名前の概念
「・・・どこから見てた?」
清彦は目の前の少女に訊いた。
「・・・なにか大きな音が聞こえて、外へ様子見に行ったら一文字が狼に噛まれてた」
少女は清彦の腕に包帯を巻きならがら答える。
その口調が棒読みのような気がして、清彦は一瞬少女が嘘をついてるのかと思ったが、思い返してみればこの少女はさっきもこんな口調だったので疑うのをやめる。
「一文字じゃなくて清彦でいいよ」
そう話題を変えると、少女の手の動きが止まり・・・。
「私に呼ばれるのが嫌なの?」
なんて言ったので清彦は意味が分からずに首をかしげた。
「いや、堅苦しいのは苦手だからなんだけど?」
「?」
今度は少女が首をかしげた。
「・・・ええと、君、名前は?」
清彦はこの家にきてからこの少女の名前を聞いていない。ずっと黙っていたしいつの間にかいなくなっていた。
「・・・ルル・アール」
「え、それってどっちが名前?」
清彦の質問に、ルルは不思議そうな顔をした。
「ルルが、私の名前」
これを聞き、清彦はああなるほどと納得した。
ここでは名字と名前が逆転しているのだ。話している言葉が日本語だからそのへんも日本語と同じようになっていると勝手に思っていたが、違うらしい。
「俺の名前は清彦だ。清彦・一文字」
これからはこうやって名乗ろう。清彦はそう思った。
「・・・?じゃあ清彦でいい?」
「いいよなんでも」
「じゃあ私もルルでいい」
清彦の目をじっと見据え、ルルははっきりと言った。
さっきまでボソボソ喋ってたのにどうしたのだろう。清彦はふとそんなことを思ったが、詮索は止めておいた。
「分かった。ってかそろそろ寝なよ。俺も寝るから」
そう言って清彦は自分の部屋へ行こうとするが、ルルは動こうとしない。
「ルルって呼んで」
急にわがままになったルルに小さくため息をつき・・・
「ルル、もう寝なよ」
と、律儀に言った清彦だった。