第87話「肉を焼く。闇夜の出会い」
ゲーセンを後にした俺たちは、木葉の案内に従って打ち上げ会場を目指した。
木葉が言うには、薫先生の猛烈なプッシュによって、焼肉屋になったらしい。俺も焼肉好きだから良いけど、そんなにプッシュするんすか、先生。
急いで向かったため、予定していた十八時よりも少々早くついてしまった。今日も仕事があるそうだし、もしかしたら薫先生はまだ来ていないかもしれない。
と思ったが、そんなことはなかった。
焼肉屋の前まで行くと、一台のバイクが目にはいった。いや、正確にはバイクに背中を預け、首を長くして俺たちの到着を待っている薫先生が目に入ったのだ。
薫先生はいつもの黒のレディースのスーツではなく、黒いスキニーパンツに、白のブラウスというラフな格好だったが、なぜだろう、目にはサングラスがかけられている。この時期の十八時は、別段日光が眩しいということはないのだが。あれか。見た目から入る的なやつなのか。
俺たちは、どこか億劫になりながらも、バイクに寄りかかっている先生のもとへ向かう。
「先生。まだ約束の時間前なのに、もう来てたんですね」
俺が苦笑しながら言った。
すると、薫先生は長い黒髪を振り乱しながら、サングラスを外す。その時にふんわりと香った甘い香りは薫先生の匂いなのか、それとも香水の匂いなのか。俺の中にわずかな疑問が生まれる。
「何を言っているんだ、奥仲。私は教師だぞ。生徒よりも早く来るのが礼儀だ。それに今日は焼肉だ。そう思えば、いてもたってもいられなくなるだろう」
「絶ッ対後者の理由が本音ですよね!?」
「まあ、そう慌てるな。真相は神のみぞ知る」
「いやいや、なんで格好つけてるんですか!」
神のみぞっていうか、あんたが知ってるだろ、あんたのことなんだから! と心中で悪態をつく。
しかし薫先生は頭を軽く掻くと、
「まったく、君は休日だというのにやかましいな。なんだ、そんなに肉が食いたいのか? 私と同じだな。ふふん」
「肉が食いたくて大声出してるんじゃないんですよ!」
俺の反論をスルーして、薫先生が腕時計を見やる。
「よし、十八時になった。それでは早速店に入ろう」
声のトーンが少しだけ上がり、薫先生は俺たちの背中を押して意気揚々と店内を目指す。
***
通されたのは、六人用の座敷だった。中央にはテーブルと炭火焼の台がひとつになったものが置かれ、それを隔てて三人ずつ向かい合って座るようになっている。一見綺麗に掃除されているように見えるが、テーブルは焼肉屋特有の油のぬるっとした感触があった。まあ、仕方ないけどね。
俺の右隣には薫先生が、左隣には雅が座った。それに向かい合うような形で木葉・静夏と並んで座っている。
薫先生はすぐさまメニューを取ると、ぽんぽんと注文を決めていく。
俺自身、焼肉は好きだが、特に肉の好みと言ったものはないので、薫先生のセレクトにすべてお任せした。
「おいおい奥仲? デザートはどれが良い? プリンか? それともアイスか? ほれほれ?」
からかうように言ってくるが、正直デザートは食べたい。俺は恥ずかしさにかられながらも、ぼそりと一言。
「あ、アイスで……」
「ほうほう。奥仲はアイスか。ふむ、正直なことは良いことだ」
先生は頷き、食後用にアイスも注文してくれた。
ふぅ、と息を吐きながら恥ずかしさをクールダウンしていると、ふと正面に座る木葉と静夏と目があった。
彼女らは頬杖をつき、にやりと薄く笑いながら俺を見る。
「子供なのね、遥斗」
「あんたも子供ね」
なんだろう、この馬鹿にされている感じは。
「う、うるせー。だ、だだだ誰が子供だ!」
噛みまくったせいで、俺の言葉に勢いはなかった。
肉が来ると、薫先生は鬼のように場を仕切り始めた。俺たちが食べるペースに合わせて肉を焼き、テンポよく消費していく。
「それにしても先生、肉焼くのうまいっすね」
「ふふん、そうだろ、奥仲。この技はな、先生どうしの飲み会に嫌々参加したせいで身についてしまった技なんだ。テキパキやらないと、あのクサレ教頭がうるさいんだ、まったく……」
「先生が飲み会に嫌々参加してたってのも意外ですけど、先生が教頭先生のことを『クサレ教頭』って呼んでたのはもっと意外でした」
「か、勘違いするなよ、奥仲。クサレ教頭と呼んでいるのは私だけではない。校長や他の教師だって呼んでいるんだぞ!」
「教頭先生が可愛そうだな、おい! なにしたんだよ、教頭先生!」
教頭先生のことはよく知らないが、同情したくなってしまう。
「まあまあ、君が教頭のことを思う必要はない。ほら、カルビが焼けたぞ、食べるが良い」
「それとこれとは話が違うような気がしますけど、カルビはありがたくもらっておきます」
肉を食べるペースもだいぶ落ち着いてきた。まだ満腹というわけではないが、そこまで多く食べたいというわけでもない。なんというか、ちょうど良くも微妙な感覚である。
「いや~、それにしても、卒後祭準備に関して、君たちはよく頑張ってくれたよ。一時はどうなることかと思ったが、それでも結果的に成功へと導けたのは、君たちの力が大きかったように思える」
と、薫先生がビール、ではなく、烏龍茶を飲み下した後に口にした。
「な、なんですか急に」
木葉が照れたように薫先生に聞いた。
「事実を言ったまでだよ、大空。君の力だって、卒後祭に大きく貢献したんだ。特に、河橋が倒れてからの頑張りようは目を見張るものがあった」
あのときは、もう無我夢中だったってのもあるけどな。
「私は教師として、顧問として、いや、君たちをよく知るひとりの人間として、とても嬉しかったんだ。君たちが協力して、誰かと何かを成し遂げることが」
「先生……」
薫先生の顔を見つめ、雅が名前を呟く。
「ふふ。ちょっとしんみりしてしまったな。けれど、最初の頃を思えばこうなるのも無理はないんだ。許してくれ。莉奈と小野だけで始まった萬部だったというのに、気が付けば大空、奥仲、花美と入部した。それだけでも私は驚きだった。だって、あれだぞ? 萬部なんて名前だけ聞いたら何やるか分からない、ふざけた部活じゃないか」
「まあ、それには納得するしかないわね」
静夏が苦笑いしながら頷いた。
俺も完全に同感である。
「それに、大空は転校してきたばかりでクラスでも浮いていたし、奥仲は奥仲で友達は少ないわ、色々と問題を抱えてくるわで大変だったんだ」
「ちょ、友達少ないは余計じゃないですか?」
「ん? では多いのか?」
「いえ、少ないですけど」
「なら、間違っていないではないか」
「そう、ですね」
そうなのか? 何で友達が少ないことを再認識させられなきゃいけないの、俺!?
でも、先生の言うとおり、俺たちは萬部に入った頃から色々と問題があったように思える。記憶にない十年前の幼なじみの転入だったり幼なじみとのすれ違いだったり、俺の問題の多くには『幼なじみ』ひいては『大空木葉』が関わっていた。
本当、木葉のせいで俺は悩みすぎたし、色々と疲れた。
薫先生は、炭火の上で炭化する肉を眺めながら話を続ける。
「そんなこんなで、今度は花美が入ってきた。あれはもう半年ほど前のことだっただろうか。最初は部に馴染んでいないように思えていたが、今ではすっかり馴染んでいる。大空ともいつの間にか名前で呼び合う仲にまでなっているしな」
静夏がすかさず訂正を入れる。
「や、待ってください、先生。名前は、大空さんが一方的に呼んできているだけなんですが……」
「そんじゃさ、静夏も試しに私のことを名前で呼んでみたら?」
ふと思いついたように木葉が提案する。
「は、はあ? 何を言っているのかしら、大空さん? そんなこと出来るわけ――」
「できるできる、静夏なら出来って。リピートアフターミー、木葉。はいどうぞ」
と言って、木葉は繰り返すようにと静夏に促す。
静夏はギリギリと歯噛みをした後、俺たちの方を見るが、全員が彼女らの動向を見守っていたので、静夏を助ける言葉を吐くものは誰ひとりとしていないことを理解したようだった。静夏はひとつ息を吸うと、恥ずかしさに顔を朱に染めながら、ゆっくりと口を動かした。
「こ、ここ……木葉……。これで良いかしら?」
噛みながら吐き出されたその言葉に、木葉は満面の笑みで答える。
「うん! オーケーよ、静夏!」
まさかあの二人が名前で呼び合う日が来るとは思わなかった。顔を合わせるたびに口論になり、来る日も来る日もバチバチと火花を散らしていたのに。それに、今のちょっとだけ百合っぽくて萌えた自分がいたのも事実だった。おいおい、何で俺は三次元に萌えてんだよ!
「うむ。随分仲良くなったじゃないか。君たちは。いやあ、嬉しいよ。これなら、来年度からの活動にも期待できそうだ。君たちの成長は見ている側としては嬉しいし、それに何より楽しいんだ」
「楽しいって、めっちゃ傍観者じゃないですか」
「そうさ、私は所詮傍観者さ。だって、君たちの青春は君たちが作ってこそ初めて意味を成すんだから。私が盆栽のようにあれこれ手を出したら、それは君たちのものじゃない。だから私は、君たちを見守る傍観者で良いんだよ」
この先生は、たまにまともなことを言うから始末に悪い。
薫先生はおもむろに烏龍茶の入ったグラスを持ち上げた。
「それでは、新たらしい萬部と、それに向かって走り出す君たちの門出に、乾杯!」
突然の音頭だったが、俺たちは臆することなくそれに合わせた。だって、今日は打ち上げなのだ。元気よく乾杯したじゃん? ていうか、今更のような気もするけど。
『かんぱ~い!』
声を重ね、俺たちのグラスが爽やかな音を鳴らした。
***
二時間ほど過ぎ、打ち上げは終了した。二次会も考えたが、先生が食べ過ぎと飲みすぎのダブルパンチのせいで戦闘不能であり、俺たちも胃がもたれていたので二次会をやらずに帰路についた。
途中まで一緒に帰っていた静夏と雅とは神ケ谷駅で別れた。
「それじゃ、またな、静夏、雅」
「そうですね。では、ここで失礼しますね、遥斗くん」
「また今度ね、遥斗。ああ、それと、随分前にしたあの約束、覚えているかしら?」
「ああ、覚えてるさ」
「そう。なら良いわ。私、待ってるから」
約束。静夏が言っている約束とは、俺が何を選択し、何を選択しないかということだ。約束した期日までは本当に残り少ない日数しか残されていない。
けれど、俺の中の答えはまだ決まっていない。もう時間がないのに。
ぐっと拳を握っていると、木葉が俺に声をかけてきた。
「ねえ遥斗。私、ちょっと買っていくものがあるから、あんた先帰ってていいわよ」
「え? ああ、分かった」
そんじゃ、一人で帰りますか。
俺は木葉にも別れを告げ、自宅を目指した。
夜の空気はとても冷たく、日中の暖かさが嘘のようである。ポケットに手を突っ込み、上半身を前傾姿勢にして歩く。
と、その時だった。
俺はドンっと何かにぶつかった。下を向いていたため、何にぶつかったかは分からない。けれど、「きゃっ」という声が聞こえたため、ぶつかった相手が人間であることは瞬時に判断できた。
俺は咄嗟に前を向き、手を伸ばす。
「すみません。大丈夫でした…………か?」
俺の目の前で尻餅をついていたその人には見覚えがあった。カールされた茶髪に、高貴さを醸し出す僅かにつり上がった瞳。俺がぶつかったその人は紛れもなく、須藤の彼女である――実山美々香さん本人だった。
実山さんはお尻をさすりながら、ゆっくりと目を開ける。
「大丈夫でしたかって、転んでるんだから大丈夫なわけないでしょ……うがって、あなたは……」
そこで言葉を区切った実山さんは、瞬時に大きく目を見開いた。
「お、おお、おおお、奥仲遥斗ぉおおおおおおおおおおおおお!」
俺の名を呼んだその声は、人々で賑わう中心街に大きく響いた。
こんにちは、水崎綾人です。
更新時間が遅れてしまってすみません。できる限り毎日同じ時間に更新したいのですが……。頑張ります。
今回は打ち上げということで、薫先生も合流しました。書きながら、自分もこの作品を書き始めた当初のことを思い出していました。もう少しだけ、彼・彼女の物語は続きますので、読んで頂ければ嬉しいです。
では、また次回




