第46話「木葉編 前編:~Remember One Day~忘れられない出会い」
12月29日。木葉は家で自室の大掃除をしていた。
神ヶ谷市に引っ越してきてからというもの、荷物をまだ完全に整理してなかったため、部屋の中にはまだ幾つかの段ボール箱が残っている。
「これは長くなりそう……」
と、これから始まる大掃除に嘆息しながら取りかかることにした。
基本的に使うものは、既に段ボール箱から出してあるので、残っているものは雑貨類やアルバム類などだろう。
手始めに木葉は自分の一番近くにある段ボール箱に手をかけた。
「これ何だったかなー?」
そう言って、段ボール箱に貼り付けられているガムテープをビリビリと剥がす。
そこからは中学生のときに使っていた教科書やノートが出てきた。
「懐かし~」
そう言って、教科書やノートを手に取る。
パラパラとノートをある程度捲っていると、そこには授業ちゃんと受けてた?と聴きたくなるくらいの落書きがあった。
ウサギやハムスターなど可愛らしいキャラクターが躍動感溢れる感じに描かれていた。
木葉は一通りノートや教科書をペラペラと見ると、再びそれらを段ボール箱にしまった。
使わないと判断したのもは再び段ボール箱にしまい、クローゼットに閉まっておくのだ。
「さてと~」
と、次に目をつけた段ボール箱に木葉は手をかけた。
同じようにガムテープをビリビリと剥がし、中身を取り出す。
段ボール箱の中には、昔木葉が大好きだったぬいぐるみが入っていた。可愛らしいぬいぐるみは少々黒く汚れている。
それほど、昔から大切に使っていたのだ。遥斗と出会うまでの木葉の一番の友達だった。
木葉はそれらのぬいぐるみをベッドの上に置いた。再び使うものはベッドの上に置いて、中身のなくなった段ボール箱は畳んでおく。
次に木葉は部屋の一番奥にある段ボール箱を開けた。
すると、中身は一冊のアルバムが入っていた。赤い表紙に英語で思い出と書かれている。
後ろを見ると汚いけど、頑張って書いた字で「ずっと、ともだち」と書いてあった。
木葉の中には、生涯でこんなことを言ってくれた人は唯一人しかいない。
そう思って、アルバムのページを一枚捲る。
一枚目には当時五歳の木葉と少年がピースして写っている。この男の子は……。
木葉は遠い昔のことを思い出していた。
木葉の中で永遠に霞む事のない黄金の記憶。
***
十年前、当時私、大空木葉は五歳だった。
外に出ることが嫌いで、幼稚園にもあまり行っていなかった。私の友達と言えばぬいぐるみの『ウサギのうさちゃん』と 『ラッコのらーさん』くらいだ。
毎日、このぬいぐるみたちと遊んでいる。
隣の部屋には男の子が住んでいるらしい。会ったことはない。
今、私が住んでいるのはマンションの一室だ。滅多に外に出ない私はご近所さんとあったことがほとんどないのだ。
私が外に出たがらないのにもちゃんと理由がある。
ある日、マンションの近くの公園で遊んでいたとき、どこからかやってきた男の子に『うさちゃん』を取られて、返してもらえないことがあった。
何度も「返して!」と言っても彼らは返してくれなかった。その日は思い切り泣いた。
泣いて、泣いて、涙が枯れそうになった。でも、翌日また公園に行くと『うさちゃん』が土だらけで砂場に捨ててあった。
私は『うさちゃん』から砂をパンパンと払い、抱きしめて家に帰った。
それから、大好きなぬいぐるみを守るためにも、もういじめられないためにも外には行きたくないのだ。
しかし、何日かに一回は外に出なくてはいけない日がある。それは、お母さんの買い物についていく時だ。
正直なところ、ずっと家にいるのは飽きてくる。そのときは、お母さんの隅に隠れて歩いて外に出る。
そして、今日がその日だ。
「木葉ー、お買い物行こう?」
「分かったぁ」
私は、お母さんに聞こえるように返事を返すと、『うさちゃん』と『らーさん』を置いて、お母さんのもとに歩いて行った。
「じゃあ、行こっか」
そう言ってお母さんは笑顔で私を見てくる。私もそれに頷いて「うん」と答える。
お母さんが玄関の扉を開けると、外の光が眩しかった。
久しぶりに見る日光は、私の目を焼くように目を刺激した。
「まぶしい」
腕で目をこすり、明るさに目を慣れさせていく。
私はこのとき、大事な出会いをするなんて思ってもみなかった。
***
買い物は近くのスーパーでいつも済ましている。
ここはお母さん曰く、なんでも揃っていて便利なんだとか。
買い物を終え、私とお母さんはスーパーからの帰り道を歩いている時だった。
公園の前を通りかかったのだ。その公園はマンションの近くの公園よりは少しばかり小さいが、小高い丘の上にあるため、眺めは良さそうだった。
神ケ谷市の郊外にある公園の中では一番眺めはいいだろう。滑り台、ブランコ、砂場、シーソーしかない公園で、遊んでいる子供たちも少ない。
「木葉、遊んでく?」
お母さんが聞いてくる。今は他の子供たちもいなく、いじめられる心配もないと思い私は頷いて首肯する。
私とお母さんは公園に入り、色々遊んだ。
お母さんは遠くから私を見守るように日陰のベンチから見ている。
それが、心を落ち着かせてくれた。
私がブランコで遊んでいる時だった。
一人の男の子が、公園に走って入ってきたのだ。
後ろからはその男の子のお母さんらしき人が、男の子を追うように走っている。
「遥斗!待なさーい」
そのお母さんの息は切れ気味だった。
『遥斗』と呼ばれたその少年は、公園に入ってきて木で出来た柵に掴み言った
「きれーい!!」
どうやら、そこから見える景色が綺麗らしい。この公園からは街を一望できると言っても過言ではない。
遥斗と呼ばれる男の子のお母さんは買い物袋を持っている。きっと、買い物の帰りなのだろう。
私のお母さんが座っているベンチの方に行き、話しかけている。何かニコニコしていて二人とも楽しそうだ。
遥斗と呼ばれる男の子は、私の方を見てブランコの方にやってくる。
私は彼の目を見れなかった。長い間、他の子供たちと関わってなかったため、対応の仕方が分からなかったのだ。
男の子は、私の隣のブランコに腰掛けると言う。
「一緒に遊ぼうよ!俺、遥斗って言うんだ」
遥斗と名乗る男の子は眩しい笑顔で私を見る。
私は、どうも答えることができず、うん、と頷くしか出来なかった。
「やった!君の名前は?」
「わ、私の名前…?木葉」
男の子は笑顔で私の名前を繰り返す。
「このは…コノハ…木葉…。よし、覚えた。木葉な」
この男の子、遥斗に名前を覚えてもらえたことが、たまらなく嬉しかった。
私たちは、一緒にブランコで遊んだり、シーソーで遊んだり、色々と遊んだ。
中でも一番楽しかったのは、砂場で遊んだ時だった。一緒にお山を作って、それに穴を開けてトンネルを作った。
私が失敗しても、笑顔で励ましてくれた。遥斗はままで出会った人とは何か違った。
あれから何時間たったのだろうか。日は沈みかけ夕日になっていた。
「木葉―、そろそろ帰りましょう?」
「遥斗も、そろそろ帰りましょう」
私と遥斗のお母さんが順番に言う。
私も遥斗も渋々頷き、帰ることになった。
しかし、驚いたことにいつまでたっても遥斗たちの帰路は私たちの帰路と同じだった。
更に驚くことに、マンションまで同じだった。
私は何が起きているのか分からなくなり、お母さんにそっと聞いた。
「ねぇ、ねぇお母さん。遥斗たち何でここまで一緒なの?」
すると、お母さんは私の位置まで屈んで言った。
「同じマンションなんだって。すごい偶然ね」
私は開いたくちが塞がらなかった。僅か五歳で、この偶然に頭が付いていかなかったのだ。
私たちはマンションのエレベーターを三階で降りると、遥斗たちも三階で降りた。
私たちの部屋は三〇三号室、遥斗たちは三〇五号室の前で止まった。
すると、私のお母さんが手を一回叩いて言う。
「まあ、奥仲さんって三〇五号室だったんですか!?」
「ええ、大空さん近くだったんですね」
「偶然ですね~」
と、親同士の会話が始まってしまった。
私は知っている。お母さん世代がこんな感じになると、なかなか会話は終わらない。
遥斗もそのことを知っているのか、私に話しかけてきてくれた。
「明日も遊べる?」
「え?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。私と遊びたい?そんな人が存在するとは思ったことがなかった。
私は、今日一日中驚いてばかりで、頭がパンクしそうになった。
「明日、土曜日じゃん!無理…かな?」
無邪気な顔でお願いをされた。私は、自分を遊びに誘ってくれることを物凄く嬉しく感じた。
「分かった。いいよ」
私も今出来る精一杯の笑顔で答えた。
すると、遥斗は私の両手をがっしりと握り、言った。
「やった!!じゃあ、うちに来て。って言ってもすぐ近くだけど明日待ってるから!」
「う、うん」
勢いに押されて答えた。
後ろの方では、お母さんたちが微笑んでいる気がした。
「では、また明日。遥斗くん、木葉のことよろしくね」
お母さんが遥斗に優しく言った。
遥斗は純粋な笑顔で「うん!」と言って首を縦に振った。
「ほら、遥斗。木葉ちゃんに挨拶言って」
「バイバイ、木葉」
そう言って、遥斗は私に手を振ってくれた。
私も、小さな声で「バイバイ」と言った。聞こえたかどうかは分からなけど、多分聞こえてないだろう。
でも、今はこれでいいのだと思う。
翌日。
私は朝十時に遥斗の家に行った。
ドアの前でインターホンを押すことだけで心臓の鼓動が早くなった。
手に汗が滲んでくる。どうしよう、早すぎたかな…。そんな考えが頭の中を駆け巡る。
でも、このまま何もしなかったら、ただのおかしい五歳児だと思われちゃう。
意を決して、私の身長でギリギリ届く位置にあるインターホンに手を伸ばす。
ピンポーンと、部屋の中にインターホンが響くのが聞こえた。トントントンと足音がこちらに近づいてくる。
ガチャっとドアが開き、遥斗が顔を出した。
「いらっしゃい!」
と、ドアを大きく開き、私を迎え入れてくれた。
遥斗の家の玄関はとても綺麗に靴が収納されていた。私が生まれて初めて入った人の家が遥斗だった。
奥に進んでいくと、洋室があった。ここで遥斗が遊んでいるのだろう。おもちゃが散乱している。
更に、赤ちゃんがベビー用のベッドに寝ているのが見えた。
「赤ちゃん…」
私が小さく呟くと、遥斗が教えてくれた。
「妹なんだ。名前は楓。今二歳なんだ」
「へぇ。可愛いね」
「うん!」
遥斗はお菓子の袋を開け、ゲームを持ってきた。
「ゲームしよ!」
それは、今人気のゲームでゲットしたモンスターで敵のモンスターを倒していくというものだ。
私も持っている。
「いいよ、やろう。でも、ちょっと待って。私とってくる」
言うと私は急いで自分の家に戻り、ゲーム機をとってくる。
そして、遥斗の家まで戻ると、遥斗が通信用のケーブルを持って待っていた。
「通信、通信!」
私の方に差し出されたケーブルを私のゲーム機の端子に差し込んだ。
「バトルしよ!」
「分かった!」
通信対戦でバトルモードを選択し、モンスターバトルが始まった。
それぞれ、持てるモンスターの数は六体。先に相手を全滅させたほうが勝ちだ。
数分後。
遥斗の顔色は悪かった。残る私のモンスターは三体。遥斗は一体。HPももうギリギリだ。
ゲーム機を持つ遥斗の顔は真剣に次の技を考えてる顔だった。
そもそも、遥斗が持っているモンスターは基本的にどれも強いモンスターだ。だが、選択する技がどれもおかしい。
地面タイプで『穴を掘る』と言う技で地中に入っているのに一撃必殺技を放ったり、私のモンスターが『空を飛ぶ』という技で、空を飛んでいるのに、一ターン待つ『ソーラー光線』を放ったり、ことごとく出す技が裏目に出ている。
恐らく、次に選んだ技も裏目に出そうだ。
遥斗はようやく技を決めたようで、戦闘画面に移った。
「こ、これなら……」
遥斗の目はマジだった。
遥斗が選択した技は『破壊光線』だった。私のモンスターのHPはギリギリまで削られた。
遥斗はホッと安堵の顔を浮かべたが、遥斗は忘れている。まだ、このターンの私の攻撃は終わっていない。
私の選択した技は『ハイドロビーム』。水タイプのモンスターが口から高威力の水鉄砲が放たれ、遥斗のモンスターのHPは全損した。
「あぁぁ…」
遥斗の悲鳴にも似た声が漏れた。
「つ、強い…」
遥斗は強者を見る目で私を見る。
「もっかいやろ!」
人差し指をピンと立て、お願いしてくる。
「いいわよ!」
私はえっへんと態度で現し、再戦を許した。
その後、三十戦くらいした。気が付くと、もう十五時を回っていた。思えば今日、私と遥斗はモンスターバトルしかしてない。
戦績は私が二十七勝三敗、遥斗が三勝二十七敗。結果だけ見れば、私の圧勝だ。何だか心地よい。
「こ、木葉は強いな…」
遥斗の声は若干涙ぐんでいた。
「えっへん!」
両手を腰に当て、どうだ、と言わんばかりに仰け反った。
この時を境に私と遥斗はより仲良くなった。
私も遥斗を家に誘ったりした。
夢のような時間を過ごしていた。
そんな時だった。
お母さんから突然あることを言われたのだ。
「ねえ、木葉。幼稚園変えない?」
「どゆこと?」
イマイチお母さんの言っている内容が分からない。確かに出来ることなら幼稚園に行かずに遥斗と遊んでいたい。
「あのね、『桜沢幼稚園』に転園しない?遥斗くんもそこにいるし、きっと楽しいと思って」
それは、私にとってとても嬉しいことだった。
これで、おやすみの日以外にも遥斗と遊べる。
それはもう、最高という言葉しか頭に浮かばなかった。
「うん!そうする!」
歓喜にも似た声でそう言った。
こんにちは水崎綾人です。
『隣の彼女は幼馴染み!?』に登場する各主要人物の冬休みの生活に焦点を当てた今章の第2話は木葉編です。1話ではまとまりきらなかったので前後編とさせていただきました。
次話は木葉編の後編です。お楽しみに!




