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隣の彼女は幼馴染み!?  作者: 水崎綾人
最終章「隣の彼女は幼馴染み!?」
72/100

第72話「それでも彼女は指揮を取る」

 帰りのホームルームが終わり、放課後が訪れた。


 俺はいつものことながら、卒後祭の準備に行かなければならない。


 忙しない空気に包まれた教室の中で、俺は帰り支度を整える。


 と、そんな時だった。俺より先に帰り支度の終わった須藤がこちらに近づいてきた。

「なー、遥斗、ちょっと相談なんだけどさあ」


「悪いけど、萬部は今、別件入ってるんだ。依頼ならそのあとに頼む」

 まあ、またリア充的な依頼なら俺は願い下げだけどな。


 こいつのせいで俺は、実山さんと一緒にいる相手が男子だと勘違いして、とても恥ずかしい目にあったのだ。あの失態は今思い返しても恥ずかしくなる。


「いやいや、別に依頼するほどのことじゃないんだけど」


「ん? 何だよ」


「実はさ、もうすぐ美々香の誕生日なんだよ。だからさ、どんな誕生日プレゼントがいいかなって」


「はあ!? やっぱりリア充的な悩みじゃねーかよっ! つか、何で俺に聞いたし! 彼女いないんだけど」


 舐めとんのか! こっちは非リアだぞ!


 俺は怒りと憎しみのこもった視線を全力でぶつける。くそったれが!


 須藤は軽く手を振ると、俺を小馬鹿にしたような顔で言ってくる。

「待てって、俺の話はまだ終わってないって。非リアのお前に聞くほど、俺もバカじゃない」


 こいつ……。非リアなのは認めるが、いざ面と向かって言われると殴りたくなる。


 俺は震える右手を必死に押さえつけ、須藤への怒りを静めるように心中で繰り返す。


「大空さんや花美さんいるだろ? お前、この前は全然仲良くない的なこと言ってたけど、今日見た限りじゃめっちゃ仲良さそうじゃん。だからさ、大空さんたちに聞いて、女の子が貰うならどんなものが嬉しいのか聞いて欲しいだよ」


「え……」

 正直、あまり気乗りしない。


 まずリア充のためだからという点が一つ。それから相手が須藤だからという点が一つ。以上の理由からあまり協力たくない。


 何で非リアの俺がリア充に手を貸さなきゃいけないんだよ。新手の嫌がらせか!


 やはりここは断ろう。気乗りしないのを無理にやる必要はないんだ。うん、きっとそうだ! と、自分に言い聞かせる。


「悪いが須藤、お前からの相談には答えられ――」


「頼む、頼む遥斗! このとおりだ!」

 言って、須藤は手を合わせて拝みながら頭を下げる。


 うぅ……。いくらリア充のような悩みだから嫌だと言っても、こうも頭を下げられるとどうしても弱い。須藤が数少ない友人ということもあるが、力を貸してあげなくてはいけないように感じてしまう。


 俺は、はあ……、とため息を一つ。


「仕方ねーな。聞くだけだからな」


「まじか、サンキュな!」

 須藤はぱあっと表情を明るくし、小さくガッツポーズをした。


 俺は軽く頭を掻き、木葉の姿を探す。だが、教室には既に木葉の姿はない。


 今度は廊下へと視線を放る。扉の淵に背中を預けた木葉がそこにはいた。


 ま、聞くだけならタダだし、とりあえず聞いてみるか。


 俺は軽く頭を掻きながら、木葉へと歩み寄る。

「なあ、木葉。ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」

 言うと、今までスマホをいじっていた木葉は、俺の方へと目を向ける。


「ん? なに、聞きたいことって」


「男から誕生日プレゼントを貰う時ってさ、どんなものが欲しかったりするんだ、女子は?」


「へっ、ぷぷぷプレゼント!? え、えっと……そ、そうね……」

 などと急に口ごもり始める木葉。胸の前で小さく手遊びを始めており、その姿は妙に忙しない。


 そんなに難しい質問だったか? 


 まあ、急に貰うならどんなプレゼントが良いか、なんて聞かれても困るのは確かだけどさ。


「私なら、気持ちがあればなんでも良いと思うわよ、遥斗」


 その声は俺の背中の方から聞こえてきた。声の主は見なくてもわかる。


 けれど、振り返らない訳にもいかないので、俺は渋々声のした方を見やる。


 思ったとおり、そこには静夏がいた。帰りの支度の済んだカバンを携え、俺たちの方にやってくる。


「静夏。でも、気持ちって言ってもさ、具体的には」


「そうね、私からしてみれば物なんて何もいらないのだけれど。物なんて壊れてしまうじゃない。そんな脆いものよりも、私は心の方が欲しいわね」


 悪戯に笑いながら、俺の胸を指先でなで上げる。

「おいおいおいおいっ! なんか良いこと言ってるって思ったけど、ちょっと方向性が違ってきてませんか!」


「あら、そうかしら?」


 特に悪びれる様子もない静夏。いつもどおりと言えば、いつもどおりだ。


「ちょっと花美さん! 私が遥斗から相談されてたのよぉ!」


「そうなの。なら、大空さんはどんなプレゼンとが良いと思うのかしら?」


 聞かれた木葉はうぐっ、と言葉を詰まらせ、俺を横目で見る。何でこっち見るんだよ。


 腕を組み、茶色い前髪を指先でくるくると弄りながら木葉は思案する。

「そ、そうねぇ……。プレゼント……プレゼント……。…………一緒にいるだけで、それがプレゼントだったりするかも」


「はあ?」

 俺は思わずそう吐いていた。


 予想していたものと全然違う。なんだ、一緒にいるだけでプレゼントって。そんな安上がりなもので大丈夫なのか!? いやあ、もう、全然分かんない。


 近くにいる静夏は額を押さえ、

「誰がマジなものを言えと……。だいたいそれじゃ、プレゼントってことになるのかしら」


「だ、だって、これしか思いつかなかったんだもん」


「だもん、ってあなたね。けれど、あなたのそれではプレゼントト呼ぶにはあまりにも曖昧なものね。一緒にいるだけなら、別にプレゼントとしての形をとらなくても良いし」


「うぐぐ…………」

 木葉は下唇を噛み、悔しげな面様でうなだれる。


 そんな時だった。俺たちを迎えに雅がやってきた。

 この状況を見て、彼女は目を瞬かせる。

「どうしてたんですか、なんか木葉ちゃんがすっごいしょぼーんとしてますけど。あ、でもいつものことかも……」

 地味に辛辣な物言いである。


 俺は一通り今の流れを説明し、雅ならどんなプレゼントを誕生日にもらったら嬉しいかと質問した。

「そうですね、プレゼントですか。私も、花美さんが言ったように気持ちがこもっていれば何でも良いとは思いますが、強いて言うなら……」

 そこで俺のことを一瞥する雅。だから何で俺を見るの。


「一日中ベタベタくっつかせてほしです」


「はい?」

 こっちもまた想像の上をいく回答だった。


「普段は強がってベタベタできないので、せめてプレゼントという形をとって、イチャイチャべたべたしたいです!」


「ま、待ちなさい、小野さん。それって、完全にあなたの欲しいもの、やってほしいことじゃない? 一般的な意見だとは思わないのだけれど」


「そうですか? けど、花美さんだって、もしできたら嬉しいでしょ?」


「……………え、あ、まあ、それは否定しないわ」

 おお、あの静夏が動揺したぞ、おい。


 初めて雅が静夏を言い負かしたのを見た気がする。


 雅の意見に誰も反対する者が出なかったため、必然的に雅の求めるものが俺たちの中で最も理想とするプレゼントということになった。


 いいのか、こんなので。


 とは言っても、もうそろそろ本当に卒後祭の準備に行かないといけないため、これ以上議論している時間もない。


 俺は導き出した回答を須藤のところへ持っていく。

「須藤、一応聞いてきたぞ」


「おおお! そんでそんで、どうだったんだ?」


「それがだな……。結論から言うと、気持ちがこもっていれば何でも大丈夫。それに加えてイチャイチャべたべたするのが一番のプレゼントだそうだ」


「は、はあ? 何言ってんだ、お前」

 須藤は困惑した面様で俺を見据える。


 俺だって同じ気持ちだ。何言ってんだろ、俺。


「でも、それが木葉たちに聞いて出た結論なんだ。お前がイチャイチャべたべたしてるところを想像するのは吐き気を催すが、まあ実山さんに何かあげるなら、俺たちが出した回答も頭の隅に入れておけって」


「お、おう」


 いまいち納得してない様子の須藤。無理もない。俺だって納得していないのだから。


 俺は適当に須藤に別れを告げ、木葉たちと一緒に会議室へ向かった。




     ***




 卒後祭まで残すところ九日ほどとなってしまった現在。


 振り分けられた仕事はほとんど終わったため、今日からは体育館を使って、卒後祭当日の動きと役割の確認をする作業に入った。


 体育館に入ると河橋さんから、当日誰にどんな仕事をしてもらうかが発表された。ある人はアナウンス、ある人は誘導、ある人はタイムキーパーなど様々。


 そんな中俺は、舞台を照らすスポットライトの係に選ばれた。体育館後方にある大きなスポットライトを使って光の色を変えたり、当てる人を変えたりなど、仕事はそれくらいだ。とてもじゃないが、難しい仕事とは言えないだろう。河橋さんには感謝しなければならない。


 しかしながら、河橋さんはこの振り分けをひとりで考えたのだろうか。

 心なしか、河橋さんの顔に疲労の色が滲み、目の下には隈ができているように見えた。

「それじゃ、一通り役割を発表しましたので、皆さん配置についてみてください」


 河橋さんの指示に従い、俺はスポットライトのある体育館後方移動する。

 文化祭の時とかに遠目で見たことはあるのだが、実際に見てみると想像よりも大きい。黒くてゴツゴツしている見た目はまるで、大砲でも打ちそうに感じられる。触れてみれば、確かな金属の硬さ。スイッチ類は特になく、ライトを点灯させるボタンひとつのみだ。



「割と似合うじゃないか、奥仲」


「薫先生、来てたんですか」


 現れた薫先生は、腕を組みながら子供のようにニヤリと笑っている。

 いつものように、黒のレディースのスーツをビシッと着こなし、スタイルの良さを前面に引き出している。暗幕により光の少ないところで見る薫先生は、なぜかいつもよりも妖艶に見えた。


「もちろん来ていたさ。私は君たち萬部の顧問だ。君たちを見るのは仕事のうちだよ」

 言われていると、ちょっとだけ照れくさくなる。


「それはそうと奥仲。見ている限りだと、君たちの関係は元に戻ったのかね?」


「関係?」


「そうだよ。君と大空、小野、花美の関係さ。何があったかは分からんが、ここ最近ずっと不自然だったじゃないか。まあ、なんだ、私も一応教師だからな。心配はしていたんだよ」


「そうなんですか。まあ、戻った、のかもしれませんね」


「なんだ、煮え切らない言い方だな」


 たしかに関係性自体は前みたいな雰囲気になった。でも、それは長くは続かないだろう。俺は雅や静夏と約束した。卒後祭が終わったら、告白のことをしっかりと考えて、そして結論を出すと。


 俺の結論しだいで、今の空気が壊れてしまうことは想像に難くない。だとすると、元に戻ったというよりも、戻ったように見えるだけなのかもしれない。


 薫先生が疑問に満ちた目を向けてくるので、俺は笑ってごまかす。

「はははは、そうですかね。けど、当人からしてみると、関係性が元に戻ったかなんてあまり分からないものですよ?」


「ほう、そういうものか。私は君たちの問題は君たちで解決するべきだと思っているから、あまり口出しをするつもりはないが、ひとつだけ。あまり思い悩んでも良いことはない。早く結論を見つけてしまった方が楽になる時だってあるぞ」


「それってどういうことですか、薫先生?」


「そのままの意味だよ。今の関係性に疑問を持ち悩むよりも、折り合いという名の結論をつけた方が楽になるということだ」


「なんか教師っぽ言い方ですね」


「ふふっ、教師だからな」

 薫先生は肩をすくめて笑った。



 まったく、この先生はたまに教師らしいことを言うから反応に困る。いつもはしょうもない先生なのに。




 河橋さんの指導のもと、その後一時間ほど動きの確認を行った。


 俺の担当するスポットライトは、本当に誰かを照らしたりする仕事しかなかったため、動き自体はすぐに覚えることが出来た。


 いや、なんていうかこの仕事を割り振ってくれた河橋さんには、本当に感謝しかない。

 一通り確認が済むと、休憩時間になった。休むほど疲れていないが、休憩をもらったらおとなしく休むのが俺のスタイルである。


 ちらと風山を見る。


 彼は同じ学年の男子と話している。木葉に近づく様子は見られない。

 今回は木葉に非があるため風山には悪いが、俺は安心してしまった。


「奥仲、君は休むほど疲れているのか?」

 近くにた薫先生に言われてしまった。いや、別に疲れては、ない。しかし、


「いやあ~、結構疲れましたね、あれ。スポットライトって簡単そうに見えて意外と難しいんですね、筐体も熱くなりますし、はい」


「君は嘘が下手だな。疲れてないのがバレバレだぞ」

 ふふふと笑いながら、薫先生。俺の誤魔化しは通用しなかったみたいだ。


 薫先生は周囲を見渡すと、ふと目を留めた。

「奥仲、君に仕事をやろう」


「は?」

 いらないですよ、仕事なんて! 今は休憩時間なんですけどっ!


「あれを見るんだ」

 そう言って薫先生が指さした先いたのは、河橋さんだった。何やら機材のような荷物を運んでいる。運んでいる様子からして、持っているものが重たいのだとわかる。


「わかりましたよ、行ってきますよ」


 俺は薫先生が言う前に、その意図をくんで動き出した。というより、あんな姿を見せられたら、普通に手伝いに行くっての。


「河橋さん」


「あ、奥仲くん」

 河橋さんは両手に機材を抱えつつ、俺を振り返る。そんな彼女の顔には、はっきりと隈があった。さっきは見間違いかとも思ったが、そうではなかったらしい。


「手伝うよ。それどこまで持っていけばいい?」


「いいんですか? では、お言葉に甘えて。これは特別棟一階の技術室までです」


 そう言って渡されたのは、木で出来た台だった。河橋さんはこれを三つほどひとりで抱えていたのだ。

 俺も持ってみるが意外と重い。それに、木で出来ているため角の部分が腕の肉に食い込んで地味に痛い。


「手伝ってくれてありがとうございます、奥仲くん。実はこの台、卒業式用の幕を壁にかける時に使ったそうで、片付けられていなかったんですよ」


「後片付けもしないとはなんて奴らだ」


「ですけど、気づいた人がやらなくてはいけませんからね」


 相変わらずの出来た人である。


 俺たちは歩速を同じにしながら、特別棟一階の技術室を目指す。


「そういえば河橋さん。もしかして寝てなかったりする?」


「はい? え、ええ、ここ最近はあまり……」


 恥ずかしそうに下を向く河橋さん。

「まだ私がやらなければいけない仕事がいくらか残っていますからね」


 俺はその言葉に疑問を覚えたが、深くはつっこまないことにした。


「そうなんだ。それにしても、卒後祭まであと少しだな。いやあ、着手するときはどうなるかと思ってたけど、結構なんとかなるもんだよな」

「…………そうですね、ここまできましたし」

 反応が遅いな。と思い、俺はちらりと横目で河橋さんを確認。しかし、別段おかしな様子はない。


「ほら、あの裸シルクハットのやつらの審査の時とか、結構印象深かったりするし、この数日間結構色々あったよな。ま、そんなあいつらも審査をくぐり抜けて、本番でステージに立つわけだけど」

「…………………………あれは卑猥です。…………あのままだったら、絶対に審査を通してません」


「さすがに裸シルクハットで舞台に上がらせるわけにはいかないからなあ。けど、あとは俺たちが本番での動きを確認するだけのところまできた。たぶんこの調子なら、河橋さんの望む立派な卒後祭になるんじゃないか?」



 言った瞬間だった。



 放課後の森閑とした廊下に、突如響く落下音。木製の台が落下する音は、けたたましく響き、その後少し遅れて、鈍い音が聞こえた。



 ――人が倒れる音である。



 俺が目をやるとそこには、艶やかな黒色のポニーテールを携えた河橋さんが、力なく倒れていた。


 いきなりのことにわけのわからなくなった俺は、持っていた台を投げ捨て、河橋さんに駆け寄る。


「ちょ、河橋さん? お、おい河橋さん! 大丈夫か、河橋さん!」



 誰もいない廊下に、彼女の名前を呼ぶ俺の声が反響した。


 こんにちは、水崎綾人です。

 卒後祭まで残すところあとわずかまできました。しかしながら、河橋さんにまさかの自体が。

 今後どうなっていくのか読んで頂ければ嬉しいです。

 では、また次回

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