表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の彼女は幼馴染み!?  作者: 水崎綾人
最終章「隣の彼女は幼馴染み!?」
79/100

第79話「彼もまた、彼女のように始まりへと繋げる終わりを自覚する」

 さらに二日が経過したその日、ついに河橋さんが復帰した。

 休養する前に比べて血色もよく、疲れを感じさせるところはどこにもない元気な姿で戻ってきた。

 河橋さんは会議室の一番前に来ると、残って仕事をしている俺たちに頭を下げた。

「皆さん、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。河橋夜雛、万全の体調で戻ってまいりました」

 そう言って顔を上げると、卒後祭スタッフのボスは頼もしそうな表情を俺たちに向けた。

「今、どれくらいの量の仕事が残っているんですか?」

 河橋さんが訊ねる。

 それに答えたのは俺だった。

「あとは、昨日決めた当日の座席表を卒業生と保護者の分だけプリントアウトするだけだよ。だから、もうほとんど仕事は残ってないんだ」

 そう。河橋さんが休んでいたこの四日の間にほとんどの仕事は終わっていた。萬部と風山、そして須藤と柏崎の七人体制で一気に仕事をしたせいか、思いの外早く終わってしまったのだ。

 河橋さんは驚いたように目を見張り、

「そ、そうなんですか。すみません、何も協力できずに……」

 目を伏せ、申し訳なさそうに肩を落とす。


 そんな河橋さんの肩に薫先生が手を置いた。

「それは違うな、河橋。君は既に充分に頑張ってくれていた。そんなに気を落とす必要はないんだ。誰かがミスをすれば、誰かがカバーする。仲間とはそういうものだ。だから、過度に気を遣って自分を下げることはしなくても良いんだ。河橋、君は既によくやってくれているよ」

 俺も薫先生の言葉に心中で同意した。

 河橋さんは礼儀正しいがゆえに、礼儀正しすぎて自分のことを落とす傾向にある。しかし、それは間違いだ。俺たちよりも多くの仕事をこなし、卒後祭に向けて一番努力をしてきた自分を下げるのは、間違っていると思う。

 河橋さんは薫先生の言葉をしっかりと噛み締め、頷く。

「分かりました。でも、改めてお礼を言わせてください。萬部の皆さん、副会長、それから外部から手伝いに来てくださいました須藤さん、柏崎さん、本当にありがとうございました」



     ***



 残っている仕事は本当にすぐに終わったので、俺たちは全体練習に合流した。

 体育館では、薫先生に指導を任せられていた女子生徒がみんなに指揮を出している。よく見れば、あれは風紀委員長だ。

 真面目な印象を受ける風紀委員長は、薫先生が体育館に戻ってきたことに気づくと、すぐさま指示を仰ぎに駆け寄った。


 俺はそんな先生たちを尻目に、持ち場であるスポットライトへと急ぐ。まあ、とは言っても、ただライトの色を変えたり、ぐるぐるとライトを回したりするだけなんだけどね。たぶん、前に全体練習をした時と変わりはないだろう。

 適当にスポットライトをいじっていると、河橋さんが近づいてきた。

「奥仲くん、色々とありがとうございました」

「ん? まあ、そんなに気にすんなって。薫先生も言ってたけどさ、あまり自分を下げるのは良くないぜ?」

 ゆっくりと首を振る河橋さん。その動作に連動して、流れるように美しい黒髪が波打つように揺れる。

「違いますよ。奥仲くんには、私への進捗報告っていう皆さんよりもちょっと余計な仕事を押し付けてしまったじゃないですか。今のはそのお礼です。奥仲くんからの連絡のおかげで、早く体調をよくしようって思いが強くなりましたから」

「お、おう。そうか。なんか嬉しいこと言ってくれるじゃないか。ちょっと面映(おもは)ゆいな」

 頬を掻き、俺はパタパタと制服の胸元を仰ぐ。

「事実ですから。私はそれを伝えたまでです。それでは、伝えたいことは済みましたので、私は全体練習の方に戻りますね。奥仲くんもお仕事頑張ってくださいね」

「スポットライトだけどな」

 ははは、と俺は自虐的に笑ってみせた。

 すると、河橋さんは肩ごしに振り返り、普段の彼女からは考えられないウィンクをひとつ。

「奥仲くんがステージを照らさなくて誰が照らすんですか? スポットライトだって立派なお仕事です!」

 俺はそうだな、と首を縦に振った。

 この休養期間中に精神的に余裕が出来たせいか、いつもよりも河橋さんが頼もしげに見えた。


「なあにニヤケてんのよ、遥斗」

 そう言って、誰かが俺の背中を手の平で叩いてきた。

「あ痛っ! だ、誰だよ!」

 すぐさま振り返ると、そこには綺麗な茶髪を腰の位置まで伸ばし、血色の良い引き締まった唇に、髪と同じ色の凛々しい瞳をした少女、大空木葉が立っていた。

「うげ」

 俺は悩みの種でもある幼馴染みの存在に、思わず呟いてしまった。

「は? うげ? うげってなによ?」

 眉間に皺を寄せて、詰問してくる木葉。

「な、何でもないよ、何でもない。そんなことより、お前仕事はどうしたんだよ」

 木葉は「なんか誤魔化された気がする」と独り言ちながらも、俺からの質問に答える。

「私の仕事って卒後祭の会場に入るための受付だから、一通りの流れを確認したら、あまり仕事という仕事はないのよね」

「マジかよっ」

 超楽な仕事じゃん! スポットライトも楽だと思っていたが、まさかそれを上回る仕事があるとは。いや、でも当日、あまりの人の量に困惑したりもするかもだし、一概にそうは言えないのか。

「あ、そういえば昨日、静夏がお前に名前で呼ばれたって言って驚いてたけど、なんか心境の変化でもあったのか?」

 聞くと、木葉は少々恥ずかしそうに苦笑い。手を後ろに組み、顔を赤らめる。

「まあね。何だかんだ言っても、花美さん――静夏とも結構長くいるわけだし、それに、卒後祭の依頼を受けてから、またあの子のことが分かった気もするし、いつまでも他人行儀でいるのもアレかなって思ったのよ」

 まさか木葉が静夏のことを理解する日が来るとは思っていなかった俺は、心の中で喫驚してしまった。事あるごとに口喧嘩をしているものだから、分かり合えないものだとばかり思っていた。

 けれど、突然歩み寄られた静夏は驚いているみたいだがな。

「って、そんなことより、あんたに言わなきゃいけないことがあったんだった」

「なんだよ、俺なんかしたっけか?」

「いや、別にあんたは何もしてないわよ。何で最初に自分の非を疑うわけあんたは。遥斗さ、今日の活動が終わったら、部室に来て」

「部室? なんでまた?」

 卒後祭のスタッフになってからというもの、ここ最近ずっと部室には行っていなかった。行く用事も理由もないからだ。

「莉奈先輩に渡す用の色紙を買ったのよ。萬部って部員は少ないけれど、ちゃんと私たちのことを覚えていてもらいたいじゃない。だから、寄せ書きでも作ろうと思って」

「なるほど」

 そいつは妙案だ。


 これは薫先生から聞いたのだが、莉奈先輩の通う予定の大学は県外にあるらしい。それはつまり、莉奈先輩がこの神ケ谷市を離れ、ひとりで新たな生活を始めると言うこと。

 だから、もうこれまでのように簡単に会うことはできない。いつもみたいに、意味不明なことを言って困らせてもらうことはできないのだ。

 きっと時間が経つにつれて、莉奈先輩は俺たちのことを忘れる。遠い時間の中で、『萬部』という存在があり、そこで顔も思い出せないような部員たちと楽しくやっていたということしか残らないかもしれない。

 そう考えると、無性に悲しくもなるし、悔しくもなる。


 だからせめて、一秒でも長く、もっと欲を言えば永遠にも等しい時間俺たちのことを覚えていてもらうためにも、寄せ書きというのは良いアイディアかもしれない。

 俺は迷わず首肯する。

「よし、わかった」

「そう、良かったわ。みやびんにも静夏にも言ってあるから。ちゃんと来るのよ」

「おう。てか、やっぱりお前が静夏呼びだとしっくりこないわ」

「うるさい」

 べーっと舌を出すと、木葉は受付の係である雅と静夏の方へかけていった。

 着実に終わりに近づいているのを、俺は肌で感じた。

 卒後祭に向けて忙しなく動きを確認する実行スタッフ、先輩への最後のプレゼントを作ろうとする行動。その全てが、始まったものを終わりへと進めているように感じた。



 終わりはいつ終わり、始まりははたして本当に始まるのだろか。



     ***



 動きの確認が終わった俺は、久方ぶりに萬部の部室に足を運んだ。

 見慣れていたはずの部室だったが、たかだか二週間ほど空けただけだというのに、やけに懐かしさに駆られてしまった。

 部室の中央にある長机には、すでに木葉・雅・静夏が座っている。色紙を回して、先輩への思いを書き連ねている。

 ちらと視線を移せば、ホワイトボードには須藤の彼女――実山さんの浮気疑惑がかかったときのメモ書きがそのまま残されている。

 ……誰か消しとけよ。もし実山さんに見つかったら、全員鼻ワサビだぞ、たぶん。

 部室後方にあるダンボールの中には、雅が以前着ていた戦隊ヒーローの服が入れられていた。その他にも着物や、八つ橋のゴミなど様々ある。

 そのどれもが、俺たちがこれまでやってきた痕跡だった。


 雅が色紙を書くのを眺めていた静夏が、俺を見る。

「そんなところにつっ立って何をしているのかしら、遥斗。あなたもいつもの席に座ったらどう?」

「ああ、そうだな」

 言われた俺は、いつもの席――長机の端っこの椅子に腰を下ろした。ここに座るのも随分久しぶりだ。

 ああ、雅の隣に莉奈先輩がいれば完璧なんだけどなあ。

 胸の奥底から湧き出てくる名状しがたい物悲しさを、俺はそっとしまいこんだ。

 数分待つと、俺に色紙が回ってきた。

 いざ書くとなると良い言い回しが思いつかないな。

 俺はどれどれ、と先に書かれてある木葉たちのメッセージを見やる。


『人見知りの私を優しく迎えてくれてありがとうございました。莉奈先輩は、いつまでも私たちの大好きな先輩です。大学に行っても、私たちのこと覚えててくださいね。追伸、八つ橋の食べすぎには注意ですよ。大空木葉』


『途中から入部した私にもフレンドリーに接してくれてありがとうございました。最初は不純な動機で入った萬部でしたが、いつの間にか自分の中で大部分を占めるようになっていました。それも莉奈先輩という暖かい先輩がいたからだと感じています。今までお世話になりました。花美静夏』



『莉奈先輩へ。初めて会った時のこと覚えていますか? どの部活にも入りたくないと思っていた私に、先輩が「キミキミ! 萬部なんてどうかな? これから入る予定なんだけどさ、一緒にやってみようよ!」って言ったんですよ。最初は気乗りしませんでしたが、先輩とやりたいことをやっているうちに楽しくなって、もう萬部なしではダメになってしまいました。そのうち、木葉ちゃんが入って、遥斗くんも入って、花美さんも入部してということで萬部も賑やかになりましたが、それでも私は先輩と二人だけだったあの萬部を鮮明に覚えています。莉奈先輩、今までお世話になりました。小野雅』



 彼女らの気持ちを目にして、俺は不意に涙腺に来てしまった。

 莉奈先輩に向けられたものだというのに、俺の涙腺に来てんだよ。意味分かんねえよ! 

 特に雅。雅のが一番きた。俺や木葉、静夏のいない頃から萬部に入り、先輩と時間を共にしてきた雅が、一番莉奈先輩への思いが強いのだ。

 俺は熱くなった目頭を押さえる。

「ちょ、遥斗。何してんのよ――ってまさか、読んだの、読んだのね!?」

「遥斗くん、なんて恥ずかしい真似を!」

「遥斗、あなた莉奈先輩ではないというのに、どうして泣いているのよ。まったく、あなたはまだ卒業しないでしょうに。ふふふ」

 俺は泣きそうになっていることを誤魔化すように大仰に叫ぶ。

「べ、別に読んでねえし、泣いてもないわ! ただちょーっと目が乾いて、それを潤すために涙を溜めていただけだ!」

「あ、誤魔化した」

「誤魔化しましたね、遥斗くん」

「相変わらず誤魔化すのが下手ね」

 瞬時に見破られてしまった。

「う、うるさい! 誤魔化してなんかないっての!」

 そう言って、俺は話を切ると、色紙に向き直った。


 みんなストレートに感謝の気持ちを書いているのだ。なら、俺だってそうしよう。飾った言葉なんていらない。莉奈先輩への気持ちを率直に表せば良いのだ。


 これは終わりを終わらせるために送るのではない。

 終わりを迎える誰かの新しい始まりのために贈る気持ちなのだ。



『莉奈先輩。先輩には本当に色々と驚かされました。修学旅行から帰ってくるときもお土産の袋意味わかんないくらい膨らんでるし、部室で何かをするときもいつも常識から外れてるし、本当に莉奈先輩といて退屈しませんでした。最初は成り行きで入った萬部でしたが、今では俺の大切な居場所です。みんながいて、莉奈先輩がいての萬部だと思っています。もし何か困ったことがあったら、その時は萬部に依頼してきてください。俺たち全員で莉奈先輩の依頼を解決してみせますから。今までありがとうございました。莉奈先輩は俺にとって、一番の先輩です。奥仲遥斗』


 少々書きすぎてしまったかもしれないが、これは紛れもない本心から出た言葉なので訂正しよとは思わなかった。

 


 俺はペンを置き、胸の中でそっと呟いた。

 本当にありがとうございました、莉奈先輩。


 こんにちは、水崎綾人です。

 今回の話では河橋さんが療養から復活して卒後祭実行スタッフに戻りました。そして、遥斗自身も今まで分かってはいたけれど、深く考えては来なかった莉奈先輩との別れを明確に意識するようになりました。

 莉奈先輩は新しい生活のために歩き出し、遥斗たちは各々の気持ちのために進んでおります。今後の展開も読んでいただけると嬉しいです。

 では、また次回

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ