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隣の彼女は幼馴染み!?  作者: 水崎綾人
最終章「隣の彼女は幼馴染み!?」
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第83話「旅立ちのとき。終わりは解へとつながっていく」

 翌日。卒業式・卒後祭の熱も冷めやらぬ中、俺たち萬部は神ケ谷駅に来ていた。



 今日は莉奈先輩が一人暮らしをするために県外へと赴く日。俺たちはそれを見送りに来たのだ。


 神ケ谷駅の中は多くの人で混雑しており、その中でもキャリーバッグを引いて歩いている若者たちの姿が数人目にとまった。

 おそらく彼、彼女らも莉奈先輩と同じように県外へと移動する人たちだろう。心なしか、表情が少しだけ緊張に強ばっているように見える。


 俺はスマホで時刻を確認する。表示されていた時間は、午前十時二分。


 確か莉奈先輩が乗る新幹線は、十時十二分発だと聞いている。だから、駅の改札の前で十時に待ち合わせをしているのだが、まだ来ない。


 俺がキョロキョロと周囲に視線を巡らせていると、隣に立っている木葉が呟いた。


「それにしても、こうやって駅で莉奈先輩のことを待つなんて、修学旅行の帰りをみんなで迎えに行った時以来じゃないっけ」


 雅が相槌をうつ。

「そうですね。私もあの時が初めてでした。確かあの時って……」

 言いながら、雅が視線を移す。その目線の先には、ベージュのマフラーをつけて髪をいじる静夏の姿が。


「そうね。私が入部してすぐの頃だったかしら」


「そうそう、静夏が入部したての頃だったわよね。あれからもう五ヶ月か。早いわね」

 木葉が遠い過去のように口にした。


 高校の三年間の中では一瞬にも等しいほど短い時間かもしれないが、この萬部のフルメンバーで過ごした五ヶ月間はとても長く、楽しいものだったと胸を張って言える。おそらく、この黄金色の時間は、二度と手に入れることはないだろう。


 だからこそ、大切であり、愛おしいかけがえのない時間なのだ。


 少しすると、遠くの方から「ごっめえええええええええん!」と聞き慣れた声が聞こえてきた。


 俺たちは何も言わずに声の主の方を見やる。


 そこには赤色のキャリーバッグを引きながら、俺たちに向かって手を振り走る莉奈先輩の姿があった。


 当たり前だが、いつもの制服姿とは異なり、水色のコートにピンク色のプリーツスカートを穿いている。今まで見たことのなかった先輩の女の子らしい部分を見て、俺は少々驚いてしまった。


 よく見れば、走っているのは莉奈先輩だけではない。莉奈先輩の後ろに、妙齢の女性が疲労しきっている表情で走っている。



 はて? あの人は誰だろうか。



 俺たちの目の前でとまった莉奈先輩は、肩で息をしながら、眩いばかりに破顔する。

「ご、ごめんね、みんな。ちょっと準備に遅れちゃってさぁ」


「準備?」

 俺たちに付き添っていた薫先生が首をひねる。


 先輩は「うん、そうなんだよ」と口を動かすと、キャリーバッグを俺たちに見えるように前に出す。キャリーバッグは、少しでも強い衝撃を与えたらファスナーが飛んでしまいそうなほどパンパンに膨らんでいた。まだギリギリのところでキャリーバッグと判別出来る形状を保ってはいるが、これ以上入れたらおそらくそう認識するのも困難だっただろう。



「り、りーちゃん、待ってよぉ~」



 と、妙齢の女性がフラフラになりながらここまでたどり着いた。


 りーちゃん?


 明るい茶髪を肩のあたりまで伸ばし、黒いロングコートを着た女性は、顔を真っ赤にしながら莉奈先輩の肩に手を置き、荒れた呼吸を整える。


 莉奈先輩は肩ごしに振り返ると、ふん、と荒く息を吐いた。

「ママ、そんな体力で一体どうするというのかね! たった数十メートル走ってきただけじゃないか! そんなにへこたれるとは、身体づくりが甘い証拠だぁ!」


「そ、そんなこと言ったってぇ~……」

 荒れた呼吸で落涙する妙齢のご婦人。


 俺は状況確認のために、莉奈先輩に質問をひとつ。

「先輩。あの、その方は莉奈先輩のお母さんですか?」


 すると、先輩は大きく首肯し、「そだよー」とラフな返答。


 だいぶ呼吸が落ち着いてきたのか、莉奈先輩の母は俺たちに向き直り軽く会釈をする。

「どうも初めまして。私、神崎莉奈の母、神崎愛華(かんざきあいか)といいます。あなたたちが萬部のみなさんですか?」


「え、ああ、はい。そうです」


 莉奈先輩の母は俺たちの返事を聞いて、両手を合わせて「まあ」と目を丸くする。

「よく莉奈からも話を聞いていたんですよ。みやびんさんと一緒に部活をすることになったとか、新しく木葉ちゃんっていう子が入ったとか、リアクションの大きい遥斗くんという男の子が入ったとか、クールな静夏ちゃんって女の子が入ったとか。部活に行っていた頃は、ほとんど毎日そんなことを喜々として語っていました。まさか、こうして会えるなんて思ってなかったです」


 リアクションの大きい遥斗くん……だと。


 俺ってばそんなにリアクションが大きいのかな? 無意識だから分からんが、褒められている気はしない。


 莉奈先輩の母は、今度は俺たちから、一緒に来ていた薫先生の方へ視線を向ける。保護者と教師の会話らしく、莉奈先輩の母は何度もお礼を言い、対する薫先生は「そんなことないですよ、すべては莉奈さんの努力の賜物です」と謙遜をする。こんなところはしっかり教師してんだよなー、この人。


 などと思いながら、俺は莉奈先輩の方を向く。

「先輩、何で約束の時間に遅れたんですか? まあ先輩らしいですけど、一応聞いておきます」

 雅が、莉奈先輩をジト目で睨めつける。


「いや~、寝坊しちゃってさ、えへへ」


「はあ……。そんなことだろうと思いましたよ。そんなんで大丈夫なんですか、一人暮らし?」


 雅じゃないが、俺も心配になってきた。莉奈先輩は本当にこんなんで大丈夫なんだろうか? 授業に余裕で遅刻しそうだし、変な勧誘にも引っかかっちゃいそうだし、不安要素を挙げたらキリがない。


「ふふん、心配はいらないのだよ、みやびん。私はね、やるときはやる女なんだよ! こう見えてもね、いざってときはビシってやるんだぜい!」


 それはないでしょ! と一概には突っ込めないから悔しい。なにせ、莉奈先輩が合格したところは、うちの高校からでも進学者数が格段に少ないほどの名門大学。高偏差値のため、生半可な勉強では合格することはできない。たぶん、俺なら絶対ダメだ。


 だから、莉奈先輩はもしかしたら本当に『やるときはやる女』なのかもしれない。なんか、個人的には納得がいかないが。


 俺は頭をぽりぽりと掻きながら、卒業式の日にも言ったことを改めて先輩へと告げる。

「何かあったら誰でも良いので、萬部のメンバーに連絡ください。先輩からの依頼なら、俺たちが絶対に解決してみせますから。ほら、怪しい勧誘とか、しつこいナンパ野郎とか色々なことに対応してるんで」


 莉奈先輩は満足そうに笑うと、

「うん、わかったよ! それじゃ、何かあったら私が萬部の依頼人になるからね。それまでみんな、何があっても萬部辞めちゃダメだからね!」


 俺たち萬部全員が声を揃えて大きな声で返事をした。

『はいっ!』


 少しすると、先輩が駅の時計に目線を放る。


 それに釣られて俺も見やる。時刻は十時七分。新幹線発車まで残り五分。もう時間はない。


 莉奈先輩は最後に、再度俺たちに言葉を残す。

「みんな、今日までありがとね。実はね、私には萬部で叶えたい夢があったんだ」


 初耳のそれに、俺たちは自然と聞き入る。


「それはね、萬部を賑やかな部活にすることだったの。最初は私とみやびんだけの寂しい部活だった。だからもちろん、今みんなが座ってる部室に席にも空きがたくさんあったの。私、ずっとあの席が埋まって、賑やかで楽しい部活になればいいなって思ってたんだ。そしたら、木葉ちゃんが入ってきて、遥斗くんが入ってきて、静夏ちゃんも入ってきた。時々薫ちゃんだってお菓子を食べに来てくれた。そしたらさ、前まであんなにガラガラに空いてた席が、全部埋まってた。部活も賑やかになってた。ずっと言えなかったから今言うね、みんな」

 先輩はそこで言葉を区切ると、頬を赤く染め、涙に瞳を潤ませながら、震えることを吐き出す。



「みんなは、私の夢そのものだったんだよ。今までありがとう。みんなと過ごした時間は、絶対に忘れないから。みんなと一緒に部活ができて、本当によかった。ありがとね」

 言い終える頃には、莉奈先輩の頬には涙の筋が幾重にも刻まれていた。


 莉奈先輩だけではない。木葉にも、雅にも、静夏にも、薫先生にも、莉奈先輩の母にも刻まれていた。


 そして、俺の頬にも一筋の涙が通った。いや、一筋だけじゃない。気づけば、もう止まらなかった。莉奈先輩との日々が懐かしい写真のように脳裏をよぎる。ひとつひとつの思い出を想起するたびに、涙は際限なく溢れ出す。


 莉奈先輩の母は、泣いている先輩の肩に手を置き、優しくなだめる。そして、改札の向こう側へ行こうと足を動かす。


 新幹線のチケットを改札に通そうとした、その時だった。莉奈先輩が急にこちらを振り返った。涙でくしゃくしゃに濡れた顔には、一生懸命に作った笑顔が浮かんでいる。


「みんな、最後にひとつ、先輩として言っておきたいことがある」


 俺たちは涙をこらえ、先輩の言葉に耳を澄ます。


「これからは、萬部はキミたちのものだ。どんな活動をしようと、誰のために動こうと、何も問題はない。だからね、これからはキミたちだけの手で、新しい萬部の道を進んでいってほしいんだ!」


「莉奈先輩……」

 たぶん莉奈先輩は、自分が卒業することにいつまでも俺たちが縛られているかもしれないと危惧しているのだろう。


 けれど、俺は――俺たちはもう決めているのだ。これからは俺たちが萬部の最前線として新たな道を作っていくことを。


 俺は肺いっぱいに空気を吸うと、駅中に響いてもおかしくないほどの声量で思いっきり叫んだ。

「分かってまああああああああす! これからは、俺たちが自分たちの力で、新しい道を作っていきます!」


 続いて、雅も叫ぶ。

「莉奈先輩がいなくなっても、私たちは、一生懸命頑張っていきますから! 先輩も頑張ってください!」


 そして木葉。

「私たちは、今よりももっと成長して、先輩に頼ってもらえるほど頼もしい萬部になれるように頑張ります!」


 静夏も叫ぶ。

「一番最後に入った私ですが、この部活のことはとても大好きです。これからは、もっと前へ進んでいける部活になるように頑張っていきます!」


 そして最後に薫先生が言葉を放った。

「莉奈。奥仲たちのことは任せろ。きっと、君がいた頃に負けず劣らずの賑やかで、それでいて頼られる部活にしてみせる」


 俺たち全員の気持ちを聞いた莉奈先輩は、親指をぐっとつきたて、はにかんだ。

「うん! 上出来な返答だ! これで私も安心して行けるよ! さらばだ諸君、また逢う日まで!」

 そう言って、莉奈先輩は改札の向こう側平へ行き、新幹線のホームへと降りていった。小さくなっていく莉奈先輩の背中はやがて見えなくなり、最後に聞こえてきたのは新幹線が出発する甲高い金属の軋んだ音だった。



 莉奈先輩は行ってしまった。

 これで俺たちは本当の意味で、自力で前に進まなければいけなくなった。

 正直、不安でいっぱいだ。けれど、乗り越えられると思う。

 だって約束したのだから。

 自分たちの力で道を切り開くと。



 そして同時に、俺はもうひとつの問題への解も出さなければいけない。

 目を背けてはいけない問題への解を。

 静夏と約束した期限が、もう目の前まで迫っているのだから。


 こんにちは、水崎綾人です。

 今回の話しでは、莉奈先輩が新たな旅立ちをしました。莉奈先輩との思いでを噛み締めている遥斗たちですが、遥斗にはどうしても導い出さなくてはいけない解があります。

 今後一体どうなるのか、読んで頂ければ嬉しいです。

 では、また次回

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