それは昔の話
ルルは森の中を駆けていた。
「私の・・・私の・・・」
この感情は・・・朝のものとは違う。
それの、正反対・・・。
「くっ・・・うぅ・・・」
あのオークたちの目標は、ルルだった。
その事実は・・・ルルにとって耐えられない苦しみだった。
「私が・・・私がまたっ・・・!」
以前村人に言われた言葉を思い出す。
『お前は人じゃない。不幸をもたらす魔女だ』
『気持ち悪い髪と目がその証拠だ』
『殺してしまおう。村の安全のため。人々の平和のためだ』
そうしてルルを殴った大人たちからルルを守ったのは、お母さんとお父さんだった。
それでお父さんは死んだ。
「・・・私が、いたから・・・みんなみんな・・・」
あのとき庇ってなんかくれなければ・・・。
こんなことには・・・。
「・・・!」
視界が開け、目の前に大きな池が広がっていた。
「・・・・・・・・・」
やみくもに走ったつもりだったのだが、気が付いたらここにいた。
人生の、最後の場所に選んだかのように。
「・・・もう、誰にも迷惑かけたくないよ・・・」
そう呟き・・・ルルは吸い込まれるように池に落ちていった・・・。
「ルル・・・」
森が途切れ、池に出くわす。
「・・・ルル・・・?」
清彦はルルの足跡を辿っていき・・・。
「・・・!!」
息をのんだ。
「・・・あいつ・・・」
次の瞬間、清彦は池に飛び込んでいた。
(くそっ・・・クリアエネルギーの残量が無い・・・!)
こんなことなら【召喚システム】ではなく【変換システム】のほうがよかったか・・・。
今更後悔しても遅い。清彦は必死に水をかいた。
(まだ間に合うか!?)
「げほっ、げほっ・・・ぜぇ」
清彦は大の字で横たわりながら荒い呼吸を繰り返した。
「・・・なんとか・・・なった」
傍らに横たわるルルを見て、清彦は心底安堵した。
(水は吐かせたし、呼吸もしてるけど・・・目を覚ますかな・・・)
「ぐっ・・・」
左足に痛みが走る。
「やっぱり・・・無理しすぎたかな・・・」
左足の傷はかなり酷いことになっていた。
治療したいが、道具がない。
クリアエネルギーがあればいいが、ないものねだりしても仕方ない。
「・・・よっと・・・」
清彦はルルを背負った。
ルルの服が水を吸ってしまっていて、かなり重たくなっているが・・・こうして一緒に帰れることを嬉しく思った。
「んん・・・」
歩き始めてからしばらくして、ルルは目を覚ました。
「あ、起きた?」
清彦の背中でルルがもぞもぞし始めた。
「・・・私・・・」
ルルはしばらくぼんやりしたあと、清彦の首元に顔をうずめる。
濡れた髪の毛がベッタリと貼り付いてくすぐったかったが、ここは我慢することにした。
「なんで、助けたの・・・?」
予想できた質問だったので清彦は淡々と返す。
「死なれたら俺が困る。家にいずらくなってしょうがない」
あくまでも淡々と。
「・・・もう、嫌・・・」
顔をうずめたまま、ルルはポツポツと喋りだす。
「・・・私は・・・人じゃないよ・・・」
「・・・・・・・・・」
清彦の眉間にしわがよった。
「魔女だって・・・不幸をもたらすって・・・」
「・・・・・・・・・」
清彦は無言で聞き続ける。
「もう・・・誰かに迷惑をかけるのは嫌・・・」
「・・・・・・・・・」
清彦は無言で聞き続ける。
「・・・なんで、助けるの?・・・なんで、私に優しくするの・・・?」
「・・・・・・・・・」
そこでようやく、清彦は話し始めた。
「昔々、あるところに」
「?」
突然昔話を始める清彦にルルは首をかしげるが、清彦は構わず話を続ける。
「昔々、あるところにヒーローがいました」
「ひーろー・・・?」
聞き慣れない単語にルルは不思議そうな顔をするが、清彦は気にしない。
「ヒーローはある事情で、世界を壊そうとする悪い人たちと戦っていました」
「・・・!!」
表情は見えないがその声のトーンから、ルルは今清彦が自分の話をしていることに気が付いた。
「ヒーローは天涯孤独で、ずっと一人ぼっちでした」
「・・・・・・・・・」
今度はルルが黙る番だった。
「そんなある日・・・ヒーローに友達ができました」
そこで一瞬だけ清彦の声が明るくなった。
「ヒーローは喜びました。これで一人ぼっちじゃなくなったからです」
清彦の声がさらに低くなる。
「しかし、ヒーローの友達は悪い人たちにさらわれてしまいました」
「・・・!?」
ルルは清彦が家から出て行こうとした朝の会話を思い出した。
あれはそういう・・・。
「ヒーローは慌てて友達を助けにいきました」
「・・・・・・・・・」
続きが怖くて、ルルは清彦の服の裾を握る手に力を込めた。
「ヒーローは友達を助け出すことに成功しました。・・・友達は記憶を変えられて、悪い人たちの仲間になってしまう直前でした」
「・・・・・・・・・」
それを聞いてほっとできたのは、ほんの数秒だけだった。
「ヒーローは二度と友達に悪いことが起きないように、友達の記憶を変えてヒーローのことを忘れさせました」
「・・・っ」
胸が締め付けられるような痛みがして、ルルは息を飲んだ。
「ヒーローはそのあと、友達の様子を見に行きました。本当にヒーローのことを忘れているのか、確認するためです」
「・・・・・・・・・」
ルルは、ただ黙って清彦の言葉を待った。
「ヒーローは苦労して友達を見つけました。・・・そして驚きました」
ルルはそのとき、その友達が清彦のことを覚えてくれたらいいなと思った。
しかし話は予想外の方向へと向かっていった。
「友達は泣いていました」
「・・・?」
「ヒーローはダメと思いながら友達に訊きました。『なんで泣いているの?』」
「・・・・・・・・・・」
「友達は言いました。『大事なことを忘れちゃったの。どうすればいいか分からない』と」
「・・・大事な、こと・・・」
話を終えて、清彦はため息をついた。
「これが・・・迷惑をかけたくなくて、友達の人生を奪った愚かなヒーローの話だよ」
はい・・・と言うわけで、できました。今回は清彦の過去の話となっております。
清彦はこんな感じで悪の組織と戦っていました。
愚かなヒーローに救いはあるのか・・・次回をお楽しみに。