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ハッピー・バースデイ&メリー・クリスマス

作者: まいご

夢の途中で目がさめた。いつの間にか眠っていたらしい。正月の淑気も落ち着いた静かな冬の、暖かい部屋での午睡は気持ちがいい。懐かしい人の夢を見た気がする。さっきまで鮮明だった、けど、今は幻。


記憶の奥底にしまっていた人がそうして突然よみがえることがある。自分の過去にふいをつかれる瞬間だ。その人が恋しいからではない、失えば・遠くから見たらば、たいていのものが美しく思えるだけだ。感傷、今は少しだけならそれも認めて良いのかもしれない。


「あなたが私の誕生日になにも祝ってくれなかったことがずっと引っかかってて、許しきれなかった」俺が別れを告げた彼女がそう言っていた。「それでもあなたを優先して受け入れた私に報いてください、どうか。あなたに会いたいのです」俺はそれに対して半年間あなたに報いてきた、と答えて、彼女の要請を断った。けど、誕生日だけじゃなかったな、俺はクリスマスも正月も、彼女に何も言わなかったし、特別なプレゼントなどの用意もしなかった。俺には俺の考えがある。そう考えると、彼女は俺と付き合ってきて、別れの危機に瀕した喧嘩をするまでの8ヶ月間を俺を優先して、なにもいわずに一緒にいてくれたということだ。今ならそれがどれだけのものか――むろん、相手の時間はただじゃないという重みや不安と戦いつつも愛情を保とうとした彼女の勇気や思いやりの価値――がわかる。俺はそれに気づきつつも、一切省みようとしなかった、ということも。


もう、壊れてしまったものだ。彼女には、何ヶ月も会っていない。当然、連絡も一切していない。これからも永遠に俺と彼女は会うことがないだろう。それでいいと思ってきた。後悔はしていないさ。だけど、こんなふうに、自室で目がさめて誰もいないということが急に現実味を帯びてくると、時々は立ち止まる。彼女に、思い出に、引き止められて。俺はどうしてもこれをひとりで過ごす必要があった。彼女が嫌いになったのではない。うまくいかなかったけれど、一度は愛した人に変わりはないから。


俺が彼女の誕生日も、クリスマスも正月も、なにもしなかったにかかわらず、彼女は、クリスマスにはメイドの格好をして俺を待っていたし、正月は彼女の方から声をかけてきてくれた。そして、俺の22歳の誕生日には、手紙とバースデー・カードを送ってきてくれた。俺はその時のことを忘れない。誕生日祝いがこんなにうれしいなんて、と言って彼女にメールを送ったけれど、自分の誕生日を祝ってもらって――しかも自分の好きな相手から――嬉しくない人間がいないことだって知っていた。10人いたら、10人が嬉しいだろう。俺だってそのうちの1人だ。

俺は自分が変なんだろう。だれだって、俺だって、彼女だって、自分の誕生日を無視なんてされたくない。されたら怒るのだって当然だ。彼女は、引っかかってはいたからその後感情的になっていたけれど、それでも、俺の”恋愛の常識”――別れた時に俺が彼女に言った言葉だ――を受け入れようとしてくれていた。それが、今ならわかるんだ。俺が自分を押し付けて、「常識」なんていう強者の勝手な言葉で彼女を大きく不安にさせていたのだって、わかる。それがどれだけのことだったか、というのも。けど、謝罪はもう遅い。俺はそれをしないと決めて、彼女を切り捨てたんだから。それを通さなくては自分にも彼女にも嘘になる。なのに、なぜこんなに彼女に引き止められるんだろう、いや、過去、なぜ、過去に?俺はなにかが間違っている、けど、今更もう元に戻れない。戻れないから、だからって・・・・・・、戻りたいなんて、思わないはずだったのに。彼女よりも、いい女はたくさんいる、俺は若い。彼女だけが女じゃない。それだって、知っている。

なにかが間違っていた。彼女がその原因だと思った。だから切り捨てた。時間が無駄になると思って。間違っていたのは、俺の想像力のない、思いやりの欠けた振る舞いだったんじゃないか?俺は常識、なんて言葉でまとめて、自分の好きな相手に祝いの言葉もメリー・クリスマスもあけましておめでとうの挨拶もせず、いったいなにを意固地になっているのだろう。俺はそこになんの快楽を見出しているのか、そしてその快楽――これが順当な言葉かわからない――は、なんて軽薄で相手を思いやらない浅はかな見栄だろう?たったひとことでいいじゃないか、おはよう、こんにちは、と変わらないのに。金がもったいないというほど窮してもいない。なぜ、俺は彼女にハッピー・バースデイと言わなかったんだろう?俺が彼女を好きじゃなかった、愛していなかった、それで済む、はずだったのに。されたことがないから、俺にはわからなかった、わけじゃないんだ。家族だって、たとえば、俺の母親だって、誰からもハッピー・バースデイと言われなくて、落ち込んでいた(むろん長年一緒にいる家族だから慣れていてそれほど深刻にそれを告白したわけじゃないけれど)と言っていて、俺が別れを告げた彼女がその言葉を待っていないと想像できなかったというのは自己欺瞞だと気づいている。だから、「わからなかった」というのは自分さえごまかせない嘘だ。


俺は、ただ、夢でなく愛が欲しかった。静かな愛が。長年連れ添ったツーカーの仲のような、縁側のひなたぼっこのような愛。退屈、といっても笑えるような、ささやかさ。それは俺の夢であり、真実の愛だった。彼女はそれを理解しなかった。彼女の頭が悪かったわけじゃない、彼女はなぜなら、それを一度理解しようと、受け入れて(納得はできなかったようだけれど)、8ヶ月間俺を待っていてくれていたんだ。俺はそれに間に合わなかった。間に合わせるつもりもなかった。俺は、彼女を永遠に待たせておきたくて、別れたんだ。

夢ではなく、愛が欲しい。それは彼女もそうだったんだろう。今なら、今なら、そうだとわかるんだ。けれど、それは人と人との関わりがあって、心のやりとりの積み重ねがあって、与えられるものがあれば、自分も差し出すものがなくてはならない。俺はそれが怖かった。これからも、永遠に怖いままだ。彼女には、もう会えない。こんなに自分が愛されたという実感があるのは、後にも先にも、彼女だけだろう。認めたくないが、彼女のそこに嫉妬している。彼女だって、たくさん愛には敗れてきている。家庭でつらいことばかりだったようだし、はっきりいって俺より負けばかりだ。それなのに、俺にまっすぐに飛び込んできていた。その強さが俺は今でも妬ましい。死にたいくらいだ。

机の上にある、開封済みのデパス100錠入りの箱が目に留まった。

「死にたい・・・・・・」

俺はそうして生まれ変わりたい、精神の代謝、そういうものがもうずっと無い気がする。人はその代謝を求めて、死にたいと思うのかもしれない。

もしくは、生きたい、イキたい。俺は今日で23歳になる。一番最近の彼女と別れて1ヶ月経った頃に、2年前に別れた別の彼女に再び連絡をとって、セックスの関係だけを求めた。そうして、関係を持った。それさえあれば満足だったはずなのに。もう何度も関係した。それで、その次・・・・・・。

携帯電話が音も立てずに着信のランプを明滅させた。

外からも、階下からも、どこからも音がしない。雪が降っているのだろうか。

ベッドの中で横になりながら、じっとしていたけど、急に冷えを覚えた。布団は柔らかくて暖かくて、ありがたかった。携帯電話を開いた。

誰だかわからない。メールだ。

「23歳のお誕生日おめでとう。もりのまいごより」

彼女だ。

迷った、けど、返事はしない方がいいに決まっている。あんなにも、もう疲れたんだから。俺は彼女に、与えたくてたまらなくて、それで余計に苦しかったんだ。

今は、違う。今は、俺は・・・・・・・、次。精神の代謝。死にたい、生きたい。デパス。もう全部試して、済んだことだ。

俺は携帯をもう一度手にとった。

今なら、言える。

「ありがとう。こちらこそ、21日遅れたけれど、メリー・クリスマス」


生きたいよ。

夢はいらない、愛が、欲しいだけだ。

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