死霊系のモンスター。その心根は、生きとし生けるものに対する情愛を一切無くし、無情とも思える実験を繰り返すとか、生き物の生きる力を吸い取って存在するとも言われている、中ボスクラスのモンスターじゃないか。
「ほう。ワシをリッチと識別出来るぐらいは経験を積んでいる、と言う事かのう」
「な、なんで、こんな浅い階層に…」
「ふ、ふはははは…。そうだ、そう言う反応だ。ワシが求めていたのは。さぁ、人間よ。もっと、絶望をよこせ!」
もう、死に戻りは仕方ない。今回は、どんな攻撃が有効か、それを確かめるだけでも意味がある、と思わないとな。
なら、遠慮はしない。後先も考えない。完全に魔力が回復していない、って事もどうでもいい。出来る事を全部試す、という方針でぶち当たろう。
まずは銃を構えて、しっかりと狙って撃ち込む。
弾はリッチの肋骨を砕いた。しかし、砕かれた肋骨が、当然のように元に戻る。
物理攻撃無効って事だな。もしくは、レベル的に足りない、って事かも。まぁいい、次だ。
次は魔法。いきなりだけど、攻撃力の高い方から試す。
「ファイアーウィンドー バーンショット」
燃えさかる炎に風を当てて、更に火勢をつけたイメージを思い浮かべて魔法を放つ。
「うおっ」
リッチが少しだけ驚いて体勢を崩した。そして、「アイスワールド」と唱える。
火は直ぐに消えたが、周囲が氷に覆われていた。バーンショットは元々短時間のワザなんで、氷に消されたか、自然に消えたかは判断出来ないけど、氷の世界と銘打ったリッチのワザはかなりの強さを感じさせた。
リッチに攻撃ワザを使わせたら、俺に勝ち目はないだろう。だから、たたみ掛けるように攻撃しないとな。
次ぎに試すのは、聖属性の浄化。浄化はピューリファイで合っていたはず。後は、聖なる光が邪なる存在を浄化して消し去るイメージを持たないとな。
……、って、どんなイメージだよ。具体的にどんなのを想像したらいいか判らない。
っと、兎に角、時間がない。俺は、魔法の光が目の前のリッチを消し去るイメージを考える。
「セイント ピューリファイ!」
詠唱に合わせて、俺の左手が光り輝く。
「な、なんと、ワシの闇の衣が消えていくだと?」
見た目は変わらないんだけど、何かが消えて行っているようだ。
ここで銃を撃ってみた。
「わ、ワシにダメージだと?」
今度は、砕けた骨が元に戻らなかった。ここで、銃撃でリッチの体力を削ろうと、更に撃ち込んでみたけど。
「ええい、鬱陶しい!」
リッチが腕を振ると、霧で出来た盾が現れ、リッチとの間に立ちはだかった。
あの盾は、どのくらいの防御力だろう? マグナムを連射して当てたらどうなるかな。
これも、『次』のための実験だ、っと割り切って、相手の性能を割り出すために攻撃を続けた。
「うおっ、なんと言う事だ」
リッチが焦っている。一発ずつなら完全に防ぐようだけど、マグナム弾の連射はきついようだ。
このまま押せるか、と思ったけど、二丁の銃は弾切れになった。アイテムボックスにもう二丁入っているけど、取り出す暇は無いかも知れない。
そこへ、リッチから反撃が来た。
簡単な炎の弾が俺に向かって飛んでくる。気が付いたら当たっていた、という速度だ。とてもじゃないが避けられるモノじゃない。俺の炎の弾は、コレに比べたらかなり遅い部類になるだろうな。
そして、痛さ、熱さもレベルが違った。
俺は炎の弾に吹っ飛ばされ、燃えた。地面に叩き付けられてから、燃えている部分を消火しようと更に転げ回る。
一応、炎は消し止めた、と言う所で、俺の従魔が自動回復をかけてきた。
なんと、あの一発で、体力を七割以上削られたのか。回復量がどのくらいかも判らないが、たぶん、もう一発受けるだけで終わるだろう。
もう、本当に後が無くなった。
俺は知る限りの魔法を撃ち込む事にした。
「アクア リージア!」
「アクアアース ボグホール!」
「ファイアー ファーネス!」
そこまで唱えた所で、目の前がグラッと動いた。いや、俺の眩暈のようだ。なんか、視線が勝手に動いて、一カ所を見ていられない。
少しして収まったけど、どうやら、再びのMP切れらしい。
銃は弾切れ、魔法もMP切れ、後は、アイテムボックスに入っている銃とパイルランチャーしかない。それらを、アイテムボックスから取り出す余裕があるだろうか?
たぶん、そんな余裕は無い。
なら?
無ければ作るしかない。それがこのゲームだろう。
っと、思っていたんだけど、当のリッチはさっきの「王水」の魔法のダメージで苦しんでいる。
コレをチャンスと、俺はアイテムボックスを開いて、中身を無造作に取り出す。一度手元に出現するんだけど、それを直ぐに地面に捨て、次のアイテムを、と言う感じだ。
取り出したのは、残りの銃二丁とパイルランチャー四本。それと、ポーション二本。
ポーションも上級のモノを購入しておけば良かった、っと後悔しつつ、二本連続であおる。HP回復とMP回復の二本だけど、両方とも始めに貰った基礎級と言うヤツだ。それでも、かなりの回復を果たしてくれたと思う。
基本、俺自身のレベルが低くて、低回復量でも大きく感じたのかも知れないけどなぁ。
飲み終わったポーションの瓶を脇に放り投げ、次ぎに、地面に転がした銃をホルスターに収める。弾が無くなった方の銃は、地面に放り投げてある。
両手が開いた所で、パイルランチャーを二本抱えて、両肩に担いで照準をとる。
狙いは苦しみから回復しかけたリッチ。
パイプの尻に新しく装着した取っ手を引っ張る。その取っ手にはバネが付いていて、ある程度引くと留め金で固定される仕組みだ。当然、引き金を引くとその留め金が外れて、バネの付いた取っ手が勢いよく戻る。その勢いで中の火薬玉を叩くという機構になっている。単純に見た目を説明すると、ピンボールゲームのボールを打ち出すプランジャーと言うモノに留め金をつけただけ、という構造だ。
プランジャーを引き終わったパイルランチャーを肩に担ぎ直し、片膝を付いて発射態勢を整える。
そして、引き金を引いた。
ボンッ!
卒業証書とかを入れる紙製の筒の蓋を、勢いよく抜いた時のような音を立てて、金属製の杭が発射された。
それは、見事にリッチの頭を砕いて突き抜けていった。
でも、まだリッチは倒れない。俺は空かさず、もう片方のランチャーを発射。それも狙い違わず、リッチの残った頭蓋骨を砕ききった。
ついに、リッチの頭が無くなった、でも、まだ倒れない。
俺は撃ったランチャーを放り投げ、銃を握り直してリッチに突進。至近距離まで近づいて、丁寧にマグナム弾で残った骨を砕いていった。
スコップとかを装備した方が良かったかな? とか、思ったけど、俺の貧弱な腕力で砕けなかったら、貴重なアドバンテージを失う事になるだろうな、と、思いつつ、銃を全弾撃ち尽くした。
既に、足の骨も砕いているために、地面に細かい骨を晒している。
そこで、少し距離を取って、「アクア リージア」っと、王水の魔法を唱えた。
残りの骨が、煙を立てて溶かされていく。
これで終わったかなぁ?
たぶん、これ以上は動けない筈だよなぁ。そう思って力を抜いた時だった。
元々、リッチの立っていた場所に黒い霧が一瞬で現れ、次の瞬間には大雑把だけど、人の形をとっていた。その暗闇の中には何かを喚いているようなドクロの影も見える。
黒い霧からは、獣のような唸り声しか聞こえなかったけど、怒っているのは充分に判る。
この後、それがどうするつもりなのかも、しっかりと判る。
たぶん、俺に襲いかかってくる、よなぁ。
そこに、俺の魔法のゲージが溜まった。
「聖なる浄化の光! セイント ピューリファイ!」
自分自身に暗示をかけるように、まずは自分にしっかりと判る言葉で術の名前を唱え、その後にトリガーネームを唱えた。
それは、今までに無い威力という結果で現れた。
「ガッ! ガッガッガッ! グアーー!」
まばゆい光の中で、おそらくリッチのモノだろうと思われる叫び声だけが聞こえた。そして、光が収まった後には、リッチの痕跡は何も存在していなかった。
「終わった…」
そう呟いた途端に、視界がグルグルと回り始めた。同時に立っていられないほどの気怠さが全身を覆う。俺はその場に膝をつくと、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
「あー、聖なる浄化が、かなりのMPを喰うみたいだなぁ」
MPポーションで回復した以上のMPを持って行かれたようだ。ポーションで回復しておかなかったら、きっと、魔法は発現しないで、MPだけが限界まで減って倒れていたんだろうな。ギリギリの勝利だったというわけだ。
もう、このままここで、ぐっすりと眠りたかったけど、フィールドで寝ていたら、ウサギさんに首を食いちぎられて死んでしまうかも知れない。ということで、無理矢理身体を動かしてアイテムボックスからMPポーションを取り出して飲んだ。
回復すると同時に、動き回る元気が出てきた。
そして、周囲に散らばった俺の装備品を回収していく。弾切れの銃やランチャーを放り投げて戦っていたからなぁ。
一応、全てのアイテムを回収して、弾切れの銃には弾丸を入れ直した。そこで、アイテムボックス内に、見知らぬアイテムがあるのを見つけた。
『箱』×1 中身の入った箱
え? なんだろう? 気になってログを確認してみた所、リッチを倒した後に入手した、と書いてあった。
つまり、ユニークモンスター討伐のご褒美アイテムって事か。
通例だと、つまらない消耗品からユニーク装備まで、色々出てくる、ってのが考えられる。これは、もう運しかないだろうな。気に入らなければ、延々とユニークモンスターを捜し出して狩っていくしかない、と言う事にもなる。
あのリッチとの再戦なんて、今は考えたくないけどな。
俺は箱をアイテムボックスから取り出し手に持ってみた。大きさは片手に乗るぐらい。鍵も取っ手も付いていない、のっぺりとした木の箱だ。
この中に鎧とかバスターソードとかが入っているのかなぁ? まぁ、CGの世界なんだから、それも有りなんだろうけどな。
俺は、考えても仕方ないと開き直って、あっさりと箱を開けた。
そこには、一枚の小さな紙切れが入っているだけだった。
あれ? もしかしてハズレ、とか?
運の神様にお祈りしてから開けた方が良かったのかなぁ。
色々考えながら、入っていた紙を手にとると、そこには『従魔枠 一枠追加チケット』と言う文字が書いてあった。
「らっきー!」
運の神様は、お祈りしなくても良い仕事をしてくれたようだ。感謝のお祈りは欠かさずする事にしよう。
まぁ、これ以上のアイテムが出る可能性もあったわけだけど、今はこのアイテムで満足出来るので喜んでおく事にする。
その後は、疲れた身体を引きずって町まで戻り、魔法の店で周辺探知の竹とんぼ型従魔を追加した。
ログアウトして、ゆっくり、ぐっすり寝よう。と、嘆息して今日の冒険は終わった。
そして次の日。
は、何となく疲れが取れないんで、ログインすることなく一日が終了した。まぁ、こんな日もあるよなぁ。
そして、更に次の日。
俺は二体の従魔を両側に浮かべたまま、エリア2のフィールドを彷徨っていた。竹トンボ型の従魔は周辺探知。おかげで、エリア2のボスの位置も判明した。やっぱり、一昨日のは徘徊しているユニークモンスターだったんだなぁ。まぁ、本当にユニークかどうかも判らないし、リポップする可能性もあるって事で、かなり警戒はしている。出来れば、さっさとエリア3へと進んだ方が良いのかも知れない。
所持アイテムについては、出来る限り補充してある。まぁ、減ったのはポーションがメインで、後は火薬ぐらいだったが。
銃の弾丸は、練習で使う方のが多く消費したぐらいで、一昨日の一日でも三十六発だけだった。練習だと、数百発は使うからなぁ。まぁ、念のため補充しておこうと思って、千発単位で買っておいたため、当分は買う事もないだろう。もし、次のエリアで別の銃を手に入れたら、これも無駄になってしまう可能性もあるんだけどな。でも、そう言う無駄だったら、むしろウェルカムなんだけどなぁ。
そんなわけで、俺は今、エリア2のボスの近くまで来ている。このまま進めばボス戦が始まる。こんなに簡単にボスエリアまで来られるのはいいのか? という気持ちになるが、エリアが進むごとにフィールドも広くなり、ボスエリアも離れていたり、行き着く事に困難が待ち受けている、ってなりそうだから、今のうちのサービスみたいなモノだろう。
実際、まだ、エリア2なんだよな。
エリアが全てでいくつまであるのか? と言う事も判らないし、そもそも、エリア制という保証もない。たまたま、エリア制に見えている部分でしかない場合もあるしな。
で、今、どうするか。
このままボス戦に突入するか? それとも、一旦下がって、しばらく狩りを続けるか?
まぁ、ここまで来ているんだから、もう決まっているようなモノなんだけどな。一応、悩む振りだけはしてみた、ってところ。ボスと戦って負けたら、やっぱり経験値が足りなかったんだ、っていう言い訳用に悩んでみただけ。
と、いうことで、俺は歩を進め、ボスの戦闘フィールドへと入っていった。
今までの轍を踏まえ、アイテムボックスからパイルランチャーと予備の銃を取り出して、足下に置くのも忘れない。
これで、この場所を起点にして戦えば、弾切れの心配も少しは減るだろう。
そこでボスの姿が見え始めた。
その姿は、腹の下が、俺が立ったまま通り抜けられる程の位置にある、巨大で、足の長い蜘蛛だった。
しかも、早い。
八本の足がワラワラと上下したかと思うと、とんでも無い早さで移動していた。
顔はこちらに向け、円を描くように俺の周りを回っている。時折俺に近づいたり離れたりもするんで、距離感が狂いそうだ。そして、俺が銃の引き金を引くのを躊躇っている隙を見つけて、一気に襲いかかってきた。
俺はその早さに驚愕しつつ、蜘蛛の腹側が死角に見えたんで飛び込む事にした。
全力ヘッドスライディング! からの、前回り受け身~!
そして。
ごめんなさ~い!
冷静になってみれば、蜘蛛の腹側、って、蜘蛛が捕らえた獲物を蜘蛛の糸でグルグル巻きにする『場所』じゃないかー!
蜘蛛が八本の足のうち、四本は立脚に使い、残りの四本で絡め取ろうとしてくる。そうか、そのための八本足なんだぁ。
って、感心している場合じゃない!
俺は狙いをつける必要もないほどに近づいた蜘蛛の腹にマグナム弾を撃ち込み、転がりながら蜘蛛の腹の下から脱出を試みる。
迫る蜘蛛の足に銃口を押し当ててのゼロ距離射撃で一本だけ吹き飛ばす事に成功した。
その隙間を狙って下から脱出。顔をこちらに向けてくるのに合わせて、その頭にもマグナム弾を撃ち込んだ。
これで、右手に持っていた銃は弾切れ。蜘蛛にぶつけてやるか迷ったけど、後で拾って使う事を考えて地面にそっと置く。そして、左手用に持っていた銃を右手に持ち替えた。
頭に銃弾を受けて怯んでいる蜘蛛から、銃口を向けたまま低姿勢で走って移動。地面に置いたパイルランチャーを置いてある場所まで移動した。
そこで、銃をホルスターにしまい、パイルランチャーを肩に担いで蜘蛛に狙いを合わせる。
通常、生物なら頭にマグナム弾を受けたら、それだけで活動停止なんだけど、蜘蛛は違うのかも知れない。頭を三分の一ほど弾けさせたままの状態で、しっかりと俺を追っている。
それでも、相手の脳を狙うのは定石だろう。俺はパイルランチャーをしっかりと頭に狙いつけて引き金を引いた。
狙いは少しずれて、口の中に杭が突っ込んだ。
一応、それだけでも、蜘蛛は杭を振り解こうともがいている。
このチャンスを逃す手はないな。
俺はパイルランチャーを持ち替え、次の杭を発射した。
ハズレ! もがいているとは言え、素早く動きすぎなんだ。
パイルランチャーを持ち替え、次を狙う。
狙いはハズレ、蜘蛛の腹側に突き刺さった。でも、当たりは当たりかな?
最後のパイルランチャーを構え、今度は冷静になるように自分に言い聞かせつつ、引き金を引いた。
今度こそ、杭は頭に命中。
でも、更に暴れる蜘蛛に弾き飛ばされてしまった。
気が付いたら、高速で迫ってくる蜘蛛の足があったんだよ。避ける暇なんて無い。それが蜘蛛の足なんだと認識したのも、吹き飛ばされた後だった。
すると、自動回復の従魔が俺に回復をかけてきた。
有って良かった回復従魔。
回復従魔を選んだヤツを褒めてやりたい。誰だ?
俺だ! 俺だよ、俺、俺。
突っ込み役がいないのを寂しく思いつつ、打ち終わったランチャーを置いて、ホルスターから銃を抜く。この場所には予備の銃も置いてあるんで、それはフォルスターに入れておく。
そして、暴れている蜘蛛に狙いをつけて、冷静に、冷静にと言い聞かせながら引き金を引いた。
一丁の銃には六発の銃弾が入っている。シングルアクションの銃なので、一々、撃鉄を起こさないとならないが、それを行いつつ、六発全てを蜘蛛の頭に撃ち込んだ。
それでも、蜘蛛は暴れている。
どんだけタフなんだよ。まぁ、ほとんど俺を認識出来ていないようなんだけどな。
銃を持ち替え、再び狙う。
蜘蛛の動きは少しずつ緩慢になってきている。放っておけば、そのうち倒れるかな? とも思ったけど、ここは、しっかりとトドメを刺さないと、と思った。
苦しみを長引かせるのも、なんだかなぁ、と思っただけだ。
だから、非情になって銃弾を撃ち込み続けた。
弾が切れた後は、ファイアーボールを撃ち込む。そして、いい加減、放置して倒れるのを待とうかな、なんて思い始めた頃になって漸く、蜘蛛の動きが止まった。
もう、体力が尽きたんだろう。もし動けても、大したことは出来ないはず。
そう思って、しっかりと決着が付くのを待ちながら、その場に座り込み、蜘蛛を見つめながら銃の弾をシリンダーに込め直していった。
銃弾の補充が終わった後、打ち終わったパイルランチャーを回収。ポーション類もアイテムボックスに入れた後になって、蜘蛛の赤いマーカーが消えた。
これで、本当に決着が付いた、ってわけだ。
一応、売れるはずだ、と言う事で、蜘蛛をアイテムボックスに収納し、俺は疲れた身体を引きずって、エリア3へと進んだ。
『ぴんぽんぱん、ぽよよぉぉぉぉん!』
あ、運営のインフォメーションだ。もう、それに対しては言う事はほとんど無い。どうせ、言っても無駄だしな。
『やあ! みんな! 元気かな? …………、おやぁ? そこは、大きな声で、げんきー、って返してくれる所だろう? もう一度聞くよ? みんなー! げんきかなぁ?
………。
よーし、よーし。げんきー、っと返してくれたよい子が七十三名居たよ。この七十三人には、ボーナスポーションが配られる! 使いどころを考えてしっかりと活用してくれ。
うん、うん。このためだけにカウントプログラムを組んだかいがあった、って感じだねぇ』
前言撤回。言いたい事は山ほどあるな。
『さて、さて。ゲームで遊んでいる皆へのお知らせだ。なんと、たった今、エリア2のボスが倒されたぞ。しかも再びの単独討伐だ。合わせた報奨金をギルドで受け取ってくれ。
しかも、このプレイヤーはエリア2を徘徊していたユニークモンスターも倒しているんだ。ユニークモンスターは、倒せれば、ユニーク装備か、普通は買えないアイテムとかをドロップするから、初討伐じゃなくてもお得だぞ。皆もしっかりと狙ってくれ』
そうか。ユニーク装備とかもあったのかぁ。まぁ、ユニークでも、重鎧とか、バスターソードとかだと、俺には全く合わないんだよなぁ。ガトリングガンとかだと、持ち運びに難があるし、費用対効果が合わなそうだし、装備品は正直、微妙だな。
『討伐したプレイヤーはエリア3へ向かっているようだな。他のよい子の皆も、頑張って攻略していってくれ。それじゃぁ、まったねー。ぴんぽんぱんぽおおおおん……、ブチッ』