何もない訳がなかった
仕事は、ごく普通のものだった。
エサやりとか掃除とか、清彦がいたところと特に違いはなかった。
「違うよ清兄!これはね、こうやって、こう!」
「え~と、こう?」
仕事を熱心に教えてくれる先輩もいたので、あっという間に仕事が片付いていく。
「・・・凄い。やっぱり男の人は力があって仕事が楽・・・」
「って、ルルも働け!」
ちょっと不真面目な先輩も、いるにはいるが・・・。
「よーし、朝の仕事はおしまい!休憩だよー!」
叫ぶやいなや、リルは駆け出して行ってしまう。
「あ、ちょっと」
小さな子どもを一人にしてもいいのか。不安になった清彦は様子見にいこうとするが、
「大丈夫。牛や馬と遊ぶだけだから」
と、リルの姉であるルルに止められる。
まぁ、姉が言うのならいいのだろう。そう決めてリルを追うのはやめる。
「でも、人の心配よりも自分の心配をした方がいいんじゃない?」
「?」
ルルの言いたいことが分からず、一瞬考え込む清彦だったが、ルルの視線に気がつき、
「あ、怪我のこと?」
と訊いた。
「・・・それ、すぐに分からない?」
完全に呆れた顔になるルル。
「いや、たいしたことないし」
その反応の意味が分かってない清彦。
両者の間に微妙な空気が発生し、それが辺りを包み込もうとしたとき・・・。
「きゃああああああ!」
悲鳴があがり、微妙な空気を切り裂いた。
「リル!?」
「何が大丈夫だ!」
悪態をつきながら、清彦は悲鳴のした方へ走り出す。
やっぱり一緒にいればよかった、そう思ってももう遅い。
「あれか!?」
清彦の先に、リルがいた。
そして何故か、三人くらいの大人に追いかけられていて。
「・・・っ!」
多分すぐに追い付かれる・・・。
「おああっ!」
それを見て、清彦はさらに加速する。
そして、足がちぎれるほどの力を込めて大人がリルを捕まえる前にたどり着くことに成功する。
「ぐあっ!」
一番後ろにいた奴の襟首をつかみ、引きずり倒す。
「清兄・・・」
リルが涙目でこちらを見る。
その小さい顔は、恐怖で歪んでいて。
「お前なにしやがんだ!?邪魔するなら・・・」
大人の一人がタンカをきる前に、そいつの鼻を殴りつけ、へし折った。
ベキリ、という音が周囲に響く。
「てめぇ!」
さらにもう一人が殴りかかってくるが、清彦はそれにあわせて懐にとびこみ、膝を叩き込む。
「・・・ガ」
おかしな声を出し、そいつは倒れ付した。
清彦は残りの一人、最所に引きずり倒した奴の方へゆっくりと向き直る。
「ひっ・・・」
恐怖におののき、逃げようとする男の襟首を掴み、もう一度引きずり倒す。
「や、やめろ!お、お前は・・・」
男が何か言い終わる前に馬乗りになり、顔面を殴る。
「ぐへっ」
「質問に答えろ。お前ら、何でこんなことしてんだ?」
それに男は荒い呼吸を繰り返し、清彦を憎しみのこもった目を向け、
「お前には関係な・・・」
清彦は何のためらいもなく男を殴る。
「質問に答えろ。お前ら、何でこんなことしてんだ?」
「ひっ・・・」
清彦は、もう一度男を殴ろうと・・・
「やめて清兄!」
「・・・・・・」
清彦は振り上げた手を下ろし、男を離した。
「お前、覚えてろよ!絶対に後悔させてやるからな!」
なんて月並みな捨て台詞を吐きながら、男は逃げていった。
「・・・・・・な」
ルルはただ眺めていた。
清彦が三人を、無傷で倒すのを・・・。
体震えているのに、ルルは気がつかなかった。