第97話「リスタート。抑えきれない想いと、この心」
「進路相談? ちょ、何言ってるんですか、先生?」
俺は眉を引きつらせながら、先生に問うた。
すると先生は足を組み、自身の長髪を軽やかに翻した。
「何って、そのままの意味だ、奥仲。私が――君の担任であるこの私が、直々に君の進路相談に乗ってあげると言っているのだよ」
「いや、だからそこから既に意味不明なんですけど」
進路希望調査のことを言っているのか? それなら二月の頭には既に出している。俺は当たり障りなく『進学』の二文字を書いて出した。それのどこに進路相談をしなければならないような問題があるというのだ?
まさか、俺の成績があまりにもひどいせいで、今のままじゃ進学できないとかいう相談か? いや、待て。よく考えてみたら、俺の成績はそこまで悪くない。自分で言うのもなんだが、この進学校の中でも中の上くらいはある。なら、成績面のことではないのか?
薫先生の真意が全く読めずに戸惑っていると、薫先生は深く息を吐いた。
「奥仲。まったく、君というやつは。そうやって悩んでいるから、どんどんと時間も過ぎ、自分の気持ちも打ち明けられなくなって、変に捻れてしまったんじゃないのか?」
俺は先生からのその言葉に目を瞬いた。だって、先生のその発言は、今の俺たちの状況を知っているとしか思えないものだったからだ。
「先生、知ってるんですか?」
「さあ。私は何も知らないぞ。君たちが教えてくれないから。しかし、見てはいた。ずっと君たちのことを見ていた。そして深くは分からなかったが、君たちの関係が拗れているのは分かった。部活の空気や君と大空の態度を見れば一目瞭然だ」
「…………そう、ですか」
「だから教えてくれ。何があった? 私は教師として、担任として、顧問として――いや、これではすべて借り物のようだな。前宮薫というひとりの人間として、君の相談に乗りたいんだ」
薫先生はそう言って、真っ直ぐに俺を見つめる。
ああ、まったく……こういう時だけ教師っぽいだよなあ、この人。いつもふざけて、適度に絡んできて、ジュースで酔ったりして、けど、こういう時だけしっかりと『先生』をするんだ。なのに、今は先生としてじゃなくて、ひとりの人間として話を聞きたいとか言ってきやがった。
そんなこと言われたら、…………だまり続けるのなんてできないじゃんか。
気づけば、俺は薫先生に事の顛末の全てを話した。
木葉が十年前に別れた幼なじみだったということ。
俺にその記憶がないこと。
バレンタインの日に木葉・雅・静夏の三人に告白されたこと。
卒後祭が終わった後に自分の気持ちをしっかり考えて、その結果、木葉のことが好きだということに気づけたこと。
静夏と雅の気持ちを蹴ったこと。
木葉に自ら告白したこと。
それから……木葉にフラレたこと。
これからどうすれば良いのか悩んでいること。
などすべてのことを薫先生に話した。
俺の長い話を聞き終わった先生は腕を組み、なるほど、と呟く。
「君たちにそんなことがあったのか。それにしても奥仲。君は途中から、何か独身の私からはムカつくような素敵な展開になっていないか? 拳が疼いてるから殴っても良いか?」
「いいわけ無いでしょ! ていうか、俺だってまさか三人の女の子から告白されるとは思ってませんでしたよ。自分でも驚いてます。けど…………」
「君自身は大空を選んだというわけか。だがしかし、フラれてしまった、と」
「はい…………」
俺は視線を伏せる。
「本来なら君に肩入れすべきなんだろうが、なんとなく大空の気持ちもわかるよ。だって、君たちの部活ってすごく居心地が良さそうだろう? 傍から見てもそう思う。だから、その居心地のよい場所を壊したくないっていう大空の気持ちはわかるよ」
「じゃあ、なんで告白なんか……」
薫先生は顎に手を当てる。
「うーん、そうだなあ……。君と再会して、一緒に活動をしていくうちに抑えきれなくなったんじゃないのかな? 君のことが好きだっていう気持ちを。だから、その時の感情に任せて告白した。だが、時間をおいてよく考えてみると、告白したその気持ちに偽りはないが、告白して奥仲から好意をもらってしまうことで失ってしまうものの大きさも見えてきたんじゃないのか?」
「失ってしまうもの……」
「そう。だって奥仲。君、大空以外からも告白されてるだろ?」
俺は気恥ずかしくなりながらも、首肯する。
「は、はい……」
「まったく。まさか君がここまで人気があるとは、思ってもみなかったよ。それで、だ。話を本題に戻すと、大空は奥仲からの好意を得る代わりに、ほかの部員たちの関係が崩れてしまうのが嫌だった。だから、自分から告白したのに、君からの告白を断った。ここまでは良いね?」
先生は俺の説明したことを確認するかのように問うてきた。特に違う点はなかったので、俺は首を縦に振った。
「はい……」
「そうか。しかしながら、大空の気持ちも分からなくはないなあ、私には」
「へ?」
聞くと、薫先生は椅子の背もたれに背中を預け、虚空を見つめた。
「だって、萬部は傍から見ても仲の良さそうな部活じゃないか。それなのに失ってしまうのは辛いってもんさ」
「…………」
俺は先生の言葉に返せる言葉を探したが見つけることはできなかった。だって、それは俺も思ったことだから。良い関係である萬部を壊したくないのは俺も一緒だから。でも……。
薫先生は再び背もたれから背中を離すと、机の上に両肘を立てて、俺の顔を真剣な瞳で見つめる。
「さて。それでこれからどうするかが問題になってくる。奥仲は今でも大空のことが好きか?」
「面と向かって言われると恥ずかしいですけど、まあ……好き、ですよ……。うぅ……恥ずかしい……」
なんで俺、薫先生の前でこんなことを言わなきゃいけないんだよ。こんなに恥ずかしい思いをするくらいなら、いっそのこと逃げ出したい…………。
「耳まで真っ赤だな、奥仲。こっちにも恥ずかしがってることが伝わって来るぞ。まったく、私は一向に結婚できないというのに、君だけは充実しているのがどうも気に食わないが、まあ、それはそれとして」
先生はそこで言葉をくぎると、咳払いをひとつ。続けて、右手を上げて三本だけ指を立てた。
「今、奥仲がとれる方法は三つだ。ひとつは、大空の気持ちを尊重して彼女とは友達――幼なじみのままでいる方法。もうひとつは、すべてを失う覚悟で大空の気持ちを力尽くで手に入れる方法。最後のひとつが、大空のことをきっぱり諦め、ほかの誰かを好きになる、または恋をしない方法、だ。あ、ちなみに、恋愛映画とかが好きな私としては、二番の方法がグッとくるな」
グッとくるってなんだよ。
言いよどむ俺。
「いや、けど……」
「わかってるよ。それはなかなかにリスキーなことだからな。奥仲にとっても大空にとっても。なら、君はどれを選ぶんだい?」
俺は俯き、しばしの間黙考する。
「もし……本当に方法がその三つしかないのだとしたら、俺は……一番目の、木葉の気持ちを尊重する、を選ぶと思います……」
答えると、先生はまるで俺が選択する答えを知っていたかのように薄く笑った。
「だろうね。君ならそれを選択すると予想してたよ。これは私の勝手な想像だがな、一番を選べば来るのは生殺しみたいな未来だ。好きだけど、好きな子の気持ちを尊重して好きという気持ちを封じ込める。その封印はいつ解いていいのかわからないまま、彼女の顔色と見えはしない内心ばかり伺うことになる。もしかしたら『友達』、いや、ただの『幼なじみ』という関係は死ぬまで続くかもしれない」
「死ぬまで……」
「ああ。だから君は……いや、世の中の多くの人は一番から三番に逃げるんだ。思いを封じ込めて、きつくなって、それでもめげずにまた封じ込めて……。そんなに我慢しているのに、一向に気持ちを開放していい日は迎えられそうにない。だから……きっといつか気づくんだ。好意の矛先は何も『その人』だけじゃないということに。ほかの誰かを好きになっても良いんだってことに。そして、胸の奥にそっとしまっていた純粋な好意を深い記憶の底に沈めて、手に入る愛を求めるんだ」
そう語る薫先生の顔は、真に迫るものがあった。そのせいか、俺も自分の未来の姿を思い浮かべるのが少しばかり怖くなってしまう。
「……なんか、色々と経験とかあるんですか?」
「まさか。あまり言いたくはないが、私はこう見えてアラサーだぞ。今までどれほどの恋愛映画・恋愛ドラマを見てきたと思っている。悲恋系の映画やドラマを見ると、よくこういうエンドがあるんだ。本当に好きだった人が振り向いてくれない。だから、いつの頃か追うのを諦めて、手に入りやすい手近な愛を求めてしまうってね」
「な、なるほど」
「感心してる場合じゃないぞ、奥仲。これはもしかしたら君がたどるかもしれない未来のことなんだぞ? 一番を選んで、それでも大空のことを想い続け得ていられるって自信はあるのかい?」
「そ、それは……」
「ああ、悪い。意地悪な質問だったな。けど、これだけは聞かせてくれ。君は大空への想いを我慢しているだけで本当に良いのか?」
「…………」
そんなの良くないに決まっている。やっと気づいたのだ。木葉のことが好きだということを。いや、実のところそれは今に始まったことじゃない。たぶん俺は、幼稚園の頃から木葉のことが好きだった。でも当時はその感情がどういったものなのかわからなかった。
けど、今ならわかる。あいつの声も仕草も、笑顔も――すべてが鮮明に記憶にある今なら、あの当時、そして現在抱いていているこの感情が『恋』というものであることを。
俺、奥仲遥斗は――大空木葉のことがずっと好きだったということを。
でも、静夏や雅と話した時も思ったが、いざ木葉にもう一度気持ちを伝えて、それで完膚なきまでのフラれてしまったら、度し難いほどの辛さがこみ上げてくるのも事実だ。
なら、一生このままでも良いのか?
薫先生が言ったように、木葉のことを好きだという気持ちを抱えながら、ずっと『友達』しかも『幼なじみ』という関係で終わってしまうかもしれないんだぞ。
自己矛盾を幾度となく繰り返し、俺はようやく答えにたどり着く。
俺は……木葉と友達や幼なじみという関係で終わりたくない。
できることなら、もっと先に行きたい。たとえ、気持ちを打ち明け、それを断られたとしても、今のまま腐っていくよりはよっぽどいいだろう。
第一、俺は雅や静夏の気持ちを蹴ってきたのだ。
彼女らはフラれるかもしれないというリスクを払いながらも、俺に告白してきてくれた。
なら、俺だってそれくらいのリスクを犯すべきなんじゃないか。
きっと、どの道この想いは抑えられない。なにせ副会長と親しげに話しているのを見ただけでちょっと心がざわついたくらいだ。まさかあいつに軽くヤキモチをやくなんて思っていなかった。
だから、木葉の気持ちを尊重してただの幼なじみの関係を続けることはきっと、想像している以上に苦しいはずだ。そんなのに耐えられる自信はない。
「そんなの……良いわけないに決まってます。絶対に嫌だ。いつ終わるかもわからない時間のなかで、やっと気づけたあいつへの想いを我慢し続けるのなんて嫌です。恥ずかしいし、悶えたくなるけど、俺は、木葉のことが好きなんだ。この気持ちはごまかせない」
雅や静夏、それから実山さんに薫先生。多くの人に背中を押され、俺はようやく決心がついた。
薫先生は口角を上げ、鼻で笑う。
「フン。良い答えだ。なら、君の解は出たということで良いのかな?」
「はい。もう一度、しっかりと想いを伝えてきます」
「全てを失うかもしれないという危険性はあるが、それでも良いんだな?」
確認とばかりに問うてくる先生に、俺はかぶりを振った。
「いや、違いますよ、薫先生。俺は失うつもりなんて毛頭ないです。俺たち萬部は、伊達にこの一年間部活をしてきたわけじゃないですから。たぶん、俺と木葉の仲が変化したくらいじゃ、どうにもなりませんよ。もしなったとしたら、その時はもう一度互いをわかり合えば良いんです」
そうだ。俺たちの部活は、俺と木葉の関係が変わったくらいじゃ、きっと崩れないはずだ。都合の良い思い込みかもしれないけど、俺はそう信じてる。もし崩れそうになったら、また一から積み上げていけば良いのだ。だって、俺たちにはまだ時間があるのだから。
「そうか。そうだな。君たちの人生のジャンルは悲恋の映画じゃないんだ。なんでもない人の道っていうジャンルだ。だから、そんなエンディングもありかもしれないな」
「はいっ」
力強く首を縦に振る俺。
薫先生は優しく息を吐くと、姿勢を少しだけ崩し、ひらりと手を振った。
「じゃあ、ほら。さっさと行ってこい。君のお姫様のところに」
「あの、その言い回しはさすがに恥ずかしいです」
「う、うるさいな。ちょっとくらい格好つけさせてくれよ。けど、行くなら早いほうが良い。今の高ぶってる状態で言ったほうが、奥仲の想いは届きやすいと思うから」
「分かりました。いってきます。あ、そうだ。色々と相談に乗ってくれてありがとうございました。薫先生は俺の王子様です!」
「それは違うな、奥仲。私は――君の担任の先生だよ。ほら、行った行った」
言われて、俺は深々と頭を下げたあと、すぐさま空き教室を出た。
こんにちは、水崎綾人です。
今回は決意のお話でした。木葉にもう一度告白し、気持ちをはっきりとさせる、それが遥斗の出した解です。果たしてこの思いは届くのでしょうか。フィナーレはもうすぐです。最後までよろしくお願いします。
では、また次回




