01 エリア1
この物語はフィクションです。
現実に存在する、化学方程式や物理現象とは、若干、異なる事もあります。
フィクションですから。
ホラ話しですから。
夢物語ですから。
俺のアバター名はケンタ=スカイロード。本当はケンタとだけにしたかったけど、『その名前は既に使用されています』とか言われて、何度かのトライの後、この名前で落ち着いた。普段はケンタと呼んで欲しいと思ってる。
まだ始めたばかりで、ステータスは初期値のままだ。
種族は人族のみしか選択できない。体型も本人とあまり変わらない。顔は本人のままだと登録出来ないから、OKが出るまでいじってある。出来るだけ美形に、ってしたつもりだけど、どうだろうな。まぁ、このゲームをプレイしている皆が同じ境遇なのだから、多少の事は大目に見られると思っている。
このゲームを始めた切っ掛けは、どんな事も現実的に可能であれば再現可能、と言われたシステムに興味があったためだ。
そのため、魔法は冷遇されている感じで、『普段は出来ない事をやれるバーチャルゲーム』というモノを期待していると、盛大に裏切られる事になると宣伝している。
でも、しっかりと魔法は使用できるようになっているけどね。
それよりも、物理ではモンスターを倒すのが難しいと言われているのが問題だよな。
魔法は冷遇、物理も駄目って、それは無理ゲーでしょう。あっ、『無理ゲーオンライン』だった。
それが原因だろうけど、始まりの街の広場には、プレイヤーが置いたらしい掲示板と、それを眺めたり、集団で会議をしている様子が良く見られる。
掲示板はゲーム世界の中なのに、BBS形式の掲示板で、その掲示板コードを打ち込めば、ステータス経由で個人的に閲覧や検索も可能に成っている。
どうやら、運営が、ゲームを止めてBBSに書き込む、という動作が原因で、ゲームから離れるという状況を嫌って設営されたと、もっぱらの噂だ。
掲示板には、
『野ウサギを一万匹倒して店に売り、ようやく貯めた一千万で買った鋼の剣で逝ってきます』
『六人パーティーを三組で編成した十八人で挑戦! みんな期待汁!』
『回復魔法使い募集! 出来るだけ威力が高いのでお願い』
『もう、助けて』
『俺、あのボスを倒したら、田舎に帰って、幼なじみのあの娘と結婚するんだ』
『どいてお兄ちゃん! あいつ、殺せない!』
などなどと書かれている。
その周りに集っているプレイヤー達は、手元に表示したBBSを眺めながら仲間同士でなにやら話し込んでいる。俺も、まずは情報収集しておこうかと思ったが、チャットするためのシステムや仕組みが判らないままだった。
俺の様な、初心者にも成っていないプレイヤーは、まずはギルドで冒険者登録する必要があるらしい。そこでようやく『初心者』になるんだとか。
街の喧噪を抜けて、なんとかギルドに到着する。
見た目は、ライトノベルとかに良くある西部劇の酒場風の建物で、中に入ると木造の銀行を意識した作りに成っている。
その一番端の窓口が冒険者登録となっているので、俺はその窓口に向かって声をかけた。
「冒険者登録をお願いします」
そう、一言言った途端に、目の前の空だった椅子に、事務系OL風のユニフォームを着た女性キャラが現れた。
「はい、こちらで受け付けております。チュートリアルは必要でしょうか?」
「あ、お願いします」
「はい。ではチュートリアルを実行します」
受付の女性がそう言った途端に、一瞬で景色が変わる。簡単構造な丸椅子に座っていたんだけど、その椅子ごと違う空間に来た様だ。
そして目の前には、いかにも教官という感じの、筋骨隆々のおっさんが居た。
『いよう! ルーキー。俺が貴様を冒険者の初心者レベルまで引き上げてやる教官のマッケインだ。短い間だがよろしくな』
良くあるチュートリアルのようだ。その後、アイテムの扱いや装備の仕方、剣の振り方や魔法の打ち方を実践付きで教えて貰った。
まぁ、ほとんどは他のゲームと似た様な感じだった。
それらが一通り終わると、今度は薬草採取の仕方、鍛冶の方法、薬剤調合の実践があったが、こちらは特にチュートリアルで行う必要もなく、現場でも教えて貰えると言う事だった。
一応、全部受けたけどね。
全てが終わると、ステータス画面が勝手に開き、
『冒険者登録が終わりました。今からあなたは冒険者の初心者です。
ステータス画面が解放されました。
アイテムボックスを獲得しました。
初心者の剣(譲渡不可・売買不可)を獲得しました。
初心者の装備一式(譲渡不可・売買不可)を獲得しました。
初心者の魔法の杖(譲渡不可・売買不可)を獲得しました。
基礎級HPポーション(譲渡不可・売買不可)を十個獲得しました。
基礎級MPポーション(譲渡不可・売買不可)を十個獲得しました。
現金一万Gを獲得しました』
と、表示された。
ステータス画面を消すと、最後に教官が『装備品は装備しないと意味がないぞ』と言って消えていった。
次の瞬間にはギルドの受付窓口だった。
「おめでとうございます。登録が完了しました。他に何か御用はありますか?」
「いえ、ありません。ありがとうございました」
そう言って、俺はギルドを後にした。
ギルドを出てステータス画面を開くと、装備する画面へのボタンやチャット、アイテムやスキルのショートカットなどの設定を行う画面へのボタンなど、色々な機能が追加されていた。
まずは装備だな。アイテム欄の装備品をクリックすると、『装備しますか?』と聞いてくる。一々、『はい』を選ばないとならないのは、着替えという行為を意識させるためだろうか? 戦闘中に、鎧をコロコロと装備変更されたらたまらない、って事かもな。しかも、着替えには約二秒ほどのインターバルがあり、その間は何も出来なくなるようだ。
アイテムボックスから出すだけなら、一呼吸ほどの手間で出せるんだけどね。
そして、一応、手持ちの装備を装着し終わった。
これでようやく、ゲームスタートだな。
まず、この手のゲームの基本は、始まりの街の周囲でザコ狩りして、金と経験値を貯める事だよな。
このゲームは経験値は無くて、行った行動に因るステータスの上昇が有る、って事だから、剣術を鍛えるか、魔法を鍛えるか、って事を選んだ方が良い様な気がする。
両方を満遍なく、ってのでもいいか。
どうせ初心者なら、初めは満遍なくの方が後からの選択肢も増えそうだもんな。
初手は魔法を打ち込み、第二撃は剣で斬り込もう。
そして、町の門を抜けてフィールドに到着。
ここは広い平原になっていて、野ウサギやキツネ、蛇などが居るそうだ。有名なツノウサギとかスライムとかは、もう少し進まないと出てこないらしい、という噂だった。
実はこのゲーム、公式始動の前に行うはずのベータテストを行っていない。
これで、良く、人を集める事が出来たと思うけど、『媚びない、甘えない、転んでも泣かない』という運営の方針に、それだけの自信があるシステムなんだろう、と、挑戦するゲーマーが多いらしい。
まぁ、俺もその一人なんだけどな。
でも、生産とかを極めたい、と考えているプレイヤーには評判は良くないようだ。売買システムが店売りと同じになるんじゃ、生産に必要なアイテムを集めるのも苦労する事になるし、それを身内に安く売る事も出来ないしなぁ。
兎に角、このゲームはソロで、万能型に育てないと進めないゲームか? という命題を持つシステムになっていて、人柱達は万能型ソロ、特化型パーティ、生産特化などに別れて検証を進めているらしい。
しかし、初めのボスが倒せないので、検証も進んでいない。
そろそろ、このゲームに見切りを付けて辞めていくプレイヤーが多く出てきそうだ、と言う噂も聞く。
まぁ、そんな事を思い出しながら歩いていると、定番の野ウサギを発見。
野ウサギはノンアクティブ。つまり、こちらから攻撃しないと、敵対行動をとらない存在だ。但し、近づきすぎると逃げていくので注意が必要。
剣を右手に持ち、左手を前に突き出し、左手の先から炎の弾が出るイメージを思い浮かべる。
この時、左手にゲージが現れ、魔法を撃てる様になるまでが判る様になっている。これはバーチャルリアリティの技術で、頭の中のイメージが読み出されているらしい。つまり、イメージを思い浮かべる事に慣れれば、ゲージも早く溜まり、それだけ撃てる様になるまでが早くなる、と言う事だった。
ウサギが気が付く前にゲージが一杯になる。そこで、トリガーワードである『魔法名』を言葉として発する。
「ファイアー ボール!」
左手の先から力が抜け出る感じがした後、手の先に火の弾が出来て、ウサギに向かって飛んで行った。
そして、ウサギの手前、二メートルほどの所で失速。そのまま地面に落っこちた。
地面に当たると同時に『パーン!』という音と共に弾け飛ぶ。
「え? 飛距離が足らなかった?」
ウサギは音に驚き、周囲を見回している。でも、こちらにはまだ気付いていない様だ。
そこで、もう一度ファイアーボールを撃つ。
しかし、二発目も同じ運命を辿った。
「ほ、本当に飛距離が足りないのかよ」
チュートリアルではそんな事言ってなかったぞ。
でも、確かに、チュートリアルで撃ったマトの距離よりは少し遠い。
「こんな落とし穴があったとは…」
そして、音に驚いたウサギは俺とは反対方向に逃げていった。
「また、捜索からやり直しか」
なるほど。リアルだけど、辛いなぁ。たぶんだけど、ファイアーボールの射程内に入ったら、ウサギは気配を察知して逃げ出すんじゃないのか? いや、足音でばれるのか?
ウサギは地面の震動に敏感だという話しを聞いた事がある。本当かどうかは確認してないけど。
なら、足音を立てない様に歩くしかないのか?
草原なので、草を踏みしめる音はどうしても出てしまう。俺の周囲の音を消す魔法、とか有ればいいんだけど、存在するのかどうかさえ不明だ。
なら、取れる方法は二つだ。
一つは、風下から近づき、風が吹いた時にだけ歩を進める、という方法。
もう一つは、罠を張って、そこに追い込む様に進む、と言う方法。
罠を作るにはロープが必要だな。現実世界では、細長い雑草で縄を綯う事で輪っか式の罠を作ってたそうだけど、このゲームの中でもできるか?
俺は目の前の三十センチほどに伸びた雑草を何本も引きちぎり、両手を合わせた間に挟み込み、手の平をこすり合わせる様に、右手は前に、左手は後ろに動かす時だけ強く手の平を合わせる、という方法で縄を綯ってみた。
初めは全然まとまらなかった。
でも、繰り返し、繰り返し、手の平を合わせてこすり続けたら、次第に草がねじれてまとまってきた。
更に、周りの草を引きちぎり、手の平でこすり続けると、次第にロープの様になってきた。
これは、いけるか?
そう思っていたら、いつの間にか周囲が赤く染まっていた。
「え? もう夕方?」
そう、俺は、バーチャルリアリティの世界で、数時間、雑草を綯って過ごしていた事になる。
一応、フィールドの夜は強いモンスターが徘徊する、と言う情報もあるので、俺は作業を中断して町に帰る事にした。
帰る前に、周りの雑草をたっぷりとアイテムボックスに収納するのも忘れない。
そして、何事もなく町に入り、適当な路地裏を探す事にした。ひたすら雑草で縄を綯っている姿を、誰にも見られたくなかったからだ。
町の雑貨屋でロープを買う事も考えたが、所持金も少ないし、これもDEXを鍛えるため、と言い訳して作業する事にした。
まぁ、実のところ、縄を綯えれば、後々便利になるだろうな、という打算と、もう少しで出来そうなので、途中で辞めたくなかっただけなんだけどね。
で、誰かのお屋敷の、裏の小道で、ひたすらシュッ、シュッ、シュッ、っと手をこすり合わせていた。
そして、細長くできた縄同士を更に綯って、太く丈夫な縄にする。
それを今度は網目状に組んでいき、ようやく二メートル四方の網が出来上がった。
気が付けば空が白み初め、もうすぐ朝日が昇りそうな感じだ。
ステータス画面には時計も付いている。表示はゲーム内時間と現実世界の時間が表示されている。
ゲーム時間では、町に入ってから十時間近く作業をし続けていた様だ。現実時間ではチュートリアルからだと四時間が経過していた。
このまま狩りに行くのもいいが、三~四時間で休憩をとる事を推奨されているバーチャルゲームなので、一旦、現実世界での必要な作業を済ませる事にした。一応、六時間で一日が巡るので、それだけあれば一通り済ませる事も出来るだろう。
まぁ、早く用事が終われば、ゲームに入る前に仮眠をとるのもいいだろうな。ゲーム内だと、寝てしまった場合は自動的に接続がシャットダウンされるらしいから、どうせなら現実世界でしっかりと寝た方がいい。
そして五時間後、俺は用事を済ませた後に二時間ほど仮眠をとって、スッキリした状態でゲームを再開した。
ゲーム内では夜明け前と言う時間だ。
町の中の店は閉まる事もなく営業を続けている。流石に、こればかりは現実的にするわけにもいかなかった様だ。
それでも、町の中の人通りは疎らで、会議をしているプレイヤーもほとんどいない。
この静かな時間に、俺は町の中を見て回る事にした。
プレイヤーの露店は、システム的には出せるはずなんだけど、生産を選んだプレイヤーでも、売り物になる様なアイテムは作れていない様で、露店を構えるプレイヤーは居ない。
そのうち、出てくるのだろう、と期待されているけど、まだ隣の街に行けるプレイヤーも出ていない状況だと、それも怪しい。
ゲームシステムに組み込まれたキャラクターによる店番は居るので、この時間でも買い物は出来る。
売っている物は色々な基本材料で、薬用の瓶や薬草、料理用の包丁や食材、鍛冶用の板金や鉱石などだ。
こういった所で材料を買い集め、夜のうちに生産をしてアイテムを増やしたり、DEXを上げたりして過ごすのが、このゲームの遊び方なんだろうな。
俺も所持金に余裕があれば、色々な物を買い集めて生産活動をしたいんだけど、まだ、ウサギ一匹も狩れていない状況だと、何かを買っている余裕は無い。
そんな、本当に冷やかし気分で店を眺めていたら、とある一軒の店で意外な物を発見した。
それは、金属製の杭。それに鉄パイプや石灰、砂利、ベニヤ合板など。
店主に聞くと、その店は建築用資材の店で、家や城壁、堤防を作る時などに必要なアイテムを売っているという事だった。
そこでも、カルチャーショック。
今までのゲームだと、家を建築する、と言う場合、『作業を開始しますか?』の問いに『はい』を選択すれば、トンテンカンのエフェクトとアニメーションが自動で掛かり、所定の時間で完成する、というモノだった。
でも、このゲームだと、実際に寸法を測って切り出し、『ほぞ』と『ほぞ穴』を作って材木を組み合わせ、場所によっては釘打ちや補強金具を使って『建築』していくそうだ。
なんという『無理ゲー』だ。
ゲームで『遊ぶ』つもりの子供達に、家を建てるつもりなら本格的な『大工』になれ、と言っている様なモノだ。まぁ、生産特化の専門職に頼めばいいんだろうけどな。
ここまでリアルだと、一種の職業訓練になりそうだ。
そんな事を考えつつ、俺は少ない所持金を出して、金属製の杭を四本、足場用の鉄パイプを三本、スコップを一本買った。
杭が七百G,パイプが千G、スコップが千五百Gだった。
これで俺の残金は二千七百G。一Gは一円みたいな感じだ。
一緒に大槌はどうか? とか言われたけど、所持金オーバーするのが判ったので遠慮しておいた。
とりあえずこれで、罠の設置が楽になりそうだ。
俺は買ったモノを全てアイテムボックスに仕舞い込み、意気揚々とフィールドへと向かった。
空はようやく白み初めてきた。日が昇り切る前に罠を設置しておこう。
まず、昨日、ウサギが居た場所を大まかに探す。そして、昨日と同じにウサギが逃げる方向に目星を付けて、穴を掘る。その穴に草の縄で編んだ網を張り、四方を杭で固定する。この時、網にウサギが乗った時に、簡単に杭から外れる様にしておく。その網の上に、擬装用の草を乗せれば、落とし穴式ウサギ罠のできあがりだ。
現実だと、野生動物を捕まえる罠を張るのは『狩猟免許』が必要らしいけど、この世界にはそんな免許制度は無いよなぁ。まぁ、基本は中世の王制を敷いている世界だし、冒険者という職業が狩猟者と同意義だから大丈夫だろう。
罠を設置出来たので、昨日、ウサギを発見した時に居た位置にまで戻って待機する事にした。
待つ事一時間。
暇なので、周りの雑草を引きちぎっては縄を綯っていく。もう、確実に出来る様になっていた。これはこれで稼げるかなぁ。
そこに、ドサッ、という音と、『ジ~』っという鳴き声みたいな声を聞いた。
驚いて立ち上がり、罠の場所を見つめると、偽装したはずの落とし穴が露わになっている。
急いで駆けつけてみると、見事にウサギが掛かっていた。
「らっき~」
追い立てる手間が無くてすんだ。どうやらこちらに向かってくる途中で罠に掛かった様だ。
さて、次はウサギにトドメを刺す、という作業だ。
ここまでリアルだと、それも気持ちの悪い結果になりそうだよな。こういう時は、グロ耐性が無い人向けに、表現レベルを変更するシステムがあったはず。
ステータス画面を出して、そのシステムを探す。
「無い。あれえ?」
普通、清らかな青少年が、血がいっぱい出るエフェクトで心に傷を作らないようにと、攻撃自体から、カートゥーン仕様になったり、モザイク処理になったりするシステムがあるもんなんだけど、その設定を行う画面が存在していないようだ。
じゃあ?
ここは諦めて、本気でリアルな世界と向き合わないとならない、って事か?
このまま、生きた状態で縛り上げ、店にまで持っていく、ってのでも良い様な気もするけど、それだとアイテムボックスに入らないんだよなぁ。
トドメを刺す。
血抜きをする。
皮を剥ぐ。
うう…。や、やらなくてはならないのか…。
俺は、剣を両手で持って振りかぶる。そして、落下の勢いだけでウサギの頭に叩き付けた。
「ジ~!」
一撃じゃやりきれなかった。
頭から血を流しながら、激しく暴れている。あ、あれって、脳みそなのか?
そこからはスプラッタだった。
詳しくは、思い出したくない。
うう。俺って案外、ヘタレだったんだなぁ。肉料理は好物なのに、肉を捌く事も出来ないなんて。
兎に角、チュートリアルで読んだ絵本程度の捌き方を参考に、ウサギの皮を剥いでいった。チュートリアル詐欺だろう、これは…。
で、皮には肉がたっぷりとこびり付き、一匹の皮なのに十ピースのボロボロの皮が手に入った。
これも、熟練度が必要なんだろうな。
たぶん売れないだろう。血抜きも完全じゃなく、肉の色じゃなく、血の汁で真っ赤になっている。
俺は、アイテムボックスの中に入ったウサギの肉と皮を、ゴミ箱アイコンに持っていって捨てた。
売り物になるまでに、何匹捌かないとならないんだろうな。
そして、罠を設置し直して、また離れた所に戻った。
手の平にこびりついていた血は、いつの間にか綺麗に消えている。ここら辺はゲームだよなぁ。なら、スプラッタ表現も自重して欲しかった。
それから三時間。その罠に獲物は掛からなかった。
考えてみたら、罠の底にはウサギの血がたっぷりと垂れていたんだよな。血の匂いがする場所に、ウサギが掛かるわけもないか。
俺は諦めて、罠を回収。他の場所を探す事にした。
その移動の途中で、キツネを見つけた。
けど、向こうもこちらを見つけ、微妙な間合いをとって離れている。
「魔法は届かないな。弓は持ってないし、小石を投げてもなんの意味もないか…」
他に投げて効果がありそうなモノを探すが、アイテムボックスには金属製の杭しか見あたらなかった。
杭を槍に見立てて、投擲するのに何か道具があったと思ったけど思い出せない。
後で調べて判った事だけど、投槍器という、本当に簡単構造の道具だった。
投槍器を思い出せない状態でアイテムボックスを眺めていると、杭とパイプが目に入った。
パイプを使って、杭を撃ち出せないか? つまり、パイルバンカーってヤツだな。
杭は、パイプの中に収まる。寸法的に、変な隙間もない。
問題は撃ち出す爆発力だな。
パイプの尻を閉じておかないとならないか? 火薬は作れそうではあるけど、始まりの街に材料が置いてあるかどうか。
兎に角材料集めだな。まずは町の店で、手に入るモノは手に入れよう。
有りましたよ。硫黄と硝石。
なんと、薬物を扱う店で、店主に直接聞くと奥から持って来てくれる。この、直接店主に聞くという作業が必要な様で、店頭には並んでいないので無いモノと勘違いする様だ。
ちなみに、炭は料理関係の店においてあった。炭火料理も出来るってことかぁ。
後は薬の調合を行う場所を借りて、炭を粉にする所から始める。
配合割合は七十五対十対十五。ほんの少しのアルコールで粘性を付けて練り込み、パチンコ玉程度の大きさで丸めていく。
出来上がった火薬の玉は八個。材料費と場所代でそれを作るので精一杯だった。残金は五十G。もう、買えるモノはないだろう。
では、早速テスト兼、キツネ狩りに向かおう。
でも、そう上手く行かないのが人生だよなぁ。まぁ、キツネ狩りのポイントに、他の冒険者がいっぱい居たってだけだけどね。
実は、このパイルバンカーもどきの槍投擲器を見られたくなかった。なんか、失敗しそうなんだよね。だから、出来れば音も届かないくらい距離を空けたい。
そう考えながらうろつく事暫し。ようやく誰も居ない場所に到着した。町からも結構距離があるから、ここなら誰にも知られずに実験できるだろう。
そしてパイプを取り出し、その片側の口を岩を使って叩き潰す。そして、開いた方から火薬玉を二個入れ、その後に杭を落とし込む。
これで準備完了。
パイプを両手で持って、腰の高さに合わせる。手は、潰した口の側面に沿わせ、そこで火魔法を使う。
「ファイアー ボール!」
すると、手の平の中で火の弾が破裂した。
「い、いてててて…」
手の平が焼けこげている。ジンジン痛い。
直ぐにアイテムボックスから基礎級HPポーションを取り出し、手の平に半分掛け、半分を飲み干した。
すると、あっという間に傷が治り、手の平は綺麗な状態に戻った。
「ふぅ…」
息を吐いて、今の失敗を考察する。
俺の考えだと、パイプの中で火の弾が破裂して、その火が火薬に引火し、爆発で杭が飛び出す、と言うのを想像していた。
でも、実際はパイプを透過出来なくて、手の平とパイプの間で破裂した。
透過出来なかったのも問題だけど、もっとしっかりと握り込んでいたら、手の平が破裂して、指も無くなっていただろう。
まぁ、ゲームなら治るだろうけど、現実だと本気で悲惨な状態になってただろうな。
それから、パイプの中の火薬に点火する方法を思案する。
火魔法は『ファイアー ボール』が一番初級の魔法だ。それ以下の、単純に『火』その物を作り出す魔法は確認されていない。もし、それが有れば、結構簡単な話だと思ったんだけどな。
雷魔法を使ってパイプの中に火花を発生させると言う方法も、金属製のパイプなので現実的じゃないだろう。電流は流れやすい経路をとる、という自然の流れから、金属パイプの表面を流れるだけだろうしな。
水魔法と土魔法は論外。
なら風魔法は?
パイプの尻から風魔法を送り込んで、杭を打ち出す事が出来るか?
可能性を感じたら、直ぐに実験だよな。
尻を潰したパイプは置いておいて、両端がしっかりと丸く開いている別のパイプを取り出す。
そして杭を尻から入れ、パイプの口に手を当てて風魔法のイメージを作る。ゲージがいっぱいになったら、トリガーワードを唱える。
「ウインド ショット!」
ポン!
かなり間抜けな音と共に、金属製の杭が飛んで行った。それは、風魔法の『ショット』の射程を超え、火魔法の『ファイアー ボール』よりも遠くに飛んで刺さった。
「使えそうだな」
遠距離専用で、出来るだけ高く上げてから落下の勢いを使った威力依存になりそうだけど、弓矢の代わりにはなるだろう。パイルバンカーと言うより吹き矢だけどねぇ。
今回は無駄になってしまったけど、火薬に上手く点火出来れば、そっちの方が破壊力は高そうなんだけどな。それについては今後の課題にしよう。今は出来るだけ獲物を狩って、金を稼がないとならないからな。
そう考えながら、撃ち出した杭を回収に一歩踏み出した。途端に全身を走る違和感。
「な、なんだぁ?」
不気味に感じて一歩、後ろへと後ずさりした。いや、しようとした足を後ろに下げられなかった。
何かの壁がある?
背中にも感じる、固くはないし、見えないんだけれど、絶対に通らない、というはっきりとした壁がある。
「あっ、ボスフィールド…」
エリアボスの戦闘圏内に入ったという事だろうか? 他のVRMMOだとボスフィールドの特徴そのまんま、なんだけど、このゲームでは違うかも。ねぇ? 違うと言ってくれよ。頼むからさぁ。
よし! 違うという事にしよう!
「グルルルルル…」
でも、俺の決意を無駄にするがごとく、大きな熊が唸り声を出しながら現れた。
「は、ははははは…。し、死に戻り、かなぁ…」
サービス開始からもうすぐ一ヶ月経とうとしているのに、未だにゲーマー達が倒せないエリア1のボスが目の前に居る。それを、まだウサギ一匹しか倒していない俺に、いったい何が出来るっていうんだろう。
ふと、手を見ると、剣ではなくパイプを持っていた。
実験の途中だったな。どうせなら、これがボスに通用するかどうか確認してから死に戻った方がお得ってヤツだよなぁ。
既に死に戻りは確定である。
俺はアイテムボックスから残りの杭を取り出す。残りは二本。あれ? あっ、一本は火薬を使ったパイプにセットしたままだった。
買ったのは四本。一本はかなり離れた所に撃ち出してそのままだから、これで辻褄は合ってるのか。
杭の残りは二本。短い人生だったなぁ。
と、言う事で、早速ボスである黒い熊にパイプの先を向ける。
このゲームは、敵対した相手の名前や残りヒットポイントなどは表示されない。アイテムボックス等に収納すれば、その獲物の名前が表示され、その名前でもって分類される事になるので、フィールドでは敵対を表す赤い逆三角のマークだけが表示されている。
つまり、一度はアイテムボックスに収納するまでは、正確な名前も判らないと言う事だ。敵以外の道具や草類も同様で、そこら辺の草をドンドンと収納して、『薬草』に分類された草を取り出すと、薬草がどんな草なのか知る事が出来る、というわけだ。
薬草などの草類は全て別物の形や色、匂いなどが有るけれど、それを覚えるまではアイテムボックスの自動分類に頼る事になる。まぁ、しっかりと覚えろ、って事だよな。
一応、形状は判るので、敵が大きな熊であるのは理解出来る。
大きいとは言っても、四つんばいなのに、その背の高さが俺の身長を超えている、っていう程度だけどな。
はは。帰って良いかなぁ?
ふと、ウサギにトドメを刺したときのことを思い出した。
剣を振りかぶって思い切り叩き付けたのに、一発では殺しきれなかった。この大きな熊も、それ以上の耐久力を持っているとしたら、初心者の剣などというナマクラがどの程度役に立つと言うんだろう。
はは。泣いて良いかなぁ?
そんな、人生を悲観している暇も与えられないようだ。熊が突進してきた。
大熊は走りながら二足歩行になると、片腕を振りかぶって叩き付けようとしてきた。
俺の身長よりも二メートルは上空から熊の手が!
「ウインド ショット!」
俺は熊に向けていたパイプの尻に、風の魔法を叩き付けた。
ボンッ!
さっきよりは頼もしい音を上げて、パイプから杭が飛び出した。そして、それは、外れる余地もないほどに前面に迫った熊の喉元に突き刺さった。
「グオォォォォォォ!」
刺さったとは言っても、杭の先十センチ程度だ。致命傷とは言い難い。
だけど、痛みは有る様で、しかも、突き刺さった杭の根元から血の泡が吹き出している。
どうやら、気道を突き破ったようだ。
普通なら呼吸困難で動けなくなるだろうけど、ゲームのボスだからか、苦しがってはいるが、俺を見つめる目は爛々と輝いている。
俺は直ぐに真横に逃げ、次の杭をパイプにセットする。
俺自身は既に思考停止状態。初めに考えたとおりにパイプを熊に向けて次の杭を発射した。初めに考えていなかったら、何をして良いのか判らなくなっていたかも。
そして、二発目も見事命中。
今度は熊の左目を貫いた。
「グアァァァァァ!」
確かな手応え。これはイケルか?
などと考えた事もありました。
どうすんだよ。杭を使い尽くしてしまったじゃないか。剣じゃ役に立たない。杭は、有る事はあるが、アイテムボックスに入っているし、火薬の実験用に尻を潰したパイプにセット済みだ。
はたして、アイテムボックスから取り出して構える隙があるか?
すでに熊は立ち直り、俺に向かって怒りの突進を始めようとしている。俺は熊の進行方向と直角になる方向に走り出す。自然と、熊の周りを円を描く様に走る事になった。
全力疾走しながら、アイテムボックスから目的のモノを取り出す。
これ、なんて無理ゲー? あっ、『無理ゲーオンライン』だった。
そして、ようやく目的のモノ。火薬をセットしたパイプを取り出せた。あとは、これから杭を抜き出して、両側が開いたままのパイプにセットし直すだけだ。
でも、森の熊さんは、それを許してくれなかった。
目前まで迫った熊は、腕を振り上げて俺をなぎ倒そうとする。それを、パイプでガードして、俺の身体全体をずらす。
その奇蹟の様な一瞬を凌ぎきった。
まぁ、代償は大きかったけどな。
握っていたパイプを弾き飛ばされたおかげで、手の指が数本、有り得ない方向に曲がっているし、力も入らない。腕全体もビリビリと痺れて、有るんだか、無いんだかも定かじゃない。
一応、指以外はしっかりとある様だけどな。
でも、パイプは弾き飛ばされて、手元にあるのは火薬をセットしたパイプのみ。
しかも、中の火薬に火を付ける方法が、未だに思いつかない。尻を潰してあるんで、風を送り込んで杭を飛ばす事も難しい。
「だぁぁぁぁ!」
もうヤケだ!
俺は指が潰れた右腕でパイプを固定し、左手でパイプの潰した尻側を握った。潰したとは言っても、完全に密封出来ているわけじゃない。だいたい、八割程度は閉じている、という感じだ。
その隙間に手を当てて、炎そのものを想像する。
このゲームでは、魔法は火、水、風、土、光、闇、聖、邪、無、に分類される。魔法のトリガーワードの頭には、その分類上のワードが必ず付くシステムらしい。
火の玉なら、『ファイアー』と『ボール』という具合でな。風の弾丸なら『ウインド』と『ショット』。水なら『アクア』と『バレット』、土なら『アース』『フィスト』という名前が付く。
この四つはチュートリアルで使い方を教わったが、それ以外の魔法については教えられていなかった。
だから、存在するのかどうかさえ判らない魔法名を唱えると、上手くすれば成功する事も有るかも知れない。
可能性の可能性でしかないけれど、どうせ死ぬなら、やってみても良いだろう。
俺は大熊を見据えたまま、左手に集中。ゲージが溜まった所で想像した魔法名を唱えた。
「ファイアー バーン!」
途端に左手が炎に包まれた。同時に、パイプの尻も火に焼かれる。
上手くいってくれ。
まだか? まだ、パイプ内の火薬に引火しないのか? 早く! 早く! 早く!
熊の動きが非常にゆっくりに感じた。
その時、バンッ! という響く音と共に、俺の全身が衝撃に包まれた。
しばらく呆けていた。
そして、改めて、今の状況を思い出す。
見ると、立ったままの大熊の胸の真ん中に、深々と杭が突き刺さっていた。
その後、ゆっくりと大熊が倒れ込む。
「は……、はは…」
俺は生きていた。両手はボロボロで、ポーションが無ければ復帰出来ないほどの惨状だったが、それでも俺は生きていた。
俺は地面に倒れ、手足を伸ばして笑っていた。正直、死の恐怖から解放されると、なんで笑いたくなるのか不思議だった。でも、笑った。そして泣いていた。
その後、全身の痛みに悶絶する事になったけどな。
両手が潰れたので、アイテムボックスから苦労してポーションを取り出し、これもまた苦労して両手に掛けた。手が動く様になったらもう一本取り出して、今度は一本丸々飲み干した。
気分が平常に戻り、身体も動く様になったら、大熊をアイテムボックスへと収納する。ここじゃ捌く事も出来ないからな。
そして、大熊の戦闘フィールドから抜けきった時に、頭の中に電子音が響いた。
『ぴんぽんぱんぽ~ん』
インフォメーションの前に流れるチャイムの音を、口で再現するのはどうなんだろう。
『はろー。運営だ! 皆元気に遊んでいるかな?』
どっかで聞いた事のある声だと思ったけど、思い出せない。まぁ、運営って事で良いか。
『今日は皆にお知らせがあるんだ。なんと、ついさっき、エリア1のボスが討伐された! 倒したプレイヤーには、初討伐として報奨金が用意されてるぞ。かならずギルドで受け取ってくれ』
報奨金かぁ。そこで気になったのでステータス画面を開いてみた。すると、ログにボスを倒した事がしっかりと書かれていた。
でも、敵を倒すと自動で入るお金、と言うのは存在しない様だ。まぁ、獲物は売らないと金にはならない、っていうシステムだったもんな。
『それとだ! なんと、今回は単独での討伐って事で、さらに報奨金が支払われる。これもギルドで受け取ってくれ!』
ラッキー。これで、金を掛けて装備を作れそうだ。こんな鉄パイプで間に合わせた杭打ち出し器じゃない、ちゃんとしたモノを作ろう。
『ああ、それと、初討伐の報酬は出なくなったけど、エリア2へと進めるのは、ボスを倒したプレイヤーのみだ。皆も頑張って倒してくれ。以上だ! ぴんぽんぱんぽ~ん。ブチッ』
終わりのチャイムの音も口で表現して、運営からのインフォメーションが終了した。
なんか、最後に爆弾発言があったような……。