ケモケモとイケメンさん
『もぐもぐもぐもぐ』
あ、この木の実あまーい! こっちの黄色いのは甘酸っぱくていける! お? 黒いやつはブルーベリーに味が似てるなぁ。
『もぐもぐもぐもぐ』
うわっ、酸っぱ! これ酸っぱ!!
かじりかけの果実はレモンそっくりな見た目で、期待を裏切らずに酸っぱかった。 これはこのまま食べるのは無理だ。
川の水に搾って飲んだら良さそう、香りもいいしね。
「……ふぅ、御馳走様でした」
一通り木の実を食べ尽くすと落ち着いたのか、お腹の虫は引っ込んでくれた。 満腹とはいかないがそこそこお腹は膨れたようだ。
「さて、これはどうしようかな」
川岸に囲いを作って、そこに放流した大きな魚を見る。
優雅に泳ぐこの魚も木の実も、先程やって来た蛇から貰った(?)ものだ。
最初こそ警戒したものの、木の実は私にはとても魅力的な食べ物にしか見えない、自分で採ったものが散々だったから尚更だ。
これはもう食べるしかないと、意を決してからは速かった。
すぐに食べられそうのない魚は、簡易入江に確保しといて先ずは木の実だ。 少しベトベトしてるので川の水でよく洗ってから一口食べてみる。
甘く瑞々しい果実に手が止まらないやめられない止まらない。
こうして数あった木の実はほぼ私の胃の中に納められたのだった。
木の実は美味しかった、そのまま食べられるしね。 だが問題はこれだ、魚。
こればっかりは生のままとはいかない、ナイフも持ってないし火もない、何より私お魚捌けません! 普段、料理の時は切り身しか使わないからなー。
それにどちらかと言えば食べる係メインでしたから!
なーのーで、保留!
「この子は暫く此処にいてもらおう!」
無難な答えにたどり着いた。
それから――――
ずっと此処にいるわけにはいかないと歩き出したが、森の出口にはまだたどり着けない。 元より方向音痴気味の私には初心者の森攻略すら出来ないのかと落胆する。
夜になれば動けなくなる。 月の光だけで移動するのは危険だ。
いつまたあの蛇に出会うかとも限らない、次は丸飲みされるかもしれないのだ。
魚と木の実は何のためにあそこに置いていったかはわからないが、あの時は只運が良かったと思うのがいいだろう。
「もう少し歩いて何もなかったら、一旦川岸に戻ろう」
どうしてもという時になったら、あの魚を生で頂くしかない。
背に腹は代えられぬ、餓死駄目、絶対!
川岸までは迷わないよう石で木に目印をつけてきている。
最初からつけてきていれば良かったが、そこまで頭がまわらなかったのだ、致し方ない。
歩き続けていると、傾斜のきつい下りに行き当たる。 辛うじて降りれなくはない。 進むべきか戻るべきか迷ったが進むことにした。
降りきって進んだ先に出口があるかもしれない、まだ日が落ちるまで時間がある危ないが行くしかない。
滑らないように木にしがみつきながら慎重に降りていく……つもりだった――――が。
「う、う、うわ、滑る、ちょ、ま……」
『ズルッ』
「ひゃ!あ、あ、わ、わあああああああ――――――――っ!!!!」
それはもう、ものの見事に滑り落ちていった。
スカートじゃなくて良かった……! と思うくらい派手にお尻を打ち付けて。
ズザザザザザ――――ザザザザザ――――ボフッ!
あと少しで降りきる所で何かにぶつかり止まる。 勢いのままぶつかったが痛くない。
痛いのは主にお尻だ……青アザできてないといいけど。
お尻をさすりながら前をよく見る。 壁にぶつかって止まったわけではないようだ。
動いたから、それが。
くるりとこちらに振り返り、私を見下ろすのは金の瞳、銀の美しい毛並みをもつ大きな狼だった。
「う、わぁ……」
思わず声が漏れる。
それほどまでに綺麗だったのだ、この狼は。
怖い、恐ろしい、そんな感情は不思議と湧かなかった。
じっと此方を見ている狼の視線が優しく感じたから。 まるで子を見る親のように優しい。
座り込んだままの私に鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぎはじめる。
暫く嗅いだあと、狼は鳴いた。
透き通った遠吠えがひとつ、森に響き渡る。
その後は大変だった、舐められまくったのだ、べろべろに。
今日二度目の舐められ、である。 頬はもうでろでろよ!
何故かなつかれたようで、尻尾をブンブン振りながらじゃれついてくる様は、狼ではなく飼い犬のようである。
「ちょ、く、くすぐったいっばっ……!」
なつかれるのは悪い気はしないが、ちょっとやりすぎ、ほんとヘルプヘルプっ!!
大きい狼にのし掛かられ、下で埋もれながらバタバタと動いていると何処からか笑い声が聞こえてくる。
枯れ葉を踏む足音が近づいて来たと思えば……
「なーにやってんだよ、ルヒカ」
声は頭上から降ってきた。
「俺を呼んだから、獲物でも捕まえたかと思ったら……何だそれ人……か?」
フサフサの毛に埋もれながら両手を伸ばすと勢いよく引き上げられる。
ぶはー助かったぁ! このまま舐められまくったら顔削れちゃうとこでした。
「有り難う、助かりました!」
お礼をいうべく助けてくれた主を見ると固まった。
私も、何故か『彼』も。
『彼』は人、のようだった。赤い髪に緑の瞳、整った顔は俗に言う『イケメン』さんだ。 それが超至近距離で見つめているのだ、思わず固まってしまっても仕方がない、乙女だから。
うん、異論は認めません。
「ひゃ、す、すいませんっ!」
はっと我に返り後ろに飛び退こうとするが、腕を掴まれ引き寄せられる。
頬を両手で挟みこまれると、ぐっと顔が近づいてきた。
(うぎゃ―――――――――っ!!)
乙女らしからぬ心の声をよそに彼は私を凝視している。
「本物の黒だ……」
彼は私を見てそう言った。