表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

タァちゃんのママは、さげまんかもしれない(第六話)

 SFが好きで宇宙に興味のあったタァちゃんは、五教科のうちでは理科が一番好きでした。とくに天体について期末テストに出題された時は、クラスでトップの成績を取ったりもしました。ある時、家にあった百科事典をめくっていたタァちゃんは、『相対性理論』の項目で目が止まりました。アインシュタイン博士の発見した、この有名な理論についての記述をタァちゃんは目をキラキラさせて読みました。『光速に近づけば近づく程、時間の流れがゆっくりとなる』という内容の小物語が載っていたのですが、中学生だったタァちゃんにはよく分かりませんでした。そこでタァちゃんは、すぐそばに居たママに尋ねることにしました。

「ねぇ、これってどういう意味かな?」

聞かれたママは、ちらりと百科事典のページに目をやると、タァちゃんの方を見てこう言いました。

「そんなことよりも、今はもっと、大切な事があるでしょう?」

タァちゃんはあっけに取られましたが、すぐ台所仕事に戻ってしまったママに、それ以上は聞けませんでした。実はママは、『相対性理論』について、チンプンカンプンだったのですが、それをタァちゃんに知られるのが嫌だったので、こう答えたのでした。タァちゃんにとってその時一番大事だったことは、大宇宙の法則への知的好奇心を満たすことだったのですが。

 中学3年生になったタァちゃんは、いよいよ進路を決めることになりました。誰に教わることもなく、自然と毎日絵を描いていたタァちゃんでしたが、やはり絵の道に進みたいと考えました。 

 とある日曜日、パパの隣りに座ったタァちゃんは、勇気を振り絞ってこううちあけました。

「私、美大の付属高校に行きたい」

パパの顔を見ながら、タァちゃんはドキドキして返事を待ちました。ところが、パパが口を開くよりも早く、傍にいたママが叫びました。

「そんなのダメよ!!」

タァちゃんとパパは、ギョっとしてママを見つめました。二人の反応に慌てたように、ママは言い訳しました。

「だって、まともに絵の道に進めなかったらどうするつもりなの。近所のケイくんのお姉ちゃんも、美大に行こうとしてすごい苦労してるんだからね」

パパは結局、何も言いませんでした。ママの意向には逆らえなくなっていたタァちゃんは、ママの望む通り、普通に進学校を受験することになりました。

 実はママは、自分の知らない世界にタァちゃんが進むこと。そして、タァちゃんが失敗した時に、自分自身が苦労する事を恐れていたのでした。また、ごゆっくりさんだったお兄ちゃんの受験があまり上手くいかなかったこともあり、タァちゃんには是が非でも、進学校に合格してもらい、自分のプライドを満足させる必要があったのでした。

 中学校3年生も終わりに近づいた頃、クラスの皆の進路が大体決まった中に、美大の付属高校へ進むことになった女の子がいました。その学校は、タァちゃんが最初に「行きたい」と願った場所でした。タァちゃんから見れば、絵を描くことで目立った印象の全くない生徒だったにもかかわらずです。タァちゃんは虚しさを覚えました。

「もう、私は、一生このままなのかもしれない・・・・・・」

自分の人生に半ば諦めにも似た気持ちを、この時のタァちゃんは感じていました。

 そこそこ進学校だった高校に合格し、通い始めたタァちゃんですが、その学校に受かったら、天体望遠鏡を買ってもらう約束をしていました。小さい頃から宇宙が大好きだったタァちゃんは、あるアニメの主人公が持っていた屈折式の天体望遠鏡に、ずっと憧れていたのでした。カタログも手に入れ、ワクワクして待っていたある日、近所の電気店からある物が届きました。その包みの中身は、小型のステレオコンポでした。タァちゃんの部屋にそれを設置させたママは、タァちゃんに向かってこう言いました。

「望遠鏡なんかより、こっちの方がずっと役に立つでしょ?」

どうやら自分も使うことを考えている様です。反論されることを全く考えてもいないママの態度に、タァちゃんは言葉も出ませんでした。

 翌日には、タァちゃんは何事もなかったかのように過ごしていました。嫌な思い出は、心の奥底に封印してしまったのでした。

 その出来事をすっかり忘れてしまった頃、学校から帰宅したタァちゃんに、ママが慌てた様子で話しかけてきました。

「ステレオを買って、良かったわよね。こっちの方を買って、良かったわよね?」

カバンを手に持ったまま、不意をつかれたタァちゃんは、反射的にうなずいていました。

「うん・・・・・・」

その言葉を聞いたママは、安堵の表情を浮かべると、その場をサッと立ち去りました。この時のタァちゃんには分からなかったのですが、パパがママの約束を破った行動を叱っていたのでした。自分の誤ちを認める事がとても苦手なママは、タァちゃんに肯定させることで、自分の心の安定を得ていたのでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ