実習授業
鉄スライムにイリスという名前をつけてから結構な時間が経って、俺は4歳になった。
イリスがどんな事を出来るのか研究したり、ミリアと、便乗してきたウィルに文字を教えたり、置物役になったり…そんな日々を送っている。
それと新たな進展があった。マリー先生の授業を受けられるようになったのだ。
魔法に関する授業を受ければあの魔力の塊が何かに活用する方法を学べるかもと、頼み込んでみた。本だけでは学べないこの世界の常識も学んでおきたいというのもある。
勿論3歳の時と同じように、理由を説明され断られそうになったが粘り強く交渉して、
・受講させてくれたら必ず言うことを素直に聞くし大人しくする。
・授業に付いてこれなくなったら7歳になってから授業を受ける。
という事を条件に受講させて貰えることになった。
この約束を破ったらどうなるかは…あまり考えたくない。
そして受講しているうちに、やっぱり本では学べなかった事を学べた。
魔法には火、水、土、風、光以外にも系統があったのだ。それが無属性系統。神様が言っていた基本的な魔術はこれの事だろう。
代表的な魔法は肉体強化魔法や、回復系統の魔法だろうか。
神様は"基本的な魔法しか使えないよ"と言っていたが…やったね、俺にも魔法が使えるかもよ。しかも意外と重要な奴が。
使えるかも知れないと知ったら使ってみたくなる。
で、待ちに待った魔法の実習時間。
孤児院の庭には孤児院のメンバーが3人、町から来たメンバーが2人いる。
この孤児院は魔法学校代わりでもあるのだ。町には学校は有るものの、魔法を教えられるような者が居ないらしい。なので、町の子供は優秀な魔術師であるマリー先生の元へ魔法を習いに来るのだ。
マリー先生の種族はエルフ、魔法に関するプロフェッショナルである。これは学ばない手はないだろう。
そして此処で基礎を学び、才能のある者はより専門的な魔法学校へ行く。
「さて皆さん、まずは準備運動から始めましょう」
「「「はーい」」」
皆が一斉にいいお返事。
魔法の授業は危険が伴うこともある。科学の実験授業のようなものだ。なので、マリー先生のお言葉は絶対である。
ラジオ体操モドキをした後はいよいよ実際に魔法を使う。
今回は初めての実習授業なので、魔力があれば誰でも使えるらしい無属性系統の基礎の基の魔法、『肉体強化魔法』を実践する。
この魔法はその名の通り、肉体を強化する呪文だ。上手に使用すると、自分より大きな物でも軽々と持てるようになったり、風よりも速く走れるようになったり、遠くの物もはっきりと見えるようになるそうだ。
マリー先生曰く、魔法を使う時は呪文を唱える事よりもイメージする事が大切だそうだ。今回の肉体強化魔法なら、体を流れる魔力で包み込むイメージをするとやり易いらしい。
マリー先生のお手本の後、さっそく試してみる。魔力の流れは以前掴んだから、後はイメージだ。
呪文を唱える。
「"コルプス・コンフィルマス、肉体の強化"」
すると成程、なにやら体か軽くなり、力が湧いたような感覚がある。
初めての魔法にしては若干地味な気がするが…これは成功したのだろうか。
「とりあえず走ってみーー」
脚に力を入れて1歩を踏み出そうとした瞬間。
「あ、レンくん!まだ動いては…!」
周りの景色は全て後方にすっ飛んでいき…
「ゲッファあ!」
孤児院の壁に思いっきりぶち当たった。
反動で尻もちをつく。
うわぁ……ダサい…
「うぅ…」
「…いけません。と言おうとしたのですが、遅かった様ですね。大丈夫ですか?」
マリー先生が駆け寄って、顔をのぞき込んできた。若干呆れ顔だが、それでも心配してくれる。
「はい、不思議とあまり痛みはありません…これも肉体強化のお蔭ですか?」
「ええそうです。平気な様子でなによりですね。さて皆さん、今のレンの肉体強化魔法を見て何でこうなったか、わかりますか?」
「魔力を込めすぎたから、ですか?」
生徒の1人が答える。
「そうです。座学の時にも言いましたが、肉体強化魔法は込める魔力が多ければ多いほど、より強力な力を体に与えます。しかし、それが制御できるかどうかはまた別のお話です。レンくんは自分が制御できない量の魔力を込めてしまったので、こうなってしまいました」
気を付けないとこういう事になる。とマリー先生は生徒に忠告していく。
「いくら魔力を込めても、扱えなければ無駄なだけでほかの魔法が使えなくなってしまいますし、最悪魔力切れも有り得ます。その時その時の自分に合った適度な魔力量の調整が必要なので、皆さん気をつけてくださいね」
「「「はーい」」」
使う魔力量の調整か…適当にこんな物だろうという感じで、ちっとも考えていなかった。
尻もちをついたままそんな事を考えているとマリー先生が、再び俺をのぞき込み話し掛けてきた。
「さあレンくん、立ってください。この程度でへこたれてはいけませんよ、最終的には無言詠唱でこの魔法が使えるようにするのですから」
「無言詠唱ですか!?うへぇ…」
無言詠唱…これも文字通り、呪文を唱えずに魔法を使う事を指す。
これを使いこなせる様になると、呪文を唱えずとも瞬時に魔法を使える事が出来るようになり、更に戦闘時相手に攻撃を読まれにくいというメリットがある。
しかしこれは結構難しいらしく、普通に魔法を使うよりもよりイメージ力と集中力が必要な上、魔力の消費量も多い。
「やっぱり付いてこれませんか?それでは…」
「わあぁ待って、待ってください!行けます!まだ付いていけます!」
俺が辞めさせられてはたまらないと慌てて立ち上がると、マリー先生は俺を少しの間見つめ、そしてふと我に返ったようにあたりを見渡し、他の生徒を指導しに行った。どうしたんだろう?
ま、いいや。それより、使う魔力量の調整か…適当にこんな物だろうという感じで、ちっとも考えていなかった
一体全体俺は今の魔法にどれくらいの魔力を使ったんだろうか?
皆に見えないように後ろを向いて袖をまくり、ウィンドウを最小の状態で魔力の部分だけ表示させる。
どれどれ…?
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魔力:1088/1450
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減りは少ないように見えるけど、それでも今の動作だけで大体1/4もつかったのか!
1/4か…そりゃちょっと多すぎるな。もっと効率よく魔力を使う練習をしなくては。
こうして俺はその後も練習を続け、授業終了時には満足とは言えないが、それでも必要最低限の魔力でそれなりに素早く動ける程度には肉体強化魔法を扱う事に成功した。
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「あ〜疲れた…」
「おつかれー!レンくんすごいいきおいで壁にぶつかってたけど、大丈夫だった?」
「なぁレン、『ゲッファあ!』ってなんだ?あれも魔法の呪文なのか?」
実習を終えて孤児院の遊戯室に行くと、そこには俺を心配してくれる天使のようなミリアと、ニヤニヤしながらおちょくってくる小悪魔のようなウィルが居た。
どうやら窓から覗いていたらしい。
「大丈夫だよミリア、肉体強化魔法のお蔭で痛みも何も無かったんだよ。そしてうっさいウィル。お前も一回やってみればいいんだ、あの魔法の凄さがわかるから」
大変なんだぞ、量の調整って。イメージ1つであんなに変わるなんて思いもしなかった。
「俺は7歳になってからきちんとれんしゅうして使えるようになるんだ、レンみたいなドジはしないよーだ!」
「こらウィルくん、そんなこと言ったらダメでしょ!レンくんに文字を教えてもらってるんだから、ちゃんとあやまりなさい!」
「ははは、大丈夫だよミリア。ウィルも魔法を使う時にはきっと理解するから。所でミリア、アイツは?」
「イリスちゃん?イリスちゃんならベットの下にいると思うよ」
「そうか、わかった。ちょっと様子見に行ってくる」
「うん!あ、そうだレンくん。あとでまた置物やくね!」
正直言うとやりたくない。だがそんな事ストレートに言ってはいけない。
「……考えとくよ!」
俺はそう言うと寝室へ向かった。今日もアイツの調査をしなくては。
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