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隣の彼女は幼馴染み!?  作者: 水崎綾人
最終章「隣の彼女は幼馴染み!?」
65/100

第65話「遠ざかる夕日。彼、彼女らのすれ違い」

 大空木葉は、遠ざかる奥仲遥斗の背中を悲しげな瞳で見つめていた。


 遥斗に心配をかけたくないという一心で、取り繕ってきたが、これでは元も子もない。


「遥斗……」

 そうつぶやくが、彼はもう木葉の視界にはいない。


 何を考えているかわからないと言われてしまった。


 その言葉は、予想よりもずっと木葉の中に響き、そして重たく残るものだった。

 愛しいと思っている相手からの怒りの言葉は、とても痛い。


 木葉は溢れ出そうになる涙を必死にこらえる。

「こんなんじゃ……なかったのに……」

 こんなことになるなら、最初から風山と距離を取っておくべきだった。

 自分の苦手なタイプの相手に合わせて、自分も周りも傷つけてしまうのなら、最初から遥斗に助けを求めたり、心の壁を作ったままにしておくべきだった。


 しかし、今となってはもう遅い。


 滲んだ視界を指で擦り、木葉は心を落ち着かせるために一度大きく深呼吸した。

 と、その時だった。



「ど、どうしたんですか、木葉ちゃん!?」

 偶然通りかかった雅が、木葉のもとへ駆け寄ってくる。


 雅は木葉の背中に手を回し、優しくさすってくる。

 つい最近まで、気まずい空気が流れていた萬部なのに、こうして気遣ってくれるのはとてもありがたかった。けれど同時に、自分で蒔いた種だというのに、誰かに気を遣わせている自分にひどく腹が立った。


 木葉は雅の顔を見上げ、ゆっくりと首を横に振る。

「なんでもないよ、みやびん。大丈夫だから」

「本当ですか? あまりそうは見えませんよ。目だって充血してますし。もしかして、さきほど遥斗くんが大きな声を出していたのと、何か関係があるんですか?」

 お見通しのようだ。


 それでも木葉は首を振る。

「ううん、大丈夫だよ、みやびん。心配ないから。そんなことよりさ、会議室に戻ろう? そろそろ今日も下校時間だし、最後に何か報告があるかもしれないじゃん。ね?」

「そ、そうかもしれませんけど……わかりました。そうですね」

 しばし悩ましげな表情で顎に手を当てた雅は、やがてこくりと頷き、それ以上聞いてくることはなかった。


 雅から向けられるこの気遣いも、すべて木葉が自分で蒔いたものだ。しっかりと自分という軸を持っていれば、こうしていらぬ気遣いをされずに済んだ。雅に心配をかけずに済んだ。

「ほんと……何やってんだろう、私」

 自分でも聞き取れるかどうかの声量で独り言ちた。

「はい? 何か言いました?」

「ううん、何でもない。戻ろう、みやびん」

 木葉は再び目をこすり、雅と一緒に会議室へと戻った。



     ***



 会議室に戻った俺は、乱雑に頭を掻きながら椅子に腰掛けた。


 つい声を荒らげてしまったが、現に木葉が何を考えて行動しているのか、俺には分からない。


 無性にイライラしながら、俺は目線を会議室の隅へと動かす。

 そこでは、河橋さんが風山に対して軽く説教をしている姿があった。



「副会長。このような卒後祭まで時間のないときに、先ほどのような軽率な行動はやめてください。スタッフ同士の協調性を乱す原因にもなりかねます」

「す、すみません……した」

 本当に反省しているのか、風山はやや適当に頭を下げた。頭、というよりは、顎をちょっと動かしただけに見えるが。



 しばらくすると、会議室に雅と木葉が戻ってきた。

 平静を装ってはいるが、木葉の目元は少しだけ朱に染まっていた。

 俺はすぐさま木葉から視線を離し、視界に入れないようにする。


 今木葉と話してしまったら、また怒りがぶり返してきそうだ。

 正面に座った木葉は、何かを言おうと口を開いたが、やがて諦めて俯いた。


 しばらくすると、説教を終えた河橋さんがスタッフ一同の前に立ち、今日の仕事はこれにて終了だと告げた。


 いつもより少しだけ早く帰れそうだ。けれど、明日からはまた新しい仕事が始まる。たしか、タイムテーブルを決めたり、保護者たちに配る資料を作ったりするとか言っていた。


 だが、卒後祭まで残すところあと十数日。


 一日一日しっかりと仕事をしなければ、間に合わない。それこそ、それぞれが出来ることを、それぞれがしっかりとやらなければいけないのだ。


 今日の仕事も終わったということもあり、俺はカバンを持って立ち上がると、会議室から一番に出た。

 せっかくいつもより幾分か早く終わったのだ。溜め込んだストレスを解消するためにも、早く家に帰りたい。


 森閑とした廊下は茜色の夕日に染められていて、聞こえる音は俺の靴音だけだった。

 玄関まで来ると、俺はふと声をかけられた。

 聞き覚えのあるその声に、俺はすぐに振り返る。


「あ……雅」

 そこにいたのは、同じ萬部のメンバーである雅だった。

 雅はカバンを両手で持ち、小さく会釈をする。

「何か用か?」


 昨日、莉奈先輩と会話するときに久しぶりに話したが、やはりまだ気まずさが残る。バレンタインのときのことが原因だ。


 どうして雅は俺を呼び止めた? ま、まさか、告白の返事を今聞かせろ、とか言うんじゃないだろうな!?


 黄金色に輝く夕日に照らされた玄関に、男女が二人っきりというロマンチックな状況に、俺の頭は軽くパニックになる。

「お聞きしたいことがあるんですが……」

「……な、何?」

 雅は一度、「あの……」とつぶやいてから、質問の本題を口にする。

「木葉ちゃんと何かあったんですか?」

 その問いに、俺の頭は急に冷めた。

 何かあった、か。そう、たしかにあった。ないわけがない。

「そんなこと聞いてどうするんだ?」

「そ、それは……もし何かがあったのでしたら、私も力になりたいと思っています」

 力になる、か。その言葉は嬉しい。でも、はたして雅に力になってもらう必要はあるのか?

 もともと、仕事中に木葉が風山と場違いなやり取りをしていたことが原因だ。

 木葉が何を考えてあのような行動をしていたなんて、俺は知らない。けれど、木葉(あいつ)のとった行動に対して、俺は無性に腹が立つ。


 莉奈先輩への恩返しのための仕事なのに……。


 風山と親しげにしていたことに対しても腹立たしく思えた。理由は知らない。でも、初めて風山が木葉に話しかけたあの日から、俺は心のどこかでずっとイライラしていた。


 だから、これは雅に相談してどうこうしてもらうことではないのだ。

 俺は握った拳にギュッと力を込める。

「だ、大丈夫。何もないからさ」

「何もない……ですか? それは嘘ですね、遥斗くん」

 きっぱりとそう言われ、俺は目を見開く。

「は、はあ? 何で嘘なんて言えるんだよ。何もないって言ってるだろ」

「ですが、あの木葉ちゃんを見れば、何もないと判断する方が難しいかと」

 俺は雅から顔を背け、やや投げやりに、

「だから、何もないって」

 少なくともこの問題は、俺と木葉の問題だ。だから、誰にも介入されたくないし、して欲しくもない。むしろ、放っておいて欲しいくらいだ。

 だが、俺のそんな思いを知らない雅は、さらに俺に詰め寄ってくる。

「けれど、あれで何もないというのは……。遥斗くん、何か思い悩んでいることがあったら言ってください」

 彼女のその言葉に、俺は無意識に反応した。そして、気づけば口を動かしていた。


「だからっ、何もないって言ってるだろ! どうして何もないって言ってんのに信じてくれねんだよ! なんだよ、お前は何かあって欲しいのか!?」

 一息にそう言うと、雅は驚いて目を丸くしていた。

 そして、ゆっくりと息を吐くと、俯いた。

「わ、私は……そんなつもりじゃ……。すみません、今日はもう帰ります。お騒がせしてすみませんでした」

 ぽつりと言い残すと、雅は足早に玄関を飛び出てしまった。

 残ったのは様々なストレスが募っている俺だけだった。



「遥斗、今のあなた、最低だったわよ」



 言ったのは、物陰から現れた静夏だった。

 静夏は目を細めて俺を見ると、外履きを携えてこちらに歩いてきた。

「遥斗が大空さんと何かあったのなんて、見ていればわかるわ。たぶん、小野さんはそれを知った上で、遥斗から言い出して欲しかったんだと思うわ」

 そことで一度口を閉じると、静夏は俺を見る。

「けど、それへの返答が、自分の怒りのはけ口も兼ねているなんて最低だわ。少なくとも、さっきの遥斗の返事は、大空さんへの怒りを小野さんへ八つ当たりしていただけだった。そんなあなたは、最低よ。遥斗」

 胸をえぐるようなことを言った静夏は、そのまま夕日の浮かぶ帰路へついてしまった。


 残された俺は、静かに俯き、自分の太ももに拳を打ち付けた。

 たぶん、雅からしてみれば、俺も何を考えているか分からない人間のひとりなんだろうな。

 静夏に言われているうちに、何となく思った。



 結局は俺も……いや、俺自身でさえも、自分で何を考えて行動しているのか分かっていなかったのかもな。


 こんにちは、水崎綾人です。

 いつになくもめている萬部ですが、今後どうなるか楽しみにしていてくれれば嬉しいです!

 では、また次回

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