金属球
『そうですね…では、まずこの事から質問させてもらいましょうか』
スライムが質問を始める。
『貴方は何故、あんな崖から落ちてきたのですか?事故か何かですか?』
「ああ、それは別に事故でもなんでもなくてな。自分で飛び降りたんだよ」
『その歳で自殺しようとしていたのですか。まだ未来ある若者だというのに』
「いやそういう訳じゃなくてな…」
俺が何故あの時飛び降りたのかというと…危機的状況を体験するとアドレナリンをコントロール出来るようになるというとある漫画の理論を、試したかったからである。
火事場の馬鹿力とか、事故の瞬間視界がスローになるとか、痛みを感じなくなるとかいうものがあるだろう?あれは脳にある交感神経という神経が自分にとって脅威となる状況を察知して活性化し、普段脳が身体にかけている制限を外す事により起こる現象だが、その際に交感神経が分泌し制限を外す等の役割をする物質がアドレナリンだ。ノルアドレナリンってのもあったかな?ま、それは置いといて。
このアドレナリンを自由にコントロール出来たら、ステータスボーナス入って俺TUEEEE!とか視界を意図的にスローにして"見える、見えるぞ!"とかできるかな、と考え実行に移した訳だ。
そういう旨をわかりやすいように比喩表現等を使いスライムに説明する。
『自ら…トレーニングに入るのですか、それ。それで、そんな危険な事をした見返りはあったのですか?』
「…それがなぁ…」
はっきり言えば、あのトレーニングが最終的に成功したとは言えない。
生存本能が働き、視界がスローになり、『ああ、こんな感じなのか』というのも実感できた。しかし、それを自由にコントロール出来るようになったか?となると…首を傾げざるを得ない。
まず、実感がない。これだァー!っていうものが無い。…落ちてる最中、必死に足掻いた記憶はあるが…アレだろうか。スフィンスウルフがクッションとなったせいで、本当に死ぬ様な経験をして無いからだろうか。それとも…やはりフィクションみたいな世界だけど、別のフィクション世界の再現は無理なのか。
『では、結局骨折り損だったのですか』
「確かに骨は折れたけどそうでもないぞ。なんせお前に逢えたからな」
『おや、それは嬉しいですね。では、次の質問はその事に関する事です…先程も質問しましたが、一体全体私で何をどうするつもりなのかを具体的に教えて下さい』
「あれ?言わなかったっけか。そうだなぁ…なんて言えばいいのか。ある種の、魔具を作るためのパーツを創ってもらいたいんだ」
この世界には"魔具"と呼ばれる道具類がある。例えば、決して中身が減ることのない水瓶や、空を歩ける靴。切れ味が鈍ない剣に、相手に攻撃が跳ね返る盾。この様な、魔法の効果が追加された道具が魔具だ。
さてこの魔具だが、実はかなり凄いポイントが一つある。それは、魔法の才能が無い者でも気軽に扱える、という点である。俺はこの事を本で読んだ時は、その便利さに思わず身を震わせた。
が、その後落胆した。
魔具はとにかく価値が高い。安くてもよく調教された馬2頭分位のお値段らしい。
それもそのはず、魔具というのは熟練の魔術師が直接魔法をかけたり、魔法陣や魔術回路やらを道具に組み込んだりして作る物なのだ。そりゃ高くなる。魔王が作ったと言われる遺跡などのダンジョンで見つける事もできるらしいが、それは運がいい時の話。
『魔具、ですか?しかし、私には魔具の礎となる魔法陣や回路を作る知識も無いですし、そもそも魔具を構築するような物質を創ることも…』
「なーに大丈夫。唯の金属のパーツを正確に創ってほしいだけだし、お前の作る物に魔法的要素は絡まないから。そうだ、それじゃあ早速…」
俺は相変わらず手の平に居る鉄スライムをベットに転がして立ち上がると、ベットの下をゴソゴソと探る。物をしまうor隠すならベットの下が一番。ありゃ、結構奥に行っちゃったかな?…よし、取れた。
『何をするんです?』
目的の物を取り出して顔を上げると、スライムが困惑気味に震えつつ質問してきた。
「お前にどんな事が出来るか調べる。とりあえず、まずはこれを食ってくれ」
そう言って、俺はベットの下から拾い上げた例の金属の球体をスライムに差し出す。
『なんなのです?この金属の球体は。これも随分と美味しそうな匂いがしますが…』
「俺もよく知らないが、マリー先生曰く俺がこの孤児院に預けられた時に、入れられたカゴに一緒に入ってたんだと。もしかしたら貴重な金属なのかもしれない。さ、早く食べてみてくれ」
"神様から貰った凄い金属球だ"なんて事は、口が裂けても言えない。
『そんな得体の知れない物を私に食べろというのですか。そして、本当に良いのですか?親の形見かも知れないのに…まあ食べますけど』
そういうがはやいか、スライムは金属球に飛び付き、その体で金属球を包み込んで行く。
コイツに金属球を食わせたのは一種の賭けに近い。
本当にコイツが食べた金属を構築する事が出来たとして、それをどの程度の精度で構築できるのか。
そもそも、神様はこの金属球をもっと別の場面で使わせる為に渡してくれたのかも知れない。
そうか、スライムの言うとうりで実は親の形見という設定で、何か重要なキーとなっているのかも知れない。
まあ、いまはもう考えても仕方の無い段階に来ているのだが。
金属球を完全に包み込んだ鉄スライムを固唾を呑んで見守る。
暫くの沈黙の後、ブルリと1度大きく震えるスライム。どうやら食べ終わったらしい。
「…どうだ?」
『何なのですか』
「何がだ?」
『…私が今食べた金属球ですよ!いくら何でも、あの大きさの金属球に入っているにしてはは大量過ぎる種類の金属が入っていたんです!おかげで今の私は様々な金属を創れるようになりましたが、
それにしたってこの種類の数は多過ぎます!』
「お、おう、そうなのか。とりあえず一先ず落ち着け」
先程よりも速く文字を浮かび上がらせる鉄スライム。興奮しているのか、今にもこっちに飛びかかってきそうだ。
『本当に一体何だったんですかあの金属球……そういえば、私が食べた金属を創れると言った時貴方は確か、「そいつはいいな!」等と言っていましたよね。もしかして貴方、何か隠してますね?さっきの金属球の事、もっと何か知っているんじゃないんですか?』
「…えーっと…」
誤魔化したのバレた……!
なんて迂闊だったんだろう。こんな展開になるなんて…まさか覚えているとは思わなかった。
あの時はテンションが上がっていたから、判断力が鈍っていたのか?いや、誤魔化し方が拙かったか?でも、俺は17年後この世界に召喚される筈だった勇者の1人だよ、なんて説明する訳にも行かないし。
しかしそれより今は言い訳を
「あの…な?俺、実は…不思議な力が使えるんだよ。物を観ると、それがどんなものかわかるっていう力。"解析"って呼んでるんだけど…金属の事は、それで詳しい事がわかったんだ。でも、その…そんな力が使えるなんて変な奴って思われるだろうと思って、あれの事を詳しく言わなかったんだ」
うーむ、ちょっとコレは苦しいか。しかし、今の俺には他に言い訳も思い付かないし…さて、どうなる。
『"解析"…ああ、さっきの鑑定のことですか。成程、それなら納得です。安心してください、貴方はその力が自分にしか使えないと思っているのでしょうが、貴方以外にもその力が使える人はいますよ。それも結構沢山』
「! そうなのか?」
『直接見たのです、間違いありません。そもそも、特殊な能力を持って生まれてくる人間は割と多いのです。冒険者は確か"スキル"と呼んでいた筈です。知りませんか?ゼノス神が世界に魔法を伝え、才能を与えた事により格差を埋めるために、魔法とは別の才能を世界に与えた神の話を』
「うんにゃ、全く知らなかった」
意外な答えが返ってきた。どうやらこの世界にはぜノス以外にも神はいたらしい。
しかし知らなかったなぁ。そうか、魔力才能やステータス職業はレアでも、スキルってのは案外誰でも持ってるのか。へぇ、いいこと聞いた。
「そうなのか…じゃあ、使っても不思議がられないんだな」
『ええそうです。私の金属の創造も、魔法ではなくスキルなんですよ』
うん。"解析"の仕様か何かで他人のスキルやらが表示されないからコイツの全てのスキルは分からないが、なんとなく想像はついてた。そんな魔法あったら超インフレになってると思う。が、ここは知らないフリをする。恐らくコイツは今、俺がスキルについては何も知らないと勘違いしているからな。
「へえ、魔術じゃなくてそのスキルってやつだったのか!それじゃあ早速、さっき食べた金属球で何が創れるようになったかみs「…レンくん、だれとおはなししてるの?」…!?」
ミリア、いつの間にこの部屋に…っ!?
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