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隣の彼女は幼馴染み!?  作者: 水崎綾人
最終章「隣の彼女は幼馴染み!?」
60/100

第60話「知らない彼は、口を開く」

 翌日、俺たちは全参加者の名簿を作り終えた。

 作業自体はそこまで難しくもなかったが、多量であり尚且つ単純作業だったため、逆に疲れてしまった。ほら、重労働よりも単純な作業を長時間やるほうが疲れるって言うじゃん。肉体的にも精神的にも。

 そんなことを考えながら、俺はパソコン画面を見るふりをして、画面の向こう側に目を向けていた。

 俺の視線の先には木葉――と、何だか楽しげに話す風山。

 いや、別にいいんだよ? うん。

 木葉が誰と話そうが俺には関係ないし、仲良くやってるなら全然問題ないじゃん。まさか、あの人見知りの木葉とたった一日であそこまで仲良くなるとは思ってなかったけどさ。

 いやいや、何言っちゃってんのさ、俺。何度も言うけど、誰かと仲良くするのは良いことだよ。そういえば、萬部に入ったのだって、木葉が誰かと仲良くなるきっかけになればなあ、と思ったのも理由のひとつだし。

 けど……だけど、なんだろう。

 自分でもよく分からないけど、今のこの光景は俺の精神衛生上良くない気がする。

 木葉はたしかに笑顔だ。ここ最近見れていなかったせいか、木葉の笑った顔がひどく久しぶりに見える。

 対する風山も笑顔だ。イケメン全開の笑顔は、男の俺でも輝いているように見える。

 いまどき女子で美形の木葉と、スポーツも出来て生徒会の役職持ちのイケメン。

 その光景は、紛れもなく『お似合い』という言葉に当てはまるものだった。

 俺は心のどこかにモヤモヤとした感情を残しつつ、木葉たちから視線を逸らした。

 もしかしたら、木葉が俺に告白してきたのは何か気の間違いだったのではないだろうか。もともと人見知りで、話せる男子が俺しかいないから、好きになったと勘違いしていただけではないのだろうか。

 今のように、話す相手がコミュ力マックスの風山みたいな男子なら、木葉だって怖がらずに話すことが出来る。そうすれば、俺は木葉にとって特別な存在ではなくなる。それすなわち、俺は結局のところただの『幼馴染み』だったということである。

 ま、これまでだってただの幼馴染みだったんだ。今更それを再認識したところで、大きな問題じゃない。ただ、ちょっとバレンタインにチョコを貰ってしまったから、俺も変に気を遣っていただけなんだ。

 俺はちらと時計に目をやった。終了時間まで時間はある。

 と、その時だった。

 俺たちのグループを仕切っている河橋さんが口を開いた。

「それでは名簿も方も不備はないようなので、これから十五分ほどの休憩に入りたいと思います。短い時間ですが、各自身体を休めてください」

 休憩と言われたが、正直することがない。

 残念ながら友達と呼べるほどの人は、実行スタッフの中にはいないのだ。くっそぉ。こんなところでコミュ力の低さがものを言うとは……。

 しかしこのままパソコンの前に座っているのも、手持ち無沙汰である。

 俺は頭をぽりぽりと掻きながら、とりあえず会議室から出た。

 放課後ということもあり、廊下を行き来する生徒の数はほとんどいなかった。昼間は騒がしい廊下も夕方になればその顔を変える。

 ふと窓の外に目を向けると、茜色に輝く夕日が見えた。地平線ギリギリでなんとか持ちこたえて仕事をしているが、もう少しで月と仕事を交代しそうである。

「何を黄昏ているのかしら?」

 静まり返った廊下に、ひとつの声が響いた。

 振り返り見ると、そこにいたのは胸の前で腕を組んだ花美静夏だった。

 腰まである黒髪が夕日に照らされて、俺の目にはどこか艶やかに映る。茜色の陽光に照らされた彼女を見るのは、随分昔にも一度経験したことがあったな。

 俺はふと、静夏との中学の頃の一件を思い出した。が、すぐにその思考を断ち切る。

「別に黄昏てなんてねーよ。ただ、ちょっとだけ外の景色を見てただけだ」

「あら、そうなの」

 言うと、静夏は俺の隣へと歩を進める。

 おいおい、なんだなんだ。

「浮かない顔をしているけれど、何かあったの?」

 静夏は目だけで俺を見ると、質問をぶつけた。

 俺は慌てて静夏から顔をそらし、小さく首を振る。

「いや、なんにもない。ただ、休憩時間に友達のいない会議室に残るのも何かあれだから、廊下に出てきただけだ。ていうか、そういう静夏はどうなんだ? 仕事中じゃないのか?」

「私たちも今、休憩中なのよ。そんなときに、ちらっと廊下をみたら、寂しそうな遥斗の姿が見えたからちょっと出てきただけ」

「ああ、そうですかそうですか」

 寂しそう、ねえ。

「そういや、そっちの仕事の方はどうなんだ? たしか『用意』とかっていう仕事の分類だったよな?」

「ええ、そうよ。やる内容としては、学校から持ち出せる機材と、会場にある機材の確認。それから、卒後祭の目次版の作成とか色々よ。まあ、これはもう少ししてからになるだろうけど、タイムテーブルの作成とかもうちのグループの仕事らしいわね」

「結構やることあるんだな」

「そうね。けれど、それはあなたたちのグループもでしょう? 別に私たちのグループだけが特別多いわけじゃないわ」

「お、そうだな」

 静夏は特に俺を見ることなくそういった。彼女の瞳は俺ではなく、外の景色を映している。こうして見ると、静夏も相当な美形だ。中学の頃に好きだった相手は、高校になっても変わることなく美しい。

 けれど、あの一件のせいで、俺は彼女に対して拭いきれない恐怖心というものがある。今はこうして普通に話すことができていても、心の隅にはまだ、あの日に受けた傷がはっきりと残っている。

 静夏はあの日の出来事は、所属していた仲良しグループの男子からの悪ふざけ混じりの命令だったと言った。本当は中学の頃から俺に好意を寄せていたが、悪ふざけに乗っかってしまったと言った。

 だが俺には分からないことがある。

 中学時代、俺は静夏のことが好きだった。それは事実だ。だけど、それは完全な片思いだ。思いを告げることはできず、ただ漠然と静夏に好意を寄せていた。

 なら、静夏は一体俺のどこが気に入ったのだろうか。

 気づけば、俺の口は勝手に動いていた。

「なあ、静夏。お前って、一体俺のどこを好きになったんだ?」

「……はい?」

 いきなりの質問に少々戸惑うような様子を見せたが、すぐに静夏の面様はもとに戻る。

「だからさ、静夏はどうして俺のことを好きなったのかなって。考えてみても分からないんだ。もし、中学のあの件のことを引きずって、罪悪感で動いているのなら、そんなこと全然気にしなくても良いからさ」

 自分の言っていることが、とてつもなく失礼なことであるのは分かっていた。けれど、静夏が俺に好意を向ける理由はいくら考えても出てこなかった。

 唯一、罪悪感からくる感情、という答え以外は。

 俺が言った瞬間、空気が凍てつくのが分かった。

 静夏は顔を伏せ、一拍おいてから言葉を紡ぐ。

「遥斗。あなた、……仮にも本命チョコを受け取っておいて、その言葉はどうかと思うわ。たしかに中学時代、私はあなたに対して深い傷を負わせてしまった、それは事実よ。けれど、……ふざけないで」

 そこで言葉を区切ると、静夏は俺に顔を向ける。

 鋭い眼光がこちらに向けられ、顔は怒りで紅潮している。

「人の気持ちを……本心を……罪悪感なんて悲しい言葉で表さないでちょうだい! あなたのそういうマイナスに捉えてしまう考え方は、嫌いよ」

 言うと、静夏は踵を返して会議室へと戻ってしまった。

 あんな静夏の表情は初めて見た。怒りと悲しみを混ぜ合わせたような顔。俺へと向けられた失望の瞳。そして軽蔑の言葉。

 俺は静夏の背中に何一つ言葉をかけることはできなかった。


     ***


 休憩時間が終了し、俺は再び会議室へと戻った。

 やっぱり、まだ木葉は風山と楽しそうに話していた。口元に手を当ててしおらしく笑う木葉は、まさしく乙女のそれだった。

 目の前で微笑する木葉の表情は、以前柏崎のとの会話の時に見せた助けを求めるものではない。普通の女の子が、普通に楽しい会話をしている姿だ。そこに俺の出番はない。

 風山は腕時計を確認すると「おっと、もう時間だ。それじゃ、また休憩時間に話そうね」と言って自分の席へと戻っていった。

 河橋さんは全員が席に戻ったことを確認すると、すっと立ち上がる。

「それではみなさん、戻られたようですので、次のお仕事の説明に入らせてもらいます。先ほど作ってもらった名簿を見ながら、参加希望者の代表者さんに審査日の日程をメールにて送信してもらいたいのです。大まかな審査日の割り振りはこちらの方でしましたので、皆さんは連絡の方、お願いします。また、各参加希望者によって審査日が違うので、誤りを避けるために一斉送信はなるべくしないよう、お願いいたします」

 なんてこった。また事務的な単純作業か。

 しかも一斉送信を自粛するようにとか、どんだけ面倒なんだ。

 まあ、でも間違いのメールを送って再度メールをしなおす方が手間なのか? それにしても時間がかがる。けど、これも仕事なので文句ばかりも言っていられない、か。

 俺の他にも文句を言いたそうな顔をしていた実行スタッフが何人かいたが、河橋さんのゆらぐことのない真面目な雰囲気に気圧されて、異を唱えるものは誰ひとりいなかった。

 俺はしぶしぶパソコンを開き直し、メール画面を開いた。

 さて、まだまだ事務仕事は続きそうだ。

 と、キーボードに手を置こうとした時だった。

「あ、ちょっといいですか、奥仲くん」

 声をかけられた。

 俺はすぐに声のした方に視線を放る。

 そこには河橋さんの姿があった。彼女は手をこまねき、廊下に出るように合図している。

 俺は何が何だか分からないまま、廊下に出た。

「あの、何ですか?」

 とりあえず、どうして呼び出したのか真意を聞いてみる。

「先にこちらから質問させてください、奥仲くん。先ほど、廊下で何か言い争っていたようですが、あれは大丈夫何ですか?」

 言い争い? ……ああ、静夏とのやり取りを聞いていたのか。あれは言い争いというよりは、俺の失言が原因で静夏を不機嫌にさせたという言い方のほうが正しい気がする。まあ、傍から見ればどっちでも良いのか。

 俺は顔の前で手を振り、苦笑する。

「い、いやあ、別に言い争ってなんてないですよ。ただちょっと俺のせいで向こうを不機嫌にさせてしまっただけで、別に喧嘩まがいなことなしてませんよ」

 河橋さんは顎に手を当て、悩ましげな瞳を俺に向ける。

「そうですか。なら良いんですが。けれど、奥仲くん。実行スタッフにいる間は、あまりそのようなことにはならないようにお願いします。依頼人の立場で言えることではないかもしれませんが、極力不穏な空気は作りたくないので」

「りょ、了解しました」

 河橋さんの言っていることはもっともである。

 俺は素直に頭を下げた。

 すると、河橋さんは分かりやすく動揺した。

「あ、いや、何もそこまでかしこまって謝る必要はないんですよ、奥仲くん。私はただ、穏やかな空気の中で仕事をするのが、良い結果に結びつくという思いから言っただけで。あ、頭をあげてください」

 言われて、俺は頭を上げた。

 なんというか、普段の知的で堅物の河橋さんのイメージが、少しだけ崩れた気がした。

 けれど、それと同時に、引き受けた依頼に私情を持ち込んでいる自分にひどく腹が立った。

「まあ、奥仲くんも思い改めたようですし、さあ、仕事の続きをしましょう。でないと、下校時間になってしまいますから」

 微笑した河橋さんにそう言われ、俺は会議室へと戻った。


 こんにちは、水崎綾人です。

 今回はそこまで大きくお話は進みませんでしたが、遥斗が自分への好意の真意について少しだけ真剣に考える回でした。自分に向けられているのは、はたして本当の好意なのか、それとも罪悪感からくる好意なのか。なんでもマイナスに捉えがちな遥斗の悪い部分が出てしまったように思えます。

 それでは、また次回。

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