洞窟の中で
ひんやりとした冷たい風が頬を撫で、俺はゆっくりと意識を覚醒させる。
はて、俺はこんな所で何を…そうだ確か、崖から飛び降りて、例のスフィンスウルフを偶然ペチャンコにして、腕の骨を折って、それで鉄スライムが…!
「っつ!」
思わず固い土の地面から飛び起きる。
辺りを見ると、どうやらここは小さな洞穴らしい。
生きている…しかしなぜ?自分は鉄スライムに襲われたはずだ。
鉄スライムとは水銀のような体を持つスライムの事で、主に鉱山に生息している魔物である。
鉱物や魔力を主食とし、冒険者などを襲い金属製の装備品や魔力を吸収する。
他種のスライムと同じく核となる部分を攻撃しないと倒せない事に加え、金属製の剣などで攻撃を加えるとジワジワと金属部を吸収し、少しづつだが強くなるやら剣の切れ味は悪くなるやらで、コアを少しでも傷付ければ倒せるものの物理攻撃を主な攻撃法としている冒険者にとってはかなり厄介な魔物である。
《ダンジョンに棲む魔物大百科》は覚えておくと、やはり役に立つな。
この世界の住人はどんなに少なくても必ず魔力はあり、その微量の魔力は生命活動のために使われているらしい。その魔力がなくなってしまうと、十分やそこらで死んでしまうそうだ。そして召喚されてくる由紀達はいざ知らず、この世界の住人の体で産まれてきた俺が無抵抗に鉄スライムに襲われたなら、鉄装備なんてしてない俺は必然的に魔力を抜かれ死んでしまうはず。
…そういえば、俺骨折もしてたんじゃないか?さっきから痛みがない。ものすごい方向に曲がってたはずなのに。
気絶している間に脳が痛みに慣れたんだろうか?いやいや、あれだけ曲がってたらそんな事は…まあそれはさておき、生きていたのなら腕を元の位置に固定しないと。
左腕を見る。
腕の向きは何故か正常…これは嬉しい。うん。折れた腕を元の位置に自分で戻すのは痛みが無いとしても相当来るものがあるからな。いやー嬉しい嬉しい。だから……
その腕の折れていた部分を覆うように纏わりついている鉄スライムなんて俺は見なかった。
ぷるぷると少し震える鉄スライム。その体はまるでプリンの様に弾力がありそうで…
「イィヤアアァァァア!!!」
何で?!何で俺の腕に鉄スライムが?!
ぶんぶんと腕を振り回して、遠心力でスライムを飛ばそうとする。骨折?知ったことか!がしかし、スライムはただプルプルと左腕を覆いながら震えるのみ。
ぶんぶん
ぷるぷる
ぶんぶんぶんぶん
ぷるぷるぷるぷる
ぶんぶんぶんぶんぶんぶん!
ぷるんぷるんぷるんぷるんぷるんぷるん
振り回すこと五分、なかなか落ちない。クソっ!このしつこい油汚れのような鉄スライムめ、さっさと落ちないか……ん?
左腕に纏わりついて…?
「…もしかしてお前が、腕を固定してくれてたのか…?」
そうスライムに話しかける。鉄スライムはただ震えるのみ。そうだよな、スライムに言葉が理解出来る訳ないしそんな事をする訳がなi≪そうですよ≫……?!
スライムの表面に文字が浮かび上がった!?
「ちょちょちょ、ちょっと待て?お前、言葉が理解できるのか?!」
≪はい≫
またスライムの表面に文字が浮かび上がる。
一見するとかなり高度な知性を持っているようである。スライムに知性があるなんて聞いたことがない。
これはもう『解析』するしかないな。
「ちょっと動かないでいてくれ?…解析」
≪?≫
スライムの体の表面にはクエスチョンマークが、俺の目の前にはVRゲームのウィンドウのような物が出現する。現在解析中、との表示。
ミリア達に試していたらわかったんだが、スキル『解析』は少々扱いづらい所が複数ある。
その内の一つがこれ、解析対象が動いていると解析が進まないのだ。
お、終わったか。
何々…?
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解析結果:
名前:鉄スライム(i)
Level:42
体力:250
筋力:140
防御力:150
俊敏性:200
魔力:400
魔力才能:火
技能:思考判断
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わぉ、スライムのくせして意外と強い。
少なくともLevel1の俺よりは強い。どうりで遠心力で飛んでかない訳だ。
…しかし、(i)って何だろう?
ま、それはともかく。
「えーっと…まず、なんでお前は俺の腕を固定してんだ?」
≪お腹が空いていたんです≫
「は?」
…お腹が空いていた?
≪お腹が空いていたんです。それで辺りを彷徨っていたらあの魔獣と出会い、『いっその事これを襲って空腹を満たそうか』と考えていたら、其処へ貴方がその魔獣の上に落ちて来たのです。おかげで魔獣は気絶し、殺す手間が省けたと思いさっそく魔獣から魔力を吸収しようとしました。すると何やら美味しそうな魔力の匂いがするではありませんか。少なくともあの魔獣の魔力より美味しそうな匂いが。で、その匂いの元を探したら、なんと貴方だったのです。 気絶していた貴方の纏っていた魔力はとても美味しそうに思えた、そこでさっそくその魔力を吸収をしたんです≫
映画のスタッフロールの様に上へと流れていく文書。てか、
「落ちて来た子どもよりまず獲物なんだな…魔物なら当たり前か。てか、なんでお前は俺の魔力を全て吸収しなかったんだ?」
≪しなかったのではなく、出来なかったんですよ。貴方を覆っていた魔力は全て吸収しましたが、そこで満腹になってしまいました≫
「…じゃあ満腹になって無かったら吸い尽くしてたのか?」
≪どうでしょう。貴方の纏っていた魔力はかなり上質な物でしたから、あり得たかも知れません。話を続けますね?≫
「…ああ」
≪魔力を吸収した私は、貴方とコンタクトを図ってみることにしました。なんせ、あれだけの魔力を纏って居たのです。まだ出せるだろうと思って、貴方をここへ引き摺ってきました。腕を固定したのは少し恩を売って魔力を出してもらえたらな、と。≫
「随分と正直なスライムだな、お前…」
≪性分ですので。で、魔力、出してもらえませんか?今ならなんと私がどこまでもお供するサプライズ付きです。≫
「お前はどこのジャパネ〇トだ。じゃなくて、嫌だよ。少なくとも俺にメリットが無い」
≪私がお供になるメリットは結構ありますよ。私は…私が今までに食べたどんな金属や鉱物でも創り出せます。こんな感じで≫
その文字が流れた途端に鉄スライムから、一本の金の延べ棒がヌーっと生えてきた。
「!?…お前、金属が出せるのか?!」
≪はい。≫
「どんな形にでもできるか?複雑な形にでも?」
≪はい。≫
この返答を聞いた瞬間、俺は思わず「OK!」と返答してしまっていた。何故って?それは…
コイツがいれば、もしかしたら俺の職業が活用出来るかもしれないからだ。
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