はじめての
平成最後の投稿です。
耳栓越しに飛び込んで来る、森に響き渡る発砲音。
ガツンと来たであろう衝撃は、重い鉄製のテーブルが抑え込んだ。
「ん…まあこんな物か」
形を歪ませ、中に入った水をじょうろのように散らし始めた80m程先の一斗缶を眺めながら、『設計再現』により表示されたウィンドウに弾薬に込めた魔力の量を記録していく。
ExcelをWord代わりに使うようなものだが、嵩張るし消えてしまう可能性のある紙に書くより断然使い勝手が良いので重宝している。
R8のテストを終えた俺たちは、次にDT11のテストを始めていた。
『…音の割に威力は地味ですね。』
「まあこの弾はな。だが次は違うぞ、見てろ…ってお前、その魔力は食うなって言っただろ!耳悪くするから!」
『好物で覆われては我慢ができませんでした。大体私は魔物なのですよ?人間と違い、そんな程度の音で弱る程軟弱な器官は持ってません…さ、続けて続けて。』
だからってお前なぁ…と、スライムの不思議聴覚器官に疑念を抱きながらレバーを引き後矢(2発目)を放つ。
次の瞬間、一斗缶は大穴を開けて中の水を吹き出した。
『おお、威力が変わりましたね。これが一粒弾ですか。』
「そうだ。流石は頭のいいスライム、話をよく聞いている」
ショットガンというのは様々な弾の種類が選べるというメリットがある。そのなかでもまぁ代表的なのは散弾だ。
散弾は遠くに飛べば遠くに飛ぶ程放たれた粒は散らばって行く。種類にもよるが、その小さな粒達をまともに食らえば体に無数の穴を開け、小型の動物なら出血多量か何かでたちまち行動不能に陥るであろう。
では散弾を分厚い皮で弾いてしまうような獲物にはというと…より粒の大きな散弾か、今撃った一粒弾を使うのだ。文字通り一粒の大きな弾丸が、皮をその運動エネルギーと質量で貫いてくれる。
狩猟にはもってこいの銃である。
さて、弾薬に込める魔力の量が決まったからにはさっそく量産を始めよう。こいつらを上手く扱えるように練習もしなくては。次は自分で撃って反動を確かめよう。
そんなふうに考えていた時、視界の隅にいたイリスが急に大きく震えた。
『銃を手に取ってください、レン。』
「なんでさ。言われなくても今からそうするけど…」
『急いで。藪の中から音がしました、何かが近付いて来ます。的の少し右横からです。』
なんだって?
イリスが体の一部を尖らせ方向を指し示す。
俺は顔を上げ、そちらを見つめた。
…藪は揺れていないし、何も聴こえない。
「なあイリス、俺には何か来るようには見えないし音も聴こえな──」
間髪入れずにイリスが文字を表示させる。
『耳栓しているんですから聞こえなくて当然です。さあ早く、私を信じて。』
それを読むや否や俺はベンチレストのネジを緩め、DT11を手に取った。
アホか俺は…耳栓をしているのを完全に失念していた。そりゃ聴こえない訳だよ。
だがこんなヘマをやらかしているのにイリスが俺をからかわないのは確実に何かあるからだ、ご丁寧に矢印で向きを指し示してくれている。
トップレバーをずらし銃を折り、飛び出した空薬莢を気にも止めず次弾を装填する。さっきと同じ種類を、同じ順に。
言われた通り的の右横へ構える。今の俺にこの銃は少々、いやかなり大きいから、必然的に腰撃ちの構えとなる。R8の方が良かったか…だが筋力は高校生だ、しっかり握れば扱える。肉体強化魔法だって出来なくもないのだから大丈夫だと、自分に言い聞かせる。
藪が揺れ始めた。さあ何が来る…?
白い毛が見えた。次に火傷の痕が残った顔が。そしてそいつが火の粉を纏い完全に藪から姿を表した時、俺は思わず呟いてしまった。
「…またお前か」
いつぞや俺を追いかけてきたスフィンスウルフ。聞き慣れない銃声に寄ってきたのか?ヤツは俺の姿を見るなり牙を剥き出しにし、火の粉を撒き散らした。恐らくは唸っているのだろう、傷を負わせた俺のことを覚えているのか。
目が合う。
次の瞬間ヤツは飛び出し一直線に突進してくる。
バカめ、もうあの頃とは違うぞ。
引き金を引く。俺は勝利を確信した。
「ガゥッ!!」
「なっ!」
だが物事はそう上手くは運ばないらしい。
反動と共に撃ち出される散弾は、ヤツの頭上を掠めるに留まる。
そんなバカな…!
銃声に驚いたのかスフィンスウルフは一瞬足を止めるが、また勢いよく俺に向かってきた。ただ…
「クソっこいつ…!」
ジグザクにだ。
こうなるともう素人の腰撃ちで一粒弾を当てるのは不可能に近い。
たった1度の攻撃で銃の特性に気付いたとでもいうのか。小賢しいヤツめ、どんどん近づいてくる。もう目と鼻の先だ。あの時の死の恐怖が蘇る。視界がやけに遅くなり始める。そこまでは良いのだが体が動かない。
そしてヤツがその強靭な後ろ足に力を込め、俺の喉笛目掛け牙を剥き出し飛び掛からんとしたその時。
恐怖で身が竦んだ俺は目を瞑れもせず、ただがむしゃらに人差し指に力を込めた。
「キャン!」
くぐもった銃声を耳栓越しに聞くと同時に、ヤツがドサリと横に倒れる。
当ったのか…?倒れたスフィンスウルフに目を移すと、ヤツはその白い毛並に映える血を眉間から流している…運が良かった。
「……ハハハ、どうだ。見たかイリス。スフィンスウルフだって一発でこの有様だ」
そう言いながらテーブルの上のイリスに視線を落とすと、
銀色の右手を生やしたイリスがR8を握っていた。
『結構使い易いんですね、これ。』
「えぇ…」
随分と器用な事してるなお前。
見れば銃口からは煙が上がってる。まさか…
「もしかして当たったのって、お前の弾?」
『ええ。貴方のはあっちです。』
イリスが銃を手放し指した先の木には、確かにスラッグ特有の大きな弾痕が。
マジかようわだっせぇ…見たかとか言っちゃったよ俺。初めての戦闘で一発も当たらないとか信じられない。
「…ありがとな。助かった」
『貴方に死なれたら食いっぱぐれますから…冗談です。まぐれですよ、私も初めての使ったのですから。貴方の運が良かったんです。』
「なら俺の弾が当たれば良かったんだがな…」
思わず溜息が出る。
「しかし、よく間に合ったな。片手だけでベンチレストから外すのは大変だったろ?」
『いえ、何分咄嗟のことでしたので固定具は食べてしまいました』
「は?…本当だ抉れてる。まあいいや、もう暫く使わないし。さて…」
再びスフィンスウルフに視線を移す。
「なあイリス、コイツ幾らぐらいで売れると思う?」
『そうですね…今の相場はどうなっているかわかりませんがまあ、それなりの値にはなるかと。』
「なんだ、昔ならわかるのか」
『いえなに、これはよく狩られているのを見かけていますので。そこから予想しました。』
「ふーん…」
まあいい。一先ずコイツをマリー先生の元へ運ぼう、売るにしたって街には一人では行けないのだから。
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イリスに頼んで創らせた鉄板をソリ代わりにし獲物を乗せ、これまた創らせたワイヤで括り、肉体強化魔法でもってえっちらおっちらそれを引き摺り孤児院へ戻ると、魔法の練習をするミリアの姿とともに見かけない荷馬車が玄関横に停まっているのが見えた。
「あっ、レンくん!おかえ…え?なにとってきたの⁉」
「おーミリア、凄いだろ。スフィンスウルフだ。森でな、イリスと俺で獲ったんだよ」
ちょっと見栄を張った。まぁ少し位良いだろ。
「すごーい!マリー先生よんでく…あ、だめだ!お客さんが来てるんだった!」
「なぁミリア、そのお客さんってのはこの荷馬車の持ち主だよな。新入りか?どんなやつ?」
「ううん違うの、先生のお友だちだって!今マリー先生のおへやでお話してる!」
マリー先生の友人か…うーん、なんて間の悪い。スフィンスウルフの処理の仕方を教えて欲しかったんだがなぁ。
「それで、今回はどんな物を見せてくれるのです?」
「北方で珍しい薬草が手に入ってね。ちょいと値は弾むけど、その価値は君ならよく…おや?」
すると噂をすればなんとやら。マリー先生とその友人と思わしき声が、玄関から聞こえてきた。ナイスタイミング。
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