第68話「彼女の気持ち」
昼休みになり、俺は屋上に木葉を呼び出した。
休み時間のときのように踊り場でも良かったのだが、昼休みになると人通りが多くなるので避けた。あまり人に聞かれて気持ちの良い話しをするわけでもないからだ。
木葉は、青空の下うつむいている。
無理もない。
俺だって目を合わせるのは、どこか憚れてしまう。
しかし、このままこうしている訳にもいかない。
俺は勇気を振り絞り、口を開く。
「まずは、この前は急に声を荒らげたりしてごめん。悪かったと思ってる」
俺は深々と頭を下げた。いくら腹立たしかったといえ、いきなり怒鳴りつけるのはよくない。反省している。
そんな俺を見て、木葉は首を横に振った。
「いいよ、頭上げてよ、遥斗」
言われて、俺は頭を上げる。そしてさらに言葉を紡ぐ。
「サンキュな。でもさ、木葉が何を考えているのか分からないってのは本当なんだ。みんなが仕事をしている中で、お前だけどこか浮き足立ってるっていうか、卒後祭への意識を欠いてるっていうか、そんな風に見えるんだ。実際のところ、木葉は何を思ってたんだ?」
聞くと、木葉の表情がわずかに強ばった。
「べ、別に……何も、ないわよ……」
「何もない? そんな、まさか。だって、ここ最近のお前、明らかに普段の木葉と様子が違ったじゃないか」
あれがいつもどおりの木葉だというのか? 笑わせるな、そんなわけがない。
「か、勘違いなんじゃないの……?」
木葉は俺に目を合わせることなく、そう言った。
「勘違い……? あんなにいつもの木葉違うのに勘違いだと? 俺が……俺がどれだけお前を見てきたと思ってんだ、今のお前は絶対におかしい。一体何を考えてる?」
俺は木葉に半歩だけ詰め寄り、再度問いかけた。
しかし、木葉から返ってきた言葉は代わり映えしないものだった。
「だから……何も考えてないって……」
どうしてここまで何も言ってくれないんだろう。俺は木葉に何かしただろうか? いや、この前怒鳴っちゃったけど、それにしても今の木葉は変だ。頑なに内側を見せてくれない。
冷静でいることに努めていた俺だったが、だんだんと苛立ちを覚えてくる。
何でここまで木葉は本音を閉ざしているんだ?
今までずっと木葉のことを見てきたからわかる。今の彼女の口から吐き出されている言葉は本心じゃない。
木葉が本音を言う時は、相手の目を見てきちんと伝えるのだ。
それが、見た目はリア充女子でも心は人見知り乙女の大空木葉という幼馴染みなのだ。
でも、今は本音が何ひとつない。
「何で……何で言ってくれないんだ。これじゃ、俺はお前のことが分からないままじゃないか……。ああ、そうかよそうかよ。だったら勝手にしろよ! やっぱり、俺にはお前が何を考えてるかわからない」
最初から心を閉ざしている相手に、何を言っても意味がないのだ。
いくら相手のことを理解しようと思っていても、向こうがそれを拒んでしまっては俺にはどうすることもできない。
木葉はギュッと下唇を噛んだまま、目を伏せている。
本当に彼女に何があったと言うんだ。けど、そんなことももうどうでもいい。
俺は頭を乱雑に掻き、苛立ちを抑えつつ屋上から出ようと足を動かす。
と、その時だった。
突然、がごんと屋上の扉が開かれた。敷居をまたいで屋上に入ってきたのは静夏、それから雅だった。
静夏は俺を一瞥すると、木葉と俺の中央で立ち止まった。
春風に黒髪をなびかせながら、腕を組んで俺と木葉を行動に見渡す。
「あなたたち、結局いつまでそうしているつもりなのかしら?」
「何で静夏がここに……?」
「昼休みになった途端に、遥斗が大空さんを教室から連れて行くのを見たから、とりあえず後をつけてみたのよ。途中で小野さんとも会ったから、一緒に来たのよ」
俺は雅の方に視線を向けた。
雅は静夏の隣に立ち、ぎこちなく笑っている。おそらく、本当に偶然、静夏と会ってしまったんだろうな。
静夏は「そんなことより」と話しを一度区切ると、俺の方を向き直った。
「遥斗。あなた、大空さんと話しをすると言ったのに、また投げ出す気? 大空さんと話して彼女の考えていることを分かりたいのではなかったの? 今のあなたは冷静さを欠いているわ」
「それは……そうだけど」
言われた俺は、拳を握り目を伏せた。
静夏の言うとおりだ。どうしても木葉のことになると、前のめりになってしまう自分がいる。その理由は自分でも分からない。けど、そのせいで冷静さを欠いていたのは事実だ。
俺が押し黙っていると、今度は木葉の方に向き直る。
「大空さん。あなた、何をそんな意固地になっているのかしら? 傍目から見ていても、あなたの様子がおかしいのは分かるのよ。具体的にはそうねえ……無理をしているような様子に見えるわ」
静夏からの指摘に、一瞬木葉の表情が歪んだように見えた。
「なによ、無理をしているって。私は別に無理なんて……」
「あら、そう。そうだったのね。けどね、覚えておきなさい、大空さん。今のあなたのせいで、少なくとも遥斗、いや私たち萬部が迷惑を被っているのよ?」
「…………っ」
息を呑んだ木葉に向かって、静夏はにやりと意地悪な笑みを浮かべるとさらに言葉を紡ぐ。
「それともあれかしら? 大空さんは最初からこれが狙いだったりするのかしら?」
「……へ? どういうこと?」
木葉は小首をかしげる。彼女の口からこぼれた声は、疑問に満ちたものだった。
「私たちにこれだけの迷惑をかけて、萬部をめちゃくちゃにするのが目的だったのではなくて、と言っているのよ。そうすれば、後腐れなく風山とかいう副会長と仲良くできるでしょう?」
「なっ……そんなこと……っ!」
かすれた木葉の声が屋上に響く。
しかし、静夏は口を止めることはない。
「見た目だけはリア充女子の大空さんだもの。私たちのような人間と付き合うよりは、風山さんのようなイケているリア充とつるむできなのではないの? あなたは遥斗ではなく、むしろ風山さんと付き合った方がお似合いなのではなくて?」
「やめ……やめてよ……」
「だからあなたはこれだけ心を閉ざしているのでしょう? リア充はリア充どうし、よろしくやっていればいいのではなくて? そうることで、遥斗もあなたのことを考えなくていいので、精神衛生上よろしいんじゃないかし――」
と、言いかけたその時だった。
今まで視線を左下に固定していた木葉が、はっと静夏を見据えた。
「やめてって言ってるでしょっ!」
彼女のその声は屋上中に反響し、俺は目を見開いた。
これだけ大きな声を出す木葉を見るのは初めてだったからだ。
それはおそらく静夏も同じはずなのだが、彼女はひるむことなく大空と対峙している。
「あら、どこから何をやめれば良かったのかしら?」
挑発としか受け取れない発言に、木葉はギリっと奥歯を噛む。
「最初から全部よ。私……私は別に、萬部をバラバラにすることなんて狙ってないし、風山くんの方が良いなんて思ってない」
「はあ、そうなの。では、一体何が目的なのかしら?」
「目的なんて、そんなもの……ないわよ……」
木葉は合わせた目を、また逸らす。
「また目をそらしたわね、大空さん。あなたが本当のことを言わない限り、私はあなたのことを信じることができないわ。それに、今のあなたはあまりにも萬部にとって被害が大きい。だから、自主的に退部してもらいたいわ」
静夏からの提案に、俺はすぐさま意見する。
さすがにそれはやりすぎだ。
「待ってくれよ、静夏。それはさすがに――」
「甘わいわ、遥斗。今の大空さんのせいで、萬部は大きな被害を被っている。それに今は卒後祭の依頼だって受けているわ。現在のところ、卒後祭の準備自体に影響はないけれど、今後大空さんとの不和が原因で何かトラブルが起こらないとも言えない。だから、私たちのため、依頼してくれた河橋さんのため、卒後祭で祝う先輩たちのためにも、大空さんにはここで退いてもらうのが一番よ」
言い返せなかった。
静夏の言ったことはすべて正論だからだ。
今現在、俺たちの不和が原因で、卒後祭の準備に大きな悪影響はないが、小さな影響はポツポツとあった。それが大きな影響につながることになる可能性だってある。
俺たちの問題が、俺たちの手だけでは負えなくなるほど大きな問題へとつながってしまうかもしれないのだ。
静夏は俺に向けていた目を離すと、再び木葉に視点を合わせる。
「さあ、大空さん。自主的に退部するか、本当のことを――」
「……ったの」
消え入りそうなほど小さな声に、俺たちは耳を澄ませる。
「何かしら、あまりよく聞こえなかったのだけれど」
もう一度言うようにと、静夏が促す。
「だから……遥斗に心配かけたくなかったのよ……」
吐き出された言葉は予想外のものだった。
木葉は髪をかきあげて額に手を当てると、ゆっくりと言葉をつむぐ。
「遥斗に心配をかけたくなかった。正直、風山くんはプライベートなことまで聞いてくる苦手なタイプだった。けど、それを遥斗に言ったら、たぶん遥斗は心配する。そんなことで私は遥斗に心配をかけたくなかったの……」
「な、なんだよ、それ……」
木葉は潤んだ瞳で俺を見つめる。
「ごめん、遥斗。何度も相談しようと思った。けど、柏崎くんの時みたいに、遥斗が傷つくかもしれないって思うと、言い出せなかった。だから……せめて卒後祭が終わるまでは、無理してでも笑顔でいようって思って……」
そこまで言うと、木葉の大きな瞳から、大粒の雫が一滴流れる。
「でも、遥斗に……萬部のみんなにこれだけ迷惑がかかるだなんて思ってなかった。本当にごめんなさい。完全に私の独りよがりだったわ」
涙ぐんだ声でそう言うと、木葉は頭を下げた。
「お前……そんなことを考えてたのか」
俺に心配をかけたくない、か。たいして力になれるかどうかも分からないこんな俺に、心配をかけたって別に良いのだが。
まあ、たしかに柏崎のときは傷ついたな。リアルファイトだったし。
「木葉ちゃん……」
雅がぽつりとつぶやく。
「ようやく本当のことを言ったわね、大空さん。けれど、今後の風山くんとの関わり方を考えなければ、結局は今と何ら変わりないことになるのよ?」
「分かってる。だから今日、風山くんときっちり決着をつけるわ。普段の自分を押し殺す必要もなくなったしね」
その表情には緊張の色が見て取れた。
見た目だけはリア充な木葉は、しかし内面は内弁慶の人見知り。そんな木葉に、本物のリア充――リアルリア充の風山にはっきりと自分の意思を言うことができるのだろうか。
つか、リアルリア充って何か言ってみると変だよな。
静夏は木葉の言葉を聞いて鼻から優しく息を吐く。
「そう。まあ、頑張りなさいな」
静夏が木葉にエールを送ったのを初めて見た気がする。
たぶん、木葉もそうなのか一瞬きょとんとした顔をしていた。
「へ? ああ、そうね。まさか花見さんがそんなことを言うとは思ってなかったわ。あ。それから花見さんに言いたいことが、私からもあったわ」
静夏は腕を組んだまま、木葉を見やる。
「何かしら?」
「さっき、私と風山くんがお似合いとか訳の分からないこと言ってたけど、私は遥斗だけが好きだから」
「お、おまっ、何言ってんだよっ!」
俺は咄嗟に叫んだ。
いや、もうびっくりしすぎてやばい。
「事実だもの」
「いや事実だものってお前なあ」
恥ずかしいし、どんな顔していいか分からないだろうが!
「遥斗に誤解されたままだってのも嫌だし、花見さんとかにも私の気持ちをはっきりさせておこうと思って」
だからって口に出さなくても……。
木葉の言葉を聞いた静夏は、そっとうなだれた。
「何もそこまで正直になれとは言っていないのだけれど」
こんにちわ、水崎綾人です。
今回の話では木葉の考えていたことが、遥斗たちに打ち明けられるわけですが、これからどうなっていくのか見ていただければ嬉しいです。
では、また次回




