第85話「勝利の歌声は誰がもの?」
まず最初にやって来たのは、中心街にあるカラオケボックスだった。俺も何度か訪れたことのあるところだ。
このメンバーでカラオケボックスに入るのは――というより、女子と一緒にカラオケボックスに入るのが初めてのため普段カラオケに来るよりも緊張してしまう。
室内に入り、順番を決めるためにジャンケンをする。
勝ってしまった。
彼女たちの視線が俺に向けられる。なんだろう、この緊張感……。
「そういえば、遥斗って何歌うのか、私知らないわね。なんか楽しみ」
木葉が微笑しながら体を揺らす。
「確かに、私も遥斗の歌を聞いたことがないわ。一体、どんな歌を歌うのかしらね」
木葉に同調するように静夏も俺を見る。
「遥斗くん、ファイトです!」
雅だけが俺にエールを送ってくれた。
俺はタブレット状の端末を操作し、曲を選ぶ。
あー、どうしよう。
俺、アニソンしか歌えないんだよなあ。
雅は俺と同じくアニメとか好きだから大丈夫だとしても、木葉と静夏はどうなんだろう。
いや、考えてばかりじゃ埓があかない。
俺に歌えるのはアニソンだけだ! 行ったらぁあああ!
アニソンを選択し、俺はマイクを握って立ち上がった。
俺が選んだのは『よく歌われるカラオケ ベスト一〇〇』に毎年ノミネートされているほど人気のアニソン。
テンポの良い前奏に、木葉と静夏は膝で軽くリズムを取り、この曲を知っている雅はニコニコと意味ありげな笑みを浮かべながら俺を応援している。
行くぜ……。
俺は大きく息を吸った。
うわー、緊張した。
あっという間に歌い終わり、俺は再びソファーに腰を下ろした。女子の前で歌うのがこれほどまで緊張するとは思っていなかった。いつもヒトカラだから、こんなドキドキとするのは初めてだ。
「遥斗くん、歌上手なんですね」
次に歌う雅がマイクを持ちながら、俺をおだてた。
ソファにもたれかかりながら、俺は投げやりに雅に放つ。
「冗談はよしてくれよ。てか、次は雅の番だろ? ほら、お前の歌声も聞かせくれよ」
「いいでしょう。では、ちゃんと聞いててくださいね」
言って、雅は立ち上がる。と同時に前奏が流れてきた。
「――ん!? この曲は!」
このメロディには覚えがあった。
これは、超人気恋愛アニメの主題歌。前奏を聞くだけで胸がキュンんキュンし、脳内で名シーンが流れる。
雅、これを歌うのか!?
そう思った頃には、雅の口からは歌詞が吐き出されていた。
「みやびん、歌声、綺麗」
「思った以上に歌が上手なのね、小野さん。なんだか燃えてきたのだけれど」
二人とも雅の歌声に聞き入っていた。一人だけ対抗意識を燃やしているが。
だが実際、雅の歌声は本当に美しいものだった。それに恋愛系の曲だからだろうか。雅の少々落ち着いた声がアップテンポで明るくなると、可愛さが倍増して聞こえる。
雅が歌い終わると、俺は無意識のうちに拍手をしていた。
「いや~、うまかったな、雅。俺ってば感動しちゃったよ、マジで」
「えへへ、そうなんですか? ありがとうございます!」
照れたように頭を掻くと、雅はすっと腰を下ろした。
それを見ていた静夏が今度は立ち上がった。
「遥斗、次は私の番なのだけれど」
「ん? あ、ああ」
「私の歌声にも感動するといいわ」
「歌う前から自信満々だな、おい!」
「それが私なのよ」
「どうしたんだよ、急に!?」
雅に対抗意識を燃やしていたからなのだろうか、静夏は自信満々にマイクに口を向けた。
静夏が選んだ曲は有名なアイドルの曲だった。テレビとかでもよく流れるし、うちの妹の楓もこの曲が好きなため俺も知っている。
だが、この曲はアイドルの曲。つまり、それなりに可愛い曲なのだ。これをいつもクールに決めている静夏が歌ったらどうなるのか……。
メロディに合わせて歌う静夏の姿は、これまでに見たことのないものだった。なんというか、弾けようとして弾けきれていない感じがした。しかし、一生懸命に可愛い曲を歌っている静夏が、とてつもなく愛らしく見えた。なにこれ、ギャップ効果とかいうやつなの?
しかしながら、歌声それ自体は雅に勝るとも劣らないほど綺麗なものであることは確かだった。
俺は歌い終わった静夏に、拍手をする。実際うまかったし、それに普段は見れないちょっと可愛い静夏を見れたことへの感謝の拍手だ。
静夏はマイクを両手に持ち、にこりと破顔した。
「拍手ありがとう、遥斗」
「お、おう。普通に上手だったぞ、静夏」
「ふん、まあ歌自体には自信はあったのよ」
「歌自体には? なんか自信ないのが他にあるのか?」
今の静夏の言い方では、歌うこと以外には自信を感じていなかったように聞こえる。
すると、雅が独りごちた。
「なるほど。そういうことですか、花美さん」
唇の端を上げ、苦々しく笑う。
俺の理解しえなところで、彼女らが繋がっている!?
「あなたが貰ったものを、私も欲しくなっただけよ、小野さん」
え、ちょ、なんの会話してんの?
と、軽く混乱していると、室内に懐かしい曲が流れ始めた。このメロディは俺が子供の頃に入っていた、幼女向けアニメの曲だ。
誰だ、この曲を入れたのは、と思いながらマイクを持つ人間を見る。――木葉だった。
「木葉、この曲って……」
「私が小さい頃に好きだったアニメの曲よ。最近のはあまり知らないから、昔の歌おうかなって」
なるほど。さすが見た目だけリア充の木葉さんだ。流行りの曲を知らずに、十三年くらい前の子供向けアニメの曲を選ぶなんてさすがだわ!
感心している俺の近くでは静夏が、
「くっ――。この女、幼なじみだからってノスタルジーを与えにきている!?」
「まさかっ、幼なじみの特殊スキルですか!?」
雅も静夏に乗っかっていた。こいつらは何をしてるんだ?
彼女らが何をしているかは分からなかったが、木葉の歌には懐かしさを覚えた。遠い記憶の彼方にある扉をノックしているような、暖かい感情が呼び起こされてくる。聞いているのは幼女向けの曲なのに。
木葉も木葉で歌声は非常に綺麗なものだった。子供向けの可愛い曲を、はっきりとした凛々しい歌声で歌われると聞き手の印象にもちょっとした変化が生まれる。木葉の歌声でこの曲を聞くと、当時見たアニメのキャラが成長したときの歌にも聞こえた。
「木葉も歌うまいな。いや~、びっくりした」
結構マジで驚いた。見た目だけリア充の木葉さんって歌うまいっすね。
木葉は自嘲するようにえへへ、と笑う。
「そう、かな? ありがとね、遥斗」
すると、静夏と雅が立ち上がった。
ん? なんだなんだ。
「こうなったら負けていられないわね。こんな途中参加の幼なじみなんかには」
「私も木葉ちゃんには負けられません。私が一番多く遥斗くんから褒めてもらいます」
なんだよ、三月だってのにちょっと熱くなってきてませんかね。
言われた木葉は、マイクを机の上に置き、
「なんかよく分かんないけど、途中参加の幼なじみとは聞き捨てならないし、勝負を挑まれたからには逃げるつもりはないわ」
俺を囲む彼女らの視線の交点で、火花が散っているように見えた。何がなんだか分からないが、勝負が始まりそうだ。
「残念だけれど、大空さん、小野さん。勝つのは私よ」
「それは聞き捨てなりませんね、花美さん。私が勝つんですよ」
「二人に勝って私が一番になるわ」
静夏・雅・木葉が互いに勝利宣言をすると、同時に俺の方に視線を向ける。
「遥斗、しっかりと聞いているのよ?」
「遥斗くんが感動するくらいの歌、一生懸命歌いますから!」
「しっかり採点すんのよ、遥斗!」
三人に言われ、俺はおずおずと頷く。
いつの間にか楽しいカラオケから、バトルに変わっていた。そして、俺の順番は何も言わずに飛ばされてしまっていた。
おいおい……。
三時間ほど経過すると、彼女らの体力はほとんど限界に近づいていた。最初の頃に比べて歌声に力がないし、何より顔に疲労の色が濃く現れている。
しかし、歌声こそ力なく感じるものの、彼女らの歌唱力は劣ることはなかった。採点モードにしてからというもの、彼女たち三人は九十二点から下の点数を取ることはなかったのだ。
なんなの、こいつら……。マジで歌上手いじゃん……。何でこの空間に俺がいるのか逆に不思議なんだけれど。
歌の上手い彼女らに比べて、それほど上手くない俺は、急に場違いな感を憶える。
そんなことを感じていると、静夏の選曲した歌が終わった。相変わらず綺麗に歌いきるなあ、こいつ。
画面には静夏の歌の採点結果が表示される。――九十八点。マジかよ!?
その点数を見やった静夏は、腰のあたりで小さくガッツポーズ。続いて、木葉たちを半眼で見下す。
「ふふん、どうかしら。これはもう私の勝ちと言っても過言ではないと思うのだけれど?」
「うぐぐ……。確かに花美さん、お上手でした。けど、それだけで勝ちというには納得ができません! 所詮はカラオケ機械の採点です! 今重要なのは、遥斗くんがいかに感動したかどうかです。点数は関係ありません!」
「そ、そうよ! みやびんの言うとおりよ! 機械で良い点数とっても、意味ないんだから!」
だから何で俺を感動させる戦いになってんだよ。普通にうまかったと思うぞ、静夏?
言われた静夏は半歩退き、唇を噛む。
「い、一理あるわね……」
一理あんのかよ!?
思わず心の中で突っ込んでしまった。
と、その時だった。カラオケボックスに設えてある電話が鳴り出した。一番電話に近い位置に座っていた俺が受話器を取る。
電話の内容は、退出時間まで残り十分だということ。加えて、混雑しているため延長はできないとのこと。俺は言われた内容を木葉たちに伝える。
すると、彼女たちの目つきが変わった。
彼女らの綺麗な瞳が、一斉に俺を見つめる。
「遥斗、それで結局のところ、誰の歌が一番感動したのよ?」
腕を組み、木葉が問うてくる。だが木葉だけではない。雅も質問を俺に放つ。
「私、頑張りましたよ、遥斗くん! 私が一番ですよね?」
続いて静夏。
「点数の総合計で見ると、私が一番点数が高いのよ、遥斗。これはつまり他の二人よりも秀でていると言うこと。さあ、あなたはどう思ったのかしら?」
三人の少女からくる質問に、俺は返答に窮する。なんだよ、なんだよこの展開。俺に誰の歌が一番感動したか決めろだって? いやいやいや……、それはちょっと厳しいっていうか。やっぱり、ここはラブアンドピース精神だよな。みんなが一番ってことでいいよね? いい……よね? うん、いいはずだ!
「みんな、誰が一番かだなんてさ、そんなことを争うのは良くな――」
――いよ、やっぱりみんな上手だったよ。と言おうとしたが、俺の言葉は最後まで紡がれることはなかった。静夏が遮ってきたからだ。
「ちなみに。お茶を濁すような発言は興ざめするから止めてほしいわね。はっきりと決めて欲しいのだけれど」
「んな……」
俺のラブアンドピース精神を封じただと!?
俺は額から流れてくる冷や汗を拭い、口の中に残っている唾をごくりと飲み下した。
正直、誰を選んでも文句なく一番だと言える。なぜなら、本当にみんな上手だったからだ。実際のところ『全員が一番』という平和的な考えは俺の本心であり、本音だったりする。
だが、ここはそんなことが通用しない世界なのかもしれない。
彼女らの真剣な瞳が俺のことを掴んで離さない。その目はさながら、『早く誰か選びなさいよ』と言っているように思えた。
俺は下唇を噛み、彼女らからそっと目だけを背ける。
そしてたっぷり三十秒ほど考えた後、俺はようやく答えを出した。
「じゃ、じゃあ……静夏、かな」
ほら、点数も高かったしさ。やっぱり目で見て分かるデータがあると、信じてしまうよね。別に他意なんてないんだからね。
俺の選択を聞いた静夏は黒髪を自らの手でなびかせ、仰々しく腕を組んだ。
「当然ね。私の歌声の精密さ、綺麗さは機械も証明しているのだから」
選んでおいてなんだけど、なんだよこいつ。
胸中で愚痴をこぼす俺。
俺はちらと視線を木葉と雅に向ける。彼女たちはテーブルに手をつき、うなだれていた。
「いや、お前らそんなに落ち込むことか!?」
「歌……自信あったのよ、私」
木葉の声は、いつになく低いトーンだ。
「私は純粋に悔しいです……」
雅もものすごく落ち込んでいた。
俺の選択で二人が……と、悲観する感情には一切にならなかったが、ふと『もしも』のことを考えてしまい、ちょっとだけ心が引き締まってしまった。
勝者の静夏は勝ち誇りながら、敗者の木葉・雅はこうべを垂れながらカラオケボックスを出る。そんなに落ち込むことか?
俺はポケットからスマホを取り出し時刻を確認する。十六時ぴったりだ。食事の時間までまだ二時間ほどある。このままここでじっとしているには長すぎる時間だ。それに、せっかくみんなで遊びに来たんだ。何か楽しいことをしたい。
と頭の片隅で考えながら、適当に視線を巡らせる。
すると、あるものが俺の目にとまった。
俺はその方向を指差し、彼女らに提案する。
「なあみんな、あそこ行ってみようぜ。あそこならさ、きっと気分転換にもなるだろ?」
木葉たちは俺の指差した方向を目で追って確認する。そして唇の端を、皆一様に釣り上げる。
「なるほど。新たな戦地を提案するわけね、遥斗」
「別に戦地を提案したわけじゃねぇよ」
やけに勝気な静夏に、俺はすかさず訂正を入れる。
「今度こそ絶対に負けないんだから、見てなさい遥斗」
「いや何で相手が俺になってんだよ。それに勝ち負けで提案したんじゃないんですけど!?」
木葉も木葉でなぜか戦う気満々になっている。
「あれなら……私にも勝機があるかもしれません。むしろ、勝機しかないかもです」
「雅、お前も戦うつもりなのか!?」
気分転換にと思って提案したのに、どうして戦いに発展するんだよ!
俺は小さく息を吐き、すでに出発している木葉たちを追いかける。
ゲーセンでくらい仲良く遊んでくれよ……。
こんにちは、水崎綾人です。
今回は三人の女の子たちが仲良く? 歌ってバトルをするというお話でした。バトル自体はまだ終わっていませんので、次は誰が勝つのかにも注目して頂ければと思います。
では、また次回




