第82話「道を切り開くための一区切り」
その後は、選ばれた在校生によるバンド演奏や、漫才など俺たちが選出した生徒たちの出し物が続いた。その中にはもちろん、裸シルクハットの彼らもいる。結局、彼らの出し物は小劇に変わったのだが、ギャグがベースの劇だったため、先輩たちのウケも非常によかった。
俺もついスポットライトを当てながら笑ってしまった。裸シルクハットよりも絶対今の劇の方がよかったと思う。マジで。
少しすると、実行スタッフと先輩たちとを交えた会食の時間になった。食事はビュッフェ形式で、皆思い思いに料理を手にとったり、先輩たちとの最後の食事に涙したりしている。
そんな中俺たちは会場の外にいた。
俺たちというのは、俺と木葉と雅、それから静夏の萬部在校生メンバーだ。
今俺たちはある人の到着を待っている。
「それにしても遅いわね」
両腕を抱きながら、静夏が愚痴のように呟いた。まあ、無理もない。三月の寒空の下で、防寒具を羽織らず制服だけでいるのだから。そりゃ愚痴りたくもなるくらい寒い。
「まあまあ静夏。もう少し待ちましょうよ」
そんな静夏を木葉がなだめる。」
静夏は一歩退くと、半眼で木葉を見やる。
「やっぱりあなたから下の名前で呼ばれると妙な寒気が走るわ。なに、変なものでも食べたの?」
「別に食べてないわよ! ていうか、寒気って普通に外気が冷たいだけでしょ!」
「外気も確かに冷たいけれど、問題はあなたが急に名前を呼んできたことなのだけれど……。あ、もしかして大空さん、あなた友達が少ないから私も友人のひとりとしてカウントするために名前で呼んでいるんじゃないでしょうね?」
「んなっ! た、確かに私は友達の数は多くないけど……別にそんな魂胆があって名前で呼んでるんじゃないわよ! てか、私たち友達じゃないの!?」
「友達……なのかしら?」
友情を疑問形で返された木葉は、ぽかんと口を開けてたまま、目を丸くしている。
そんな彼女らをよそに、雅が言った。
「あ、きましたよ」
雅が指さした方向を見ると、そこにはこちらに向かって走ってくる一台のバイクが。そのバイクは猛スピードで会場前まで走ってくると、ブレーキ痕を目一杯残して停車した。
スーツを来たバイク乗りは、フェイスヘルメットを取る。その瞬間、長い髪があらわになり、同時によく見知った顔が俺たちの前に姿を出した。
その人物とは、薫先生だ。
「待たせてすまなかった。これでも急いできたんだが、まだ卒後祭は続いているな?」
俺はその質問にすぐさま答える。
「はい。今は会食中です」
「よし。なんとか間に合ったみたいだ」
言って、先生はスーツの袖で汗をぬぐった。首筋まで垂れる汗の雫が、なぜか艶かしく見えてしまい、急に照れくさくなってしまった。
「そんなことより先生、例の物は?」
すかさず雅が聞く。
すると先生は、肩から下げていたショルダーバッグのファスナーを開ける。
「ああ。ちゃんと持ってきてるぞ、これだろ? それとこれも」
そう言って、俺たちの前に出したのは茶色をした木製の写真フレームと一枚の写真だった。これは、今朝雅のスマホで撮影した萬部の最後の写真だ。薫先生に現像と写真フレームの購入を頼んでいたのだ。莉奈先輩は明日にも神ケ谷市を離れてしまうらしいので、渡せるタイミングは今日しかないからだ。
薫先生は不足がないことを確認すると、急いでバイクを駐車場に止めに行った。すぐに戻ってきた先生は、長い髪を風になびかせ、胸元をパタパタと仰ぐ。
「先生、ありがとうございました」
疲労の色を浮かべている先生に、俺は礼を言って頭を下げる。
「んにゃ、別に大したことではないさ。せっかくの大事な生徒の卒業なんだ。私にだって出来ることをするよ」
さすが教師と言っていいのだろうか。今だけは先生が格好よく見えてしまった。
雅が写真フレームに写真をいれたことを確認して、俺たちは再び会場へと戻っていく。
会食が始まって結構時間が経ったというのに、会場内は賑やかな空気に包まれていた。耐えることのない話題が次々に口から吐き出され、先輩後輩を問わずに優しい空間が広がっていた。
俺たちは莉奈先輩を探す。すぐに見つかった。
なにせ、俺たちの先輩は人ごみにいれば埋まってしまうほど薄い人間じゃないのだ。遠くにいてもすぐに見つけられてしまうほど目立つ人なのだ。良い意味でも悪い意味でも。
先輩、と俺たちが呼ぶ。
すると、莉奈先輩はすぐさまこちらに振り向き、駆け寄ってきた。
「あああああ! もう、みんなどこいってたの? 探したのに見つからなかったから、心配したんだよ、私ィ!」
んもー、と言いながら、莉奈先輩は両手をぶんぶんと振る。その仕草は今年から大学生になる女子のものとは思えないが、これが莉奈先輩なのだ。莉奈先輩は何かに気づいたのか、腕の動きを止める。
「あれ、薫ちゃん! 学校の方は終わったの?」
どうやら先生の存在に気づいたようだ。
先生は腕を組みながら、破顔する。
「まあな。在校生との帰りのホームルームを即行で切り上げてこっちに来たんだよ。大事な教え子と話したいとも思うしな」
「ぐへへ~、そうなんだ、嬉しいこと言ってくれじゃん、薫ちゃん~!」
照れたように笑いながら、莉奈先輩が先生の脇腹を肘で小突く。
こんな何気ない光景をずっと続けるのも良いが、俺たちには先輩に渡すものがあるのだ。そのために薫先生にも無理を言った。
雅は小さな紙袋を両手で持ち上げ、一歩だけ前に出る。
「莉奈先輩。実は、渡したいものがありまして」
「ん? 渡したいもの?」
雅は紙袋をそっと手渡す。
受け取った先輩はすぐさま中を確認。数瞬後、息を呑む音が聞こえた。
「これ、今朝の写真……」
それから、と言葉を前に置き、木葉もあるものを手渡した。それは、つい先日書いた寄せ書きの色紙だ。数は少ないが、俺たち萬部員全員の思いが綴ってある。
受け取り、色紙に目を落とした莉奈先輩はしばしの間フリーズ。やがて、好奇心に満ちた大きな瞳が潤み始めた。潤んだ瞳からは大きな涙の雫が溢れ出し、雨のようにぽたぽたと色紙の上に落ちる。
「あ、あれ……、おかしいな。なんでだろう。涙が出るよ、みんな。本当に嬉しいはずなのにさ。みんなからの気持ちとか思い出とかをもらえて、すっごく嬉しいはずなのにさ、笑顔でいなきゃいけないはずなのにさ、涙が出るんだよ、みんな」
次から次へと溢れ出す涙を、莉奈先輩が制服の袖で拭う。しかし、それでも溢れ出る涙は止まらない。終いには、莉奈先輩は色紙で顔を隠し、俺たちに顔を見られないように泣いた。
そんな莉奈先輩にかける言葉は、ただ一言。
「今までありがとうございました」
それだけだった。
その言葉以外に必要なかった。
着飾る必要なんてどこにもなくて、純粋な先輩への感謝。それが今このタイミングには、もっともふさわしいものだと思った。
ひとしきり泣いた先輩は、顔を塞いでいた色紙を勢いよく下げた。出てきた顔は、ニコッと快活に笑ういつもの先輩。
「よおおおし、もう充分泣いたよ! みんな、ありがとう。すっごいサプライズだった! だけどね、いつまでも泣いているばかりじゃダメなんだよ! 私は最後まで笑顔でいるんだよ! さあ、みんなでご飯を食べよう! 何でかって? 今は会食の時間だからであーる!」
やはり、この先輩の考えていることは理解するのに時間がかかるが、もういつものことだ。莉奈先輩が笑顔でいたいのなら、それが正しくて、そうしなければいけない。
「みんなのご飯はね、実はもう取り分けてあるんだよ! あっちに用意してあるから、みんなでレッツゴーだよ! ここだけの話、遥斗くんにはスペシャルな料理を用意してあるんだよ」
「スペシャル?」
小首をかしげる。
「そうそう! 私特製のね、ゴーヤ味噌汁だよ! ここにあったゴーヤチャンプルと味噌汁を混ぜたの! どんな味なのか、是非飲んで感想を聞かせてくれ!」
一瞬なにを言っているのかわからなかった。ゴーヤチャンプルと味噌汁を混ぜた? もはや人間の料理ではないだろう。
「ちょ、はあ!? なんすかその料理! 絶対嫌です、食べたくないですって!」
と、必死に抵抗するが、莉奈先輩に腕を捕まれ、すごい力で引っ張られていく。
「遠慮はしちゃダメだぞ、遥斗くん! ゴーヤ味噌汁を食べたいと顔に書いてあるじゃないか」
「いやいや、書いてねえよ! だって思ってないもん! 嫌だ、ゴーヤ味噌汁なんて食べたくないよおおおおおおおおおっ!」
俺の叫びは虚しく消え、結局、俺は応援されながらゴーヤ味噌汁を食べることになった。食中の記憶はない。もはや味覚という概念を超越していたと思う。
その後、残りの会食の時間すべてをつかって莉奈先輩からの無茶ぶりや、他愛もないやりとりをした。短いながらも、密度濃い時間を過ごせたと思う。
しかし、始まりがあるものは、皆一様にして終わりがあるものだ。
会食が終わり、宴もたけなわとなってしまった。
今まで先輩たちとの会話に花を咲かせていた実行スタッフは持ち場に戻り、場内は再び光が絞られる。
微かな緊張感に包まれながらも、司会の生徒が閉会の辞を執り行う生徒会長の名を告げる。
河橋さんは開会のときと同様に壇上に上がり、マイクに向かって声を放つ。
「みなさん。まだ盛り上がっている最中、大変申し訳なく感じますが、閉会のお時間となりました。そこで僭越ながら、開会式と同様に私の方から閉会の辞を述べさせていただきます。
今回、この卒後祭を成功まで導いてくれたのは、実行スタッフとそれに協力してくれた一部生徒の力があったからです。今まで私は、自分が生徒会長なのだから、誰かを頼るのではなく自分が一番仕事しなければならないと思っていました。けれど、それは違うのだと教えられました。みんなが協力して、それぞれがそれぞれに出来ることを精一杯やる。そうやって、みんなで力を合わせることが大事なのだと、今回の卒後祭を開くまでにあたり、私は知ることができました。
同時に、実行スタッフのみんなが卒後祭を成功させ、先輩方に最高の気持ちで卒業して欲しいと思っていることも知りました。ここまで思われるのは、ひとえに先輩方の人望や人柄に起因するものだと感じております。これは簡単なことではなく、とても難しいものです。
これから学校を担っていく私たち在校生も、先輩たちのように多くの生徒から思わる生徒にならなければと思いました。
今まで本当にありがとうございました。良い手本、道しるべとして、先輩方はいつまでの私たちの先輩です。ご卒業、おめでとうございます。
以上を閉会の辞とさせていただきます、ありがとうございました」
マイクから下がり、河橋さんが頭を下げた。
沢山の拍手に包まれ、場内に光が戻る。どこか哀愁を帯びたBGMが流れ始め、会場スタッフによる式の閉会アナウンスが流れる。
まだ名残惜しそうにしている先輩たちだが、みんな席を立ち始め、それぞれ語らいながら会場から出て行く。
時間としては三時間ほどあった卒後祭だったが、体感ではものすごく短く感じた。きっと、俺たち自身も頼んでいたからなのだろう。先輩との最後のドタバタを。
少しすると、河橋さんがこちらにやってきた。
「お疲れ様です、奥仲くん」
「河橋さんこそ、おつかれさん。立派な挨拶だったぜ」
言うと、河橋さんは照れたように苦笑し、
「そうですかね。私、ブルブルに緊張してたんですけど……ははは」
「いや、そんなのまったく感じなかったぞ? あ、そうだ。河橋さん。河橋さんから見て、卒後祭は成功したと思う?」
その問いは、俺がずっと彼女に聞きたかったものだ。河橋さんは随分と前から、卒後祭を成功させることに対して異常な程熱を上げていたからだ。先ほどの挨拶では『成功した』と言っていたが、実際のところ彼女自身はどう思っているのだろうか。
聞かれた河橋さんは、ふぅ、と静かに息を吐く。
「そんなの愚問ですよ、奥仲くん」
「え?」
「成功したに決まってるじゃないですか。先輩たちがあんなにも笑顔でいるんです、それに、私たち実行スタッフが精一杯頑張ったんです。ですから、この卒後祭は文句なく成功したと、私は胸を張って言えます」
そう言った河橋さんの表情は、非常にすっきりとしたものだった。
それを聞けて、俺も思わずほころんでしまう。
「そっか。ならよかった」
「はい。奥仲くん、色々とサポートしてくれてありがとうございました」
「え? いや、別に俺だけが協力したわけじゃないだろ」
「ええ、確かにそうなのですが。けれど、奥仲くんがいたからこそ、私は他の誰かを頼ることは知りましたから。奥仲くんのおかげです」
「なんか改めてそう言われると、なんか恥ずかしいな。けど、俺だって誰かを頼ることを覚えたのはこの依頼を受けてからなんだ。だからさ、俺からもお礼を言うよ、ありがとな」
そうだ。この依頼があったからこそ、俺は須藤や柏崎を頼った。
先輩のためを思って引き受けた依頼が、実は自分の成長につながっていたというのは、自分でも驚きである。
これで俺も新たな一歩を踏み出せるのかもな。
卒後祭は終わり、残ったのは微かな寂しさと物悲しさ。
けれどそれは、気持ちの悪いもではなく、確かな道標となる感覚だと俺は思う。
先輩との日々に区切りがつき、これからは俺たちが先陣を切って道を開拓しなければいけないのだ。
俺たちだけの力で。
こんにちは、水崎綾人です。
今回で卒後祭は終わりましたが、最終章自体はあと少しだけ続きます。静夏から言われていたあの期限も迫ってきていますからね。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
それでは、また次回




