戦いの終わり
深夜の住宅街の薄暗い街路で、一人の青年が倒れていた。
身体中に傷を負ったその青年は、不気味に笑いながら人工の光のせいでよく見えない星を見上げていた。
「ははは、はははははほはは」
青年はとても愉快な気分だった。
なぜなら、やっと終わったのだ。
戦いが。
「はは、ははははははは」
本当に長い戦いだった。
これでやっと、解放される。
これできっと、犠牲になった人たちも報われる。
「ははははは、ははははは」
笑いの反動で体が痛むが、そんなことは気にならない。
こんなに愉快な気分になったのは、生まれて初めてだ。
「ははははは、はははははは」
青年の笑い声は、静まりかえった住宅街に響き渡った。
「はははははは、ははは」
笑い続ける青年の顔に、影がかかった。
「ねぇ・・・・・・」
続いて少女の声。
「ははは、はははは」
しかし、青年はその声を無視した。話かけられているのは分かっていたが、返事をするのが億劫だった。
「はははは、ははははは」
「ねぇってば!!」
耳元で怒鳴られ、青年はようやく声のした方へ顔を向けた。
歳は、だいたい12か3くらいだろうか。そんな少女がこちらを怯えるような顔で見ていて、
「・・・・・・な、なにしてるの、こんなところで」
青年はため息をつき、起き上がって体についた土を払い・・・
「は?」
土?
青年は、今までコンクリートの上で倒れていた。堅いコンクリートの感触は今でも体に残っていた。
だが、青年の服には茶色い土がべったりと付いている。
「え、あ・・・え?」
青年は周囲を見回し、絶句した。
消えているのだ。さっきまで青年を囲んでいた住宅も、頼りない光を放っていた街灯も、さっきまで青年が倒れていたコンクリートでさえ。
なぜこんなことになったのか・・・。まず青年の頭に浮かんだ推測は自分がなんらかの幻覚にかかっているんじゃないか、ということだ。しかし幻覚にしては服についた土の感覚も、星が輝く夜空も、目の前にいる少女も、リアルすぎる。
奴等は人々を幻覚に陥れる手段ももっていたが、ここまでリアルな幻覚は見せられなかったハズだ。
これは幻覚ではない。なら、これはなんだ?何が起きている。
まさか、残党がいたのか、まだ戦いは終わってないのか、どうやったら幻覚から覚めることができるのか・・・等々、青年は数秒のうちに様々な思考を巡らせていたが、
「ねぇ・・・怪我してるの?ねぇ、大丈夫?」
そう少女に肩を揺さぶられ、青年は考えるのを止めた。
「え、あ、大丈夫。このくらいなんともない」
青年の傷は、どう見てもなんともないというレベルではないと素人でもわかるものであった。こんな小さな少女でさえわかるほど。
「大丈夫?帰る場所ある?」
少女が青年に言葉をかける。子供の質問程度青年はいくらでも誤魔化すことができるのだが、内容が悪かった。
「帰る・・・場所?」
沈黙した青年を見て、少女は青年が帰る場所がないと判断したようだ。
少女の顔がパッと笑顔になり、
「私も帰るとこがないの。仲間だね!」
と、嬉しそうに話す。それが墓穴を掘った。
「帰る場所がない?」
青年は改めて少女を観察した。
年齢は12か3、奇妙な服を着ているが、目立つ汚れはない。体に怪我がないどころか、かすり傷ひとつ無い。これはもしや、
「・・・お母さんはどうしたの?」
少女は一瞬ギクリとし、
「お母さんなんて知らない!」
と、そっぽをむいてしまった。
要するに、家出中なのである。服の汚れ具合から、家出してから一日もたっていないんじゃないだろうか。
「だめでしょ?お母さんは大事にしなきゃ。きっと君のこと心配して待ってるよ?」
時間帯的に、探しに行っているかもしれない、いやその確率のほうが高いと思う。
「うう・・・」
なおも嫌がる少女に、青年は追い討ちをかける。
「お母さん、かわいそうだよ?嫌いになったら。お母さん泣いてもいいの?」
「うう・・・」
少女は、のろのろと立ち上がった。
「じゃ、いい子にするんだよー」
青年はさっさと立ち去ろうとしたが、少女が服の袖を掴み、
「怖いから一緒に来て」
と、泣きながらせがまれてしまう。
もしかしたら、意地はっている内に暗くなってしまい、帰るに帰れなくなってしまったのかもしれない。
青年は観念するようにため息をついた。
「分かった・・・おうちはどこ?」
青年は、ひとまず幻覚ではないとたかをくくった。
そのまま青年は、少女につれられて彼女の家に向かったのだった。