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隣の彼女は幼馴染み!?  作者: 水崎綾人
最終章「隣の彼女は幼馴染み!?」
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第57話「静寂の部屋。恩返しのチャンス」

 二月下旬の寒さは、身体ばかりか心まで冷やしてしまう。

 しかし、俺の心が凍えているのは、二月の気候のせいではないことは既にわかっていた。



 俺はコートをきっちりと着て、特に感情なく教室から出る。目指すは萬部部室。

 いつもなら木葉と一緒に行くのだが、最近はいつも俺一人だ。何も木葉が不登校になったとか、部活をやめたとか、そういう事情など一切ない。

 ただ、木葉のほうが俺を避けているのだ。



 原因はなんとなくわかっている。だからこそ、俺にはちょっとばかり荷が重かったりする。

 その原因というのは、あのバレンタインチョコだ。

 先週、俺は木葉・雅・静夏の三人からバレンタインチョコをもらった。人生で初めて妹以外の女の子からチョコをもらえたということもあって、もう死んでもいいくらい嬉しかった。



 けれど、そんな喜びもつかの間。



 彼女たちはみんなそのチョコレートを本命だと言ったのだ。

 本命。つまりは、好きだと告白されているようなものだ。

 女の子からの好意は素直に嬉しい。しかし、俺は本命チョコを三つももらってしまった。ほんと、どこのギャルゲー主人公だよと自分でも突っ込んでしまいそうなほど驚きの展開だ。

 けれど、いつまでも嬉しいだの、最高だのと喜んでいられない。本命チョコをもらったということは、俺も三人に自分の思いを伝えなければいけないのだ。これは相当に難しいことだ。今まで女子に好かれてこなかった俺が、一丁前に女子に自分の思いを宣言するのだから。おこがましいにもほどがある。



 さらに加えて面倒なことがひとつ。

 それは、木葉・雅・静夏が、互いに俺に本命チョコをあげたことを知っているということだ。つまり、互いが互いの思いを知っていることになる。

 そのせいもあって、今の萬部は大変過ごしにくものになっている。

 俺ははあ、とため息をひとつ吐いた。白く濁った俺の息は、数秒すると虚空へ消えた。こんなふうに、俺の悩みもすぐに消えて欲しいものだ。

 などと思っている間に、萬部部室の前まで来てしまった。正直、こんなに悩むくらいなら部活など行かずに帰ってしまえばいいかもしれない。



 だが、俺に本命チョコをあげたことで今の状況を招いているのだから、原因である俺がぶ部活を休んで逃げるというのも筋違いだろう。

 俺は一度深呼吸をすると、ガラガラと部室の扉を開けた。

 目の前に広がっていたのは、静かに椅子に座った木葉・雅・静夏。スマホをいじったり、本を読んだりとやっていることは様々だが、異様に活気がなくどこかいびつだ。

 まるで、お互いがお互いを気遣って普段通りの行動ができないでいるようである。先週までの明るい部室が嘘のようである。

「ちょっと、いつまでそこに立っているのかしら。いい加減入ってくれないと、外気が入ってきて寒いのだけれど」

 そういったのは、文庫本を片手に持った静夏だった。言葉こそ俺に向けられたものだが、彼女の瞳は俺を写していない。

「あ、ああ。悪い。ちょっとぼーっとしてた」

 俺はすぐさま部室に入り、扉を閉める。いつもの席に移動し、気まずさに耐えながら椅子に腰を下ろした。

「遥斗くん、これどうぞ」

 雅が温かいココアを出してくれた。

 俺は礼を言ってそれを受け取る。

 普段通りの行動だが、彼女の言葉もぎこちないものだった。敢えて言うのなら、普段通りの自分を演じているように見える。

 これでは、この部活はいったいどうなってしまうのだろうか。

 俺としては、残りの一年もこのメンバーで楽しくやっていきたい。けれど、俺が答えを出して誰かひとりと付き合うことになったらどうなる? 部内がますます気まずくなって、誰かが部をやめてしまうかもしれない。

 それは嫌だ。最初は木葉に付き合って入部した部活だが、今となっては俺のかけがえのない存在になっている。



 失うなんてごめんだ。

 けれど、彼女たちからの気持ちには、しっかりと答えなければいけない日が来る。

 どうすれば……。

 と、その時だった。

 唐突にガラガラと部室の扉が開いた。

 やってきたのは、レディースのスーツをぴしっと着こなし、スタイルの良さを前面に押し出している前宮薫先生だ。

 薫先生はいつものような明るい声音で、部室の敷居をまたぐ。

「おーい、新しい依頼を持ってきたぞ――って、なんだ、いつになく暗い雰囲気じゃないか。まったく、何をしたのだ、奥仲?」

「いや、ちょっと待ってくださいよ! なんで直で俺なんですか? 先生の中で俺はそんなに悪い生徒ですか!?」

 まあ、たしかに俺も原因のひとつだとは思うけれど…………。

「はっはっは。冗談だ冗談。そう本気にするな、奥仲。だがしかし、本気にするということは何かあるのか?」

 目を細めて、何かを伺うようにこちらを見てくる薫先生。

 俺は反射的に目をそらし、先生を視界から外す。

 すると、先生は優しく息を吐き、腰に手を当てた。

「まあいい。君たちの間に何かあるのは見ていればわかる。顧問兼担任教師を舐めるな。だが、君たちの間の問題は君たちが解決するのが一番だろう。私は関わらん。それはそうと、依頼を持ってきたんだ」

「依頼……ですか?」

 雅が首をかしげた。

 先生は「そうそう」と頷くと、俺たちに方に足を進め、手近な椅子に腰掛けた。

「君たちに是非とも頼みたい依頼を持ってきたんだ。いや、正しくは依頼人を連れてきた、というべきだな」

 そこで言葉を区切ると、先生は扉の方に顔を向けた。

「おーい、入ってきていいぞー」

 扉の外にいるであろう誰かに声をかける。すると、

「失礼します」

 滑舌よく放たれたその声は、まるでピアノの旋律のように美しく、歩く姿には気品すら感じられる、ひとりの少女が部室に入ってきた。

 腰まである黒髪を後ろで綺麗にひとつに結い、フレームの細いメガネを掛け知的な印象を受ける彼女は、先生のすぐ隣まで来て足を止めると、俺たち全員の顔を確認するように一度部室内をぐるりと見渡した。

 そして改めて顔を正面に向けると、ゆっくりと口を開いた。

「初めまして。私、現生徒会の会長をしています、河橋夜雛(かわはしよひな)といいます」

 言って、河橋さんはぺこりと頭を下げた。

 それにつられて、俺たちも自然と頭を下げる。

 なんだろう。こういう真面目なタイプは割と初めてな気がするぞ。だって、萬部にまともに依頼をしてきた生徒なんて須藤くらいだ。でも須藤の時は、既に半泣き状態で入ってきたから、こんな律儀な挨拶なんてなかったしなあ。

 などと思いながら、河橋さんのことを見ていると、雅が椅子にかけるように勧めた。河橋さんは「ありがとうございます」と礼を言うと、手近な椅子に腰を下ろした。

「それで、河橋さんはどういったご要件なんですか?」

 椅子に座ったことを確認した後、雅が訪ねた。

「はい。実は、卒業式のあとに行われる『卒後祭』の実行スタッフとして協力していただきたいのです」

「そ、卒後祭……? って、なに?」

 木葉がぽつりと呟いた。

 そうだった。そういえば、こいつはついこの間転校してきたばっかりだったな。そりゃ知らなくても仕方がないか。

「卒後祭ってのはあれだ。卒業式の後に、先輩方をあつめてこれからの門出を祝うために、生徒たちが出し物をするやつのことを言うんだよ。まあ、ニュアンスとしては後夜祭みたいな感じだな」

 俺は木葉を見ることなく簡単に説明した。本当は木葉の顔をしっかりと見て話ほうが良いのはわかっている。だが、告白の返事をしていない手前、あいつの顔を見るのは少し気まずかった。

 木葉は「へえ、そんな行事があるのねぇ」と物珍しそうに頷いている。

 そんな木葉に、薫先生が補足とばかりに付け加える。

「うちの学校で『卒後祭』が行われたのはだいたい三十年ほど前。その頃は、バブル期で私立高校の我が校には結構な資金があったらしい。そこで、当時の校長が、これから未来に羽ばたく卒業生のために何かできないかということで、資金のあらん限りをつかって催し物を行ったのが始まりと言われている。ま、不況期の今ではあまり値の張ったことはできないが、卒業生の門出を祝うというのは良い習慣だからと今日まで続いているらしい」

 多分、日本中どこを探しても、『卒後祭』なんてやる学校はうちの学校だけだと思う。バブルってすげぇな。

 木葉の悩みも解決したところで、雅が話を本題に戻す。

「それで、卒後祭の実行スタッフの件ですが、去年までは生徒会の人たちだけでやられていたように思うのですが」

 雅の問いに対して、河橋さんはどこか申し訳なさそうな表情を作る。

「実は、生徒会のメンバーが二人ほどインフルエンザにかかってしまい、卒後祭本番ないしはそれに近い日まで学校を休まなければいけなくなりまして……。そのせいで、人手が足りず困っていました。そんなとき、前宮先生に相談したところ、萬部さんを紹介していただきまして、今に至ります」

 なるほど。確かにインフルエンザじゃ学校には来れないな。人手が足りないのにも頷ける。

 雅は「そうですか」と一言相槌を打つと、俺たちの顔を見渡した。

「皆さん、どうします? 私は引き受けたいと思っていますが、皆さんはどうですか?」

 萬部はもともと、特定の部活をやりたくない者が自分の好きなことをするために作られたものだ。しかし、依頼と呼ばれるものが来れば、何でも屋として働く部活である。初めて萬部に来た時にそう聞いた。

 以前にも文化祭実行委員の依頼を受けたり、幼稚園訪問の依頼を受けたこともあった。けれど、あの時とは決定的に違うことが一つだけある。



 それは、莉奈先輩の存在だ。

 俺たちが何か依頼を受けるときは、基本的に部員以外の誰かのために動いてきた。だが、今回は間接的ではあるが、莉奈先輩のために動くことができる。

 きっと雅はその点も考えて、自ら『引き受けたいと思っている』と口にしたのだろう。

 たった半年間ではあるが、莉奈先輩にはお世話になった。ただ部室にいるだけで、気持ちが救われたこともあった。なら、だったら、俺は……。

「俺も、卒後祭の実行スタッフの話、引き受けていいと思うぞ」

 新しい世界で頑張る先輩に少しでも楽しい気分を味わってもらいたい。そのための手助けなら、苦ではないだろう。

「そうね。私もやるわ、みやびん」

「私も賛成よ」

 と、木葉と静夏も実行スタッフに協力することを示した。

 彼女らも何か思うことがあったのだろう。心なしか、表情が先ほどよりも少し明るくなっている。

 雅は俺たちの返答を聞き、改めて河橋さんに視線を戻した。

「それは、河橋さん。今回の依頼をお引き受けすることにします」

 河橋さんはほっと胸をなでおろし、安堵の息を吐く。

「そうですか。良かったです。ありがとうございます。それでは、詳しいことは明日の放課後にお伝えしますので、昼休みに生徒会室へお願いします」

 そう言うと、河橋さんは再び頭を下げた。その安心した様子から、クールな見た目に反して、内心では相当先行きの心配をしていたのだろうと思った。

 まあ、実行スタッフなんて普通ならやりたくない仕事だろう。何か面倒臭そうだし、地味だし。俺だって同じ実行スタッフだって、文化祭実行委員のときはやりたくなかったし。

 だが、自分がお世話になった人のためだと思えば、面倒だとか地味だとかそんな話はどうでも良くなってしまう。

 河橋さんは椅子から腰を上げると、

「では、また明日、よろしくお願いします」

 と言い残し、部室を後にした。

 薫先生は、河橋さんが退室したことを目で確認すると、にやりと唇の端を上げた。

「おいおい、奥仲。まさか君が、結構早い段階で協力しても良いと言い出すとは思わなかったよ。正直、意外だった。どんな心境の変化があったんだ?」

 からかうように聞いてくる薫先生に、俺はわずかに顔を背ける。

「いや、別に心境の変化って言うか何と言うか、ただ……間接的でも莉奈先輩に何か返せるならそうしたいって思っただけですよ」

 そう返すと、薫先生は驚いたような面様で顎に手を当てる。

「ほぅ。何というか、今まで自分のことだけで手一杯だった君が、誰かに恩を返すことを考えられるくらいまで余裕を持つことができるようになったのか。奥仲も少しは成長しているということか……?」

 まるで信じられないというような反応だった。さすがに心外である。

「いや、ちょっと待ってくださいよ! なんで最後の方、声に自信なくなってるんですか! 俺だって少しは成長してますよ!」

 そりゃ、昔は本当に自分のことだけで手一杯だった。転校してきて間もない頃の木葉と喧嘩したときは、頭痛までするほどだったけどさ。

 薫先生は腕を組み、大きく頷く。

「そうか。奥仲も成長したのか。これも萬部に入ったからだからかもな。昔は須藤しか友人がいなかったのに、今では大空に雅、それから静夏に柏崎と友人も着実に増えているしな」

 いや、柏崎は友人ではない。これは断言できる。あいつは、なんて言ったらいいんだろう。……そうだな、舎弟? 俺のこと『アニキ』って呼んでくるし。

 本当は反論したかったが、俺はぎこちなく笑い、薫先生の話を流した。このまま長引くのも面倒だし、あまり感心されるとどこかこそばゆくなる。

 薫先生はちらと左腕の腕時計に目を放る。

「うげっ。もうそろそろ職員会議が始まってしまうじゃないか……。うわ……。面倒だなあ」

 おいおい、生徒の前でそれを言うか教師。

 先生はひとつ大きなため息を吐くと、改めて俺たちを見た。

「一応言っておくが、君たちが卒後祭に関わっていることは、莉奈には内緒だからな。もしあいつにバレたら、きっと全部ネタバレ状態の卒後祭になるだろうから」

 たしかに……。

「それともう一つ。何があったかは知らないし、聞くつもりもない。けれど、受けた依頼は責任を持ってやるように」

 言うと、薫先生は右手を軽く上げ「それじゃ」と挨拶をすると、部室から立ち去った。

 いつになく先生らしい発言に驚いたが、薫先生の言うとおりなのは確かだ。

 俺たちの個人的な問題で、受けた依頼を失敗させてはならない。まさしくその通りだ。




 どうやら、チョコの返事はまだ先になりそうだ。


 お久しぶりです、水崎綾人です。

 前回の更新からおよそ一年という時間が経過してしまいました。本当に申し訳ありません。

 久しぶりに更新した今回の話ですが、この話から新章に突入します。そして同時に最終章でもあります。

 遥斗や木葉、萬部のメンバーの行方やチョコの行方など最後まで読んでいただけたら幸いです。

 それでは、また次回

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