タァちゃんのママは、さげまんかもしれない(第九話)
ある日、タァちゃんは珍しく、パパと二人で外出しました。いろいろと話をしましたが、ママのことについて、タァちゃんは思い切ってパパに文句を言いました。
「何で、ママをきちんとしつけておかなかったの! 奥さんをしつけるのは、旦那さんの仕事でしょう」
タァちゃんの言葉を聞いたパパは、ちょっと苦笑いをしながらこう言いました。
「だって、あんな性格だとは思わなかったしな。大きな目に、だまされたよ」
この時初めてタァちゃんは、パパの本音を聞いた様な気がしました。
実は、タァちゃんのパパは、若い頃に大きな病気を患ったことがあり、そんなに丈夫ではなかったのでした。この頃、次第に、パパは体調が悪くなっていきました。
ついに入院することになったパパを、タァちゃんは見舞いました。タァちゃんは自分の描きためていたイラストをパパに見せようと、スケッチブックを抱えて行きました。パパは丁度、検査のために病室を空けていて、おば達と、ママだけが病室で待っていました。
「パパに、描いた絵を見せるんだ!」
とワクワク語るタァちゃんをちらりと見たママは、タァちゃんにこう命じました。
「まず、おばさんたちに見せなさい!」
不意をつかれたタァちゃんは、ママの要求に反射的に従ってしまいました。手渡されたスケッチブックを見たおば達は、タァちゃんの絵を、とても誉めてくれました。でも、ママはその横で無言で絵を眺めています。タァちゃんの気持ちがスッと冷めてしまいました。結局、パパに絵を見せることはありませんでした。タァちゃんの作品をパパが見ることは、その後二度となかったのでした。
その出来事があってから一ヶ月、治療の効果はあがらず、パパは少しずつ衰弱していきました。そしてとうとう、ある明け方に、パパの容態が急変しました。病室に担当のお医者様が呼ばれて、
「覚悟を決めて下さい」
そう言い渡されました。病室にはお医者様と看護師さん達、そしてママとお兄ちゃんとタァちゃんが立ち会っていました。お兄ちゃんは、何をどうしていいのか分からない様子でオロオロしています。タァちゃんはパパの右手をお兄ちゃんににぎらせました。そして、これまた放心しているママに、パパの左手を握らせました。パパの手は二本しかありません。仕方なしに、タァちゃんはベッドの足元に立ちました。ひょっとしたら霊感のないタァちゃんでも、パパの旅立つ姿が見えるかもと思ったからでした。
病室を、キーンと張りつめた静寂が覆いました。
と、突然、タァちゃんのママがパパの手を放すと、病室に置かれた荷物を手さげ袋に詰め込み始めました。周囲の人々は、あっけに取られて見つめています。ギョっとしたタァちゃんは、さすがに大声を出しました。
「何をしているの!」
「後片付けしようと思って・・・・・・」
弱々しい声でママは答えました。
「ちゃんと、パパの手を握ってなくちゃ、ダメでしょう!!」
タァちゃんはママを叱りつけました。ママは慌てて元の位置に戻りました。実は、緊張感に耐えられなくなったママは、パニックを起こし、先程の行動となったのでした。お兄ちゃんはこの出来事には全く反応せず、ひたすらパパの右手を握っていました。いろいろな意味で、タァちゃんは脱力したのでした。
それから数分後、タァちゃんのパパは帰らぬ人となりました。
(こんな人達、私に押しつけて、逝っちゃうんだね・・・・・・)
心の中で、パパに少しだけ恨み言を言ったタァちゃんだったのです。
パパが亡くなって、ママのタァちゃんに対する八つ当たりは、ますますひどくなっていきました。実はパパが、タァちゃんの知らない所でフォローし、ある程度ママのストレスを発散させてくれていたんだと、タァちゃんは思い至りました。
親戚のおば達に、
「ママに八つ当たりされて、相手するの大変なんだよ」
と訴えても、
「タァちゃんぐらいしか、そう出来る相手がいないから、仕方ないじゃないの」
と真面に受け取ってもらえません。外面の良いタァちゃんのママは、とにかくタァちゃんだけを狙いうちにして、攻撃していたのでした。タァちゃんはふと思いました。
「一生、このまま我慢し続けなくちゃいけないのかなぁ・・・・・・」
幼い頃からの刷り込みで、タァちゃんは、ママの期待に背くことには、ものすごい罪悪感を覚えるようになっていました。そして、そういう考え方が実はおかしいのではないか、ということには、なかなか気付けませんでした。