飴と鞭
≪しかし…≫
俺が洞窟から出て引き摺られた跡を辿っていると、俺の左腕に纏わり付いて骨を固定している鉄スライムが震え、話し掛けて(正確には文字をその体に浮かび上がらせて)来た。
≪よくもまあ許可を出しましたね。私が創り出せる金属なんて先ほど出した金の他には、鉄と銅くらいしかありませんよ。食べた事のある金属しか創れませんので≫
鉄スライムは続けて文字を表示していく。
≪私にとっては非常にありがたい話なのですが、貴方は一体なぜ、どんなメリットがあって私の…まあ、率直に言うと寄生を許可したんですか?金を売って金を稼ごうという魂胆だろうと思っていましたが、さっきの金を拾って行かない辺りからこの考えはハズレでしょう。しかし貴方の年齢から考えると、その辺が妥当なのですが≫
「食べた金属ならどんな物でも創れるのか?!それはいいぞ、ますます良い!そうだ、お前金属の剛性と強度も変えることは出来るか?」
≪質問に答えてください…剛性と強度?硬さの事ですか?ええ、ある一定…つまり、その金属の出せる一定の限度までなら可能です≫
「あー…えーっと、じゃあ曲がりにくくする事は?」
≪変形させにくくさせることも、一定までなら可能です≫
「よーしよしよしよし良いぞぉ、思ってた以上だ!」
≪一体何が思っていた以上なんです?
先程から貴方は私に質問ばかりして、私の質問に回答をしていません。次は私の番です。私で一体何をするつもりなんです?≫
「おっと、ごめんごめん。あんまりにもお前が凄すぎてちょっと興奮しててな。お前を使って…いや、使うってのは失礼か。お前にちょっと、金以外にも色々と創って貰いたいものがあるんだよ」
色々と、な。
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俺がこいつに創ってほしいものというのは、俺がこれから設計する物のパーツである。
俺は元々、この世界で前世の世界の様々な文明の利器(蒸気機関や銃火器等)を設計、普及させて文明を発展させる事で、勇者を呼ぶ様な事態でも生存できる確率を上げようと考えていた。
しかし、ここで問題が発生する。
俺の職業は設計士であって、鍛治職人でも錬金術師でも無いのだ。生産性がない。
だからといって、他の、例えば巷の鍛治職人に「これ作ってね」なんていってAK47等の銃の設計図を渡したとしよう、作れる訳が無い。多分。いや、もしかしたら単純な物なら作れのるかもしれない。しかし、できたとしても先込め式の火縄銃がいいところだろう。ライフリング(銃身の内側にある複数の螺旋。あると銃弾の命中率が上がる)?作れる訳が無い。それじゃダメなんだ。せめて、連発できるものでないと。金属の強度も問題だ。一般的な鋼では形ができたとしても撃てるような代物ではない。
しかしこのスライムは、そういった問題をクリアできる。いや、クリアして更にお釣りがくる。
まず、金属の形を自由自在に加工できる。この時点でかなり革命的。
例えば、普通銃身内のライフリングは形のついた芯棒に銃の素材を外側から被せ、そこに圧力を掛けて作るのだが(専用の工具で彫るという方法もある)、コイツはそんな手間を一切必要としない。代償は大量に余ってる魔力だけ。
さっきの金を創り出したように、ぬーっと出して、終わり。そのほかのパーツについても同じで、更に正確にできる…と、いいな。まあ、恐らく大丈夫だろう。
さらにだ。食べた金属ならなんでも創れるーーーちょうどいいコイツ向けの食料が、孤児院にあるではないか!多分コイツなら頑丈な合金、前世では銃身にはクロムモリブデン鋼やステンレス鋼が使われていたが、それらも創り出せるだろう。合金を作るための炉を作る必要も無くなるといいな。
孤児院に帰ったら色々試さないと…!
『さっきからニヤニヤと気持ち悪いですよ。まだ質問したい事は沢山あるんです。まず色々とは何ですか、色々とは』
「うるさい!目標が達成できそうなんだ、少しニヤニヤさせろ!色々については後で話す」
とまあ、言った通りニヤニヤしながら孤児院に向かっていると…
何か嫌な、所謂怒気と呼ばれているであろう物を感じる。
しかも何故か孤児院の方から。まさか魔物の襲撃かとも考えたが、考えている内に1つの可能性に辿り着いた。
マリー先生にバレたという可能性である。
ふむ…前回俺は、マリー先生になんと言われたっけ?そして、マリー先生は俺にミリアという監視を付けた…とするとだ。
ミリアは劇が終わったか最中に、俺が居ないことに気が付くだろう。そして、マリー先生に報告する。感の良い先生の事だ、開け放たれた窓を見ただけで全ての察しはつくはず…
あ、これバレた。確実。あの『わかりますね?』の裏に隠された意味は、おそらく何時間にも及ぶお説教だろう。
うわぁ…もうどうしよう。ヤヴァイ。はっきり言ってスフィンスウルフに追われた時の十倍は怖い。
しかも、孤児院に一歩一歩近づくにつれて怒気…いやもうこれ殺気?が濃密になっていく。
『どうしました?ニヤニヤが消えて震えてますよ。震えるのはスライムの特権です、パクるのはよくない』
「お前この殺気感じないの…?あ、そうだオマエどうしよう」
連れてきたけど、コイツ一応魔物なんだよなぁ…
「腕を固定してくれているって言えば誤魔化せるかな…」
『ポジティブに考えて下さい。大丈夫、きっと誤魔化せます』
「そんな他人事みたいにな…とりあえず袖の下に入ってくれ」
こんな会話をしていると、遂に孤児院のの前まで来てしまった。そうか、ここが魔王城だったのか。
『錯乱してないで、早く窓から入るなり何なりしたらどうです?』
「そんなこと言ったってお前なぁ、はぁ…」
仕方が無い。外も暗くなってきたし、どうせバレるなら正面、つまり玄関から入ろう。そっちの方が怒られないだろうし。
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玄関を抜けると、案の定マリー先生が仁王立ちして待ち構えていた。ただ、ただにこやかに。しかしはっきりと怒気を滲ませて。
「お帰りなさい、レンくん……またやったんですね?」
「…はい」
「前回あれ程までに言ったのに、また、森に行ったんですね?」
「…はい」
「さらには、森に行って、…腕まで折って来たんですね?一体何をしたのですか?」
!?
なぜバレた。
「なんでわかったのか?って顔してますね。それは私の特技…スキルとでも言いましょうか、わかるんですよ。どんな怪我を何処にしているかとか、そういった物が。さ、腕を出してください。治療します」
「はい…」
そうか、先生もスキル持ちだったのか…恐らくそのスキルを使って金を稼ぎ、この孤児院を開いたのだろう。
そんな予測を立てつつ、俺は素直に腕を差し出--
「ひゃあっ!?」
「どうしました?痛むのですか?」
「いっいや、何でもありません」
びっくりした…スライムが腕からいきなり背中に移動するものだから、ヒヤッとしてつい声に出てしまった。長袖だからとて動き過ぎるとバレるぞ。
「うわ、かなり腫れてますね…これは折れた程度で済んでいると良いのですが」
どうやらバレなかったらしい。ふぅ…腕は、だいぶ腫れ上がり、赤くなっていた。それでも長時間固定していたからか、完全に折れた状態からマシにはなっている。
…治療が済んだらお説教か。長いんだろうな…正座やだなぁ…
「ちょっと痛むかも知れませんが、我慢してくださいね。自業自得ですから。いきますよ…"サニタトゥーマ、癒しの光よ"」
先生が腫れた所に手をかざして呪文を唱えると、何ということでしょう。先生の手から暖かな光が生まれたかと思えば、腫れがみるみる引いていき、すっかり元通りになったではないか!
しかし…ジンジンとした、成長痛に似た痛みが俺を襲った。
「…っう…!」
でも意地を張った。声を漏らさず、平然とした佇まいでいようと歯を食いしばって努力した。痛くない、痛くないぞ。
「だいぶ痛そうなのは表情から見て取れます。ですが、これもいい薬です。さてと。まさか前回レンくんの『反省しました』を聞いた次の日にまた同じ事で怒ることになるとは。先生は悲しいです」
バレバレだった。そりゃ歯を食いしばったらバレるか。それじゃ、ありがたいお叱りの言葉を受けると…
「しかし、今回レンくんに伝えるべきことはなにもありません。前回言い尽くしました。ですので、その代わりに罰を与えます」
「…罰、ですか?」
あれ?予想してたのと違う。正座のなか長い長いお叱りが続いて、それが罰になるとか考えてたのだけど。
「ええ、罰です。今度、知り合いが街でコンサートを開くので来ないかと言われたので、孤児院の皆で街に出掛けようという企画をしていたのです。ですが…ルールを守れない子を連れて行く事は出来ません」
まさか…
「つまり先生、それは…」
「そうです。貴方は一日中、孤児院で待っていてもらいます」
「そんな!まさか先生、そんな殺生な!」
町は三歳児が一人で出歩くにはちょいと危ない。孤児院から一人で町に行けるようになるには、もうちょっと成長しなくてはならない。それがルールだ。
そんな中、皆で町に、しかも働きに出るのではなく遊びに…羨ましい!
この世界に生まれてまだ一度も見たことのない町、いや大きくなれば町は観れるがコンサートは一生に一度見るか見ないか…
どのような音楽文化で、どのような楽器がどのような音色を奏でるのか!非常に興味がそそる。なのに、なのに…!
「いくらなんでも罰が重過ぎです!もう一度、考え直しては頂けませんか?!」
「貴方がまた居なくなったという事をミリアちゃんから聞いて、心配で心配でならなかった時に考えついたのです。レンくん、貴方にとってこれ以上いい薬はないでしょう」
「確かに…そうですけど…」
「ルールを守れないとこうなるんです。さ、今日はもう寝室へ行きなさい。夕食も抜きです」
「そんな…」
こんな事なら、もうちょっとほとぼりが冷めてから森に行くべきだったな…ああ、置物役も素直にやっていればこんな事には…
俺はしょんぼりとしながら、とぼとぼと寝室へと向かった。
####
「コンサートかぁ…はぁ…」
寝室に着いて二段ベットの下の段に座り込んだ俺は、相変わらず後悔していた。
今は夕食の時間なので、寝室には誰も居ない。
「でも置物役もなぁ…はぁ……アヒィン!?」
二の腕をいきなりヒヤッとした感覚が襲い、俺はまた変な声を出してしまった。
「またお前か!いい加減にしろ!急に動くな、オマエ妙に冷たいんだから!」
『いやなに、ちょっとさっきの驚いたであろう声がツボにハマりまして…クククッ』
背中から腕を伝って出て来たスライムが、若干震えながらこんな文を浮かび上がらせる。
「わざわざ笑い声を文字にするところがイラッとくるな…なんだよ、何か用か?」
『腕も無事に治ったようですので、先程の質問の続きをしようかと。聴きたいことはまだまだ沢山あるんです。あと魔力下さい』
「成程、そういえば今なら丁度いいな。いいよ、答えてやる」
『魔力は?』
「今出すから…はい」
俺が手の平に握り拳位の魔力の塊を出してやると、スライムは早速それに覆いかぶさってきた。
『おお、濃厚。では、最初の質問です…』
それじゃ、質問に答えていくとするか。ついでにコイツが何を出来るか実験もしておこう…
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