第58話「仕事準備。彼女らの気持ち」
翌日の昼休み、俺たちは生徒会室に来ていた。
なぜなら、昨日河橋さんから卒後祭の実行スタッフとして協力してくれないか、という依頼を受けたからだ。
文化祭実行委員のときも生徒会とは少しだけ関わったが、生徒会室に実際に足を踏み入れるのは今回が初めてだ。いささか緊張してしまう。
俺は小さく息を吐いた後、生徒会室をぐるりと見渡した。
生徒会室は普通教室の半分ほどの広さで、部屋の中央には作業用の大きな机が一台置かれており、それを囲むようにパイプイスが四脚設置されている。さらに、奥の方へ目を向けると、生徒会長用の机と思しき、少々豪華な机が鎮座している。
「萬部の皆さん、どうぞ適当にかけてください」
河橋さんが椅子に座るように促してくる。
俺たちはわかりました、と答えると手近な椅子に腰を下ろした。ふと隣を見れば、すぐ近くに静夏がいた。思わず目をそらしてしまった。
「なにかしら?」
「え、ああ、いや、何でもないよ」
やはり、バレンタインのときの告白のことを思い出してしまって、どこか気恥ずかしくなる。このままでは仕事に支障をきたす恐れがあるとは分かっているのだが、そこまで簡単には割り切れない。
静夏は「そう」と短く呟くと、俺から目をそらし正面を向いた。告白した側だというのに、よく平然な顔でいられるものである。俺には真似できないなあ。だって、告白された側だってのに、こんなに恥ずかしい気分になってるんだぜ? もし、告白でもした日には、緊張のあまり倒れている自信はある。
と、胸中で色々と考え込んでいると、河橋さんが話を始めた。
「この度は、依頼を受けてくださってありがとうございます。では、本題に入る前に簡単な自己紹介から始めさせていただきます。私は、現生徒会長をつとめさせていただいております河橋夜雛です。よろしくお願いします」
河橋さんはぺこりと頭を下げた。相変わらず丁寧すぎる口調だ。
腰のあたりまである黒髪に、細いフレームのメガネをかけているため、見た目では知的な印象が強いが、時折見せる笑顔がそれをいささか柔らかいものにさせている。
次に口を開いたのは、河橋さんの隣に立っていた男子生徒だった。短めの茶髪に、切れ長の瞳、加えてどこか勝気な雰囲気の漂ってくる表情。間違いなくイケメンの部類にいる男子だった。
「どうも~。俺の名前は風山瞠。生徒会で副会長をやらせてもらってます。ちなみに、部活ではサッカー部の副部長やってるんでよろしくで~す」
俺の苦手なタイプの人間だが、生徒会でも部活でも『副』とつく仕事をしているところに好感が持てた。それにしても、この風山とかいう副会長、初めて会った頃の柏崎に似ている気がして、やっぱりあんま好きになれん。
さて、次は誰が自己紹介をするんだ? と思いながら待ってみるが、他に声が聞こえることはなかった。
「じ、実は、これが今の生徒会フルメンバーなんです。本当はあと二人、書記と会計の子がいるんですが、インフルエンザで……」
申し訳なさそうに河橋さんが言う。そういえば、昨日二人ほどインフルエンザにかかったとか言ってたな。
……いや、ちょっと待て。現時点で生徒会二人と萬部四人。合計六人しかいないぞ。まさか、こんな少人数で実行スタッフをするのか?
「な、なあ、河橋さん。実行スタッフのメンバーって、まさか俺たちだけ、か?」
不安になってつい聞いてしまった。
すると、河橋さんは居住まいを正し、
「そのことも含めてこれからお話します」
と、そこで言葉をくぎり、生徒会長用の机のすぐ隣にあるホワイトボードまで移動する。
「それでは、これから説明を始めさせていただきます。まず、先ほど奥仲くんから質問のあったスタッフの人数ですが、毎年風紀委員と協力していますので、人員は合計で二十名ほどおります。ですので、人数についてはそこまで心配する必要はないかと」
よかった。いくら莉奈先輩に恩返しをしたいと思っていても、物理的に不可能な人数ではどうすることもできない。しかし、二十名という人員が充分なのかどうかと問われれば、いまいちよく分からない。
河橋さんの説明はまだ続く。
「続きまして、実際の仕事内容ですが、大まかに告知・審査・用意の三つに分けられます。まず告知ですが、これは卒業生の保護者に手紙を送り、出席の有無を問うたり、卒後祭そのものの存在を保護者に知らせるなどの仕事です。それから審査ですが、これは在校生の出し物が生徒会の設ける卒後祭の規定に違反していないかなどを確認する仕事です。最後の用意に関しましては、実際に会場の準備をしたり、そのための備品を揃えたりなどです。萬部の皆さんには、これらの仕事をしてもらいます。どなたがどの仕事をするのかは、こちらで決めさせてもらいました」
言うと、河橋さんは生徒会長用の机から一枚の紙を取り出した。おそらく、あれは誰がなにを担当するかをまとめた名簿のようなものだろう。
それにしても、俺たちの仕事の割り振りまで既に決まっているとは、仕事がはやい。
「奥仲くんと大空さんは告知・審査の担当をお願いします。小野さんと花美さんは用意の担当をしてもらいます」
「うげっ」
思わず口から出てしまった。
生徒会室にいるすべての人間の視線が俺へと向けられる。
河橋さんは可愛らしく小首をかしげ、不安げに眉を寄せた。
「どうかされました? もしかして、やはり依頼は受けられない、ということでしょうか?」
「あ、いや、何でもないです。ちょっと喉の調子が悪くて。別に依頼を降りたくなったとかそういうのじゃありませんよ」
そう返すと、河橋さんは安心したように微笑した。
「そうですか。良かったです」
俺はぎこちなく愛想笑いをし、その場を切り抜ける。
ちょっと待ってくれよ。よりにもよって木葉と一緒か。いや、別に嫌だとか思っているわけじゃなくてさ、俺はてっきり萬部は萬部で固まって告知・審査・用意の仕事のどれかに配属されると思ってんだけど。個人レベルで分割されちゃうんだ。
色々あって気まずいってのに、どうしよう……。まあ、でも他にも同じ担当の人はいると思うし、そんなに気負うことはないのか……?
けど、逆に考えれば、この気まずい空気を一新出来るチャンスかもしれない。チョコの答えを出すのはもう少し先になりそうだけど、このぎこちなさは改めることが出来るかも知れないな。
「それでは、私からの説明はこれで終了となります。何か質問などはありますか?」
すると、俺の隣に座っていた静夏が、右手をぴんと天井に向かって突き上げた。
「あの、質問なのだけれど、卒後祭は具体的にいつ行われるのかしら? 私も転校してきたばかりであまり詳しくないので分からないのだけれど」
そうだった。そういえば、静夏も転校生だった。つか、莉奈先輩入れて五人しか部員いないのに、そのうちの半分近くが転校生かよ。転校生率高いな、おい。
静夏からの質問に答えたのは、河橋さんではなく副会長の風山だった。
「卒後祭は、字の通り卒業式の後に行われるんだ。今年の卒業式は、三月十三日。だからだいたい二十日後ってところかな」
静夏はふむふむと頷く。そして次の質問をぶつける。
「では、場所はどこでやるのかしら? 普通に学校の体育館?」
「いや、体育館だと卒業式の設備をどかさないと卒後祭はできないんだ。だから、神ケ谷駅のすぐ近くにある多目的会館で行うことにしているんだ。だから、在校生は全員参加じゃなくて希望者、それも生徒会の基準を満たす人たちだけを参加にさせるんだ」
「なるほど。分かったわ。ありがとう」
静夏が礼を言うと、風山は「どーいたしまして」と言いながら自分の短い前髪を優しく払った。やっぱり、こいつはナルシストなのか?
河橋さんが、再度質問がないか問うてくる。手を挙げる者は誰もいない。
「それでは、昼休みの集まりはこれにて終了とさせていただきます。放課後からよろしくお願いします」
河橋さんからの説明はこれにて終了のようだ。
俺たちは椅子から腰を上げる。と、その時だった。
河橋さんが俺のところにやってきた。
「あの、奥仲くん」
「へ? な、何ですか?」
初めて声をかけられたことに驚いてしまい、少々声が上ずってしまった。
対する河橋さんは、不安げな上目遣いで俺を見上げる。
「あの……、先ほどもお尋ねしましたが、依頼を受けられない、などということでは無いんですよね?」
さっきのことを気にしているらしい。
俺は後頭部をぽりぽりと掻きながら、
「はい。降りるなんてことはないですから、安心してください。さっきは本当に喉の調子が悪くてですね」
嘘です。喉の調子はめっちゃ良いです。けど、仕事以外の不安要素のせいで、つい口をついて出てしました。すみません。
「そうなんですか。これで安心しました。実は、私が生徒会長になって初めての仕事が、この卒後祭の実行スタッフなので、どうしたら皆さんをまとめられるか不安だったんです。お世話になった先輩方に向けての行事なので、失敗とかしたくないですし」
言いながら、河橋さんは自嘲するように笑った。
そんな彼女の顔は、知的でクールな印象を与える堅物な少女ではなく、ひとりの普通の女の子に見えた。大方、初めての大きな仕事ということで緊張し、顔から笑顔が消えたのだろう。彼女も精神的な余裕があまり無いように思えた。
だから俺は、根拠なんてないが、こんな言葉を吐いたのだろう。
「大丈夫ですよ。俺たち萬部も精一杯頑張りますから、安心してください。卒後祭、成功させましょう」
「はい。ありがとうございます、奥仲くん」
河橋さんは破顔して頭を下げると、生徒会長用の机へと戻っていった。
さて、俺も教室に戻るか。そう思い扉の方へ身体を向けると、木葉・雅・静夏の射るような視線が俺に向けられていた。
「な、なんだよ……」
どうしてそんな怖い顔で見つめてんの? 殺す気ですか? ただでさえ、ここ数日間部内に漂っている歪な空気のせいで死にそうになってんのに。
彼女らを代表して雅が一番に口を開く。
「別になんでもないですよ。ただ……」
「ただ?」
「何でもないです。それでは皆さん、戻りましょうか」
ただ……、その先は口に出すつもりはないらしい。そのことが俺の心にいささかの気持ち悪さを残した。
次々と生徒会室から出て行く萬部のメンバーのあとを追って、俺も生徒会室から退室した。
どうしたら、この状態を打破できるんだろうか……。
こんにちは水崎綾人です。
昨日に続き、今回の話を投稿させていただきました。
今回は説明多めであまり進みませんでしたが、暖かく見守っていただけると幸いです。
それでは、次回もよろしくお願いします。




