取り敢えず食べ物
あてもなく歩くこと数時間、少し日が傾いてきた。
その間、遭遇したスライムはや二十体。
うち三体は撃退に成功しました!
残り十七体についてはもう、何も言うまい。
だって酷いのよ、あいつら集団で向かってくるんですもの!
もうっ! なんなの!!
……と、オネェ口調になりながら一人愚痴る。
結構歩いたはずだが、一向に出口は見えてこない。 ずっと歩き続けているせいか喉も渇くしお腹も空いてきた。
『ぐるるるるるる――――』
「異世界でもお腹はちゃんと空くんだね、あー焼肉たべたいお寿司たーべーたーい――!!」
『ぐるるるるるる――――』
先程から聞こえるのは、私のお腹に棲んでいる腹ペコ虫だ。 鳴り出したら物を食べるまで延々と演奏会は続く。 途中退場出来ません、したいなら何か(食べ物)よこせときたもんだ。
実は歩きながら食べられそうなものを探してはいた。
最初に見つけた、手に届く所に生っていた鈴なりの赤い実は、採ったとたんに黒く変色して溶けた。
次に見つけたヤシの実みたいなものは、高い木に生っていたので長い木の棒でつついて落としたら爆発した。
ボン!! と爆発は小さかったが直撃していたら危なかった。
危うくストレートヘアーがアフロになるとこだった。
三度目の正直! とバナナのような果実を見つけ、採って皮を剥いてみたら真っ白な実が出てきた。 これはイケる! とかじってみたら不味かった。
不味かったというより、食感まじ発泡スチロール。
甘味なんてありゃしない、無味、そして発泡スチロール。
これはひどい。
何度か食べられそうなものを見つけ、チャレンジするも撃沈。 私サバイバル能力はなさそう、心折れそうだわ。
その後も食べられそうなものもなく、見つかるのは見た目水ゼリーなスライムのみ。
「もういっそスライムかじってみようか、もしかしたら食べられるかも……いや、しかしお腹壊しそうな気も……ん、んん?」
ふと、空気の匂いが変化したように感じる。 大きく息を吸ってみると……あ、これは……水の匂いだ。 耳をすませば微かに水の流れる音がする、川が近くにありそうだ。
水音を聞き慎重に近づいていく。
水場には動物がいることもある、サバンナなんかは草食獣も肉食獣も集まる憩いの場というのが定説だ。
ましてここは異世界、どんなモンスターがいるかわからない。
ラスボス級のものはいないだろうけど、用心に越したことはないし。
傾斜のゆるい所を降りていくと、澄んだ水が止めどなく流れる小さい川を発見する。 森の中でやっとのことで見つけた川に期待が膨らむ。
辺りをよーく見回し何もいないことを確認、しゃがんで水を掬うとひんやりとした触感。 袖が濡れるのも構わず、私は勢いよく口をつけた。
「…………ぷはっ! あ〜生き返る〜!!」
冷たい水は喉を潤し、気持ちを落ち着かせる。
美味しいよ、水美味しいよ!
ごくごくとひとしきり水を飲んで、ふぅと息をつく。お腹は膨らまないが、喉の渇きは癒された。
これで食べ物が見つかればいいのだが。
「魚いたりしないかな……川魚の塩焼きっていいよねぇ」
思い浮かべるのは、母と食べた鮎の塩焼き。
旅行先の古民家で食べたやつは最高だった、私だけ何匹も食べたっけ。
過去の思い出にひたると、余計にお腹の虫が鳴き出してしまった。 もう演奏会はソロではなくオーケストラの勢いだ。
「このまま森の中で餓死とかやめてくださいよ、まだ恋愛も結婚も1度もしたことないんだから」
……はい! 寂しい過去まで掘り出してしまいました!
よ、良い縁がなかっただけでっ!! ほ、ほら、私まだ成人したばかりだし? 出会いはこれから沢山あると思うし?
彼氏だって出来そうなときはあったし……でも気づけば『友達のままでいいよな』とか言われて終了だったけどね。
「そ、そんな事より食べ物だ! ですよねーははははは」
気を取り直して水面を覗いてみる。
あ、いるいる。小さい小魚がチョロチョロと動いている。
網があれば捕れなくもない。
……うーん……無理ですなー何も持っていない私になすすべはない。
素手でとれるほど魚も愚鈍ではないし、この木の棒だけじゃ駄目だ。
釣るにしても糸や道具がない、それを作り出せるほどの器用さもない。
水中を所狭しと泳ぐ魚を残念そうに見つめるが仕方がない。
ないないづくしだわ……次行こ次。
フルーツも無理、魚もとれない、となると次は肉、でもそれって一番無理だよね! 『ひと狩りいこうぜ!』……なんてハンターさんじゃなきゃ言えない。
只の一般人がサクッと狩れる動物なんていないよ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ――――っ」
長い溜め息。
お腹すいた何か食べたい食べたい食べたい食べたい…………
川岸の手頃な岩に座ると、どっと疲れが押し寄せる。 歩き続けで摂取出来たのは水だけ、いよいよしんどくなってきた。
足元を見れば土まみれになったスニーカー。
ヒールじゃなかったただけましだ。
「うーあーお肉お肉お肉! お肉食べたいいいい――――!!」
心の声はもう駄々漏れである。
そんなダメダメ声に応答したものがいた……人ならざる声。
『シャ――――』
「……は?」
『シャ――――』
再度私の声に応えるかのように、ゆらゆらと尻尾を振りながら近づいてくるものがいる。 手足のない長い胴体、艶々と黒光りのする鱗、しゅるしゅると動いているのは口から出ている真っ赤な二又の舌。
はい! 蛇ですね! その姿はまんま蛇です! 只、大きさは私の倍位ですがね!! てか、何処から湧いて出た――――!!!!
パニックになりながら逃げるタイミングを逃し、そのままお見合い状態の蛇と私。
蛇に睨まれた蛙ってまさに今の私ですかねあははははは……。
もしかしてこの森の主だったりして……いやーもしかしなくても?
丸飲み? 丸飲みされるの? 私っ!? 神様ーヘルプヘルプっ!!
たらりと冷や汗が流れる中、その森の主(仮)は頭を伏せてそのままピタリと止まる。 何やら口をモゴモゴと動かしているようだがよく見えない。
気になったが金縛りにあったように体が硬直して動かない。
逃げることもできないまま前を見るが……一体何をしているのか?
暫く様子を見ていたら、再び頭をあげ此方を見やる。
しゅるりと足早に近づいてきたかと思えば……
『ベロリ』
ぎゃ――――っ!! 舐められた……っっっ!!!!
ざらざらの舌が頬をひと舐め。
ぞぞぞぞーと悪寒が体を突き抜ける。 サブイボMAXの私をよそに、森の主(仮)は襲いかかることもなく川を渡ると森の奥に消えていった。
「た、た、た、助かったああああ―――!!」
緊張の糸が切れ、金縛りの解けた私はその場にへたりと座り込む。
今はお腹が一杯だったのか食べられずに済んだ。 命あっての物種だ、神様に感謝!
まさかこんないかにも『初心者の森です、スライムでレベルあげてね!』なんて所にあんな物騒なものが居ようとは夢にも思わない。
初見殺しもいいとこだ。
大きさだって十分、貫禄十分、まさに森の主、ああ怖かった。
蛇の消えた方向を見ると、先程頭を伏せていた所に何かが落ちているのが見える。
近寄ってみると……え、なんだこれ。
赤や黄色、黒など様々な色の木の実、その横にはどーんと30cm位の川魚がびちびちと跳ねていた。