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隣の彼女は幼馴染み!?  作者: 水崎綾人
最終章「隣の彼女は幼馴染み!?」
66/100

第66話「幼き彼女は意見する」

 静夏に最低だと言われたあと、俺はひとりで帰路についた。


 いつもと何ら変わらない道のはずなのに、ひどく長い道に思えた。


 心の中に積もるイライラとした感情を黙らせながら、自宅を目指す。


 と、その時だった。


 ちらと視線を移した先に、ひとつの公園が見えた。この公園は、つい先日須藤と実山さんを仲直りさせるために用いた公園だ。

 俺は気分転換にと思い、その公園へと足を動かした。

 ブランコやシーソー、滑り台など一通りの遊具はすべて揃っている公園だ。まだ夕方だということもあり、砂場では幼稚園児と思しき少女が遊んでいる。後ろで彼女のことを見守っているのは、あの少女の母親だろうか。

 などと考えながら、俺はブランコに腰掛ける。


「久しぶりに座ったなあ、ブランコなんて」


 言って、俺は空を仰いだ。


 夕日によって茜色に染められた空は、もうじきどこか哀愁を感じさせる。


 しかし、そんな寂しさに浸れるほど、俺には精神的な余裕はなかった。

 雅には八つ当たりをしてしまうし、静夏には心にもないことを言ってしまった。それに、木葉に関しては未だにあいつが何を考えているのか分からない。


 もしかしたら、このままバラバラで終わってしまうかもしれない。


 その結果、莉奈先輩への恩返しもうまくいかないかも……。


 そんな嫌な不安がよぎり、俺はうなだれると頭を乱雑にかきむしった。

 すると、天から声が降り注いだ。


 俺はすぐさま顔を上げる。


 そこには、懐かしい顔があった。



 腰まである綺麗な茶髪をツインテールにし、純粋さを感じさせる緑色の瞳。加えて、幼くも活発な印象を与えるその輪郭。この子は……。




「……梨恋(りん)ちゃん?」




 不安げに聞くと、言われた幼女は大きく頷いた。

「あーっ、やっぱりハルトだぁ!」

「お……おお、久しぶりだね、半年ぶりくらいかな?」

「んー、どうだろうねー」

 言いながら、梨恋ちゃんは俺の隣のブランコに腰掛けた。


 いやあ、それにしても随分と久しぶりの再会だ。


 彼女の名前は春元梨恋。


 以前、萬部が依頼を受けて幼稚園訪問をしたときに出会った幼女である。あの時は、とある事情により元気ではなかったが、今はもうこうして元気なところを見ると、梨恋ちゃんの中でも解決して乗り越えられたように見える。

「遥斗はこんなところで何してるの?」

 まだ地面につかない足をブラブラさせながら、梨恋ちゃんが聞いてくる。


「え、えっとね……。何というか悩み事、かな」

「悩み事?」

 ぐいっと梨恋ちゃんは顔を近づけてくる。


 おお、近い近い。

 俺にはロリコン趣味はないが、こんなに顔を近づけられるとドキドキしてしまう。あれ、待って。これのことをロリコンって言うんじゃないのか!?


 俺は平静を装いながら、頷く。

 正直、幼稚園児にこんなことを話すのはどうかと思うが、それでも俺の口は動いてしまった。

「ちょっとさ、色々あって。喧嘩、みたいなことになっちゃったんだ」

「喧嘩? それって梨恋と舞ちゃんみたいなやつ?」

 口元に人差し指を当てながら、梨恋ちゃんが小首をかしげる。

「まあ、そうだね。そんな感じだよ」

 細かく見れば違うが、喧嘩というひとつの概念から見れば、同じ括りだろう。

 今出てきた舞ちゃんというのは、梨恋ちゃんの親友のことだ。俺たちが幼稚園訪問に行った時に、梨恋ちゃんと舞ちゃんは喧嘩していたのだ。

「ふ~ん、それってもしかして、コノハとかミヤビと喧嘩したの?」

「うげっ。よ、よくわかったね、梨恋ちゃん」

 まさか即行で言い当てられるとは。

 ていうか、木葉や雅のことも覚えていたんだな、梨恋ちゃん。まあ、俺のことでも覚えているんだから、俺よりも影が濃いやつらのことを覚えているのは当然か。


「ちなみに、何でわかったか教えてくれる?」

「んーっとね、何となく? 勘だよ!」

「勘かあ……。すごいなその勘! 当たってるし!」

 幼稚園児の勘というのは、この上なく冴えているらしい。

 梨恋ちゃんは足をブラブラさせると、ブランコからぴょんと飛び降りた。そして、俺の目の前に来て立ち止まる。

「ハルトはコノハたちと仲直りしたいの?」

「そ、それは……」

 幼子に聞く母のような声音で聞かれ、俺は押し黙る。

 仲直り、などという簡単な単語で片付けていいのか分からない。俺たちの間にできた溝は、そんな行為で埋まるのだろうか?

 いや、けれど彼女たちとの関係をもとに戻したいというのも事実だ。

 俺は梨恋ちゃんの幼くも優しい顔を見つめ、首を縦に振った。

「ああ、仲直り、したいな」

「そうなんだ! なら、梨恋がアドバイスをしてあげるよー!」

 にっこりと笑い、梨恋ちゃんは自身の胸をぽんと叩いた。心なしか、頼りがいがありそうに見える。

「アドバイス?」

「そうそう! 前にハルトには助けてもらったから、そのお礼だよ。うんとね……梨恋からのアドバイスは……」

 腕を組んで悩ましげな表情を作ること数十秒。やがて梨恋ちゃんは何かを閃いたように、ぽんと手を叩いた。

「よくお話してみるってどうかな?」

「お話……?」

 梨恋ちゃんには申し訳ないが、いまいちピンとこない。

「そうお話! 梨恋も舞ちゃんと喧嘩したときは、ちゃんとお話できてなかったの。でも、そこにハルトが来て、お話させてくれた。だから、梨恋と舞ちゃんは仲直りできたんだよ。梨恋はハルトが何について悩んでるか分からないけど、コノハたちとお話することが大事なんじゃないかなって思うの」

 言われて、俺はしばらくの間押し黙った。


 お話か。初めて聞いたときは妙案ではないと思った。でも、梨恋ちゃんの先ほどの理由を聞いて、あながちそうでもないと思えてきた。


 今の俺たちの間には、決定的に言葉が足りない。


 バレンタインの日以降感じていた気まずさ、歪な空気感のせいで、互いに話しづらい雰囲気を(かも)し出していた。


 もしも、しっかりと会話ができていれば木葉が何を考えているか分かったし、静夏に失礼なことを言うこともなかったかもしれない。もちろん、雅に八つ当たりをすることもなかっただろう。

 前に自分が梨恋ちゃんたちに教えたことを、そのまま返されるとは思っていなかった。


 俺は顔に手の平を当てる。

「……そう、だな。そうだよな。まずは話してみないと先に進まないよな。すれ違って、そのまま何もしないで悩んでたら、いつまで経っても先に進めないよな。こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていってるんだから」

 自分に言い聞かせるように独り言ちる。

 そんな俺を梨恋ちゃんは不思議そうに見ていた。

 俺はすぐに梨恋ちゃんの手を握る。

「ありがとう、梨恋ちゃん。これからどうしたらいいのか分かった気がする。梨恋ちゃんのおかげで、前に進めそうだよ」

 目をぱちくりとさせていた梨恋ちゃんだが、やがてニコリと笑みを浮かべた。

「へっへ~ん! どういたしまして。まあ、梨恋は将来のハルトのおヨメさんだから、これくらい全然だよ~!」

「お、お嫁……さん?」

 あっれー、どっからその話が……。

 と、思っていると、梨恋ちゃんは頬をぷくっと膨らませた。

「あーっ! ハルト忘れてる! 前に幼稚園に来た時に言ったじゃん! 舞ちゃんと一緒に、梨恋もハルトと結婚するって!」

「……ああっ、思い出した! そう言えばそんなこと言ってたな、梨恋ちゃん」

 あれはたしか幼稚園訪問最終日のことだった。園児全員に別れの挨拶をした時に、梨恋ちゃんと舞ちゃんに将来結婚する、と宣言されたのだった。

 おかげで、当時木葉からロリコン扱いされたんだった。

 冗談だと思っていたから、今の今まですっかり忘れていた。

「んもーっ、もう忘れちゃダメだからね!」


「あはははは、ごめんごめん」

 おいおい、どうするんだよ俺。幼稚園児から二度も結婚を申し込まれてるぞ。

 何度も言うが、俺にロリコンの気はない。まあ、でもこんなに可愛いならもうロリコンでも……っておいおい! それはダメだダメだ!

 なんてことを心中で言いながら、ちらと横を見た。

 するとそこには、引きつった顔でこちらの様子を見る、二十代後半から三十代前半と思しき女性の姿があった。

 白色のコートに黒のジーンズを穿いており、綺麗な茶色の髪を後ろでひとつにまとめている綺麗な大人の女性だ。

 梨恋ちゃんも、俺と同じ方向に目を向けると、「ママ!」と口に出した。


 え、ママ……ってことはマザーってわけで、つまりは……。


「おかあさんっ!?」

 俺は素早く立ち上がり、咄嗟に身なりを正そうとする。しかしながら、そんなのはもう遅い。

 先刻と変わらぬ、やや引きつった視線を向けている。

 そりゃそうだよな……。俺みたいな、非リアでオタクで友達が少ない男子高校生が、自分の可愛い娘と結婚がどうだこうだと言っていれば、そんな顔にもなるわ、普通。

 俺はとりあえず挨拶をしようと一歩を踏み出す。

「あ、あの……。俺、別に怪しいものじゃ――」


「あのね、この人がハルトっていうの! 舞ちゃんと梨恋で結婚するの!」


「ぬおいっ!」

 今だけはバッドアシストだぞ、梨恋ちゃん! 


 梨恋ちゃんのおかあさんは表情をさらに険しくし、探るように聞いてくる。

「あのぉ、結婚というのは……?」

 まあ、そこ聞いてきますよね。


 俺は梨恋ちゃんに聞かれないように、細心の注意を払いながら弁明を図る。

「いやいや、違うんですよ。実は、この前の幼稚園訪問の時に――」

 俺は、萬部という部活に所属し、幼稚園訪問に行ったこと。梨恋ちゃんとその親友の舞ちゃんの仲直りの手助けをしたこと。最後の日に、二人の園児から結婚すると言われたことなど、誤解を解くために過去の出来事を話した。

「――というわけで、俺と梨恋ちゃん……いえ、梨恋さんとは変な関係じゃないので、安心してください」

 説明を終えると、梨恋ちゃんのおかあさんは、安心したようにほっと安堵の息を吐いた。

「そうなんですか。安心しました」


 その言葉を聞けて俺も安心しました。

「それじゃ、あなたが梨恋たちの仲違いを止めてくれたんですね。母親からもお礼を言わせてください。ありがとうございました」


 深々と頭を下げられ、俺は動揺してしまった。

「ちょ、ちょっと頭を上げてくださいよ! 俺、別にそんな大層なことをしたわけじゃありませんから」


 梨恋ちゃんのおかあさんは顔を上げると、首を左右に振った。

「いええ。あの時の梨恋は、家族にも打ち明けられない様子で、ずっと塞ぎ込んでいました。家に帰ってきても暗くうつむいていることが多かった。けれど、ある日いきなり元気になったんです。舞ちゃんと仲直りできたーって。母としてそれが嬉しくて。それが奥仲くんのお陰なら、母としてお礼をいうのは当然なんですよ」


「は、はあ……。何かむず痒いですけど、こちらこそお力になれたみたいで嬉しいです」

 幼稚園訪問の依頼は、初めての校外からの依頼ということもあり、緊張していた。けれど、こうして誰からから感謝されたということは、俺たちのやってきたことも依頼主から派生して、役に立っているのかもしれないな。

「あ、そうだ。もしよければでいいんですけど、ひとつ教えてもらいたいことがありまして」

「何ですか?」

 梨恋ちゃんのおかあさんは首をかしげた。

 俺が気になっていること、それは。

「あの、舞ちゃんって今、どうしてますか?」

 そう。梨恋ちゃんが仲違いをした原因。それは、舞ちゃんの引越しである。ずっと一緒にいようと約束した親友の引越し。それによって壊れてしまうかもしれない友情。それが、梨恋ちゃんと舞ちゃんの仲違いの原因だった。


 一緒にいようと言ったのに守ってくれなかった。一緒にいたいけれど自分ではどうすることもできない無力さ。それらが、彼女らの喧嘩を引き起こしたのだ。

 梨恋ちゃんのおかあさんは一度ためらったが、やがて口を開いた。

「先日、引越ししましたよ。神ケ谷市からはちょっと遠く離れたところに」

「そうですか」

「けれど、あの子、泣かなかったんです。最後の最後まで笑顔で見送っていました。まあ、引越しのトラックが見えなくなったら、泣き始めちゃったんですけどね。でも、舞ちゃんの前では『また会えるってハルトが言ってたから、泣かないよ』って言ってたんです。あの子なりに、成長したんだな、って思いました」

 それを聞いた俺は、すぐ近くにいる梨恋ちゃんに目をやった。


 梨恋ちゃんは、あの頃から格段に成長している。こんな俺が言った無責任な言葉を信じて、大きく成長している。


 なら、俺が立ち止まっていてどうする。

 このまま悩み、動かなければ、あっという間に梨恋ちゃんに追い越されてしまう。

 俺は梨恋ちゃんの頭に手を置き、優しく撫でた。

 梨恋ちゃんは「えへへ」と嬉しそうに笑う。

 俺は改めて梨恋ちゃんのおかあさんへと向き直る。

「お話、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ色々助けてもらってありがとうございます。また、会えたらそのときは梨恋の相手でもしてあげてくださいね、奥仲くん」

 俺は笑顔で「はい」と返事をし、今度は梨恋ちゃんへと声をかける。

「梨恋ちゃん。俺、木葉たちと話してみるから。アドバイス、ありがとな」

「うん! 仲直りできるといいね!」

 ああ、と俺は返し、梨恋ちゃんたちに見送られて俺は公園を後にした。

 公園から出ると、俺は空を見上げた。

 つい数十分前までは茜色に染まっていた空も、徐々に闇色に変わりつつある。

 もうじき夜がくる。


 地平線ぎりぎりで頑張っている太陽も、あと少しで月と仕事を変わりそうだ。

 だが俺の心は闇色の染まることはなかった。


 大切なアドバイスはもらったのだ。



 あとはそれを実行に移す。



 そして卒後祭も満足のいく結果にさせてみせる。


 こんにちは、水崎綾人です。

 今回は、久しぶりに梨恋ちゃんが登場しました。彼女もまた、萬部との接触によって成長したわけですが、当の遥斗自身ははたしてこの先どうなっていくんでしょうか。

 引き続き読んで頂ければ嬉しいです!

 では、また次回

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