表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の彼女は幼馴染み!?  作者: 水崎綾人
最終章「隣の彼女は幼馴染み!?」
76/100

第76話「彼からの問い。幼馴染みへの気持ちは一体……」

「――ってわけだ。報告書の方は、なんとか期限までには提出できそうだぞ」

 俺は鼻をすすりながら、電話の向こうにいる彼女――河橋さんに言った。


 今俺は、薫先生に言われたとおり今日の作業の進捗具合を河橋さんに話していたのだ。


 河橋さんはどこか申し訳なさそうに息を吐く。

『そうですか。知らせてくれてありがとうございます。奥仲くん。それにしても、鼻をどうかなさったんですか? 心なしか、声も潤んでいるように感じますが』


 言われて、俺はどう答えるべきがしばしの間迷う。


 正直なところ、実山さんに鼻の穴にワサビを入れられたのが原因なのだが、そんなことを言っても信じてもらえる自信はない。事実って意外と信じてもらえないのよ?


 俺はすぐさま適当な言い訳を探す。


「これは……その……。あれだよあれ。さっきまで、ちょっとくしゃみが出てたんだよ。だからかな、声が潤んでいるように聞こえるのは」


 怪訝そうな河橋さんの声が、電話口から聞こえてくる。

『はあ。そうなんですか。私が言うのもなんですが、お身体は大事になさってくださいね』


 苦笑混じりに、俺は頷く。

「ああ、肝に銘じておくよ。ところで河橋さん。体調は大丈夫なのか?」


『そのことですか。学校から帰ったあと、病院に行ったのですが、過労と睡眠不足からくる体調不良だと診断されました。熱もそれが原因だそうです』


 過労と睡眠不足か。


 河橋さんが倒れたあと、俺たちが手をつけた仕事は、たしかに量は多かったが、中途半端なところまで終わっていた。それすなわち、その点まで河橋さんが仕事をしていたということだ。


 生徒会長としての自分の仕事の他に、あの量をこなしていたのだ。過労でも睡眠不足でも何の疑問もない。むしろ、よくここまで倒れずにやってきたと思える程だ。


「今はちょっとでも楽になってるのか?」


『はい。あの時奥仲くんに助けていただいて、みなさんの知るところになったおかげで、今はだいぶ楽になっています。熱も落ち着いていますし。お医者さんの話では、三日から四日ほど休めば大丈夫だとのことでした』


「そっか。そんじゃ、卒後祭には間に合いそうだな」


『ええ。ですが、みなさんにかかる仕事の負担が大きくなってしまいます……』

 その声は、とても心苦しさを感じるものだった。


 だから俺は、電話越しに首を振る。河橋さんに見えていなくても、首を振った。


「別にいいんだよ、それくらい。河橋さんが萬部に依頼した瞬間から、俺たちも実行スタッフなんだ。だから仕事の負担とかそういうのはどうでもいいんだ。それに、俺たちだって卒後祭を良い形で成功させたいって思ってる。そのための仕事なら、負担なんて思わないさ。きっと、他のみんなも感じてるはずだ」


 俺は断言した。


 木葉も雅も静夏も、もちろん風山やそれ以外の人たちだって、卒後祭を成功させたいと思っているはずだ。でなければ、下校時間ギリギリまで残らない。サボる人間が出てくるはずだ。それが現れなかったということは、そう思っても大丈夫だろう。


「河橋さんはもっと人に頼るべきだったんだよ。前にも言ったけど、もっと肩の力を抜いて、気楽に構えるべきだったんだ」


『今思えば本当にそのとおりでした。最初からみなさんに頼っていれば、このような事態にはなりませんでしたし』


「だからこれからはさ、誰かを頼るようにしてみるのもいいかもな。誰かを頼るってのはさ、最初は勇気がいるけど、案外良いものだぜ」

 俺は今日の出来事を思い返しながら語った。


 河橋さんに『誰かを頼ってみろ』と言うものの、俺も誰かを頼りにしたのは、実は今日が初めてだったりする。須藤や柏崎に実際に頼んでみて、人とのつながりを感じることが出来た。


 まずは一歩を踏み出すことが大切なのだろう。


 まあ、その結果、実山さんにひどい目に遭わされても、俺は責任を取れないのだが。


 河橋さんの安らかな声が聞こえる。

『分かりました。誰かを頼ってみる、これはこれからの教訓にしようと思います。色々とアドバイスありがとうございます。奥仲くんって優しいですね』


「優……しい、のかな、俺。ある奴には『甘い』とは言われたけれど」


 静夏とか静夏とか静夏とか。


 冷静な口調で、はっきりと甘いと言われた。


『甘い、ですか。たしかに人によってはそう感じるかもしれませんね。けれど、『優しさ』と『甘さ』なんて、結局は受け取る人の主観じゃないですか。ある人にとっては甘くても、私にとってはそれが優しさになる。ですから、私は奥仲くんは優しいと思いますよ』


「お、おう」


 なんだろう。このむず痒くなる感覚は。あまり褒められ慣れていないせいか、急に照れくさくなってくる。


 俺は咄嗟に話題を変える。

「そ、そういやさ、なんでメールじゃなくて電話の方が良いって先生に言ったんだ? メールならいつでも見れるのに」


 河橋さんは僅かに言いよどむと、おずおずと口を開く。

『それはですね……。えっと、奥仲くんの話を――じゃなくて、電話の方が一度耳で聞くだけで良いので楽かなと。メールですと、届いたのに気づかずにスルーしたままになってしまう危険性もありますし』


「ああ、そういうことか」


 そう言われればそういう気もする。自分の体調とツールのメリット・デメリットを考えた結果なのだろう。


 俺なら迷わずメールを使っている自信がある。


『お、奥仲くんは、電話は嫌でしたか……?』

 不安げに聞いてくる。


「いや別に嫌ってわけじゃないぞ」


 別段電話は嫌なわけではない。ただ、女の子に電話をするということで、この上なく緊張するだけで。

話し始めたからこそ落ち着いてきてはいるが、メモ用紙を見ながら電話番号を入力してる時なんて手が震えたぞ、俺。マジで。


『そうですか。よかった……』


 よかった? 何がだ? ああ、そうか。メールだとスルーする可能性もあるってさっき言ってたしな。わかるわかる。危険はなるべく避けて通りたいよな。俺も同じである。


 俺は電話を耳に当てながら、自室の壁に掛かっている時計を見やる。


 見れば、かれこれ二十分以上話しているのだと知った。病人相手にこれは負担が大きい。


 それに、進捗報告だけのはずが、結構脱線してしまった。


 俺は河橋さんとしばし会話をしたあと、ほどなくして通話を終了した。




     ***




 翌日。昨日と同じメンバーが会議室に集まった。


 昨日と同じく、河橋さんの残した仕事をするためだ。しかしながら、今日は雅が全体練習の方に行かなければいけないので、萬部のメンバーはひとり欠けている。


 今日の主な仕事は、明日までに提出しなければいけない報告書の作成。加えて、会場の下見に行き、学校から持っていかなければならない機材の確認。これを確認しなければ、本番で大変なことになる。

 薫先生が適当に仕事を振り分ける。


 その結果、学校に残り報告書の作成に当たるのが、木葉、静夏、須藤、柏崎。


 会場を下見し、機材の確認に行くのが、俺と風山になった。


 先日の性格がおかしくなった風山を見ているだけあって、ちょっとばかり風山を警戒してしまう。


 しかしながら向こうはそんな素振りはなく、いつも通り茶色く短い前髪を指で一生懸命いじっている。


 先方には、十七時頃に伺うと薫先生がアポを取っているらしい。なので、俺と風山は会議室で仕事の割り振りを受けてすぐに学校を後にした。


 目的地である多目的会館までの道中、風山がふいに話しかけてきた。

「なあなあ、奥仲って萬部だっけか?」


「え? ああ、そうだけど」

 まさか風山の方から話しかけてくるとは思ってなかった。いつも女子にばかり話しかけてるから、男とは話さない主義でもあるのかとばかり……。


 俺が答えると、風山は横目で俺のことを捉える。

「ふ~ん、んじゃ、木葉ちゃんと一緒か」


 そのつぶやきに、俺は内心で息を呑んだ。


 もしかしてまだ木葉のことを……? いや、でもそれ以上に、まだ『木葉ちゃん』って呼んでるのか。


「ま、まあ、そうだな」

 ぎこちなく相槌を打つ俺。だが、風山がどういった心境で先の言葉を口にしたのか分からない以上、そこはかとない緊張感が俺の心の中に芽生えた。


 次に何を言われるかと身構えていたが、それ以降、多目的会館に到着するまで風山は口を開くことはなかった。




 神ケ谷駅の近くに有る多目的会館までたどり着くと、ひとりの女性スタッフが俺たちを出迎えてくれた。


「初めまして。神ケ谷高校の生徒さんですか?」


 俺たちは首を縦に振って答える。

「はい。今日は会場の下見をしに来たんですけれど」


「既に前宮先生から連絡は頂いております。すぐにも会場を見学できるので、こちらにどうぞ」


 そう言って通された部屋は、俺たちの通う学校の体育館ほどの大きさを誇る大きな会場だった。壁一面が清潔感のある白に包まれ、天井にはシャンデリアにも似た豪華な電飾が設えてある。


 この広さならば卒業生とその保護者が入っても大丈夫そうだ。


 風山が女性スタッフに聞く。

「あの、色々と確認したいことがあるので、見て回ってもいいっすか?」


 どうぞ、と女性スタッフは微笑する。


 あまり打ち解けられなかった俺と風山は、それぞれ別々の方向から会場の機材の確認を始めた。しかしながら、これだけ綺麗で物が揃っていれば、わざわざうちの学校から機材を運ぶ必要もない気がする。


 などと思っていると、ひとつ気になることがあったため、女性スタッフに聞く。

「すみません、ギターとかにつなぐアンプとかってありますか?」


「アンプですか……? いえ、当会館では置いてありませんね」

 そうか。アンプはないのか。まあ、当然と言えば当然か。


 実のところ、卒後祭でバンド演奏をしたいというグループがおり、彼らがアンプを使うのだそうだ。自分たちで機材を持っていくのも良いが、会館にあった方が負担が少ないという理由で確認を頼まれたのだ。


 ちらと風山を見ると、風山も色々とメモ用紙に何かを書いている。持っていかなければならない物でも書いているのだろう。


 そんなことをしながら一時間ほど調べると、俺たちは会館を後にした。



 退館するころには、十八時を過ぎていたため、すっかり日は沈んでいた。空気はすっかり冷やされており、身体がぶるぶると震える。


 俺はマフラーに少しだけ顔を埋める。


 時間的に完全下校時間を過ぎているため、学校に戻ったところで木葉たちは既にいないだろう。薫先生にも下見が終わったらそのまま帰っても良いと言われている。


 途中まで風山と一緒になりそうだが、この際仕方がないだろう。


 俺ははあ、と白く濁った息を吐いた。

「奥仲、ちょっと聞いていいか?」


 またもや不意に風山が訊ねてきた。


「なんだよ?」


「お前ってさ、木葉ちゃんと付き合ってるのか?」


「んな――っ」

 何言ってんだ、こいつ!? 


 俺は目を瞬かせながら、隣を歩く風山に視線を放る。しかし、風山には別段ふざけている様子などは見受けられない。


「だからどうなんだよ?」


「いや……、別に付き合ってはないけどさ」


 そう付き合ってはない。俺と彼女は、幼馴染みという段階よりも先に進んでいない。

というよりも、俺ですから俺がどうしていいのか分かっていない。


「そんじゃさ、お前は木葉ちゃんのことどう思ってるんだ?」


「はあ? なんだよ、お前。さっきから何聞いてんだよ」


 何なんだ、こいつ。あまりにも深い質問ばかりしてきて。いささかの不審感と苛立ちを覚える。

「いいから答えろよ」


 至極冷静な口調の風山。


 俺は後頭部を掻きながら、風山から目線を離す。


「どうもこうも……ただのクラスメイトで、部活仲間で、幼馴染みだ」


 その答えは、木葉に対して失礼なものだと言った瞬間に感じた。


 少なくとも木葉は、その関係から抜け出したいと思っている。それに『ただの幼馴染み』という単語は、以前木葉の口から聞いたときに、とてつもない虚無感に襲われたこともある。


 俺は今、あの時の木葉と同じことをしてしまった。


 けれど、今はこう答えるしかない。自分でもどうしていいのか分からないからだ。木葉のこと以外にも考えなければいけない相手はいる。


 俺は下唇を噛んで、胸の中でそう言い聞かせた。


「ふ~ん、じゃあ奥仲は特に木葉ちゃんのことなんて意識してないってことでいいか?」


「どういうことだよ。ていうか、さっきから何が言いたいんだ、風山」


 風山の言わんとしていることが掴めない。


 彼はなんの目的のために、俺からこんな話を聞き出したのだろうか。


「実はさ俺、木葉ちゃんにコテンパンに振られたんだよねぇ~。でさ、そんときの木葉ちゃんの口ぶりが、誰かに気を使ってたっていうか、誰かのためを意識したような感じだったのよ」


 誰かのため……か。


「だから俺はてっきり、木葉ちゃんと奥仲が付き合ってんのかって思ってさ。ほら、二年生の中でもお前らって付き合ってるって噂あるじゃん?」


「いや、知らねーよ、そんな噂!」


 そういえば、以前須藤もそんなことを言っていたな。俺の知らないところで、俺と木葉の噂が蔓延してるのか。たぶん、木葉も知らないんだろうな。


 けど、俺みたいな地味な男子が、木葉みたいな見た目だけリア充の美少女と一緒に昼飯を食べたり、仲良く話していたりすれば、きっと誤解するよなあ。


 俺が声を大にして反論すると、風山はこちらを見据えた。



「じゃあさ、俺が告ってもいい?」




「は…………? 何言って……?」



 俺には風山が何を言っているかわからなかった。風山は一度木葉に振られている。それは本人も自覚していることだし、俺だって隠れてみていた。正確には俺たち、だが。


 それなのに、何故……。


「いやあ、実は前に振られた時の理由がさ、いまいちしっくりこなくて。だからもう一回アタックしよっかなって。だってさ、意味分からずに振られるとか、超ハズいでしょ。それに木葉ちゃん可愛いしさ、ゲットしてみたくなるじゃん?」


「やめろよ」


 気づけば俺はそう呟いていた。


「振られたのがハズいとか、可愛いからゲットしたいとか、そんな理由はいくらなんでもあんまりじゃないか。それって結局は自分の体裁と、相手の外見しか見てないだけなんじゃないのか」


 風山の表情から笑みが消える。

「はあ? いや、別にお前木葉ちゃんのこと何とも思ってないんだろ? ならそこまで考えなくても大丈夫じゃね」


「そ、それは、そうかもしれないけど……」


 なんだろう、この感情。


 木葉が誰かに取られると思うと、今までに感じたことのないくらい胸が潰されそうになる。ぐるぐると名状しがたい感情が蓄積し、握った拳にさらに力が加わる。


 けど、少なくとも、外見とか自分のために木葉に取り入ろうとする奴は絶対に許せない。


 俺は伏せていた顔を上げ、しっかりと風山を見やる。

「……でも、そういうわけにはいかないんだ。俺はあいつの幼馴染みとして、そんな気持ちで木葉に触れて欲しくないって思ってる」

 言っていて、自分の言葉が自分にも刺さった。


 俺は拳をさらに固く握り締め、風山の返答を待たずに足早に帰った。


 今これ以上、風山と話すのは危険だと思ったからだ。自分の感情がわからなすぎて、混乱してしまう。


 たしかに俺は風山に木葉は触って欲しくないと思っている。けれど、それは本当に『幼馴染み』だからなのだろうか。


 分からない。


 でも俺の口から吐いて出た言葉は『幼馴染み』だった


 やはり俺には『幼馴染み』という概念から離れることができないのかもしれない。


 『ただの幼馴染み』だと言われて落胆し、自分で『幼馴染みとして』と言って虚しくなる。


 俺は苛立たしく舌を打ち、奥歯をギリっと鳴らした。

 



 …………幼馴染みって、何なんだよ。


 こんにちは、水崎綾人です。


 今回は遥斗が『幼馴染み』という関係そのものに疑問を持ちました。今までは幼馴染みだからという理由で動いてきた遥斗も、ちょっとばかり疑問を持ち始めているようです。


 『幼馴染み』というのは、はたしてどう変化していくのでしょうか。


 では、また次回

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ