第54話「もう一つの可能性」
翌日、土曜日。
今日は雅と出かける約束をしている日だ。随分前にも一緒に出かけたが、あの日は最後にちょっとしたハプニングがあったんだよな。まあ、誰のせいとは言わないけれど。
俺はクローゼットから適当に服を取り出し、鏡の前で何着か着てみる。いくら慣れ親しんだ相手と会うと言っても、格好くらいはきちんとしなければならない。昔から親しき仲にも礼儀有り、と言うだろ?
鏡の前で格闘すること一〇分少々。ようやく服を決めた。
待ち合わせは今日の一〇時に神ケ谷駅の前だ。もうじき家を出ないと雅を待たせることになってしまう。
スマホと財布をそれぞれズボンのポケットに入れ、コートを着て家から出る。
雪こそ降っていないものの、今日も風は冷たい。息を吐けば白く濁り、体の芯から冷えていく。
よし、行くか。
***
神ケ谷駅についたのは約束の時間の一〇分前だった。あたりを見渡してみるが、雅はまだ来ていないようだ。
コートのポケットに手を突っ込み、寒さをこらえる。
適当に周囲に目を向けると、視界に入ってくるのはリア充、リア充、リア充。どいつもこいつも男女のペアで、楽しそうに顔を弛緩させている。
「なんで二月なんて寒い月でもリア充は元気なんだよ……」
ぶるぶると震えながら雅を待つこと数分。
「ご、ごめんなさい」
という声と一緒に雅がやって来た。
彼女はいつもどおりのポニーテールをぽんぽんと揺らしながら、白いふわふわしたコートに鮮やかなピンク色のスカートを履いている。なんというか、清楚で可愛らしい印象だ。
走ってきたのか、若干息切れを起こしている。
「す、すみません……。待たせてしまいましたよね?」
確かに待ちはしたが、約束の時間には間に合っている。だったら、応える言葉は決まっているだろう。
「いやいや。全然、待ってないよ」
「ほ、本当ですか?」
上目遣いで確かめるように聞いてくる雅。
「本当、本当」
「良かったです」
心底ほっとしたような表情とともに、雅は大きく息を吐いた。
そんな彼女の安心した顔を見ていると、こちらまで表情が緩んでしまう。
「そ、それで。今日はどこにいくつもりなんだ?」
「はい。えーっとですね」
言いながら、雅がスマホの画面に目を落とした。おそらく今日行くところをあらかじめメモしておいたのだろう。
「今日は――」
画面に書いてあることを読み上げようとした雅の声を、聞き覚えのある声が遮った。
「あら、遥斗」
花見静夏の声だ。
俺は瞬時に声の聞こえた方に向き直る。視線の先には確かに静夏がいる。いや、それだけじゃない。木葉も一緒だ。いつもは仲良くないあの二人が、今日は並んで歩いている。マジかよ。
二人とも俺と雅の待ち合わせに合わせたように、一〇時ぴったりに駅前にやってきたのだ。
「お、お前ら。なんで」
「なんでじゃないわよ。昨日、あなたたちが会話してるの聞いてたんだからね」
静夏が俺の顔を横目で見ながら言った。
昨日の会話……。その言葉で合点がいった。
俺たちは実山さんの尾行をするにあたって、無線機代わりにスマホの通話機能を使っていた。それは、雅と会話をしているときもずっと機能中だった。つまりは、俺と雅の会話を電話越しに聞いていた、あるいは聞こえていたということか。
「いやあ、まあ。そういうことだから、遥斗」
ぽんと俺の肩に手を置いたのは木葉だ。薄いピンク色のコートに、白と黒のチェック柄のスカートを履いている。
俺はちらっと雅を見た。これで大丈夫か、と視線だけで問うたのだ。伝わったかはわからない。
「そうですね。じゃあ、皆さんもご一緒に行きましょう」
殊の外、俺の思いは伝わったらしい。それとも偶然だろか。どちらでもいい。この場を丸くおさめることができたのだから。
***
まず最初に雅が向かったのはアニメショップだった。店内は見渡す限りアニメグッズや漫画、ラノベ、アニソンCDなど、まさにオタクが喜びそうなものばかり。もちろん、俺にとってもここは最高の場所だ。
そういえば、雅もアニメとかが好きだったな。前に一緒に出かけたときもこの店に来たのを覚えている。
「雅はなにか欲しいものでもあるのか?」
「はい。買っている漫画の新刊が出たので。遥斗くんも漫画とかアニメとか好きでしたよね?」
「ああ。もしかして、だからここを選んだのか?」
「ええ、まあそうですね。色々とお話できたら楽しいかな、なんて思って」
照れくさそうに笑う雅の横顔に、思わず見惚れてしまった。なんだよ、雅ってめっちゃいい子じゃん……。いや、前からわかってたけどさ。
雅が好きな漫画を選んでいる間、俺は自分がいつも読んでいるラノベコーナーへと足を進めた。新刊情報はまだ出ていないが、自分で新しいラノベを発掘するのはとても楽しいことなのだ。そんな出会いを期待して、本棚に目を向ける。
「ねえ、遥斗」
木葉が話しかけてきた。
「ん? なんだよ。つかお前ら、たとえ聞こえてたとしても、実際に来るのはいかがなものか」
「やっぱり、それ怒ってる?」
スカートの端をギュッと握り、頼りなさそうな瞳で木葉が俺を見つめる。なんでそんな儚げな顔するんだよ……。
「いや、別に怒ってるというか、なんでそこまでしたのかがわからん。まあ、雅が一緒でも構わないって言ったなら、俺が怒るのも筋違いだとも思ってる」
「そ、そっか」
木葉はわずかに顔を弛緩させ、ふぅと息を吐いた。俺には彼女がなにを考えているのかまったくわからん。
縮まったと思った距離は、冬休みの間でまた開いてしまったのだろうか。
その後、アニメショップを出た俺たちは、適当に昼食を済ませ、スーパーまでやって来た。なんでも雅がどうしても行きたいということらしい。買い物、なのかな?
雅が足を運んだのはお菓子コーナーだった。チョコ菓子やスナック菓子など様々な種類のお菓子が陳列されている。
雅がチョコレートの棚に向かったのを見た木葉や静夏は、目の色を変えてその後を追った。
「女子はチョコが好きなのな」
と、誰に言うわけでもなく一人呟いた。
俺にとっては大した意味の無い独り言だったのだが、静夏はそれに反応を示した。長い髪の毛を翻してこちらにやってくる。
「な、なんだよ……」
「ねぇ。本当に女子がただチョコが好きだから、チョコレートの棚に足を運んでいるだけだと思ってるの?」
「え? 違うのか?」
俺の中で常識だった『女子はチョコが好き』という概念が違うのか? 確かに俺が指しているチョコが好きな女子というのは、妹の楓だから女子全般に対応できないとは思うが。いや、だって仕方ないでしょ。今まで女友達なんていなかったんだからさ。そりゃ、妹基準になるよね? あと強いて言えばアニメの女の子キャラ基準。
「そりゃ、確かにチョコが好きな女子は多いわ」
「だったら――」
「でも、それだけで雅さんが遥斗と一緒にここに来たと思う?」
「それって……」
いや、でもそんなこと言われてもわからんし。
俺が言い淀んでいると、木葉が聞いてきた。
「遥斗って甘いの好き?」
「え? 甘いの? ああ。大好きだけど」
この前部室で餅を食べた時も、俺が選んだ味はあんこだった。俺は甘いのが大好物なのだ。
静夏は小さく息を吐くと、諦めたように俺の前から去っていった。彼女は木葉や雅たちの輪の中に戻り、楽しそうにチョコレートを見ている。
「なんだったんだよ……」
正直、静夏が言わんとすることは全くわからなかった。
女の子はチョコが好きなんじゃないのか? 俺は別に鈍感を気取っているわけではない。ただ純粋になぜ静夏があそこまで言ってきたのかわからないのだ。
だってさ、女の子がチョコ買う時なんて自分で食べる時か、あるいは……。
「…………ん?」
まさか……。
脳内に浮かんだ新たな可能性を、首を全力で振って打ち消す。そんなわけない。絶対ない。ありえない。いやマジで。今まで楓にしか貰ったことないし。
ありえない……よな?
こんにちは、水崎綾人です。
久しぶりのお出かけ回でした。どうでしたでしょうか?
では、また次回。




